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魔の樹海

 さて、どうしたものか、というのが、悠人の抱いた正直な感想であった。

 それは、現状に対しての漠然としたものではあるものの、具体的に言えば、現在地が不明なことであったり、行けども行けども同じような景色しか広がっていないことであったり、魔物の襲撃が頻発していたり……後は、唐突に殺してくれとか言い出した、自分の後ろを歩いている少女のことであったりだ。

 まあ中でも特に問題なのは、一番最後のであることは言うまでもないだろうが――


「……本当に、どうしたものだろうなぁ」

「……? 何かお困りでしょうか?」

「うん、そうだね、困ってるかな。原因の半分ぐらいは君だけど」

「そうでしたか……それは申し訳ありませんでした。まさか私を殺す方法を考えるために、そこまで悩ませることになってしまうとは……」

「うん、違うからね? というか、どうして君の中で僕はそこまで物騒な人間になってるのかな?」


 溜息を吐き出し、やっぱり置いてくるべきだったかも、などとも思うが、さすがにそういうわけにもいかないだろう。

 そもそも、置いていこうとしたところで、そのまま着いてきそうな勢いだったのだ。

 それを考えれば、どっちにせよ結果は変わっていなかった気がする。


「魔物の胃の中で冬眠するとかいう、アクティブなことしでかす相手だしなぁ」

「それは違います。結果的に冬眠になってしまった、というだけであって、私が本当にやりたかったことというのは、あのまま溶けて消えることだったのです」

「うん、ぶっちゃけやらかしっぷりでは、大差ないからね?」

「私としましては、考えに考え抜いた結果、閃いた妙案だったのですけれど……それほどおかしかったでしょうか?」

「まずは常識というものを取り戻すところから始めようか」


 それをおかしいのだろうか、などと考える時点で不安しか残らない。

 まあ今更というか、本当におかしいのはもっと根本的なところではあるのだが。


 ともあれ、今すべきことはここから脱出することだ。

 何をするにも、まずはそうしなければ始まらない。

 の、だが――


「ところで、本当にここら辺に見覚えはないんだよね?」

「そうですね。そもそもここに来たのは、ランダムに跳んだ結果、ですから。それに、見覚えがあるということは、私は死ぬことが出来ないということですから、それは困りますし」

