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その日、夢を見た。
とても懐かしくて、嬉しさと同時にひどく悲しい気分させられる夢。
自分の遺体が火葬されるところを、魂だけになって空から見つめる記憶。
葬式に集まった面々は今生の別れに涙を流して嗚咽を堪えていた。不謹慎とは思うが、慕われていた事が分かって心がほんのり暖かくなる。
前世に区分されるこの記憶を忘れていたのは、自らの死を受け入れたくなかったからだろう。
死にたくなかった。
自分が消えれば、あの人を覚えている者が居なくなるから。
とはいえ、それであの人の事を忘れてしまっては本末転倒なのだがーー
……あの人とは誰のことだろう?
大切なことを、絶対に忘れてはならないことを忘れている気がした。
◇ ◇ ◇
耳元で何やら呼び掛ける声がした。
少女特有の高い声が頭に響き渡り、暗闇から意識が浮上していく。
「ねぇ、ねえってば!」
「んん……?」
ペシペシと軽く頬を叩かれたので、ゆっくりと眼を開くと、そこには絵画から飛び出してきた妖精のように美しい少女がいた。
「……妖精……おぬし、アルテじゃったか……?」
「あっ、やっと起きた!ずっと眠ったままだったから心配したよ!」
まだ意識がぼんやりするものの、頭をぶんぶん左右に振ると眠気が遠ざかり、それにつれて思考がハッキリとしてきた。
「そうか、わしは気を失って……」
「うんうん、寝顔も素敵だったから眺めているのも悪くなかったよ!つい、わたしも添い寝しちゃった!」
わざと明るく振る舞っているのか、それとも素の性格なのか、微妙に話が噛み合わない。
好意的に解釈すれば、先程晒した醜態に気遣ってくれているのかもしれない。
「……すまぬ」
「気にしなくていいよっ!」
アルテはそう言うが、辺りには気を失う前より多くの異形の生物の死体が転がっている。
無防備だった間、護ってくれたのだろう。
それが善意か打算か分からないが、少なくとも敵対する意思はなさそうだ。
命を奪ったり事を荒立てるつもりなら寝ている間に幾らでも機会はあったはず。
そこまで考えて、フッと自嘲気味に息を漏らす。
(はずだの、だろうだの、いくら考えたところで推測にしか過ぎんな……、出会ったばかりなんじゃから、歩み寄らねば心の距離は縮まらん。真意は測れん)
出会ってから然程多く言葉を交わしたわけではないが、アルテの性格からして何か企んでいるとは思えない。
年寄り染みた小賢しい駆け引きを考えることは止めて素直に事情を話してみよう。
今までの全てが欺くための演技という可能性もあるが、その時は人を見る目がなかっただけのこと。
覚悟を決めて頭を深く下げる。
「おぬしに聞いて欲しい事がある」
「なになに、人生相談? 遠慮せずに話してみなさい!こう見えてもわたし、とっても長生きなんだよっ!」
「……ありがとう」
心が不安定なことも手伝って、自分でも厚かましいとは思うが、このヘンテコな妖精に少しばかり頼ってみようと思った。
「実はーー」
そして今までの経緯を要点を掻い摘んで説明した。
気が付けば森で倒れて幼女になっていたこと。
前世の事を覚えているが、穴だらけで自分の名前など色々と記憶が欠落していること。
異世界言語などの身に覚えがない知識が頭の中にあること。
アルテは真剣な顔でその話を聞いて、目を閉じ何かを考えて、やがてゆっくりと口を開いた。
「間違いなく、あなたは転生者だね!」
「……この世界では、生まれ変わりはよくある事かの?」
「多くはないけど、ゼロでもないかな。詳しくは知らないけど、そもそも大半の転生者はある日突然前世の記憶を思い出して、それを受け止めきれずに狂って死ぬらしいから会う機会自体が少ないし」
容量の決まった器に過剰な水を注ぎ込めば、入りきらない分は当然外に零れ落ちてしまう。
風船と空気で例えるならば、圧力に耐えきれずに風船は破裂してしまう。
限界を超えれば異常を来すというのならば、魂と記憶はそれらと似たような関係なのかもしれない。
(記憶に問題があるのは、不幸でなく幸運であったか……)
つい先程激しい痛みと共に意識を失ったが、前世の記憶を強引に思い出そうとした事が原因かもしれない。
下手をすれば精神を蝕んでいた可能性に思い至って背筋がヒヤリとした。
(無理に過去を思い起こすのは、今後は禁止事項にすべきじゃ……)
そう心に誓うとともに、これからの事を考える。
記憶が宛にならない以上、この世界について知るには他者から情報を集めなければならない。
(要は何も知らない最初の状態に戻っただけじゃな)
結局、聞きたがりを続けるより他に道はなかった。
「できれば元の世界に戻りたいんじゃが、方法は知らんか?」
「わたしは魂が見えるだけで、違う世界からの転生なんて完全に守備範囲外だよっ!全然わかんない」
「そう……か……」
「ごめんね!ほら、よしよししてあげるからっ!」
「うぅ……っ……」
頭を撫でられると突如制御できない感情が込み上げてきた。
またしても涙が出そうになるが、グッと堪える。
(このような……違う……こんなに泣き虫なはずがないのじゃ……)
時折、どうしようもなく幼女の人格に引っ張られてしまう事に気が付いた。
そんな情けない自分が嫌になるが、どこか撫でられて嬉しいと思っている自分もいて、それを受け止められずに困惑してしまう。
「よしよしっ!」
「頭を撫でるなぁ……!!」
撫でられる度に自分の意思とは関係なく頬が弛んでしまう。
幸福感に包まれてもっと撫でて欲しくなってしまう。
羞恥に耐えきれずに、パシッと手でアルテを頭の上から払い除けて距離をとる。
そのままキッと睨みつけると、アルテが身悶えを始めた。
「か、可愛いいぃい!恥ずかしがる幼女っ!ジト目なのに顔が赤くなってるっ!きゃあぁぁぁ、もっと睨んで!もっともっと!」
「う、うるさいのじゃ……!」
興奮したアルテが落ち着くまで、話し合いは一時中断になった。