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最弱の勇者、捨てられる

 ふと、目が覚めた。


 しかし直後に悠人が眉を潜めたのは、視界に広がっていたのが一面の緑だったからである。

 自身の記憶が正しければ、そこにあったのは無駄に豪華な天蓋だったはずなのだが――


「むう……こう来たか。予想外ってほどじゃないけど、ちょっと甘くは見てたかなぁ……」


 正直なところ、ここまで強硬な手段に出るとは思っていなかった。

 そのうち追い出されるだろう、程度のことは考えていたし、その時のための情報収集なども行なってはいたのだが……そういう意味では、やはり甘く見ていた、ということなのだろう。

 まあそれでも、予想と違う形とはいえ、起こったことそのものは予測出来ていたことなので、慌てずには済んでいるが。


「ま、慌てたところでどうなるものでもないしね」


 呟き、身体を起こしてから周囲を見渡してみれば、そこにあるのはやはり、見知らぬ景色だ。

 沢山の木々と、剥き出しの地面と、天を覆うほどの葉。

 パッと見の印象で語るならば、森といったところであり……状況から考えれば、樹海といったところだろうか。

 随分と酷いところに捨てられたものだと溜息を吐き出すも、それで何が変わるわけでもない。

 一先ず現状を把握するためにも、こうなるに至った経緯を思い出してみることにした。


 ――端的に言ってしまうならば、有沢悠人は異世界人である。

 より厳密に言うならば、悠人達は、と言うべきか。

 悠人は所謂召喚という手段でこの世界に来てしまったわけだが、その際クラスの皆も一緒に召喚されていたのである。


 ともあれ、そうして悠人達はこの世界にやって来ることになってしまったわけだが、その理由は分かりやすいものであった。

 即ち、勇者を求めて、だ。

 しかもそれは魔王を倒すためだというのだから、如何にもコテコテの、有り触れたものである。


 だがまあ、有り触れていようがいまいが、起こったことに違いはない。

 魔王を倒すまでは元の世界に帰れないなどと言われてしまえば、やることにも違いはないのだ。


 とはいえ悠人達は一般的な高校生である。

 普通に考えれば魔王などというものと戦える術があるわけもなく……しかしそこはやはり異世界といったところか。

 結論を言ってしまえば、その術はあったのだ。


 この世界の人間は、その全てが称号と呼ばれるものを持っている。

 例えば、どこぞの王様だとか、何村の村人だとか、そういうものだ。

 その人物を端的に表す記号のようなものであり……同時に、それに相応しい力を与えるものである。


 王と名の付く称号であれば、人を統べる為の力を、賢者という称号であれば、何者にも負けぬ知能と頭脳を。

 例え剣を握ったことがなくとも、剣聖という称号を得れば、その者はその時点で剣技において並ぶ者はいなくなる――称号とは、そんな代物なのだ。

 ある意味では才能の可視化であり、ある意味では運命の具象化である。


 そしてそれは、異世界人であろうとも例外ではない。

 この世界に来た時点で、自動的に称号は振り分けられ……勇者として召喚された彼らには、それに相応しいものが与えられた。

 一騎当千の力を、全ての魔術を扱える才を、死の淵から蘇らせる癒しを、未来を見通す目を。


 この世界に召喚されたのは、総勢三十二名。

 そのうち三十一名が、この世界でも最高峰となるそれらの称号を、与えられたのである。

 ただ一人、悠人のみを除いて。


 ――最弱の勇者。


 それが、悠人に与えられた称号であった。


 称号は何も全てがプラスの要素で出来ているわけではない。

 中にはマイナスの効果を与えるものも存在しており……悠人のそれはある意味で最上級のものである。

 効果としては、全ステータスの強制低下。

 分かりやすく数字で表すのであれば、全てのステータスを一にしてしまう、というものであった。


 ちなみにステータスには幾つかの項目が存在しているが、大体この世界の子供であれば、平均して五程度はあると考えて間違いない。

 つまり悠人は、戦えば子供にすら負けるということだ。

 しかも全スキル・魔法の封印などという効果まで存在しているのだから、随分と嫌われたものである。

 だが何にせよ、最弱の名に相応しいものであることに違いはなかった。


 それを皆に知らせた時の沈痛っぷりといったら逆に笑いがこみ上げてくるほどであったが、勿論笑っていられる状況ではない。

 まあ悠人としてはどうでもよかったし、多分それとは別の意味でクラスの者達もそうだったとは思うのだが、召喚した側からすればそんなわけにもいかないだろう。

