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歓迎の宴と行商人と

 結局のところ、あれ以降魔物の襲撃はおろか、その姿を見ることすらなかった。

 それを退屈だった、と言ってしまうのはさすがに不謹慎だろうが……事実やることがなかったのだから仕方がないだろう。


 しかしどちらかと言えばそれはきっといいことであって、こちらとしては二人分の成果があるのだから別に文句があるというわけでもない。

 ただ一つ気になることがあるとすれば、それはクリスの分の成果がないということだが――


「昨日も言ったことだが、わたしの分はやってきた当初に運んだことがあるからな。仮に魔物を倒せたとしても、そもそも運ぶことはなかっただろう」


 とのことなので、ならば気にする必要はないのだろう。


 ともあれ、そうして日が傾き始めるよりも少し早いぐらいの頃に、悠人達は村へと戻ってきた。

 勿論二つの氷の塊を抱えながら……というよりは、持ち上げながらだが、そのまま村の入り口へと差しかかり――


「ただいま戻りました」

「お、もう戻ったのか? 今日は随分早いじゃ――」


 守衛を兼ねているという男性がこちらに振り返った瞬間、その目を大きく見開いた。

 それはまるで、有り得ないものを目にした、とでも言いたげなものであり――


「あの、どうかしまし――」

「ま、魔物だ……魔物が攻めてきたぞー!」


 こちらの言葉を言い終わるより先に、その言葉は大きく響き、村はパニック状態へと陥るのであった。








「本当に申し訳ありませんでした。先ほどのは明らかにわたしの失態です。迂闊と言いますか、彼らの常識に触れ、慣れてきてしまっていたからこそ、気をつけなければならなかったというのに……」


 村の皆が集まったその場で、クリスはそう言いながら頭を下げていた。

 当然悠人もそこには居り、正直なところその物言いには若干異論を唱えたいところではあるのだが……自分達の持ち込んだものが原因で村に要らん騒ぎを起こしてしまったのは事実だ。

 まるで常識外れとでも言わんばかりの扱いを受けようとも、甘んじて受け入れるしかないのである。


 まあとはいえ実際のところ、村人達は怒っているわけではなく、その顔に浮かんでいるのはそのほとんどが苦笑だ。

 クリスの言葉を聞きながら、首を横に振り――


「いやいや、そこまで畏まる必要はないって。確かにちと派手なことをやっちまったみたいだけどね……そんな責任感じるほどのことでもないだろうさ。むしろ責任を感じるべきなのは、そっちの騒ぎすぎた馬鹿じゃないかね」

