運命のリンシード
自分の排泄器官から溢れ出した、痛みを伴ったどろっとした感覚。
身体は違うけれど、あの嫌な感覚は鮮明に覚えている。
アドルフ殿下から告白されて、運命の伴侶だって言われて途惑って。
それでも無理矢理じゃなくて、優しく、けれど友人みたいな殿下に好意を持っていた。
けれど私は信じられなくて、ずっと気まぐれなお遊びだろうと思っていた。思い込もうとしていた。
だからあの日だって、抑制魔道具を見せてもらっていたのだ。
生まれも育ちもそこそこ良く、宮廷魔術師になれる程の魔力を持ったTHEインドア派の私は、自分の身を守るものが魔法しかなかった。昔は剣も振ってたけどな。そして、だからこそ魔力を封じる拘束具やそれでなくても普通の拘束具を恐れていた。だって怖いじゃん。一応侯爵家の令嬢だ、ほどほどにこの身やお命を狙われる。私、か弱い女の子だぜ?ぶっちゃけ、小心者でチキンな私は小さい頃から何とか自分の身を守ろうと、拘束具から防衛術までありとあらゆる危険について研究していた。今ではそれらが役立ち、魔道具研究者として見習いのような立ち位置で仕事をしている。男女平等に働けるいい世の中だ。まあ、貴族の子女はほとんど働いてなんかいないんだけれども。
閑話として、前世の記憶があったり。女神様というやつからチートを貰っているがあれはどうも使えない。スキルすぎる。夢見る少女だった私の気持ちを返せ。
そんなわけで、そういったものにに異様な興味を持つ私は、友人である殿下に、王族に代々伝わる(というか王族以外はは持っていても特に意味ない)抑制魔道具を見せてもらっていた。リンシード印の拘束具発売への第一歩だ。
けれども、よく考えたら殿下は設定だとしても私に好意を持っているのに、なぜ外すことを要求したのか。
とりあえずそのときの私をぶん殴りたい。インドア派だから全然力ないけど、おおきく振りかぶってぶん殴りたい。
王族に代々伝わる抑制魔道具は王族以外には意味がないと前述したが、実は王族にはとんでもない祝福(俺的には呪いだと思う)がある。自分の伴侶と愛し合うことにより強くなれる(具体的に言うと魔力量が増えるなど)というのが代々遺伝している。その前提として運命の伴侶がわかるという更にとんでもない能力がある。恐ろしい。しかし運命的でロマンチックでもある。巷では運命の恋人というものが流行っているらしい。
そして私は、何故かその伴侶に選ばれていたのだった。信じれんだろ普通。
だが言い訳を聞いて欲しい。昔の書物などによると、それを理由に口説いて何人もと遊んだ王族だって歴代の中にはいる。まあ、血の繋がりが薄かったりしたらしいんだけど。あぁ、わかっている。血が濃ければ濃いほど、その伴侶しか愛せず酷いときは寝込むほどまでいっちゃう愛が重い王族がうちの国のトップだと。そしてそれの次期トップが殿下だと。
でもやっぱり信じられるはずがない。私はあまり自分に自信がないのだ。恋愛結婚を推す両親にかまけて仕事に骨を埋めるつもりだった。もちろん外面はちゃんとしてたし、初対面での愛想笑いも完璧だった。いや、完璧じゃなくてもそこそこイケてた。殿下は優しかった。すぐに盛ってはこなかった。嫌になるぐらい完璧な人だった。交流を深める中で私ののこんな性格がバレて、実は俺もって殿下が王子王子しなくなったときには、笑った。私たちはどこか似ていて、話も価値観もよく合った。それからは二人っきりの時だけ素でいたし、殿下の私を見る目が、恋する目から慈しむような目に変わっていったのにも気付いていた。
だから安心してた。もう殿下は、気のおける友人ぐらいにしか思ってないと、思い込んでいた。そんなことないことなんて、殿下の目を見れば一目瞭然の癖に。私はなんと浅はかで馬鹿な女だろうか。
侯爵家令嬢の皮を被っていない私はは、ガサツで口も悪くて、しかも訛りが入っている。多分前世に影響されたのもあるだろうし、師匠である人の言葉が移ったのかもしれない。前世でいう関西弁みたいなものだ。標準的な綺麗な言葉だって話せるけれど、あまり好きではなかった。更には不器用で、刺繍などの令嬢らしいことは出来ない。いや、頑張ったら形になる程度の実力。お洒落というのにも疎い。着るものは、お兄…いや、お洒落で流行りに敏感な姉様に全て丸投げしてる。研究が好きで、仕事場である国立の魔術研究所に入り浸ってるし、普段は髪も無造作にしてる。そんな俺を知った殿下は早々と恋愛対象から外してくれると思っていた。自分には、やはり自信がなかった。仕事帰りに来てくれと言われたら、隈を作っている状態でおめかしもせず堂々と行ってやった。ドン引きして幻滅して手放してくれないかな?とも期待しながら素で接してやった。