「僕としてはそっちの方が助かったんだけどなぁ……」


 周囲にあるのは、ただ乱立する木と土だけが広がっている光景だ。

 先ほどから少なくとも一時間ほどは歩き続けているはずなのだが、そこに変化が訪れる様子はない。

 つまりここはかなり広いということであり、だがそこを歩いているのは、そのことすらも知らなかった者達だ。


 要するにこの場に居るのは、迷子が二人だということである。

 一人は微妙に違う気もするが、何にせよ出口が分からないことに違いはないだろう。


 それでも悠人がそれほど悲観していなかったのは、そのうちどこかに着くだろうと思っていたからだ。

 とりあえずはここから出られさえすれば何とかなるだろうし、ここから出るのだって、まさか一週間もかかったりはしないだろう。

 勿論方角が分からなくなったりすれば、その限りではないが――


「ところで私の方としましても少し疑問があるのですけれど……先ほどからまったく歩みに迷いがありませんよね? 何か確信があったりするのでしょうか?」

「そういうわけじゃないけど、とりあえず東に一直線に歩いてればそのうち出られるかな、と」

「東、ですか……? 目印になるようなものはありませんけれど……分かるのですか?」

「ま、ちょっとコツがあってね」


 コツも何も、自身の右上に顕現している正八面体の物体の各頂点がそれぞれの方角を表している、というだけなのだが、まあそれをわざわざ説明する必要もないだろう。

 そもそも見えもしないものを説明したところで、間抜けなだけだ。

 重要なのは、同一の方角に向かい続けることが可能だということだけである。


 出来ればマッピングをしながら進めばさらに完璧だが、ここを再度訪れる予定もないのでその必要もないだろう。

 あとは――


「このちょくちょく入る邪魔さえなければ、もう少し捗ると思うんだけどなぁ」


 ――パッシブスキル、サポートスキル:強者の心得。


 ――アクティブスキル、アタックスキル:マグナムブレイク。


 視界の端に影を捉えた瞬間、反射的に拳を振るった。


 直後、その上半身が弾け飛ぶが、もうその結果をいちいち確認することすらしない。

 それすらも面倒になってきたのだ。


 どうやらこの場所は、魔の樹海などという名前に相応しく、そこら中に魔物が存在しているらしい。

 しかも存在してるだけではなく、こうして襲ってくるのだから厄介だ。

 さらにはそれが、稀であるならばともかく――


「まったく、ちょっと襲撃多すぎじゃないかな? 十秒に一回ぐらい迎撃してる気がするんだけど――っと、言ってる間に」


 ――パッシブスキル、サポートスキル:強者の心得。


 ――アクティブスキル、アタックスキル:マグナムブレイク。


 振り返ると同時、先と同じ一撃を後方へと叩き込む。

 少女の顔の真横を通ったそれは、そこから迫ろうとしていたその頭部を狙い通りに弾けさせ、吹き飛ばした。


「ありがとうございます。まあ、この場合侵入者は私達の方ですから、仕方ないのではないかと。……それにしても、何度見ても鮮やかなお手前ですね。ところで今の攻撃、もう少し横ならば私にも当たっていたのですけれど。どうでしょうか? 折角ですし、一度私にも撃ってみては」