「いやいや、確かにそう思ってはいるけどよ、あんなの見たら誰だって驚くって!」

「ああ、まあ、確かにあんなの見たのは初めてだな……ブルーノが持って帰って来るようなのは、もっと小せえしなぁ」


 悠人達が村に帰還した直後に起こったのは、まるで蜂の巣でも突いたかの如き騒ぎであった。

 第一声に驚き飛び出してきた村人達が見たのは、巨大な二つの氷塊であり、その中には魔物が閉じ込められていたときたものだ。

 それと魔物が攻めてきたという言葉により、村の人達はそれらをそういう魔物だと思ってしまったらしい。

 かくて、村中てんやわんやの大騒ぎに至ってしまってたと、そういうことである。


 一応そのすぐ傍に悠人達の姿があったのは見えてはいたのだが、あまりのインパクトに吹き飛んでしまったのだとか。

 だがまあ確かに考えてみれば、平原に出た魔物はその多くが野うさぎサイズであり、大きくても大型犬程度だったのだ。

 それしか知らない人が突然数メートルもあるアレを見たならば、そうなってしまうのも無理ないことなのかもしれない。


 とはいえ正直なところ、悠人としてはあまりピンと来ないというのが本音だ。

 昔は村の人達と同じような感覚を持っていた気もするのだが、何せあの程度ならば見慣れてしまっているし――


「あの大きさでこれだと、百メートルは超えてたアレを見たらどうなるんだろうなぁ……」


 そんなものよりも遥かに巨大な存在を知っているのだから、今更感が拭えないのである。


 と、それは完全に独り言であったのだが、どうやら聞きとがめられてしまったらしい。

 すぐ近くに居た小さな少女が、首を傾げていた。


「百メートル、なの? え、っと……さっきのアレと比べて、どれぐらい大きいの……?」

「どれぐらい、かぁ……そうだね、さっきの氷付けのアレを縦に十個以上並べたぐらいかな……?」

「はえー……想像もできないけど、すっごく大きそうだってことは分かったの。ユートお兄ちゃんは、そんなのを倒したの?」


 かなり大きいということが分かっても、恐怖ではなく好奇心の方が先に来るらしい。

 こちらを見上げるアンナの瞳にあるのは、純粋な興味の輝きだ。

 さすがは皆がパニック状態になっている時に、一人氷付けの魔物に近付き、冷たくて動かないの、とか言った少女だと言うべきか。

 度胸があるというか、肝が座っている。


 まあおそらくそれは、母親譲りなのだろうが。

 そんな少女の隣で、当の本人はこれはまた調理のしがいがありそうだね、とか言ってたし。


 そんなことを思い返しつつ、ところで、いつの間に自分もお兄ちゃん扱いになったのだろうか、とかいう疑問も覚えはしたが――


「いや、倒したのには違いないだけど、僕は見学組だったんだよね。先行隊がやられたら挑む予定だったんだけど、なんかそのまま倒してたし」

「お兄ちゃんより凄い人がいるの?」

「むしろ僕なんか全然だよ。パッと思いつくだけでも、両の手で足りないぐらい居たし」

「はえー……すっごいの」


 まあ別にいいかと思いながら、相変わらず瞳を輝かせている少女に、話を聞かせていく。

 と。


「解凍の方、終わりました」


 ユーリが姿を見せたのは、そんな時のことであった。

 この場にユーリが居なかったのは、別のことをしていたからなのである。


「あ、終わったんだ。ご苦労様。大丈夫だった?」

「拍子抜けするほど何の問題もありませんでした。もっとも、そもそも私に関してでしたら問題が生じるわけもないのですけれど……さすがにここでは不用意なことをするわけにもいきませんから、慎重にいきました」

