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モフと不思議な動物たち  作者: 雪野湯
3/4

モフの勇気

「ハァ、ハァ、ハァ」

 トーマは人間達を引き付けるため、森の中を走り回っていた。

 人間達は武器を手にし、獣を位置を探るための道具、気配消す道具を駆使して、トーマを追い詰めていく。

「くそ、人間めっ。以前より、追跡能力が上がってやがる」

 当初は、遺跡から離れるように誘導するつもりだけだったが、いつのまにかその余裕を失い、人間達の包囲網から逃れられなくなっていた。


「こうなったら、一番弱そうな人間を狙って、力づくでも突破するしかっ」

 足を止めて、人間達の様子を観察する。

 四匹の人間の中で、身体が一番小さくひ弱そうな奴に目を付けた。そいつは他の人間とは違い、気配を消すことなく、たどたどしい動きを見せている。


「よし、あいつのいる場所からっ」

 トーマは小さき人間を目指して、森を駆け抜けていく。

 人間は茂みの向こうにいる。こちらには気付いていない。

 トーマは茂みから飛び出して、人間を威嚇した。

「グオォッ!」

「ひっ!」

 小さき人間は驚き、腰を抜かした。

(いまだ、この隙にっ)

 

 人間の横を通り抜ける瞬間、その人間と目があった。小さき人間は、恐怖に凍る目を見せている。

 それをトーマはフンッと鼻で笑い、颯爽とその場を去ろうとした。その去り際に、小さき人間が手にする武器を見た。

 恐ろしき人間の手に収まっているのは、忌まわしき獣を狩るための道具ではなく、ただの棒きれ。


「えっ?」

 棒きれで狩りを行っていたことに、トーマは驚きの声が漏れた。足を止め、小さき人間を見ると、その人間の身体には無数の傷があった。

(こいつ、奴隷か……こいつは囮っ!)

 トーマは慌てて身を翻すが、時すでに遅し。

 三方向から、網が放たれる。

「クソッ!」

 すぐに飛び上がり、網を交わそうとしたが、一つの網が左後ろ脚に絡まってしまった。

 トーマは自慢の牙で網を食い千切ろうとするが、網は丈夫で中々千切れない。

 気配を消していた残りの人間達が姿を現し、身動きが取れないトーマの前に立った。

「この、人間共めっ!」

 トーマは人間達に向かって吼える。

 人間はその姿をニヤつき眺めながら、獣を狩るための武器を、トーマに振り下ろした……。



 

 古城の遺跡。

 

 もはや城は、その形をとどめてはいなく、荒れ果てた石畳の上に風化した石像や石柱が転がるのみ……。

 崩れ落ちた巨石の隙間に、地下へと続く道があり、その先にモフの世界に通じる門がある。

 しかし、モフは遺跡の内部に入らずに、外でトーマを待っていた。

 リフォンには中で待っているように言われたのだが、どうしてもトーマを外で待っていたかったのだ。


「遅いね、トーマ」

「そうね、何やってんだか」

 遺跡に着いてから、かなりの時間が経っている。

 でも、トーマは来ない。

「トーマはどんな用事があったの?」

「さぁね」

 モフの質問に、リフォンは何事もないような素振りを見せる。

 だけど、モフにはそれが少し変に感じてた。

 モフの胸の中のざわめきはずっと続いている。


「ねぇ、リフォン。何か隠してない?」

「何を言ってるのよ、もう」

「でも、んっ!?」

 モフの耳がピクリと動く。耳は森の方向を向いた。

「どうしたの、モフ?」

「今、聞こえた。トーマの声が……」

「何を言ってるの、そんな声聞こえないわよ」

「ううん、聞こえた。僕の耳はすっごくいいんだ。ねぇ、トーマはどこで何をしているの?」

「それは……」

「あ、また、聞こえた……この声は、悲鳴っ!? トーマっ!」

「待ちなさい、モフ!」

 リフォンの呼び止める声も聞かず、モフは駆け出す。トーマの元へ……。


 

 

 モフは森の中を駆けていく。

(トーマの声はこっちの方向から聞こえた。うん?)

 モフは立ち止まり、周囲の地面をクンクンと嗅ぐ。

(変なにおい、にんげん? くんくん、こっちだっ!)