だが、王族の祝福はそんなに甘いものではなかったのだ。
冒頭に戻る。
抑制魔道具を外した王族が異常に発情することは前々からわかっていた。わかる、というか周りに注意されたり、家族から耳がタコになるほど言われていた。本でも読んだ。それでみ「見せて」なんてお願いしたのは、私なんかに欲情しないだろうとタカを括っていたのと、抑制魔道具への好奇心に負けてしまったのだ。
自分を卑下しすぎるのも良くない。私程度が王族への祝福に勝てるわけない。
幻滅して貰おう作戦はもとより、毎回毎回めかしこんでたら会う時間が少なくなるとか言う殿下のお望みで、仕事帰りに直接行くことも少なくなかった。その日もそれの例に洩れず直接行った。
勿論そこそこの服は着ている。なんてったって姉様セレクト。いまや流行の最先端を生み出す姉様の全身コーデは凄まじい。ちなみに男だけど姉様と呼ばないとシバかれる。バイオレンスだぜ姉様。
いつもは殿下の部屋でたわいもない話をする。やれどこぞの令嬢のアプローチの仕方が面白かっただの、やれどこぞの狸親父が転けていただの、若干性格の悪い話かもしれないが、結構面白い。そんな流れでお願いしてしまい、抑制魔道具を見せて貰えることになり、ちょっとヤバイかなと思いつつも楽観視して、遠慮なく眺めた。
最初は外さずに殿下の手を掴んで見ていたのだが、目に魔力を集めて解読していても、殿下の顔がチラチラと視界に入ってきて心臓に悪い。美形の微笑んだ顔って神々しいよな。なんとなく無性に恥ずかしくなって、片方していたらいけるだろ、と思って指輪を外して貰った。指輪を解析し終わって、ピアスも解析した結果(ピアスも一旦外して貰った)上乗せして強化するパターンでないものがわかった。成分というか効果が違うというところまでわかり、これを作った人は天才だなあと関心しながら二つを同時に解析し、違う点を見つけようと思い、ピアスを片方だけ装着して貰った。この解析方法は便利なことに便利だが、集中して周りが見えなくなる上に魔力がごっそり持っていかれるので、専用の魔道具を使った方が効率はいい。ということで殿下の耳に至近距離で近付いた俺は、何故か抱きしめられた。それでも解析を続ける俺に、低く甘い声で殿下は「嫌がらないのか?」と笑う。ちょっと待て、解析は途中でやめるとまた最初からでめんどくせーんだと思いつつ。目もくれずにエルボーした私は、殿下の様子がいつもと違うことに気づけなかった。
そのままお姫様抱っこで持ち上げられ、「おい揺れるからやめろ」と言いつつ、私はまだ解析している。もう少しで、あと少しで全部終わるから、揺れるのは我慢しようと思っていた。
全て解析し終わったのは、寝室に運ばれ組み敷かれている頃。
あ、ヤバイと本能的に感じたのも束の間、頬が少し紅潮した殿下にキスをされた。私のファーストキッス!!と思う暇もない。俺は重大な事実に気づいていた。あの抑制魔道具、セットでつけていたのには理由があった。薄々気づいていたが、あれは両方ないと一気に効果が激減する代物だったのだ。片方外した時に平然としてたので、ピアスも一つ外してしまったが、お前よく耐えれたなレベルでダメだったのだ。空腹のライオンの前に肉をどっさり置く様なもんで…って私はマジで何してんだよ!!!殿下はよく耐えた方だと思う。本当、全面的に私が悪い。流石に無防備すぎたのだ。殿下よくやった。あれだけ王族の祝福に対する書物を読んできて、これだ。人間として最低の領域かもしれない。鈍感にもほどがあるわ!!殿下は祝福という名の呪いにかかってんだぞ!!と騒いでも後の祭り。私の服を剥ぎ取っていく殿下は目が虚ろになっており、更には力や魔力など全方面からにおいて殿下には叶わず、私は逃げ道を失っていた。のしかかられており、手でぐいぐい押してもビクともせず、このまま俺は処女を喪失するのかと途方に暮れていた。殿下は何を言っても愛してるとか好きとかしか言わず、一向に耳を傾けない。完全に正気を失っている。やめろと叫んでも意味はない。俺が握りしめていた指輪とピアスは、つけようした瞬間に投げられるしどうしようもない。
