第32話(水都氏サイド):貴族たちの会食
ドゼウス王国、南部のとある町。
高級感の漂う旅館の最上階で、三人の男たちが食事をとっていた。
大量に並んだ料理の数々を流し見て、若きカーティス侯が鬱蒼としたため息を吐き出す。
「…面倒なこと。早く帰りたい」
「まあ、そういうな。カーティス侯。こんな機会でもなければ、南部になど来ないので貴重な体験をさせてもらっている」
豪勢な料理と酒の数々も目もくれず、物憂げな表情の青年に初老といってもいい年のリーデアン伯爵は笑って答える。
北の地を護るリーデアン伯、東の国境を護るカーティス侯、そうしてこの場でただ一人周りの様子も気にせず無心に肉にかじりつく戦士のような屈強な体つきをした男が一人。
南部の町を治める、デガンタ伯爵である。
唯一西の守りと言えるクレナリア家が不在であるが、クレナリア侯爵家が治めるダトの街はこの南部より正反対と言っていい位置にあり、遠方のために欠席となったわけだ。
デガンタ伯が用意した席は料理の味もよく、落ち着いた雰囲気のいい宿ではあったが生粋の引きこもりであるカーティス侯のお気には召さなかったようだ。
彼には豪勢な食事よりも落ち着いて休める静かな空間があうだろう。
だが、南部で日々魔物と戦い続けるデガンタ伯にそんな彼の思いが伝わるわけでもなく。
満面の笑みを浮かべて料理を進めるデガンタ伯を責めるわけにもいかずにカーティス侯の鬱憤はたまるばかりである。
このままではカーティス侯が胃痛を起こしてしまうと心配になったリーデアン伯が、ごほんと咳払いを一つしておもむろに口を開いた。
「して、皆様方。このたびの陛下からの書状のことですが」
リーデアンからの言葉に、カーティスは目の前に並んだ肉の大皿を横手で脇にどけた。
カーティスの元へ、皇帝からの使者が訪ねてきたのは記憶にも新しい。
王城で起きた事件についてと、その首謀者に関する情報にこうして国境の守りである領主達が会談を開くきっかけになったのだ。
リーデアンに向け、カーティスは書状に書かれた内容を思い返しながら言葉を返した。
「ああ、正体不明の竜族の不審者に関する情報提供についてか」
「俺んとこは、シュヴィリスとかいう不審者の情報とそいつに手を出すなってお達しだったぞ?」
カーティスの言葉にデガンタが重ねて答える。
その言葉の内容に、リーデアンとカーティスがじっとデガンタを見やり、すぐさま「まあデガンタだからな」とでも言いたげに無言で目線を戻す。
「…陛下は我ら貴族のことをよくよくご理解なさっておられる」
「さすがは陛下だ」
「…おい、お前ら。それはどういう意味だ?」
何となくけなされているような空気を感じて、デガンタが二人をじとりと睨む。
屈強なデガンタの睨みも、世慣れた貴族であるリーデアン、物事に無関心なカーティスにはそんな視線も効果がない。
「まあ、そのような人物が現れたらすぐさま知らせを出すことにしましょう」
年配のリーデアンの言葉に、カーティスもデガンタも頷いて同意を示す。
この三人の領地は間にカーティス侯の領地を挟み、それぞれ早馬で三日ほどの位置関係にある。
不審人物が現れた場合に、そば近い都市を抱える彼らの元へとその人物が逃げ込む可能性が非常に高いのだ。
その為の情報の共有を取り決めて、話は終わったとばかりにカーティスは立ち上がった。
「おい?飯くわねぇのか?」
「…せっかく南にまで来たのだ。魔物に関する書物を買い求めたいので失礼する」
椅子に掛けていた外套を手に取り、さっそうと部屋を出てゆく青年にデガンタはぐいと酒をあおりながら嘆息した。
「美味いのになぁ」
「はは、人の好むものはそれぞれですからな」
穏やかに微笑んで、リーデアン伯はデガンタ伯の向かいの席に腰を下ろすとグラスを手に取った。
「私は急ぐ用事もないので、ご相伴にあずかりましょう」
「おう!ようこそ南へ」
かつん、とグラスを打ちあわせデガンタは豪快に笑った。
◇
南の国境の界隈でそのような会話がなされている頃。
ドゼウス王国の北部に広がる広大な森に舞い降りた一つの巨大な影があった。
「ふう、問題なく着いたな」
巨大な青竜の背から飛び降りて、ジェイノリーは背後へと声をかける。
先ほどまで翼を広げた竜の姿があったはずなのだが、気付いてみればそこには人の姿に転じたシュヴィリスが立っている。
『妨害もなく、ね』
「ああ。…それにしても広い森だな」
『ほんと。まあ、僕らの目的地はこの塔だから、迷わないけどね』
そう言ってシュヴィリスが振り仰いだ先には、森の中にぽつんと佇む巨大な塔があった。
「さて…。今度はスムーズに事が運ぶといいのだがな」
ジェイノリーの呟きに、シュヴィリスもため息交じりに頷いた。
こちらの世界にやって来てから、穏便に事が運んだ試しがないのだ。
今度こそは何事もなく目的のものを回収できればいいと思いながら、ジェイノリーはシュヴィリスと連れ立って扉へと手をかけた。
…どうやら鍵はかかっていないようだ。
不用心にも開いた扉にジェイノリーの眉が寄る。
「…罠、か?」
『……なんか、嫌な感じだ』
ぽつりと呟くジェイノリーに、シュヴィリスも扉の中を覗き込むとすんと鼻を鳴らす。
シュヴィリスの言葉に、ジェイノリーは鬱蒼と暗い塔の内部を見つめる。
深いため息を吐き出して、思い切って足を踏み入れた。
入らなければならないのなら、早々に目的を果たすしかないだろう。
ジェイノリーの後から足を踏み入れるシュヴィリスの顔も嫌そうに歪んでいる。
『…とりあえず、手分けして探そうか?』
「そうだな…」
しんと静まり返った内部に人の気配はない。
シュヴィリスの提案に頷きを返して、ジェイノリーとシュヴィリスの二人は黒竜の塔の探索を開始したのであった。
ちょうどその頃、同じく北の森にある塔へと様子を見にやって来た男がいた。
「…」
青い竜が塔の間近に飛来してくるのをじっと眺め見ていた男は、二人の姿が塔の中へと消えるのを見届けるとその場を動いた。
音もなく、風のように男の姿はその場から消えていた。