 モフは人間の匂いを追っていく。

(こっちだ、こっち。トーマの匂いも混じってる!)

 モフには、トーマの匂いが強烈に感じ取れた。

 それはそれは、とても濃く、強い匂い。

(トーマ、怪我をしてる。早くっ!)

 トーマのいる場所を目指す。

(あそこだ、あの茂みの向こう側にトーマがっ!)


 走る勢い殺すことなく茂みに突っ込み、その先へと飛び出した。

 モフが見た、茂みの向こう側の光景…………それは凄惨たるものだった。

「トーマ……」

 トーマが体中から血を流している。

 傍には人間達がいて、トーマを縄で縛りつけ、まるで物を扱うかのように引き摺っていた。



 人間達は、突如現れたモフの姿を見て、一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに厭らしい笑みを浮かべ、モフに近づいてくる。

 モフに気づいたトーマが、弱々しく声を上げる。

「モフ……ばか、逃げろ」

「トーマ……」

「何をやってるの!? 逃げなさい、モフッ!」

 空の上から激しい羽音と共に、リフォンが人間に襲い掛かった。

 襲われた人間はリフォンを追い払おうと暴れ回るが、リフォンは鋭い爪やくちばしを使い、そう簡単には追い払われまいとする。

 しかし、別の人間がリフォンを棒で叩き落としてしまった。

 地面に叩きつけられたリフォンは、なんとか羽を使い上半身だけを上げるが、それ以上何もできない。


 その哀れなリフォンの姿を見て、人間達は笑い声を上げる。

 モフはその光景を、怯え、見ていた。

 身体中がブルブルと震えて、力が入らない。

 恐怖に怯えるモフを、人間達が指を差して笑う。


 一人の人間がゆっくりと近づいていくる。

 人間の手には、獣を狩るための道具が握られていた。

 モフは、その手を見て、記憶の霞の向こうにいる何かを思い出す。

(あれは、こわい手。くろいかげ……こわい、だけど……ぼくは、あの時!)


「ヴォン! グルルルゥ!! ワンッ!!」

 モフは地面を蹴り上げて、武器を手にした人間に飛び掛かった。

 驚いた人間は武器を振り回す。

 その動きをものともせずに、人間へ圧し掛かる。人間はモフの巨体に押されて、地面に倒れ込んだ。

 

 モフは人間の顔の傍で、牙を露わとして激しく吠えたてた。

「ワンワンワンワンワンワンッ!」

 別の人間が武器を手にして、モフに襲い掛かってくる。

 モフは身体を跳ね上げて、武器を持っている手に牙を立てた。

「ウグゥッ~」

「ひぃぃぃぃっ」

 牙は腕に深く食い込み、人間は情けない声を上げる。

 モフは牙を離して、地面へ降りた。

 

