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第17話(水都氏サイド):礼拝堂と黒髪の男

 穏やかに日の光がステンドグラス越しに聖堂内を照らしていた。


 祭壇で祈りを捧げる女は、降り注ぐ光を浴びて一心に何かを祈っている。

 四十を越えているだろう女は、ゆっくりと目を開くとその場に立ちあがった。

 まっすぐに凛と伸びた背に、意志の強そうな眼差しが印象的な美女である。

 年を取ってもなお、女の美貌は損なわれてはいないようだ。


 鋭く、まるで睨むかのような視線の先には安寧と繁栄をつかさどる女神像がある。


 女は、週に二日ほどはこうして国の繁栄を祈るのが習慣であった。

 貧困に困窮する女の国には、民が穏やかに暮らせる安寧こそが求められる。

 女の苛烈な視線は、激しいまでにそれを欲してやまないものであった。


「レゼーテ王姉殿下」


 静寂が満ちるその場に、涼やかな男性の声が響く。


「…何用です。(わたくし)がここへ祈っている間は声をかけるなと命じておいたでしょう」


 ぎろりとレゼーテと呼ばれた女が礼拝堂の戸口に立つ男を睨み据える。


 淡い水色の髪を背にたらした男が一人。

 男臭さの感じ取れない中性的な容貌と相まって、涼しげな印象を与える男であった。


 一礼する男の背後では、腰に剣を佩いた屈強な騎士が立っている。


「申し訳ございません。ですが、異常事態です。魔力磁場が乱れております。とく、城へご帰還下さいませ」

「磁場が…わかりやすく申しなさい、カイン」


 苛立つようにレゼーテが吐き捨てる。

 けれどもコツコツと靴音も高らかに戸口へと向かってくる様子に、カインと呼ばれた男は慇懃に腰を折って答えた。


「大規模な魔術的干渉か、もしくは何らかの災害の予兆ではないかと思われます」

「……忌々しいこと。惰弱な貧民たちがさらに困窮することでしょうね」


 ふんと鼻を鳴らして、レゼーテは鋭い視線をまっすぐに頷いた。


 そうして歩き出そうとした刹那、カインが何かに気づいたように素早く飛び出すとレゼーテを戸口付近へと押しのけるように立った。


「何かくるっ!!」

「ちいっ!姉殿下!!下がってて下さいよっ!」


 戸口に待機していた騎士が舌打ちをして前へ出た。


「カイン!気配は何処だ!!」


 騎士の鋭い声に、カインは素早く目を閉じて意識を集中させた。


「…グードリン、祭壇の前に歪みがある」


 そうして剣を抜き放つ騎士に向かい、まっすぐに祭壇を指さした。

 それを受けて、騎士グードリンは素早く後方を見やる。

 そこにいまだ戸口付近に立ち、こちらを見つめている警護対象を見つけてひくりと頬をひきつらせた。


「姉殿下っ!避難してください!」

「嫌です」

「はあっ?!」


 即答である。

 レゼーテの側近くに立つ部下の騎士達も、どうしていいのかわからないようでおろおろと戸惑いも露わだ。


「姉殿下!!」

「私には何が起こっているのか、見届ける義務があるのです。臣下である騎士風情が、私に指図をするでない」

「っこの、石頭がぁ~~~!!」


 思わず警護対象に向けてぎりぎりと歯噛みするグードリンに、油断なく前方を伺っていたカインが鋭く叫んだ。


「来るぞ!隊長!」

「っちい!!お前ら!!姉殿下を死んでもお守りしろよ!!」


 後方の部下へ向けて鋭く声をかけて、グードリンは祭壇へ向き直る。


 祭壇には今や、目も眩みそうなほどの光が瞬いていた。

 カッとひときわ強く光が放たれ、思わず目を閉じる。


 そうして掻き消えるように光は消えていた。


 光の消えた場所にたった一人の男を残して。すべての異変はなかったかのようにしんと静まり返った空気がその場に満ちる。


「……む?何処だ、ここは」


 男は、周囲を見渡した後そう呟いた。

 そうしてゆっくりとその視線が剣を向けるグードリンたちの元へと向かう。


「…」


 友好的な態度とはどうにも言い難い。

 それを感じ取ったのか、男はふむと一つ頷いた。


「…とりあえず、俺は怪しい者じゃないんだが」


 男の言葉に、カインはじっと黒髪の男の様子を伺いながら口を開いた。


「……突然王族の礼拝所に現れた不審者を、そう簡単に信じるわけにはいくまい」


 カインの言葉を聞いた男は小さく嘆息した。

 王族、礼拝所。それだけでも嫌な予感がする。

 そうして剣を向ける男たちの背後には、ドレスを着た明らかに場違いな女性の姿がある。

 恐らくは、彼女がその王族とやらなのだろう。


 忽然と現れた男、地球からの来訪者であるジェイノリー・セイジールは状況を積み上げて、そうして自分の不遇を嘆いた。

 恐らくは彼らに王族を狙った刺客と疑われているに違いない。


 突然こんな厳かな雰囲気漂う聖堂に”跳んで”しまったジェイノリーは、混乱しながらも現状わかる範囲で情報を収集していた。

 この場所がどこかなんてわからないが、王族と名の付くものを害そうとした者の罪は総じて重い。

 それが真実か真実でないかは、大事なことではない。

 その疑いがかかったという時点で、罪は確定しているのだ。


「大人しく縄に付け。話は詰所で聞こう」


 この国の法体制もわかっていないのに、それはあまりにも危険だろう。最悪、疑わしきは罰せよということでそのまま処刑もありうる。


 仕方がないと、ジェイノリーは息を吸い込んだ。

 聖堂には窓がある。

 戸口には多くの騎士たちがいる、逃げるのならあそこだ。


「こちらとしてもここに来たのは不本意だ、逃げさせてもらおう」


 そう言ってジェイノリーは手身近にあった椅子をグードリンに向けて蹴りつけ走り出した。


「っ、カイン!!」


 飛んでくる椅子を切り捨て、グードリンが叫んだ。


「ゆけっ!」


 カインが腕を振るうと同時、どこからともかく溢れ出してきた水が塊となってジェイノリーに襲い掛かる。

 だが、ジェイノリーに触れるかどうかというところで、カインの操る水の塊は霧散してしまった。


「…何かしたのか?」

「っなに?!魔術が…っ!」


 驚きは両者同時であった。

 カインは己の魔法が無力化したことに、ジェイノリーは地男が発した魔術という言葉に不意を突かれて。

 双方驚愕するも、それでもジェイノリーは足を留めなかった。


 バリン


 軽い音を立てて、窓ガラスが砕け散る。


 素早く窓から身を躍らせたジェイノリーに、我に返ったグードリンが叫んだ。


「侵入者だーっ!追え、追えー!!」


 後方にその声を聴きながら、外へ走り出たジェイノリーは周囲の光景にまた息を飲んでいた。


「ははは…どこの映画のセットだよ、ここは……」


 中世ヨーロッパを彷彿とさせる街並みに、ジェイノリーは乾いた笑いを浮かべた。

 それが彼、ジェイノリー・セイジールのザカタリス王国での逃亡劇の始まりであった。

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