第38話(水都氏サイド):雪精霊たちとの別れ
ゆっくりと傾いてゆく太陽を眺め見て、雪の女王は『そういえば』と言って異邦人たちを振り返る。
『もうじき日が暮れるぞえ。そなたら如何するつもりじゃ?』
「…泊めて頂くことは出来ないのですか?」
控えめなジェイノリーの申し出に、女王は困ったように微笑んだ。
『泊めてやりたいのだがのう。…そなたら、氷のベッドに眠れるのかえ?家が溶けたら困るでな、火の類は禁じておるぞ?』
「…朝には凍り付いていそうだぜ」
思わず身震いをして明は顔を青ざめさせた。
焚火の暖も取れない中で氷の上に一晩。
翌朝にはカチコチに凍り付いていそうだ。
竜であるシュヴィリスも極寒の宿はお気に召さないらしい。
「うわぁ」と小さくうめき声を漏らした。
顔をしかめるジェイノリー達に、いつの間にか身支度を整えたマーレイとゼキの二人が仕方がないと声をかける。
「この地には雪精しかいないからね。温かいベッドなんてあるわけないんだよ。しかも雪山だし、夜はもっと冷え込むから…下手したら、朝日を拝むころには氷の彫像の出来上がりってね」
茶化したように肩をすくめるマーレイに、一つ息を吐き出したゼキが明に向けて声をかける。
「お前たちには竜がいるだろう。山のふもとの村まで行けば宿がある。…竜は見つからないようにいくことをお勧めする。竜はドゼウスの常套手段だからな」
「ん…?ふもとの村ってドゼウスじゃないのか?」
ドゼウスと陽明くらいしか国名が定かではない明は首をかしげる。
ゼキの言い方では、ふもとの村というのはドゼウスを警戒しているようにも感じられるのだ。
「ああ、そう言えばお前たちは知らないのか」
明たちが異世界から来たという話を思い出したのか、顔を上げると目を瞬かせた。
「…ふもとの村はカイザスタン帝国の領土だ。ドゼウスとは、この間まで戦争をしていた間柄でな」
「つまり、仲悪いんだよ」
あっけなく結論を述べたマーレイはにこやかな笑顔を浮かべたままだ。
「…カイザスタン帝国、か。そちらにはまだ行っていないな」
「おお!新しい国だな!」
考え込むように腕を組んだジェイノリーに、明も同意の声を上げる。
この世界のどこかに飛ばされたはずの仲間を探しているのだ。
村によるついでに、その国を探索するのも手かもしれない。
明はジェイノリーを振り返る。
ジェイノリーもまた同じことを考えていたのか、明と目が合うとこくりと一つ頷いた。
「…行ってみるか」
「そうだな、行けば誰かいるかもしれねぇしな!」
仲間を探さなければならない。
そうして、全員で帰るのだ。今となっては懐かしくも感じるあの世界へ。
「シュヴィリス!ってなわけで、いっちゃ頼むわ!」
『うえぇ…あのでかいの、僕が運ぶわけぇ?』
「すまないが、他に方法がないのだ。頼む」
『もう…。仕方ないなぁ。一個貸しだからね!』
憤慨したようにそう言って、瞬時にシュヴィリスの体が発光する。
次の瞬間にはその場に現れた青い竜に向けて、明は手早く用意しておいた綱を取り出した。
「おし、それじゃこれ掴んでくれ!」
『はぁ…もう、わかったけど…何このロープ?すごい変な感じがする』
「まあ、細かいことは気にすんなって!」
車に結び終えていたロープの先端を握らせて、明はたらりと冷や汗を浮かべてごまかすように明るく言った。
さすがに竜だけあって、敏感にこのロープの材質に違和感を抱いたらしい。
面倒はごめんだと必死にごまかす明に、不意に話しかける者がいた。
ほかならぬマーレイである。
「ねえねえ、明おじさん」
「おじさんって…」
がっくりとうなだれる明をよそに、マーレイは困ったような心細げな顔で口を開いた。
「あのね…ふもとまで下りるなら、ついでに僕たちも連れて行ってくれないかなぁ…?ほら、今から山を下りるにしても、間に合わなくて…」
しょぼん、と言いたげに俯いてしまったマーレイは頼りない風情で、明は慌てたように細い肩を叩いて励ました。
「なあ、シュヴィリス!こいつらもついでに連れてってかまわねぇよな!」
『もー…。背に乗せるのは嫌だからね。そっちのソアラだっけ?そっちに乗せてよ』
嫌そうに言いながらも、連れていくことには賛成してくれたようだ。
ジェイノリーの方を向けば、彼も無言で頷きを返す。
「一緒に行こうぜ」
「ありがとうっ!おじさん!!」
満面の笑顔を浮かべるマーレイの頭をわしゃわしゃと撫ぜて、明は気にするなと声をかけた。
ばさりと青い翼が、純白の世界に大きな影を作る。
シュヴィリスの背には明とジェイノリーが跨り、車にはゼキとマーレイの二人が乗り込んだ。
大きく羽ばたけばあたりには突風と共に雪煙が舞い上がる。
『気を付けて参れ』
「もう二度と来るな」
女王とコノエがそれぞれ正反対の言葉を声かける。
それに手を振り返しながら、明も大声で叫んだ。
「世話になった、ありがとなーっ!」
「おじゃましましたー」
「…揺れるのかこれは」
マーレイも開いた窓から手を振り叫んだ。
不安げに呟いたゼキは、開いた窓から青い顔で外を見まわしている。
『ふんっ…!結構重いこれ…!』
ぐぐっと手にしたロープを握りしめシュヴィリスは空へと首を伸ばした。
ふわりとソアラの車体が宙へと浮く。
「おおっ!浮いた浮いたーっ!」
「ひいっ…!」
歓声をあげるマーレイに反し、ゼキからは引きつったような悲鳴がこぼれる。
『それじゃ、とりあえずふもとまで飛ぶよー』
冷たい風が吹き荒れる中、シュヴィリスはゆっくりと雲間へ沈んだ。




