ページ1 小説家たちの夢は、一瞬にして希望の頂から絶望の底へ
ページ1 小説家たちの夢は、一瞬にして希望の頂から絶望の底へ
A nightmare of novel writers
「うええええー!? ま、マジかよ……」
それは9月18日、夕方6時ぐらいの出来事だった。その日の日本は、至る所まで大勢の阿鼻叫喚に包まれていた。
「うわああああー!!! やっぱり落ちたー!!!」
「もうイヤだあああー!!! これでもう27回目だぞ!? 小説家なんてやめてやる!!!」
「こんなに最高な仕上げをやり遂げたのに……審査員の目は節穴か!?」
絶望に襲われた者の悲鳴、努力が報われない者の慟哭、怒り心頭に発する者の罵声が同時に、日本全国の大地に響き渡る。
事情を知らない人たちは、その声にならない声だけを聞いて、さては大好きなアイドルのライブチケットに当選できなかったのだろうと思っているかもしれないが、事実は違う。
その悲しみの真実は、とある小説投稿サイトにて開催されている新人賞がきっかけだ。当選されれば賞金がもらえる上に、書籍化やマルチメディア化も約束されるというおいしい話だが、何千をも超える応募作品の中で、たったの10作品しか選ばれない狭き門であり、成功する確率はかなり低いと言えるだろう。
それでも失敗に懲りずに、毎年応募している人がわんさといる。その中には、「適当に書いて運よく当れば、これからずっと印税生活で楽に暮らせる」、なんて甘い幻想を抱く人もいるだろう。
しかし、思う通りに行かないのは現実の残酷さである。何故なら、数多い応募作品を短い期間に全部目を通すのは、不可能に近いからだ。そのため、審査員はあらすじや最初の一、二話しか読まず、その一部だけで作品の全体イメージを固めるのが普通だ。
「俺の作品は途中から面白くなる話なんだ!」なんて思う人もいるかもしれないが、残念ながらそのような作品は大体最初から、無慈悲な審査員たちにバッサリと捨てられる運命だろう。
そして、この物語の主人公である向井 努も、例外ではなかった……
運命の分かれ道となる時刻の30分前、努はとっくに自室のパソコンの前に座り、自分が新人賞を勝ち取った後の輝かしい未来を夢見て、下心丸見えのニヤケた顔を浮かべていた。
そして今は、努は当選者リストを何度も上下スクロールを繰り返し、自分のペンネームとなる「勝ち組長」を探している。ところが……
「ない、ない、ない……!」
余裕の表情に代わり、努の顔には焦りが見える。どうやらその勝者の名前が載っているリストの中に、彼のペンネームはないようだ。
「うああああああ!!! あんまりだぁ~!!!」
沈黙の中で気付く、自分がまたしても敗者となった39回目の宣言。それは小説家を目指す者にとって、もっとも大きなショックとなるだろう。悲しみのあまりに悲鳴を上げた努は、すぐにがっくりと机に倒れて身を伏せた。
そして部屋は、再び沈黙に包まれる。無理もない、何故なら努の両親は出張中であり、この家にいるのは彼一人だけだ。ラノベの主人公では10人の中で約8人に適応する古くさい設定で、実に笑えない。
およそ3分、すなわちカップラーメンが一つ出来上がるぐらいの時間が過ぎ、努は身を起こしてそう言った。
「もうこんな人生に何の未練もない……『毒』でも飲んであの世に行こう」
この部屋は努しかいないとはいえ、独り言にしては随分とシュールな内容だ。それを言い残した彼は、席を外して階段を降りる。
彼の向かった先はキッチンだ。何かを飲むなら、キッチンに行くのは普通だろう。そして彼は歩き続けて、冷蔵庫に接近した。手を伸ばして扉を開くと、もう片手が直方体のものを取る。
それは、紙パックの野菜ジュースだ。ストローを包む袋を破ってそれを飲み口に刺すと、努はゴクリとジュースを飲み干した。
途中で彼は口元を緩め、一滴の赤い雫がそこから溢れ出る。続いて彼はわざとらしく膝を曲げて、そのまま勢いで床に倒れる。その光景は、まるで毒を飲んで死んだ瞬間のようだ。
もちろん普通の野菜ジュースを飲んだだけでは死ぬはずがないので、これは努の哀れな一人芝居に過ぎなかったのだ。さらに観客もいないため、他人からの反応を見ることすらできない。それでも努は決して退屈そうな表情を見せず、それなりに楽しんでいたようだ。
目を閉じている努の黒い視界には、この前に新人賞に参加していた頃を思い出す。友人への勝利予言、ストーリーやキャラクターの設定を練る時の苦労、評価や感想が来る時の喜び、11分置きにアクセス数をチェックする時のドキドキ。
今にして思えば、あの時は実に楽しかった。だがいつの間にその楽しみが、少しずつ勝利への渇望に変わっていってしまった。ただ新人賞を取るための、虚しい足掻きでしかなからった。
そう思うと、努の瞼から透明な液体が溢れ出て、頬を沿って流れていく。
「くっそ、何が『勝ち組長』だ……完全に負け組じゃないか……もう、小説を書くの止めようかな……」
精神力を大量に消費して疲れ切ったのだろうか、努の口からそんな情けない言葉が漏れる。とても39回も落選してきた人が言うこととは思えない。
そんな時に、絶望に心を打ち砕かれた努を救ったのは、麗しい女子の明朗な声だった。
「ちょっと、何ふてくされてるのよ」
「ん?」
大きな声に反応した努は、目を開けて見上げた。そこにいるのは、幼馴染みである鍵悦 雪奈の姿だった。