「ま、何事もなかったんなら何よりだよ」


 ユーリが何をしていたのかと言えば、先にユーリ本人が言っていた通りのこと――即ち、魔物の解凍だ。

 そして何のためにそんなことをしていたのかと言えば――


「お、出来たのかい? なら次はあたし達の出番だね。ほらアンタ達、いつまでも反省会してんじゃないよ。誰も悪くなかった、でいいだろ、もう」

「いえ、ですが落ち度は明らかにこちらに――」

「はいはい、そういうのはもうお終いだって言ってんだろ。大体祝われる側がいつまでもしけた面してんじゃないよ」

「そもそもそれなのですが、わたしは以前にも同様のことを開いてもらいましたし、今回も参加するのは――」

「だから細かいことは気にすんじゃないっての。あたし達は、アンタも含めた三人を歓迎しようってんだ。ならそれでいいじゃないか」


 クリスはまだ何やら言いたそうであったが、エルゼは話は終わりとばかりに笑みを浮かべると、とっととその場から動き出してしまった。

 残されたクリスは、一人何とも言えない表情を浮かべている。


「まあ、わざわざ僕達三人の歓迎会をしてくれるっていうんだから、素直に受け入れておけばいいんじゃないかな?」

「そうですね……言っては何ですけれど、何を言ったところで聞き入れてもらえないようにも見えますし」

「……それもそうだな。歓迎してくれるというのに、あまり無碍にしては失礼にしかならないか」


 周囲を見てみれば、既に村の皆は動き出しており、この場に残されたのは悠人達三人だけだ。

 正直なところかなり手持ち無沙汰ではあるが、今日の主賓は悠人達なのである。

 手伝おうとしても手伝わせてはくれないだろう。

 何となく三人で顔を見合わせると、苦笑を浮かべあい、そうしている間も、着々と準備は進められていっていた。


 どうやら村の人達は、悠人達の持ってきた魔物を用いて歓迎の宴を開いてくれるらしい。

 歓迎されるような真似などしていないどころか、先ほどは騒ぎすら起こしてしまったのに、寛容だと言うか、何と言うか。

 それに一月もしないうちに出て行ってしまうのに、それを分かっていながらも関係ないと歓迎してくれるというのだから、何とも有り難い話である。


 そんなことを考えながら、それとなく準備の光景を眺めていたら、今はちょうど村の力自慢達が魔物の解体を行なうところであった。

 大きさが大きさのため、かなり大変そうではあったが、その顔が楽しそうなのが救いだろうか。


 そしてユーリが解凍していたのは、これのためだったというわけである。

 悠人のとも合わせればかなりの量になるはずだが、エルゼは腕が鳴るなどと言っていたし、村の人達も任せろと言っていたので頼もしい限りである。


 ぶっちゃけ悠人達が手伝ってしまえば一瞬で終わるようなことだが、それは無粋というものだろう。

 このままでは宴が始まるまで相当時間がかかりそうであったが、特に急いですることがあるわけでもない。

 悠人達はその光景をぼんやりと眺めながら、その時を大人しく待つだけだ。


 そして結局宴の準備が終わったのは、そろそろ日も暮れようかという頃であった。

 かなりの長時間労働だったはずだが、むしろそれが心地よい疲労感と達成感を味あわせるのか、皆自分達の仕事に満足そうに頷いている。


 そんな皆の先にあるのは広場であり、そこに所狭しと並べられた料理の数々だ。

 エルゼを始めとしてそっちもかなり頑張ったらしく、食欲を刺激する匂いがそこら中に漂っている。

 途中軽食は摂ったものの、まともな食事を摂ったのは朝以来であるため、そろそろ我慢の限界だ。

 最後まで片付けをしていたエルゼがその場に現れたことで、全員が集まり、ようやく宴が始まる。


 ――その人達がそこにやってきたのは、まさにそんな時のことであった。











「いや、すみません。どうやらタイミングが悪かったみたいで。邪魔になるとは思ったのですが、さすがにこの時間に外で待っているのは厳しく……しかし安心してください。すぐに宿の方に引っ込みますから」


 そう言って何処か疲れたような笑みを浮かべているのは、見た目から行商人だろうと思われる男性であった。

 その護衛だろうと思われる二人も、その男性の傍で同じような表情をしており……だがそんな三人に村人達が向けているのは、何故か沈痛さを感じさせるそれである。


 まさにこれから、という時にやってきたということを考えれば、確かに相当タイミングが悪いが……さすがにそれは、沈痛には繋がらないだろう。

 おそらくはその身がボロボロなのと何か関係があるのだろうが――


「ねえクリス、何故か皆沈痛そうな面持ちをしているように見えるんだけど、僕の気のせいじゃないよね?」

「ん? ……ああ、そうか。君、いや、君達には事情がよく分からないか……まあ、簡単に言ってしまうとだな、あの男性の名はフランツといい、行商人だ」

「身なりからそうではないかと思っていましたけれど、やはりそうでしたか。傍の二人は護衛、ですか?」

「さすがに行商人だけで旅をするのは危険すぎるからな。……それで、だ。フランツさん達は生活必需品や食料などをこの村に度々運搬してくれてるのだが……行商人には珍しく、奥方が居てな。行商の旅にも共に出る、熱々の夫婦なのだが……」


 そんな人物がそこに居ないのは、一目で分かることだ。

 つまりそれは、今回は何らかの事情があって連れて来られなかったのか……或いは。


「単純に一緒に来なかった、というわけではないんですよね?」

「勿論その可能性もなくはなかったが、フランツさんが行商で用いる馬車は、基本的に二台だ。この村だけでも数週間分は一度に買い込む上に、フランツさんが訪れる村はここだけではないからな」

「なのに馬車は一台しか見当たらない、か」

「そもそも、護衛が二人というのも少なすぎる。こちらも本来ならば、十人以上は居るはずなんだが……」


 足りない馬車と護衛、それにボロボロの身。

 それの意味するところは……そういうことなのだろう。

 ならば、沈痛の意味も理解出来る。


 だが。


「……クリス」

「分かっている。君が何を言いたいのか、よく分かっているとも。そうだ、彼らは間違いなく途中で魔物の襲撃にあった。おそらくは二手に別れ……しかしここに辿り着くことが出来たのは、彼らだけであった。分かっていることだ。それが即座の絶望に繋がるわけではないということも、だ。だが、わたしには彼らを助ける義務が……いや、その権利がない」

「権利、ですか……? クリスさんは、人を助けるのに権利が必要だと、そういうのですね……」

「あくまでもわたしの場合は、だがな。わたしはこれでも騎士団に所属する身であり、今は任務中だ。その任務の範囲内であれば、幾らでも力を振るうことは出来るが……生憎と任務の中に、行商人を助けろ、などという項目はない」