 何せ称号に勇者という名こそ含まれてはいるが、どちらかと言えば、などと言うまでもなく完全にお荷物なのだ。

 勝手に召喚しておきながら、などとは思わなくもないものの、その処遇に頭を痛ませていただろうことは想像に難くない。


 まあだからこそ、悠人はそのうち追い出されるだろうと思っていたのだが。

 悠人達を召喚したのは、その国の帝王であり筆頭魔術師であったのだが、だからこそ自分の存在は邪魔になるだろう、と。


 正直なところ、それをどうにかする手段はあったものの、面倒くさいという考えが先に来ていたのでどうにかする気は起こらなかった。

 魔王との戦いに参加するとか冗談ではないし。

 故にその時が来たら、皆には心配ないということだけを伝え、事が片付くまで適当に身を隠していようかと思っていたのだが――


「ご覧の有様、と」


 方法としては、強制転移だろうか。

 まあ、それほど珍しいものでもない。


 ただ、おそらくこの結果は向こうにとっても予想外だったはずである。

 厳密に言うならば、そうすることが、か。


 何故ならば、敢えて強攻策を取る理由がない……否、取ることは、不利益にしかならないからだ。

 そんなことをしてしまえば、今後クラスメイト達が大人しく従うはずもないだろう。

 むしろ反抗する可能性さえある。


 そしてクラスメイト達が本気になってしまえば、あの国は物理的に消滅してもおかしくはない。

 最高峰の勇者が三十人も居るということは、そういうことなのだ。


 とはいえ、まさか召喚した側が、それを理解していないはずもないだろう。

 だから強攻策はないだろうと、悠人は半ば楽観視していたのであり……だが現実は、この通りだ。

 と、なれば。


「その不利益を被ったとしてもいいって判断したってこと、かな……?」


 まさか、とは思うのだが、その可能性が一番高いのも事実だ。

 別にへまをした覚えもなければ、目を付けられるような真似をした覚えもないのだが――


「ふーむ、直接聞けばいいんだろうけど、正直何処にあるのかも分からない場所を探すのも面倒なんだよねぇ……そこら辺のこと、どう思う?」


 問いかけ、振り向いた先。

 それが現れたのは、その直後のことであった。


「おお……? これはちょっと、予想外だったかな……? なんかでかいし」


 地響きと共に目の前に現れたのは、見上げるほどの……否、比喩抜きで、見上げなければならないほどの巨体だ。

 目算ではあるが、凡そ十メートルほど。

 近すぎてよく分からないが、おそらくその外見は、熊に近いのだろう。

 元の世界では、間違いなく存在していないような生物であった。

 まあ、当たり前だが。


 しかし悠人が驚いたのは、その巨体のこともあるが、それよりはその体毛の方であり――


「金色って、それはちょっと自己主張が強すぎじゃ――」


 声は、衝撃によって掻き消された。


 振るわれたのは、その巨体の豪腕。

 振り上げたそれを振り下ろすという、単純なものではあるが、それ故に効果は高い。

 遅れてきた音よりも先に、その衝撃によって周囲が薙ぎ払われ――呆気ないほど簡単に、それは宙を舞った。


 途端、噴水のように血が撒き散らされ――


「――ないかって思うんだけど、どうかな?」


 言葉の続きを作りながら、それを避けるために、悠人は大きく後方へと飛び退いた。


 五メートルほど離れた場所に着地し、その光景を眺め……首を傾げる。

 予想していたのと、少し異なる展開になったからだ。


「ふむ、狙ったのは首だったんだけどなぁ……もしかして、思ってたよりも強い?」


 ――アクティブスキル、サポートスキル:サーチ。


 そんな疑問を覚えつつも、つい癖でスキルを使ってしまい……だが表示された数値に、納得を覚えた。


「なるほど……それなら確かにこうなるかな。なめてたつもりはないんだけど……いや、結果がこうな以上、それはただの言い訳か」


 ――四百五十。


 それが目の前の存在の、レベルであった。


 確かあの国の兵士のレベルが大体二十から四十、筆頭魔術師でも百三十というところだったので、これ一匹を放り込めばそのまま壊滅させることも可能だろうというレベルだ。

 まあ実際にそんなことをするかは別にして、これはそれほどの存在だということである。


 それを考えれば、体毛が派手過ぎるということにも納得がいく。

 要は力の誇示とか、そういうことを示しているのだろう。

 目立つことの方がより多くの利益を得られるのであれば、それはそれで利に適っている。

 

