甘い甘いその蜜は
空はどこまでも高く、澄んでいる。雲は透き通っていて、今にも消えてしまいそうだ。
もしあの中に入ることができたなら、どれほど良いだろう。
私はその場で大きく伸びをして、空に手を伸ばす。
けれども、下界から天上へ登ろうと、下人がいくらもがいたところでどうにもならない。
私は軽くため息をつき、スカートをそっと撫でる。
私の想い人は、三年前に死んだ。
私と彼女は保育園のころから大の仲良しだった。何をするにも二人一緒でなければ気が済まないほどだった。
そんな親愛がいつのまに恋慕の情に変わっていたのか、私でさえわからない。
高校に進学してからも、私たちは常に一緒。そのはずだった。
彼女に恋人ができるまでは。
背が高く、優しい男だった。愛が重いと彼女に言われ、いつもなにかを誤魔化すようにはにかんでいた。
男は、長年かけて築き上げた私の居場所をやすやすと奪っていった。
空は薄暗くなり、甘い蜜をその体から吐き出した。
ねっとりとしているようなそれは、私の身体中をかけていき、遥か下の地面にぶつかる。何度も、何度も。その身が砕け散っても、代わりはいくらでもやってくる。
私はビルの屋上の手すりに腰掛け、その様子を眺めた。
舌を突き出し、蜜を舐めとった。
「思えば君が殺されたのも、こんな雨の日だったね」
久しぶりに一緒に出かけたその帰り道、君は彼に背後から刺された。
もうとっくに別れていたのに。
どれほど痛かっただろう、どれほど苦しかっただろう。
だけどね、私以外と仲良くならなければこんなことにならなかったんだよ?
その場に倒れた君をいかにも緊迫した表情を作って抱きかかえた時、私はこの上ない喜びを感じた。
彼女は、最後の最期に私の元に戻ってきてくれたのだ。
私の腕の中で静かに息絶えようとする彼女は、酷く醜かった。
ああ、でも。
だからこそ、美しいのだ。
「また来世で会おう」
手すりから飛び降りる。
次はハッピーエンドがいいな。
私は蜜に身を任せ、数秒後の自分の運命を思った。