第21話(水都氏サイド):隻腕の騎士団長
重々しい音を立てて、扉が閉ざされた。
どうやらここは地下のようで、空気が湿気を帯びている。
かび臭い臭いにジェイノリーは顔をしかめた。
ここは牢屋なのだろうか。
体の拘束はほぼ解かれ、両手と両足を繋ぐ金具だけが残されている。
岩壁に囲まれて、扉が一つあるだけの陰気な部屋だ。
上部にわずかに開いた通気口から、かすかな明かりが室内を照らしている。
寝台と用を足すための小さなツボのようなものがあるが、どちらも使う気にはなれなかった。
潔癖な現代人なのだ。
湿ってかび臭そうなシーツも寝転ぶ気などとてもなれなかった。
さて、どうしたものか。
ここへ通される前に、身に着けていたものは全て没収されてしまっている。
これでは再度仲間である明へ連絡をとることも適いそうにない。
何とか荷物だけでも取り返さなければならない。
ジェイノリーが考えを巡らせていると、俄かに扉の向こうから音が響いてくる。
息を潜め、音を探る。
地下であるために反響して響くそれは、何者かの足音のようであるらしい。
複数の足音、その中の一つがどうにも音の間隔に違和感がある。
音が均等ではないのだ。
足音の合間に、しばしの空白と軽い床石を叩く音が加わる。
目を閉じてじっと音に聞き入っていたジェイノリーは、ややあって何かに気が付いたように目を開いた。
そうだ、これは杖の音だ。
歩いている人物は足が悪いのだろうか。
ゆっくりと、だが確実に近づいてくる足音に、ジェイノリーは警戒して壁際まで後退する。
ややあって、ジェイノリーが閉じ込められた部屋の扉が開かれた。
こちらに槍を向けて構える兵士の背後。
つい先ほどまで追い回されていた水色の髪を持つ男と、杖を手にした壮年の男が立っている。
ジェイノリーは知らず息を飲んだ。
杖を持つ男は、傷だらけの顔面に片目が落ちくぼんでいた。
目のふちに見える刀傷、位置からして抉り取られたのか。
それだけならいざ知れず、男は片腕もなかった。
立派なあつらえの衣装の袖が、ゆらりとはためいている。まさに満身創痍。
杖を突いていることからも、その傷は下半身にも及んでいることが伺える。
こつん
杖を突き、男が室内に入ってくる。
続いて騎士からカインと呼ばれていた水色の男も部屋に入ると、背後の兵士に向けて片手をふるって合図を送る。
男二人を中にして、扉が閉ざされた。
カインが杖の男の前に出ようとするのを男は片腕で止めた。
一つしかない目が、少し離れた場所に立つジェイノリーをまっすぐに見据える。
何かを観察するように、その目がジェイノリーの足先から頭までをじっくりと眺めまわす。
そうして、男が小さく呟いた。
「……これは人間だ」
しゃがれた声は、喉を焼かれたのか。
よくよく見てみれば、喉にも大きくただれた跡が伺い見える。
きちんと怪我を負った後に処理が施されなかったのだろうか。
地球では医師をしていたジェイノリーは男の身に残る傷痕の数々に知らず眉間にしわを寄せていた。
こちらは文明レベルも低そうである、感染症でも引き起こしてしまったのだろうか。
後遺症が重そうな男を観察していたジェイノリーは男の言葉に首をひねった。
「…ですが転移してきた形跡があります」
男の言葉にカインがそう言い募る。
それを聞いた男が、一歩前へ足を踏み出した。
「っ、危険です、騎士団長」
慌てて言い募るカインに、男は小さく口元に笑みを浮かべた。
そうして、そのままジェイノリーの元へと歩み寄る。
杖をついている為か、その歩みは非常に緩やかだ。
歩き方を見るに、どうも痛めているのは両の足らしい。
「神力は感じない。隠していても感じ取れるからな。かといって魔に属するものでもない。すると残るは人だけだ」
言いながら、男は正面に立ちジェイノリーをじっと見つめた。
「…さて、お前は一体何者なのだろうな」
「答えよ、何が目的であの場に現れたのだ」
男の背後から、カインが鋭い声で問いただす。
ジェイノリーは他意はないと、拘束されたままの両手を前に掲げて言った。
「…俺もどう説明したらいいのかわからないのだが、仲間たちと店で飲んでいて、光に包まれたと思ったらあの聖堂にいたのだ。貴方方をどうこうするつもりなんてない」
「何だと…そんな世迷い言を、」
「待て、カイン」
きつい声音で言い募るカインを、男が制した。
そうして、片目の男はジェイノリーを見る。
「…次元が揺らいだのを感知した。恐らく、この男の言葉は正しいぞカイン」
「団長…」
攻撃的だったカインの気配が和らぐ。
そうして、男はジェイノリーに向けて一つ頷いた。
「お前、名は何という?」
「…ジェイノリー、ジェイノリー・セイジール」
「そうか」
何かを見定めるように、男の目が細まった。
「…挨拶が遅れたな。私はこの国で騎士団長を務めているカラ・カラグだ」
男の名乗りに、後方で腕を組んで立っているカインが続く。
「カイン・アセデリカだ」
むすっとした声音に、カラは小さく笑った。
「私たちは人ではない。よって、お前の言い分を多少は理解できる」
カラの言葉はジェイノリーにとっても予想外のものであった。
「っでは、帰る方法は!」
思わず声を上げたジェイノリーに、カラは少し困った顔をすると首を横に振る。
「次元に関する事象は時神の管轄なのでな…。すまないが、我らには答えられない」
「そう…ですか…」
がっくりとうなだれるジェイノリーに、カラは思い出したように言葉を紡いだ。
「そう言えば今日、ジェイノリーが現れた同時刻に王城にも現れたものがあるのだが」
「っ!」
「何か関連があるかもしれん。眷属に持ってこさせよう」
そう言ってカラは腕を振るった。
ジェイノリーには何をしたのかわからなかったが、カインの目が何かを追うように扉へと目を向ける。
「さて、届くまでそなたのことを話してもらおうか」
カラの言葉に、ジェイノリーは小さく息をついて頷きを返した。