 もっともぶっちゃけた話、そんなことはどうでもいいのだが――


『――――――――!!!!』


 直後それが上げた咆哮は、怒りのそれだろうか。

 まあ、腕を吹き飛ばされておいて怒らない生物など、存在しないだろうが。


 それでもここで逃げ出さないのは、随分と見上げたものである。

 力の差など、はっきりしているだろうに。


 ……いや。


「それで引くようなら、最初からここに現れていないかな?」

『――――――――!!!!』


 それは矜持なのか、別の何かなのは分からないが、それに応えるのも、強者の務めなのだろう。

 もっとも。


「一応今の僕は、最弱の勇者ってことになってるんだけどね?」


 そんなことを嘯き、小さく肩を竦めながらも、咆哮を上げながら向かってくるそれに構える。

 いたぶるような趣味はないし、無駄に時間をかけるつもりもないのだ。

 拳を握り締め、振り下ろされるそれの腕に合わせるように、一歩を前に踏み込み――


 ――アクティブスキル、アタックスキル:グラン・ノヴァ。


 瞬間、閃光が弾けた。


 視界が白で染まり……しかし悠人がそれを最後まで見ることはなかったのは、結果など確認するまでもなかったからである。

 そしてそれを証明するように、その脳裏に一つの文章が浮かんだ。


 ――称号・魔の樹海の主を討伐せし者、を入手しました。


 ここは魔の樹海とかいう場所なのか、とか、今のが主だったのか、とか、色々と考えることはあったが、それら全てを纏めて、息を吐き出す。

 さて、最弱の勇者とこれ、どっちの称号にしといた方がいいのだろうかと、そんなことも思いつつ――


「――っ!?」


 悠人が咄嗟にその場から飛び退いていたのは、有り得ないはずのものを感じ取ったからだ。

 魔の樹海の主とかいうものを倒したそこから、何者かの気配を感じたのである。


 それが生きてた、ということは有り得ない。

 有り得ないものを感じたのに、有り得ないというのもおかしな話だが、それならば称号を得たのはおかしいだろう。

 特に討伐という言葉が入っている以上、それは絶対であり――しかしそれ以上の思考を続けることは出来なかった。


 それより先に、光の中から、その気配の主が現れたからである。


 ――端的に言うならば、それは少女であった。

 年の頃は悠人と同じぐらいだろうか。

 まるで散歩にでも来たかのような身軽な格好であり、武器の一つも持っている様子はない。


 だが悠人が言葉を失ってしまったのは、そんなことが理由ではなかった。

 その理由は、単純である。

 そう、単純に……その姿に、見惚れてしまっただけだ。


 儚さすらも感じるような、それでいて何の感情も読み取れないその瞳が、こちらへと向けられる。

 知らず、悠人は唾を飲み……少女の首が、僅かに傾げられた。


「あの魔物を倒したのは、あなたですか?」


 悠人が我に返ったのは、その声を聞いた瞬間だ。

 自分が問いかけられている、ということに気付き、慌て……それでも焦らないように、質問の意味を吟味する。


 とはいえ、あの魔物とは先ほどのアレのことだろうし、倒したことも間違いはない。

 それがどうしたのかや、少女が何処から現れたのか……いや、それを聞くということは、少女とアレとは何らかの関係があるのかなど、幾つも疑問はあるが、まず問われているのは自分である。

 それでも、素直に答えてしまっていいのかも少し考え……何の問題もないだろうという結論に至ると、悠人は頷いた。


「うん、そうだけど?」

「そうですか……」


 それに少女は、頷き、一息を吐き出すと、改めて悠人の目を真っ直ぐに見詰め――


「では……あなたに、一つ、お願いがあります」


 そして。


「――私を、殺してくれませんか?」


 そんな言葉を、口にしたのであった。

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