「変態かな?」


 何処ら辺に折角という言葉の付く要素があるのかと。

 発言だけを見れば、完全にただの変態だ。


 そしてある意味、それも間違っていないから本当に困ったものである。

 それでも、これがまだマゾ的な意味であれば、まだ救いは……ないかもしれないが、マシではあっただろうに。


 しかも、それを真顔で言っているのだから性質が悪い。

 笑みを浮かべろとは言わないが、せめてその表情が少しでも変わるのであればまだ……。


「では、その変態で構いませんので、お願いします」

「残念だけど、僕が構うんだよねぇ……というか、なんかキャラ変わってない?」

「申し訳ありません……どうやら、柄にもなく少し舞い上がっているようです。私を殺していただける、などという言葉を耳にしたのは、初めてでしたから」

「初めてじゃなかったらちょっとやばいけどね」


 初めてでも十分やばい気がするが。

 というか、そういった旨の発言を悠人がしたのは確かだが、それも厳密に言えば違う。

 悠人はあくまでも、少女の抱える事情を何とかすると言ったのであって――


「しかしそれが叶わなかった際には、責任を取ってくださると言ったのも事実です。それは即ち、私はもう殺されたも同然ということではないかと」

「うん、全然違うと思うよ?」


 そもそも何故そんなことになったのかと言えば、それはもう流れのようなものだ。

 どうして殺してくれなどと言ったのかを問い、その事情を聞き……そのせいで放っておくことが出来なくなってしまったというか、何と言うか。

 悠人に今特にやることがないのも理由の一つではあったのだろうが……それらは全て後付けのような気もする。

 まあ何にせよ、それが今こうしていることの理由となっていることに、違いはないが。


「とはいえ、私は魔王で、あなたは勇者です。ならばむしろ、そうなるのが正当とすら言えるのではないでしょうか?」

「なら僕は正しくなくて結構だ。どうにも僕は勇者としては追放されたみたいだしね。その責務とかに煩わされる必要もないだろうし」


 そう言って肩を竦めるが、結局のところは堂々巡りだ。

 どちらも譲らない以上は、何らかの変化が生じなければ、それが変わることはないのである。

 例え今ここに居るのが、その名の通り、勇者と魔王であったとしても、だ。


 ――不死の魔王。


 それが少女の持つ称号だということは、既に聞いている。

 その称号の効果なのか、悠人が勇者だと認識できるということも、だ。


 魔王。

 要するに、悠人達がこの世界に召喚されることとなった原因とも言える存在である。


 とはいえ逆に言うならば、それはそれだけのことでしかないのだ。

 それに何も感じないと言ってしまえばさすがに嘘になるだろうが、だからといって率先して何かを感じるようなこともない。

 そもそも、追放されたような形である以上は、悠人が勇者としての責務を果たす義理はないし、少女の方も魔王としての義務でそんなことを言っているわけではないだろう。

 ならば結局のところ、お互いの立場が平行線であることに、違いはないのだ。


「意外と、と言ってしまったら失礼になるかもしれませんけれど、強情なのですね」

「それはこっちの台詞だよ」


 拗らせた、という言い方は正しくはないだろうが、それにしてもよくもここまで――


「っと、ん? これは……」

「どうかしましたか?」

「うん……どうやら、ようやく変化が訪れそうかな?」


 そんなことを言いながら、悠人は目を細めると、僅かにその口元へと笑みを浮かべた。












 失敗したと、そう思った。

 だからクリスティーナは、その感情の赴くままに溜息を吐き出し……それで意識を切り替える。

 幾ら嘆いたところで、自分の失敗が帳消しにされるわけではないのだ。

 ならばそんなことで時間を無駄にするよりは、現状の解決へと思考を向けるべきだという、そんな判断によるものである。


 現状……即ち、コボルトに囲まれているこの状況を、どう打破すべきか、ということだ。

 もっともより正確に言うならば、それすらも状況の一部に過ぎないのだが。

 この場で本当に厄介と、そう呼ぶべき存在は――


「トロルキング、まさかこんなものが居るとは……いや」


 それは違うかと、首を横に振る。

 目撃していたという報告は、受けていたはずだ。

 ただ、誰もがそれを真面目に受け取らなかったというだけで。


「そしてわたしもその一人である以上、やはりこれはわたしの責任、か」


 勿論言い訳ならば幾らでもすることが可能だ。

 今まで目にした魔物は全て大したことがないものであったとか、コボルトを目にしてしまった以上は、追わないわけにはいかなかったとか。


 コボルトは基本的に群れで生活する魔物だ。

 一匹だけで行動する場合、必ずそれは斥候である。

 即ち、放っておけば村が襲われていた可能性が高く――


「だがここまで深追いして、トロルキングにまで遭遇していては、言い訳にもならんな」


 例えそれが、最初から罠だったのだとしても、だ。

 いや、むしろ罠なればこそ、それにかかってしまった自分が間抜けなだけなのである。


「くくっ、これでは馬鹿にされるのも当然だな」


 今の地位にいるのはコネの力などと言われたところで、否定のしようもない。

 今回のことで、左遷などと言われるのも当たり前だ。

 だが。


「だからといって諦めるかどうかは、話が別だ」


 少なくとも、諦めるにはまだ早い。

 魔物もそれを理解しているからこそ、周囲を包囲しておきながら、未だ襲い掛かっては来ないのだろう。


 とはいえ、さすがに一斉に襲ってこられてしまえばどうしようもないだろうが……それでも、半分は叩き斬ってみせよう。

 気になるのは、もう一体のトロルキングだが――


「今は気にしても仕方がない、か。まあいいだろう。つがいが瀕死になれば、出てこざるを得まい」


 勿論その後に待っているのはこちらの死だが、自らの命を賭し、周囲の被害さえ考えなければ、村を守る程度のことは可能だろう。


「アイツは怒るだろうが……ま、死んでしまえば説教を受けることも出来ん。なら気にする必要はなかろう」


 そう考えてしまえば、大分気は楽になった。

 握っている剣へとさらに力を込め、目を細める。


 ただで死にはしない。

 その時にはお前達も一緒だと、両足に力を溜め――


「――は?」


 遠方より飛来した何かにより、数体のコボルトが纏めて消し飛んだ光景に、クリスティーナは決死の思いも忘れ、ただ呆然とした声を漏らしたのであった。

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