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第26話(水都氏サイド):リースレイン連峰

 そこは酷い吹雪だった。

 前方の視界が遮られるほどの激しい雪は、上へ下へと風に巻き上げられ吹き荒れている。


 膝まで埋もれるほどの雪の中を、二つの人影が動いていた。

 前方で雪を掛け分けながら進んでいた影が、後方の一回り小柄な影を振り返る。


「っ、マーレイッ!生きてるか?!」

「ゼッ、うぺぺ、雪が口にっ、冷っ!ふべ、」


 どうやら生きているらしい。

 吹雪に負けないよう声を張り上げたゼキは、まだまだ余裕のありそうな声にそっと安堵した。


 ゼキはこの後方で賑やかに騒いでいる少年の友人兼護衛であった。

 というのも、この少年はカイザスタン帝国の第三皇子という立場にある貴人なのだ。


 雪を食べたと騒いでいても、過酷な環境に不慣れな彼のことは心配であった。


 今回、彼らはたまたまリースレインに住む精霊族の薬師の元を訪ねていたのだが、ふいに巨大な時空の歪みを感じてこうして吹雪の中を確認の為に進んでいるというわけだ。


 もちろんたった二人きりで派遣されて来たのにもちゃんとした理由がある。


 一見人にしか見えないが、ゼキは魔族であるし皇子であるマーレイも母親が魔族のハーフなのだ。

 それはつまり、二人が只人よりも肉体的にも魔力的にも頑強であることを示す。


 精霊族の住処に近しい、環境の厳しいこのような土地でもその身に溢れる魔力で適応出来るというわけだ。


 そうはいうものの、元からの体つきが変わるわけでもなく。

 見た目は少年といった風体のマーレイが進むには、いささか厳しいのも事実であった。

 それでもまだまだ疲れの色が見えないのは、彼が水属性の魔族であるからだろう。


「…がんばれ、マーレイ。もうすぐ雪の里への入口だ」

「ぺぺっ、わ、わかった。でもゼキ、何だか僕ら、あまり歓迎されていないようだよ…」

「……わかっている。いざとなったら、逃げるぞ」


 口に入り込んだ雪を吐き出しているマーレイが、声を押さえてそう口にした。


「…ゼキも無理しないようにね」

「ああ」


 緊張がにじむ声音で頷きあって、ゼキとマーレイは目の前にそびえる雪山の頂を見上げた。


 相変わらず、ごうごうとすさまじい音を立てて雪が舞い上がるように吹き上げる。

 二人を阻むような吹雪はやむ気配を見せない。


 びりびりと肌を刺すような冷気は寒さの為だけではない。

 この地に住まう精霊の圧倒的な力が、危険だと本能に訴えかける。

 本音で言えば、今すぐにも引き返したいのだが…。

 けれども、霊峰に何か異常があったというのならば、確認しなくてはならないだろう。

 不可侵と定められた霊峰の異常を、下界の人間の仕業だと思われるのも困るのだ。

 必要ならば雪の女王への謁見も視野に入れなくてはならない。


(ああ嫌だ、気が重い…。気に入らないと氷漬けにするって噂の女王様とか、会いたくないしー)


 うっそりと溜息をこぼしていたマーレイだが、不意に顔を上げると吹雪の向こうを睨み据えた。


「もうっ!!今度は何っ?!」

「マーレイ?」

「雪の精霊たちが騒いでる!空から何か来るって!もうー、これ以上の厄介事は勘弁してよっ!」


 すっぽりとフードをかぶった頭を押さえて、マーレイは呻いた。


 マーレイの言葉を聞いたゼキもまた、表情を険しいものに変えて雪雲に覆われた空を見上げる。


 ふいに、暗雲の中に何かの影が映った気がした。

 その大きさにゼキは目を見開く。


「何か飛んでいった…山頂の方だ!!」

「うげえっ!まさか雪の里に直撃したのっ?!もうやめてーっ!!氷漬けはいやーっ!」


 両手を顔に添えて、マーレイは叫んだ。

 悲嘆にくれているマーレイを振り返り、ゼキは声を張り上げる。


「何者か知らないが、急ごうマーレイ!このタイミングだ、俺達も仲間と思われると厄介だ!」

「ああうう、もう仕方ない…、急ごう、ゼキ」


 雪をかき分ける足を急がせて、ゼキは山頂へ向けて歩き出した。







 舞い上がる雪煙に、明は手を上げて目元をガードした。


「…すごい雪だな」


 感嘆したようにジェイノリーが周囲を見渡して呟いた。雲の下はひどい吹雪であったが、山頂付近は晴れ渡っていた。


「よっと!」


 雪の上に降り立ったシュヴィリスの背から明が飛び降りる。


 ずぽっと膝上まで沈み込んで明は慌てた。


「大丈夫かっ?!」

「お、思ったより深いっ!」

『もう…何してんだか』


 ぐいと首をもたげて、シュヴィリスは器用に明の襟首をくわえて持ち上げた。


「おう、ありがとな!シュヴィリス!」


 ぷらんとぶら下がった明に、ジェイノリーは呆れたように息をつくと革袋の中から草で編みこまれた大きな楕円形のものを二つ取り出した。


「これを靴の上には履けと言われただろう。あと、上着を忘れているぞ。」


 ザカタリスを出るときに持たされた上着とかんじきのようなものを見せれば、すっかり忘れていたらしい明が照れたように笑った。


 そうして再びシュヴィリスの背で装備を整えて、今度はそろりと雪の上に降り立つ。


「おぉ…立てる…!」


 何やら感動した様子の明に、ジェイノリーは当然だと肩をすくめた。


 そんな明の隣に向けて、ジェイノリーは大きな荷物を放る。

 ぼふっと雪に埋もれたそれらには、最低限必要になりそうな荷が詰められていた。


「それじゃあ、俺たちはもう一つの異物があるというドゼウスに向かう!」

『この山は明に任せたよ』

「あちらが片付き次第、戻ってくる」


 明の居場所をシュヴィリスならば迷わず見つけることが出来る。


 大きく翼を広げたシュヴィリスとジェイノリーに向けて、明は大きく腕を振った。


「おう!お前らも気を付けろよ!」

「明もな」


 ぶわっと風が舞い上がった。

 シュヴィリスの羽ばたきに、積もった雪が勢いよく宙を飛ぶ。


 どんどんと小さくなってゆく竜の姿を見送って、明は傍らに落ちた荷物を担ぎ上げた。


 ジェイノリーたちが戻る前に、この雪山から異物を見つけなければならない。


 見渡す限りの雪原に、明はひくりと頬をひきつらせた。


「…見つけられんのかな、これ?」


 いつになく弱気を呟きながら、明は一歩雪原へと足を踏み出した。


 じっと、そんな明を見つめる無数の目があることを、彼はまだ知らない。

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