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突然飛び出し、どこかに出掛けていたアルテがようやく戻ってきた。
「ただいまー!!」
樹の枝にぶつかりながら荒っぽく飛び出して行った時とは正反対に、木々の隙間を縫うようにしてゆっくり上空から舞い降りてくるアルテ。
自然とその光景を下から見上げる形になり、太陽を背にするアルテの姿は、まるで後光とともに天使が降臨しているように見えなくもなかった。
(惜しいことに神秘的とは言いがたいのう……)
なぜなら、よく見るとアルテの周りには赤青緑黄といった色とりどりの果実がフワフワと大量に浮かんでいたから。
中には噛りかけで歯形が付いたモノもあり、厳かな雰囲気が台無しだった。
もしかすると妖精の口には赤竜の肉は合わないので、腹を空かせて食料の調達に行っていたのかもしれない。
色々と気になるが、一先ず挨拶を交わす事にした。
「おかえり、アルテ」
「……えっ、あ、ただいまっ!」
顔を赤くして、はにかむような笑顔になるアルテ。
今のやり取りの何処にそんな要素があったのか、首を傾げていると、気を良くしたのかアルテはどさりと大量の果実を、土魔法で造ったテーブルの上に並べ始めた。
「むふふー、お土産だよっ!全部食べてねっ!」
「なぬ?」
山盛りの果実は、1日3食と考えても食べ尽くすのに数ヶ月はかかりそうな量だった。
どう考えても食べきれないが、かといって備蓄しようにも、この温暖な土地では鮮度が保たれるのは数日がいいところで、それを過ぎればすぐに腐り始めるだろう。
アルテは鼻唄混じりにリンゴのような形をした白い果実をシャリシャリと口に運んでいる。
「食べないの?」
「……頂こう」
色違いのリンゴを手に取って齧りつく。
シャリッと小気味いい音とともに甘酸っぱい味わいが口一杯に広がり、食欲を刺激するが、結局その1つを食べただけで満腹になってしまった。
どうやら幼女の胃というものは、驚く程に謙虚なようだ。
(むう……こんなに大量に採ってきて、アルテはどういうつもりなんじゃろうか……)
どっさりと山積みの果実を見て途方にくれる。
当のアルテもリンゴを半分も食べきらない内にうーん、と唸ってギブアップしていた。
「残りはどうするつもりなのじゃ?」
「……もう食べないの? 遠慮しなくていいよ?」
「お腹がパンパンでこれ以上は入らんよ」
「そっか」
本気で食べきれると思っていたのか、アルテが不思議そうに見つめてくる。
「幼龍って思ってたより少食なんだねっ!」
そしてよく分からない事を言い始めた。
「なんじゃ、その幼龍とは」
「何って、あなたのことだよ」
「……わしは普人族ではないのか?」
「あなたは龍人族だよっ!」
この異世界には多種多様な種族が存在している。
元の世界の人間と同じような、これといった特徴のない普人族。
獣の耳や尻尾など動物の器官を持つ獣人族。
他にも耳長族や、岩人族など挙げていけば切りがない。
アルテの説明を受けて自分の容姿から判断するに、自然と普人族だと思い込んでいたのだが、どうやらそれは間違いらしい。
「そっか、そんな記憶まで無くしちゃったんだ。あなたはまだ幼いけど、その気になれば真の姿ーー龍になれるよ?」
「口から火を吹けたのは龍であったから、というわけか……」
龍人だなどと突拍子もない話ではあるが、自分でも不思議な程にストンと腑に落ちた。
この幼女の身体が培ってきた元々の記憶、欠落した部分がそうさせたのかもしれない。
荒事の経験が無いはずの自分がいとも容易く魔力を操り、何故か赤竜を相手に大立ち回り出来たのは、記憶は無くしても身体が今までの事を覚えていたからなのだろう。
「午後は授業の続きをするねっ!」
そして食後、再びアルテ先生の異世界講座が始まった。
午前中に教えてもらった知識が、生きていくために必要な最低限の常識の類だとすれば、午後は契約魔法や空間魔法など、より良い人生を送るための非常に高度な魔法の授業だった。
「じゃあ早速、空間魔法で果物を収納してみようっ!はいっ、どうぞ!」
「むぅ……」
魔力で自分専用の空間を造ると言われても、火や水などと違い、決まった形がないので魔法のイメージが掴み辛い。
苦戦していると、肩の上に乗っていたアルテがふわりと宙に浮かび頭上に移動してきた。
そのまま、スッと髪を梳かすように頭に触れてくる。
「よしよしっ!もう少し頑張ろうねー!」
「ひぅっ……」
「ほら、ちゃんとイメージしないとっ!ちょっと頭が固いみたいだから、力を抜いてね!」
「だめぇ……あたま、撫でるなぁ……!!」
こそばゆい感覚とともに脳が蕩けそうな快感に包まれる。
目がとろんとして、身体から力が抜けてペタンと女の子座りをしてしまい、息も荒くなる。
「むふふー!可愛いなぁ、もうっ!!ほーら、よしよしっ!」
「……それ……やめっ……ぁ……!!」
ここまでくれば明らかにおかしいと思ったが、どうやらアルテが撫でる時に魔力を纏っている事に気付いた。
暖かい魔力に包まれて、頭の中まで掻き回されるようで、理性がどんどん溶かされていく。
「もぅ……やめてぇ……!」
「だーめっ!これも修行だよっ!」
「うぅ……」
そんなこんなで、空間魔法が習得出来た頃には日が暮れていた。