第95話(水都氏サイド)(ザラス大陸(チーム・ノースディビジョン)編最終話):中央大陸へ
ゆったりと午後のうららかな日差しの元、テラスで休憩中のドゼウス王に手早く報告をしてから、騎士団長であるオセロは叩頭した。
片手をふるいそれを立ち上がらせて、若き王ライゼンはその凛々しい眉根をそっと寄せた。
「…では、彼らはすでに国内にはいないということか」
「そのようであります、陛下」
「そうか…」
そう言ってライゼンはティーセットの並んだ白木の美しいテーブルに肘をついた。
柔らかな太陽の日差しの元、若き王のさんざめく金糸の輝きはそれだけで絵になる光景であった。
くわえて王の背後、テラスの柵越しに赤い色を持つ竜の頭が興味深そうにこちらを伺っている。
竜が当たり前のように周囲に存在しているのが、この国らしいといえるだろう。
「ライゼ。国外に逃げたというのならば、もはや手出しできるものではないでしょう。何が気にかかっておいでなのですか」
ライゼンの向かいに座りティーカップをかたむけていたレイリアスが、すっと顔を上げライゼンへ尋ねる。
ライゼンはレイリアスの問いかけに、詰めていた息を吐き出すと柔らかな笑みを一つ浮かべた。
「…あの竜がどうにも悪い存在には思えなくて。国のこともあるのに、すまないな」
「それが陛下の美点でありましょう」
自嘲めいた王の言葉に、即座にオセロが声を張り上げた。
竜に護られ共に繁栄を築き上げてきたこのドゼウスという国において、竜のよき隣人であるということは何よりも国の平和へと繋がるのだ。
そのためにライゼンが竜を気に掛けることは、この国において王の汚点とはなりえない。
まっすぐに王を見つめる老年の騎士団長の眼差しに、ライゼンは柔らかく破顔した。
「陛下」
和やかな空気があふれるその場に声が響く。
ライゼンはゆるりと視線をテラスの入り口に佇む侍従へと向ける。
ソイスという名の王付きの侍従は王に向けて声をかけた。
「…モリスよりビスケッツ様がおいでです。それと、リアン隊長も報告があると…」
「…今日は客が多いな。構わん、通せ」
「はい」
すっと後方に下がったソイスは、次には二人の騎士を引き連れて戻って来た。
今時期に現れたのだ。
二人とも、おそらくは先ほどオセロとも話していた青い竜の件で間違いはないだろう。
だからこそ二人まとめて入室を許したわけではあるが、ライゼンはゆるやかに湯気を立てる紅茶のそそがれたカップを横目でちらと眺め見て、休憩が早々に無くなってしまったことに胸中で嘆息した。
そんなライゼンの様子を傍らで見守っていたレイリアスは、ただ一人王の内心を思いそっと視線を落とした。
王の眼前へ歩み寄って来たビスケッツは、北の領地であるモリス領を収める伯爵の私兵団団長を務めている。
先のドゼウス王国の内乱の折は、当時一介の騎士でしかなかったライゼンとともに死闘を切り抜けてきた仲だ。
小柄な彼はすっと膝をつくと、明朗な声で言った。
「陛下。ご報告があります。モリス地方近辺では不審な人物の情報はなかったのですが、北のカイザスタン皇国で青い竜が騒ぎをおこし東南の方角へ飛び去って行ったと密偵からの知らせがありました」
ビスケッツに続き、共に入室してきた騎士リアンも補足するように言葉を繋げる。
「近隣諸国からも西から東へ向けて飛び去る青い竜の目撃情報が集まっております。目撃地点より推察するに、リースレイン連峰方面より、カイザスタンへ向けて飛んだ姿が目撃されたものかと…」
二人の報告を受け、ライゼンはその秀麗な眉を怪訝そうに寄せた。
「…つまり、我が国に落ちたあの竜はその後、西に向けて飛んでからまた東へ抜けていったというわけか?…一体何のために」
「…何か、目的があって飛んでいるようですね」
王の疑問にレイリアスも訝し気な声で返す。
「カイザスタンの東南…我が国に入っていないということは…」
独り言のようにこぼれるオセロの言葉に、ライゼンはすっと顔を上げた。
何かに気づいたように、ライゼンは口を開く。
「…目的はドルセニア海王国か。彼らは海を…海の先を目指しているのだろうか」
「…そのようだ」
ふわりと空間が揺らいだ。
ライゼンの言葉に淡々と答えた男が、揺らいだ空間から陽炎のように現れ出でる。
光の化身である白竜の登場に驚きもせず、ライゼンはこの場に出現した白竜のロウへと視線を向けた。
「何か分かったのか」
「…ノアールが青き侵入者達と共に海を渡り中央大陸を目指すようだ。モリモト達も一緒らしい」
「えっ、ノアール様が中央大陸へ…って、モリモト達もってどういうことですかっ?!」
混乱したようにオセロが声を上げる。
他の者達も展開についていけないようで、驚いた表情も露わだ。
「それと…」
ロウから続けられた言葉に、ライゼンはまだ何かあるのかと胡乱な眼差しでロウを見る。
「…黄呀が妖精の奸計にはまり、ザカタリスの騎士どもを引き連れて中央大陸に行くことになったようだ」
「はあ?意味が分からん…っ!」
「…何がどうしてそうなったんだ」
思わず上がった声にロウもこればかりは仕方がないと目をつむる。
ロウとて、黄竜の黄呀よりこの話を聞いたときはさっぱり意味が分からなかったのだ。
ただ、話に妖精の茶会が係ると聞いて、それで全てを察したわけではあるが。
妖精とは知る者の間ではそれだけはた迷惑を振りまく存在と知れ渡っているのだ。
「まったく…よくわからないが、中央大陸に何かがあるということだろうか」
ふうっと吐息を吐き出し、ライゼンは疲れたようにテーブルの上の冷めた紅茶へと手を伸ばした。
せっかく取り寄せた極上の茶葉で淹れたのに、冷めきり香りも飛んでしまった紅茶の悲しいこと。
再度深いため息を吐き出して、ライゼンはゆるりと首をふるうとソイスに命じた。
「…新しいティーセットをここへ。俺はこれから茶を淹れる。誰もここに通すなよ」
「かしこまりました」
国王の趣味が紅茶を淹れることだと知るソイスは、柔らかな微笑を浮かべてこうべを垂れた。
ザラス大陸編 完
諸事情により連載停止します。再開は未定。
再開次第この後書きは削除します。