その時私は「女神様から貰ったクソスキルがあった。」と気付いた。
俺が転生の際チートにしてくださいと言い、貰えたのは使えないチート能力だった。
『性行為時のみ性を操れる』
女神様はこれをどうしろと言うのかという、性行為系スキルだ。私は妊娠を防ぐために男になる。正気じゃない殿下にならきっと幻惑魔法でも効くだろう。だから男特有のアレはバレないようにする。
きっとゴムなんて思いつかないだろうから、妊娠は気をつけなければならない。無理矢理の末に出来た子なんて、きっと私はちゃんと愛せないと思うから。
その日は朝方まで激痛が続き、眠れなかった。気持ちよくなんてなかった、ただ虚ろに歪んだ殿下の目と私の目が会う時、胸が痛かった。やっと殿下が眠気に抗えず眠ったところで、私もやっと眠れたのだ。
日が登り、側近さんが殿下を起こしに来る。割合と気心知れた仲で、私の素も殿下の素も知っている。
私は血も含め体液で濡れたシーツで身体を隠して苦笑した。半泣きだったかもしれないけど、それは日頃令嬢スキルで繕えているはず。
「お風呂、借りてもいいですか?」
備え付けのシャワーで私の中に吐き出された白濁のソレを掻き出した。腰が酷く痛い。
前世でちょっと男同士のアレコレが好きだった私は、腹を壊すんじゃないかと危惧していたので早急に。ついでに汗まみれだったから、全身を洗う。ぐちゃぐちゃになった服の代わりに真新しい服と、軟膏が置いてあった。ついでに湿布もくれませんか。風呂からあがると、正気に戻った殿下が土下座をしてきた。私は慌てて立ち上がらせる。今回は全面的に私が悪かったのだ。というか王子にそんなもんさせられるか。どれほど怒ったって仕方ない。むしろ無防備だった俺が悪い。無理矢理だったとしても、私がどれほど抵抗したとしても、抑制魔道具を外させたのは俺だ。
うん、やっぱり私のせいだ。ごめんなさい。
私はそう思い込んで自分のせいにした。一介の貴族ごときが王族には立てつけない。というかそもそも私が悪いんだし。なかったことにしよう。こうなるかもしれないなんて、前はちゃんとわかってたじゃないか。ただ、知り合って殿下の素の姿を知って、甘えてただけだ。殿下が私に甘すぎただけだ。もう友人みたいな関係には戻れないけど、殿下に身体を触れられると拒否してしまいそうになるけど。貴族の義務として、国民である義務として、この国の跡継ぎを産まなければならない。自分勝手な想いで、逃げていてはダメだと、覚悟を決めた。このまま順調に進めば私は王妃になる。
きっと今回のこれは、そのための試練だったのだ。そう考える他なかった。
本当は王妃になんてなりたくない、研究者のままでいたい。
好きじゃない人としたくなんてない、殿下を好きになりたかった。
初めてはこんな形で奪われたくなかったのに、裏切られた気分だ。
そんな想い全てに蓋をして諦めて。
何でもない風にいってらっしゃいと、気にすんな仕方ないと笑って殿下を見送った。
ドアを閉めると、膝から崩れ落ちる私の身体。腰が鈍く痛くて、立つのがやっとだった。
そういえば、人生は妥協が大切だと、誰かが言っていた。正にその通りだ。
泣いた。全部泣いて、忘れることにした。
殿下への憎しみも、怒りも、少しずつ育んでいた愛おしさも。
今度会う時に、プロポーズを受けよう。けれど私が殿下をアドルフと呼ぶことはない。
殿下に愛してると伝えよう。無理にでも、そう思い込んでしまえばいい。
研究者はやめよう。王妃としての教養も身につけなければ。
私が我慢して飲み込んで、それを受け入れて浸透させれば、全てが丸く収まるのだ。好きになってから、なんて甘っちょろいことはもう言ってられないのだ。私が変えた、私がこの優しい世界を変えさせてしまった。国民は次の王の世代も安泰だと安堵するし、家族は王族との繋がりが持てていいかもしれない。王族は自分の身内が無事伴侶と結ばれて安心するだろうし、私は貴族の女子が夢見る王妃の座につけるのだ。
「嬉しい、なあ…」
嬉しいに決まってる。そんな輝かしい未来に期待を膨らませなければ。
意に反して涙がまた溢れた。おかしい、止まらない。目が腫れるから泣き止めよ、クソ。
窓から見えるスカイブルーは、嫌味なぐらい殿下の瞳の色と似ていた。
泣き止んだ私が実家に帰され、世界が思うより優しいことを知るのはまた後のことーーー。