 そんなことを言うクリスのことを冷たいと思わなかったのは、視界の中にその拳が映っていたからだろう。

 血が滲むほどに強く握り締められたそれが、だ。


「それに……おそらくはもう、手遅れだ。……そうですよね?」


 その言葉に、男性――フランツは、諦めたような笑みをさらに深めた。


「……本来でしたら、私達の方が後でこの村には辿り着くはずでした。それは魔物を撒くためであり……妻にはそう説明していたし、実際その通りに馬車を走らせてきました。そして私達がここにやってきた……やってきてしまったというのに、妻達の姿はない。それが結果であり、結末です」


 そこには諦観があった。

 諦めたくはないけれど、諦めるしかない。

 そんな想いが全身から滲んでおり……それは誰が見たところですぐに理解出来るようなものだ。


 だが誰も、どうすることは出来なかった。

 護衛達は目を逸らしながら、悔しそうに唇を噛むだけであり、村人達もただ辛そうに彼らを眺めるだけ。

 誰も彼もが、理解しているのだ。

 自分達が行ったところで、死体を一つ増やすだけだと。


 そして頼りの綱である、クリスを当てにすることも出来ない。

 完全な手詰まりであった。


 だから。


「ねえクリス、さすがにこんな状況だから、宴は中止だよね?」

「ん? ……ああ、そうだな。楽しみにしていただろうに、すまないとは思うが……」

「……本当にすみません。ですが、先ほども言いました通り、私達はすぐに引っ込みますから」

「いや、さすがにこの空気の中で続けるのは無理でしょう。それに、これは誰が悪いことでもない……仕方のないことだったんです。まあ、作ってしまった料理を捨てるのは勿体無いから、各自で持って帰って食べることになるだろう。だからそこだけは、安心してくれていい」

「いやまあ、確かにそれもちょっとは気になってたんだけど……なら、この後は別に僕がやらなくちゃいけないようなことはないよね?」

「ん? まあ、確かにそうだろうが……君は何が言いたいんだ?」

「いや、そろそろ日が落ちそうでしょ? これからはさらに村の周辺は危険が増すだろうし……なら、やっぱりこの時間にも見回りをする必要はあるんじゃないかと思ってさ」

「見回りを……? いや、確かにその通りではあるが、どうせここまでの時間になれば、わざわざ外を出歩くような人はいないのだから、それをする、意味、が……君は、まさか……?」


 ようやく悠人が何を言いたいのかを悟ったのか、クリスの目が大きく見開かれた。

 しかし悠人はそれに、小さく笑みを浮かべるだけだ。


「まあ見回り手伝うって言ったしね。暇になるんならちょうどいいし……ああ、心配は無用だよ。僕はこれでも、結構逃げ足には自信があるからね。ああそれと、そうだ……えっと、フランツさん、でいいんでしたっけ?」

「あ、はい……私に、何か?」

「いえ、少し聞きたいことがあったというか……あなた達とは別の馬車は、何処の道をどうやって通ってここまで来る予定だったんですか? いえ、特に他意はないんですけど、僕はこの周辺の道について詳しくないので、出来ればそういうことも知っておいた方がいいと思っただけでして。はい、それだけですよ? 本当に他意はありません」

「他意はない、ですか……ではあなたの本意とは、一体何を意味しているのでしょうか」


 ユーリのツッコミには、ただ肩を竦めて返す。

 さて、何のことだろうか、といった具合だ。


「人を助けるのに理由はいらない……でしたか」


 そしてそれには、口元を小さく緩め――


「さて、それじゃあさっさと必要なことだけを聞いて見回りに行こうかな。何せもう時間は遅いから、あまりのんびりとはしていられないし。ああそうそう、クリスに一つ確認することがあったんだけど……見回りの途中で魔物に襲われてる人を発見したら、助けていいんだよね? 例えそれが、この村の人じゃなかったとしても。いやまあ、他意は特にないんだけど」

「……ふっ。そうだな、そのことについて、特に禁じるようなものはない。まあそもそもの話、君は騎士団に属しているわけではないので、そんなものが存在していたとしても守る必要はないんだがな」

「なるほど、確かにその通りだ」


 頷き納得すると、視線をフランツへと向ける。

 そちらはまだ驚きから立ち直れていない、といった様子であるが、本当に時間に余裕はないのだ。

 そもそも時間が残されているのかも分からないが……とりあえず、悠人は出来ることをやるために、まずは必要な情報集めを始めるのであった。

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