 そして、唸り声を上げながら、牙を見せて、ゆっくりと人間たちへ近づいて行く。

 その姿に怯えた人間は、武器を放り出して、何度も転げながら逃げ出していった。



「モフ……」

「あなた……」

 トーマとリフォンは、モフの変わり様に驚きの声を上げる。

 モフはトーマとリフォンを見つめる。そして……。

「ああ~、こわかった~」

 モフはいつもの様子に戻り、緊張が解けたのか、その場にぺたんと伏せた。

 そのモフを見て、トーマとリフォンは笑い声を上げる。

「お前なぁ、ははは」

「まったくねぇ。ふふふ」

 トーマとリフォンの笑い声に、モフは疲れた様子を見せながらも、尻尾をパタリパタリと振って応えた。


「しかし、モフもなかなかやるなぁ」

「そうねぇ、トーマはだらしなく人間に掴まっちゃたのにね」

「うるせぇよ。ったく、無駄に丈夫な縄使いやがってっ」

 トーマは自分を縛っている縄にかじりつき、その戒めを解こうとする。縄は丈夫であったが、何度もトーマの鋭い牙に擦りつけられ、徐々にほつれてきた。

「後ろ、絡まってるわよ」

 絡まっている縄の部分は、リフォンはくちばしを使い、丁寧にほどいていく。


「よしっ、ようやく自由に動けるぜ」

 縄の戒めから解かれたトーマは前足を揃えて、腰を後ろに引き、背を反るように伸ばした。

「どうやら、怪我は大丈夫そうね」

 トーマはあちこち傷を負い、血を流していたが、命に別状はなさそうだ。

「ああ、まぁな。この程度なら。リフォン、お前こそ大丈夫か? 派手にブッ飛ばされたみたいだけど」

「ちょっと羽が痛むけど、まっ、概ね問題なしね」

「そうか。モフ、お前はどうだ?」

 トーマ、伏せたままでいるモフに問いかけた。

 しかし、モフは返事をしない。

「モフ?」

 トーマとリフォンは、モフの様子がおかしいことを心配して近づいた。


「モフ……お前っ!?」

「モフ!?」

 トーマとリフォンから、驚きの混じる悲痛な声が飛び出す。

 モフの腹部は真っ赤に染まり、地面には血が広がっていた。

 すぐさま、トーマとリフォンはモフの傍に寄り声を掛ける。

「くそ、なんて出血だ! 腹にでかい傷がありやがる」

「人間に組みついた時にやられたのねっ。モフ、大丈夫!? 私たちの声聞こえる!?」

「う、うん、きこえてるよ」

 モフは声に反応して、よろよろと立ち上がろうとした。それをトーマが大きな声を上げて、止めようとする。

「バカ、無理をするな。今、動いたらっ!」

「で、でも、おうちに帰らなきゃ……」

 モフはなんとか身体を起き上がらせると、ふらりふらりと身体を左右に揺らせながら、遺跡に向かい、歩き始めた。


「待て、モフッ」

「やめなさい。止めても無駄よ、トーマ」

「何で止めんだよ! このままだと、モフがっ!」

 トーマはリフォンを激しく睨みつける。

 そんなトーマを、リフォンは静かに見つめ返した。

「トーマ」

「リフォン……」

 トーマは、リフォンの悲しげな表情を見て、それを悟った。


「行かせてあげましょう。あの傷では、もう」

「そんな……くそっ! モフッ!」 

 トーマは、身体を引き摺るように歩いていくモフを追いかけて、その横に並んだ。

 そして、モフを支えるように、モフの身体に寄り添う。

「トーマ……」

「遺跡まで、遺跡まで連れて行ってやる。絶対にっ」

「うん、ありがとう」

「全く、しょうがない二匹ね」

 リフォンが反対側にまわり、トーマと同じようにモフに寄り添い、その身体を支える。

 モフは虚ろな瞳でリフォンを見つめる。

「リフォン……羽が汚れちゃうよ」

「バカね、こんな時にそんなこと気にしないの……行くわよ」

「うん、トーマ、リフォン、ありがとう」


 モフはトーマとリフォンに支えられながら、遺跡へ、家へ、ご主人様に会うために歩き始めた。



 

 モフの体に負担にならないように、慎重に歩いていく。だけど、あまり時間がない。出血はなおも続いている。

「モフ、頑張れ。もう少しで遺跡だぞ」

 トーマは気力だけで歩きづつけるモフに、励ましの言葉を掛ける。

 

 モフは、朦朧とする意識の中で、ご主人様のことを思い出していた。

「トーマ。僕ね、思い出したんだよ。なにが起こったか……」

「モフ、あまりしゃべるな」

「あの時、わるいにんげんにご主人様が襲われたんだ。大きいくろいかげは、手に怖いものを持っていた。ぼくは怖かった。でも、ご主人様を守るため、勇気を出したんだ」

「そうか、立派なやつだ。だから、もう静かに……」

「くろいかげの手は、こわい手だった。でもね、にんげんの手は、本当は優しいんだよ」

「わかったから、お願いだ。もう、しゃべらないでくれ」

 トーマは目を潤ませる。

 言葉を出せば、それだけ体力が失われる。

 しかし、たとえ喋らずにいたとしても、その先にあることは避けられないだろう。

 トーマはゆっくりと俯いていく。


 モフを家に帰してあげたい……。


 今日、出会ったばかりの獣。

 そいつは純真で、ちょっと間抜けな奴。

 だが、いつのまにかトーマにとって、大切な友達になっていた。


「トーマ、遺跡に着いたわよ」

 リフォンの言葉が耳に届き、トーマは顏を上げた。

「聞こえたか、モフ。遺跡だ。あの中に入れば、家に帰られるんだぞ」

「……うん、もうすぐ、会えるんだ……ご主人様……」

 ほんの微かであったが、モフの足取りに力が蘇る。トーマとリフォンは、モフの両脇をしっかりと支えて、遺跡の中へと入っていった。


 

