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第27話(水都氏サイド):動き出す雪の精霊たち

 氷の壁に覆われた部屋。そこに氷の玉座に腰かけた女がいた。


 長い髪は水のように透明で透き通り仄かな青みを帯びている。

 瞳は青く澄んだ氷の色をしていた。

 まるで人とは思えぬほどに整った美貌を目にしたならば、一目で心を奪われてしまうだろう。

 彼女の微笑は妖艶な美女のようであり、清廉なる乙女のようでもある。

 女神の如き麗しさを誇る彼女こそが、この世界の全ての雪氷精族の長である雪の女王であった。


 冷気を震わせて、女は眼前に跪く己が眷属を見据えた。


『侵入者とな』

「はい」


 憂えるように細い眉をひそめて、女王はふうっと冷気を吐き出した。


『…入山の先ぶれは来ておらぬな?』


 女王の瞳が玉座のすぐ傍らに立つ男へと向かう。


 彼女に似た色彩のその男は、女王よりも凍えきった眼差しで見返すと一つ頷いた。


「不届きものは排除します」

『……まあ、已むに已まれぬ事情があるのやもしれぬ。話を聞いてからでもよかろう、コノエ?』


 ちらりと見上げれば、男の端正に整った眉がきつく寄せられているのが見える。

 コノエと呼ばれた男もまた、女王とは別種の異様とも思える美しい男であった。

 薄青く透き通った髪は短く、雪の結晶をあしらったドレスを纏う女王と違い真白の軍服を着込んだ姿は正しく女王の近衛といった風情である。


「……そのように取り計らえ。ゆけ」

「ッはい!」


 女王に問われた時よりもその身に緊張を漂わせ、報告に来ていた雪の精霊が慌てたように飛び出してゆく。


 それを見送って、女王は困ったようにコノエを見つめた。


『少し、厳しすぎるのではない?』

「そなたはもう少し警戒心を持つがよい。女王とはすなわち、この世界の冬だ」

『…わかっているわよ』


 玉座に肘をついて、女王は大きく吐息を吐き出した。

 小さく飛んだ雪の結晶がふわりと室内に舞い上がる。


 それをじっと見送って、コノエは踵を返した。


「我も様子を見てこよう。そなたはここで」

『わかっているわ』


 ふて腐れたような答えを聞いて、コノエは冷ややかに玉座につく女王を見やる。


 次の瞬間、ぶわりと氷の粒が渦を巻き風に乗って出口へと飛び去って行った。


 広間から気配が消えたことに、女王は息を吐き出した。

 あの男の放つ力の威圧は、女王である身の彼女にも少々堪える。


『…偉大なる、氷の王。全てを凍らせる無慈悲なる冬の司』


 彼女が女王である内は問題はない。

 だからこそ、彼女は玉座を守るのだ。


 世界の全てを、雪と氷で閉ざされないために。

 冬だけでは、生き物は生きてゆくことは出来ないのだから。


『何事も起こらないといいのだけれど…』







「うぅー、さみぃ!一体異物とやらはどこにあんだよーっ」


 せっかくの雪山も、レジャーでなければ楽しむことは出来ない。

 そのうえ見渡す限り続く雪原から、どうやって異物をみつければいいものか。


 せめて大きなものであればいいと願いながら、明は雪の上を進む。


 きょろきょろと周囲を見渡して、ふいに白い視界の中で黒い粒のようなものを見つけて足が止まった。


「何だ…人か?」


 まさかこんな場所に人が来るだろうか。

 訝しむが、どうにもその人影はこちらへと近づいてくるようだ。


 山を登るように傾斜を緩やかに上がってくる影は二つ。

 明は見極めるように足を止めると、影が近づいてくるのをじっと待った。


 それから十分ほどたっただろうか。


「……お前、どこの国の者だ。ここが不可侵である雪精族の領域と知った上での行いか」


 漆黒の外套を雪にまみれさせた男が、明の数メートル先で立ち止まるなり開口一番にそう言った。

 男の外套のすそからは長剣だろう鞘がのぞいている。

 赤い瞳の男は、敵意に満ちた眼差しで明を見据えていた。


 男の背後からは幾分小柄な人影がこちらを覗いている。


 頭までフードをかぶっている彼らは、全身雪まみれだ。


「あー、俺はここに仲間の所持品を探しに来てだな」


 害意はないのだと言えば、赤目の男の背後にいた人物が身を乗り出した。


「所持品がここにあるってどうしてわかるの?」


 少年の声だった。

 どこか幼い問いかけに、明は小柄なフードの人物へと目を向ける。


「おう、親切な人に教えてもらったんだ。ここからなんか変な力を感じるってな」

「ふうん、”所持品”ねぇ…」


 何やら考え込む少年は、赤い目の男の袖を引く。

 その眼差しには、明に見せていた幼さはかけらも感じ取れない。


「ねぇ、もしかして僕らの感知したのって、彼の言う”所持品”とやらが怪しいんじゃないかと思うんだけど」


 小声で囁かれた言葉にゼキも頷いた。


「ああ、位置的にそれっぽい。どうする?この後」

「…少なくとも、僕らがやったんじゃないってことは雪精族に伝えておいた方がいいかもね」


 素早く今後の算段を立て、マーレイは明へと向き直るとにっこりと少年”らしい”笑みを浮かべた。


「僕らは山頂に用事があるんだ!それっぽいものがあったら教えてあげるね、おじさん!」

「お、おじさん…っ?!」


 マーレイの一言に明はよろめいた。

 だがまあ、確かに自分もいい年だと思い直し、苦笑を浮かべて大きく頷いた。


「ありがとな」


 片手を上げ礼を述べれば、少年は嬉しそうな笑顔を見せた。


 そうしてマーレイを伴い、ゼキが足を進めようとした時だ。


 突然、風が吹いた。

 ざあっと山肌をかけ降りる極寒の大気が全てを冷やしつくす。


「っ!!」

「下がれマーレイッ!!」


 肌を刺す凍てつく冷気に、ゼキは背にマーレイをかばった。


 すでに周囲には魔力が満ちている。

 ぶわりと風に巻き上げられた雪により、吹雪のように周囲の視界が遮られる。


 思わず目を覆った一同が手を下げた時、そこには剣を突き立てる数人の男たちが立っていた。

 髪から瞳、衣服から靴先に至るまで全てが白で塗り固められたような出で立ちは異様であった。


 とっさに構えようとした明へ、ゼキが鋭い声を発する。


「よせっ!彼らはこの地を護る精霊たちだ!」

「……ほう、この地が我らの領域と知っての侵犯か」


 ゼキの言葉にかぶさるように、冷ややかな声が響く。


 びくりと肩を震わせるゼキが顔を上げた先には、先ほどまではいなかったはずの男の姿があった。


「覚悟は出来ているだろうな、侵入者ども」


 生きているものとは思えない彫刻めいた美貌の男は、冷ややかな眼差しで三人を見下ろした。

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