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第10話(水都氏サイド):上様と禁則事項

 天高くそびえる天守閣に乗っているのは金色の龍であった。

 しゃちほこじゃないことに軽いカルチャーショックを感じながら、明は斉羽城を見上げていた。


「…どっちかってーと、まんま文化遺産的な城じゃねーか…」


 そこにはテクノロジーのテの気配すらも存在していない。

 あるのは人の手でこれを作り上げたのかというような畏敬の念すら抱かせるほどの、精密に整えられた城の姿があるだけだ。


 門を支える巨大な柱でさえ、学生の時分に修学旅行で見学をした有名な寺院などにあるような立派な木材だ。

 ここが日本なら、この柱だけでも重要文化財に指定されるのではないだろうか。


「…でけぇ城だなぁ…」


 白塗りの城壁が松明の明かりを受けて煌々と照らされている。


 重厚な瓦屋根は黒褐色で、それだけで重厚感を醸し出していた。


「稲本殿、こちらに…」


 城についてから案内は火消しの頭領から侍へと代わっていた。


 紋付き袴なんてテレビの中でしか見る機会がない明にとっては、すれ違う人々が皆そのような格好というのはどうにも落ち着かない。


 すっすっとすり足で廊下を進む男の後を見失わないように付いてゆく。


 がやがやと賑やかなものを想像していただけに、しんと静まり返った城内に明は居心地が悪そうだ。

 畏まった空気を感じ、出来ることならすぐにでも逃げ出したい思いに駆られる。


 頭領も将軍がどうのと言っていたようであるし、恐らくはその”将軍”とお目通りすることになるのだろうが…。

 この緊張感が立ち込める空気に、明はごくりとつばを飲み込んだ。

 礼儀作法なんて代物は一般常識程度しか身につけてはいない。

 無礼者!と切り捨てられるのはごめんである。


(ま、まあ…相手も俺のことトリッパーとやらとわかっているはずだし、そう厳しいことは言ってこない・・よな?)


 誰にともなく確認するように胸中で言い聞かせて、明は促されて畳敷きの広間の中央にどかりとあぐらをかいた。

 ちらりと周囲を伺うもどうやら、気軽に写真を撮るような雰囲気ではないらしい。


 案内してきた侍が消え、一段高く上がった場所では控えの男たちが三人。びしりと正座をして待機している。



 刀を携えた若い男が現れ、そのまま中央にある座布団の傍らに膝をついて頭を下げる。

 それを見て左側に坐していた男が顔をあげ声を張り上げた。


「上様のお成りぃー!」


 一斉に頭を下げる侍たちにならい、一拍遅れて明も膝に手を当てて頭を下げる。


(上様って…あれ?確か殿さまがそんな呼び方されてなかったっけ…?)


 まさか将軍とは上様のことだったのか。

 そのまま江戸の様相に明は内心類似点の多さに驚愕した。


 そうして人が移動してくる気配とともに、壇上に動きがあった。


「面をあげぇい!」


 いつまで頭を下げればいいのか困惑していた明の耳に、若い声が聞こえた。

 顔を上げれば壇上に座る年若いちょんまげ姿の青年がいる。

 細面でどこか頼りない風情だが、着ている着物には金糸が刺繍され一目で一級品ということがうかがえた。

 素人目にも「金がかかっている」衣装だった。


「おぉ、お主が此度現れた”とりっぱー”か!」

「…お、おう」


 ぎろりと家臣に睨まれた気がする。

 ぼりぼりと頭をかいて、困った様子の明に気が付いたのか上様とやらが笑い声を上げた。


「はは!よいよい!見知らぬ土地に来て戸惑っておるのだ、あまり厳しくするでない」

「しかし上様っ」

「余がいいと言っておるのだ、じい」


 どうやら明をかばってくれるらしい殿さまは、座布団に腰かけてぐっと身を乗り出した。

 その目は少年のようにきらきらと輝いている。


「余はこの陽明の大殿である、高松(たかまつ)高定(たかさだ)だ!」


 大殿が何かはよくわからないが、この国の要人ということだろう。

 総理大臣とかそのあたりだろうか。

 よくわからないが、ともかくそれくらい偉い人物だと辺りをつける。


 明の予想はそう外れることもなく、高松という人物はこの国を頂点であるのだがそれを教えてくれる人物はこの場にはいなかった。


 ともかく失礼がないように軽く頭を下げて名を名乗る。


「俺は稲本明です」


 そう言えば、高松は人好きのする笑顔を浮かべて頷いた。


「そうか、稲本か!此度は大変な目にあうたのう」

「まあ…ちょっときついっすね。のんびり異世界観光…なんてしてる暇もないし」

「そうであろそうであろ」


 いい笑顔でうなずきを返す高松の姿に、明は知らずこわばっていた体の緊張を解いた。

 ちょっと頼りないところもあるが、何とも人のいい若者ではないか。


 そんな高松が、ふと何かに気づいたように「おお!」と声を上げる。


「そうであった。先にこれだけは伝えなければと思ってな」

「何でしょうか?」


 これまでの会話から、明はこの若い殿さまに対してはあけすけな性格に好感を抱いていた。

 年若く思慮が足りないようではあるが、それも彼の性格に馴染んでとても気持ちのいい人物である。


 そんな高松が急に真剣な顔つきに変わったので明もまた居ずまいを正した。


「この世界には禁則事項が多々あるのだが…”とりっぱー”のお主が注意すべき項目が一つあっての」

「…禁則事項?」

「そうじゃ。それを破ると……まあ、良くないことが起こるぞ」


 言い淀み、高松は視線を下げた。

 何とも、物騒な話ではある。ともかくその禁止行為については知っておくべきだろう。

 暗い顔つきの高松に明は前を向き声を張り上げる。


「…それで、俺が気を付けるべき項目ってのは?」

「うむ、この世界に”科学技術”に関する知識を広めることじゃ」

「えっ…」


 それは日本の知識を用いて異世界でブイブイ言わせる行為全般にかかわることか。

 思わず固まる明に、深刻そうな顔で高松が言い募る。


「お主自身だけではなく、対象は知識を授けた者全般に及ぶゆえ…用心いたせ」


 どうやら高松は親切心からわざわざ明にこのような忠告をしてくれたらしい。

 印象通りに、心根のまっすぐな好青年のようだ。


 それではこの世界は、テクノロジーが発展してはいないということか。

 それはそれで少し残念な気もする。


 ともかく情報を呉れた高松に向け、明は膝に両手をつくとがばりと頭を下げた。


「教えていただきありがとうございます、殿さま!」

「ははは!気にするでないぞ!余も珍しいものをみれたしな!」


 明るく笑う高松に明の気分もほがらかになる。


 どこかふわりとやわらかな空気に満ちていたその場で、俄かに待機していた侍たちの動きが慌ただしくなった。

 何事かと思っているうちに、新たに室内に数人の男たちが入室してくると壇の前に坐す男に耳打ちをすると膝をついて座り込んだ。


「ま、まさか…」


 上ずった高松の声に、何事かと目を向ければ彼の顔は紙のように白い。


 そうして、壇の前に坐した男が朗々と声を張り上げた。


「佐々木将軍のお成りぃー!」


 先ほどよりも緊張した面持ちで、待機する男たちがそろって一斉に頭を下げた。

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