 モフの世界へとつながる門がある、地下の部屋へと到着する。その部屋には、複数の石柱が立っており、石柱の中心には奇妙な紋様が描かれてあった。

 その紋様からは、キラキラと青白い光が漏れ出している。

 トーマはモフに声を掛ける。

「モフ、到着したぞ。あそこだ、あそこに行けば、帰れるぞっ」

「…………っ」

「モフ? モフ、モフッ!?」 

 モフは目を閉じ、ぐったりとして反応を示さない。その様子にトーマとリフォンは声を荒げた。


「モフ、しっかりしろ! 大好きなご主人様に会うんだろ!!」

「そうよ、目を覚ましなさい! あと少しなんだから!!」

 モフの耳がピクリと動く。

「ご、ご主人、さま……」

 モフは弱々しく声を漏らし、目を開けた。

 安堵した様子でリフォンが優しく声を掛ける

「そうよ、ご主人様があの先にいるのよ。もうちょっとだから、頑張って」

「うん……」

 

 モフはトーマとリフォンから離れて、青白い光を上げている紋様へ向かう。

 その途中で、がくりと膝が落ち、倒れそうになった。

 トーマは慌てて、モフに近づこうとするが、それをリフォンに止められる。

「モフッ!」

「ダメよ、トーマっ。これ以上先に行けば、巻き込まれる」

「だから、なんだってんだ! たとえそうなってもモフをっ!」

「バカなこと言わないでっ」

「だ……だめ、だよ」

 今にも消え去りそうなか細い声が、トーマとリフォンの争う声を止めた。

「モフ……」

「モフ、あなた……」

「トーマもリフォンも……ずっと仲良しでいてね」

「ああ、もちろんだ」

「ええ」

 トーマとリフォンの返事を聞いて、モフは嬉しそうに「ワン」と吠えた。

「トーマも、リフォンも……いい子だから……ご主人様に……会って、欲しかったなぁ」

「ああ、俺も会って見たかったぜ。お前みたいな間抜けに優しくしてくれる、そんな変わった……優しい良い人間に」

「まぬけは、ひどいよぉ……いろいろ、ありがとう。それじゃ、またね」

 モフが紋様の中に入ると、モフは光と混じり合い、そこには初めから何も無かったかのように消え去ってしまった。


 残されたトーマとリフォンは、その場でずっと光に消えたモフの姿を見ていた。

 リフォンが言葉を漏らす。

「会えるといいけど……あの傷じゃ」

「会える!」

「トーマ!?」

「モフがあんなにも会いたがってたんだ。絶対に会えるに決まってるだろ!!」

「……ええ、そうね。会えるわ、必ず」

 トーマとリフォンは時を忘れ、いつまでも門の向こうを見続けていた。






 

 モフ、モフ、モフ、モフ!

 誰かがモフの名を呼んでいる。

 モフには、その声の主がすぐにわかった。

 ずっとずっと、聞きたかった声。

(ご主人様……)

 声に反応して、ゆっくりと目を開ける。

 モフはご主人様の膝の上に顔を乗せていた。

 瞳を動かして、大好きなご主人様を見つめる。

 ご主人様は涙を流している。

(どうして、泣いてるの、ご主人様?)

 モフは、瞳をチラリと動かす。

 霞む景色の中に、くろいかげが見える。

 しかし、くろいかげは、他のにんげんたちによって取り押さえられていた。

(そっか、もう大丈夫なんだ。よかった……)

 モフはご主人様を見つめながら「クゥ~ン」と甘える声を上げた。

 ご主人様はモフの頭をゆっくりと優しく撫でる。

 その手はとても温かく、心地の良いもの。


(ほら、にんげんの手って、とてもよいもの。うれしいな、うれしいな……)


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