8
月明かりが世界を優しく照らす夜。
精巧な人形のように麗しい幼女は、大きめの葉っぱを集めて床に敷いただけの間に合わせのベッドから上半身をムクッと起こして、悲壮混じりの声で呟く。
「むぅ……身体の奥が疼いて眠れん……」
その原因は分かっている。
すぐ隣でスースー寝息を立てる可憐な少女。
肩で揃えられた美しい白金の髪と、背中から生える水晶の4枚羽が特徴的な大妖精アルティシア。
彼女が魔力耐性をつけるための修行と称して、ひたすら魔力を纏った手で頭を撫でてきたのだ。
(散々やめて欲しいと懇願したというのに……!)
この幼女の身体は、誉められたり頭を撫でられるだけで勝手に色々とアレな脳内物質が分泌されて幸福感に包まれてしまうくらいにちょろい。
撫でられる度、気持ちよくて自然と頬が弛み、力が抜けてまともな抵抗が出来なくなってしまう。
なので頭を撫でないでほしいとお願いしたのだが、アルテは取りつく島がなかった。
修行と称して魔力で感覚を鋭敏にさせられて、頭を撫でるだけでは飽き足らず、次第に調子に乗ったのか他の部位も何時間も攻め続けられたのだ。
その結果どうなったか。
「はぁ……はぁ……んんっ……!」
有り体に言えば、この上なく発情させられていた。
寝返りをうった時に髪が乱れて鬱陶しかったので、自分の指で手櫛をつくり髪をスッと整える。
「ひぅっ……」
たったそれだけの事でも、こそばゆくて脳が刺激されて、頭から背中にかけてゾクゾクしてしまう。
もはや、アルテの手によって気づかぬ内に色々とアレな方向に開発されていると言ってもいいくらいだった。
(そ、そのような事はない……はずじゃ……!!)
頭をブンブン左右に振って、妙な考えを頭の外に追いやる。
そうこうしている間にも、雪のように白かった肌は更に薄く紅潮して、全身から止め処なく汗が溢れてくる。
腹の奥がジンと疼いて、寝返りをうつ度に震動が伝わり、それがどうしようもなく気持ち良くて、もう我慢の限界だった。
「っ……頭が、おかしくなるのじゃ……」
ふらりと静かに立ち上がり、魔法で土を固めただけの簡易住居から外の世界に出て、森の奥に歩みを始める。
チラリと一度だけ後ろを振り返ったが、アルテは相も変わらずスースー眠っている。
決意を固めてザッ、ザッ、と足を1歩踏み出す毎に顔がだらしなく弛んでいく。
「……っ……ここまでくれば……」
アルテが寝ている場所から歩いて数分の距離。
これだけ離れていれば魔法を使っても勘づかれないだろうと、冷静さを失った頭で半ば決めつけて、思う存分魔法を発動させる。
両腕を大きく広げて、唱える必要はないが、気の向くままてきとうな呪文を口にする。
「いでよ……えと、色々と秘密の空間……なのじゃー」
土魔法で四方を固めただけの土小屋を造り、中に光魔法で光球を発生させる。
事後のことも考えて水魔法で水を出して、それを火魔法で暖めて、木魔法で造った即席の木製風呂釜にドボンとぶち込んだ。
覚えたての結界魔法で周囲からこの場所を断絶させて、不慣れな空間魔法で音や気配が漏れないように細心の注意を払う。
そうして惜しみ無く魔力の無駄遣いをすること数分足らずで環境を整えた。
(大丈夫……9歳の幼女といっても、数え年ならば10歳じゃ。もっと正確にいえば前世の分も合わせて110歳じゃ。これからすることに何の問題もあるまい……)
心の中で言い訳をすることで沸き上がる背徳感を無視して、バスローブを握る手に力を込める。
ーーパサッ
服を地面に脱ぎ捨て一糸纏わぬ姿になり、風呂の水面に映る自身の姿を確認する。
(いつ見ても人形のように整っておる……と、今までそう思っておったが……)
普段は顔全体に無表情な印象を与える小ぶりな口元はだらしなく弛み切っていた。
怜悧な切れ長の瞳はとろんと力無く垂れて、心惹かれる神秘的な紫眼は欲望に当てられて暗く濁っている。
(これが、今の姿か……)
そこには歳に不相応な色香を纏い、恍惚の笑みを浮かべる幼女が居た。
(客観的に見ても、恐らく美人じゃろう。……まあ、自分の裸に対しては何とも思わんが……)
そんな事を考えながら、腰まで伸びた純白の髪を手で一纏めにして、身体の前部に持ってくる。
パッと手を離すと絹のように滑らかな髪が鎖骨の辺りをさらさらと流れた。
ほんのり控え目な胸の膨らみに髪が当たる度、身体が悦んで自分の意思とは関係なく震える。
「んっ……!」
軽い刺激から徐々に強い刺激に変えていく。
風呂からお湯を掬い、それを胸にかけてヌルヌルと表面を軽く撫でる。
たったそれだけの事が、どうしようもなく気持ち良かった。
「うぅ……」
イケナイ事をしている自覚はある。
けれども身体が疼いて眠れないのだからしょうがない。
そんな風に割り切ろうとするが、何故かその度にアルテの姿が脳裏にチラついて、ぴたっと手が止まる。
(万が一にも、こんな事をしていると知られたら今度こそ軽蔑されるのではないか?)
水浴びの時に今と似たような場面を目撃されたが、契約を結ぶ云々で有耶無耶になった。
なのであの時、アルテが何を考えていたのかは今も分からないままだ。
こんな事をしていると知ったら、なんだかんだと理由をつけて胸を触ってくる変態妖精アルテは両手をあげて歓迎するかもしれない。
なんなら自分も混ぜてほしいと口にしながら、嬉々として突撃してくる可能性だってある。
(じゃが……もしも、そうでなかったら? 単なるスキンシップのつもりであったなら? その時は、夜な夜な自分を慰める淫らな変態と一緒に居てくれるんじゃろうか?)
快楽に溺れて吹っ飛んでいきそうになる理性を、恐怖という名の鎖で繋ぎ止める。
「嫌われたくない……」
アルテに出会わなければ今頃、自分はおかしくなっていた。
何も知らない土地で、記憶も曖昧で、いつまた赤竜のような危険な生物に襲われるのかと、怯える毎日を過ごすことになったかもしれない。
「むぅ……」
結局、迂闊な行動はすべきでないと思い直し、風呂に入ってザバッと肩まで浸かる。
座ったまま膝を抱えて、口元を水につけて息を吐き、泡をぶくぶくさせて遊ぶ。
そうして理性と煩悩の間で揺られながら身体を慰める事は諦めて、眠れぬ夜を過ごした。