第九十三話 魔女狩り(一)モール街の魔女
あのTV報道から十日が経ち、こう着状態が続いていたが、悪い方に傾いた。
マンションを出て、麻衣と合流したあと、希教道に行ったときだ。
マスコミ取材人を避けて、裏の細い通路を歩き道場の裏口へ二人で向かっていると、何かが俺の肩に当たり足元に落ちたので見ると小石だった。
「どうしたの?」
麻衣は気づかなかったようで、立ち止まった俺を見た。
「誰かに後ろから投げられたみたいだ」
「まさか」
二人で振り返ると、家の玄関にほうきで足元を掃いているおばさんが一人目についた。
他に人はいなく不審に思っていると、その家の中から若い女性の声が聞こえてくる。
「巫女も信者も死ね」
それに連動して掃除のおばさんが体を上げて、こちらに顔を向けるとにらんでから中に入っていく。
するとまた、「街から出て行け。希教道の悪鬼と巫女」と聞こえてきた。
「これは」
「何、ひっどーい」
やはり俺たちへの当て付けらしく、麻衣も憤慨したがその場はやり過ごした。
「そう。私も小石を投げられたわよ」
道場の中央で禅に似せた能力開発集中法を数人の信者と一緒にしていた彩水が、俺の話から彼女も同じ目に遭ったと同調した。
「だから文句言ってやったわよ、『巫女がなぜ悪い!』ってね。スッキリするから、忍ちんも言ってあげなよ」
彼女の話したシーンの、胸を張る彩水と怯えて詫びるおばさんのまやかし映像を、俺たち全員が見せられた。
「ほーっ。それは豪儀だな」
「彩水ちゃんの抗議で、ほうきやモップ持ったおばさんたちが集まってきたから逃げてきました」
「うっ、直人はよけいなことを言っちゃ駄目よ」
「うむ。やはり、無視して正解か」
くすくすと笑う浅丘結菜が、彩水の横に同じツインテールで座り、そのうしろに直人と背の高い曽我部が配置されていた。
「今は取材陣がいるから、ちょっとしたことでチクられ、すぐ記事にされそうな雰囲気がする」
麻衣も腕を組んで溜息混じりに言った。
TVマスコミの刷り込みの影響か、周りの住民が否定的に傾いてやっかいなことになってきている。
『希教道は連鎖自殺の行いを恥じて謝罪し解散せよーっ』
突然、拡声器の声が室内にまで轟いてきた。
『自殺者を作り出した希教道の人権侵害をゆるさない!』
『被害者親族全員に賠償金を支払え!!』
「うわーっ」
「また連中、抗議活動始めたよ」
「うぜーっな、まったく」
「今日も来てるのか? 呆れる」
「誰か信者とか横切ったんじゃない?」
「それっぽい信者はいないな。たぶん、定期抗議だろ」
窓から表の様子をうかがうと、野次馬に混じりプロ市民の押見代表が、拡声器を振り回しては声を響かせる。
「しかし、あのおっさん元気だな」
「これはうっとうしいですね、広瀬先輩。それにしてもあの人たち、仕事はどうしているんでしょう?」
窓際にいた森永向葵里が、一緒にのぞいて感想を述べた。
「確かに仕事しろと言いたいな」
「あれが仕事でしょ? 我々を執拗に恐喝して、犯人に仕立てて賠償させる気じゃないですか。だてに弁護士十人も引き連れてないでしょ」
向葵里と俺の間に、今村陽太が割って入り相変わらずの上から目線で話してきた。
警察が連中の前に現れるが、何もせず野次馬との盾になるくらいで、団体の抗議活動はそのまま続けさせた。
近所迷惑甚だしいのに、拡声器ぐらい取り上げる仕事をしろよと言いたい。
気がつくと、目の前にも作務衣の彩水が立って窓の外を眺めているが、道場の中央にも彩水は座って笑顔でこちらを見ている。
遠隔視とまやかしが自由に操れるようになって、最近やたらと見せてくるので、彼女に解除した自己遮断をまた構築しようかと悩みだすこの頃だ。
「彩水。他の幹部は?」
「ははーん。栞かな?」
「そっ、そうだが、純子たちとかも、どうしているんだ?」
俺のうしろについている麻衣は、栞に対して機嫌は直っているのだが、ついつい気にしてしまう。
ただ、栞と麻衣の二人の関係が……主に麻衣が栞への愛想が消えて、そっけない空気に変わってしまった。
「はいはい。純子たちは事務所に行ってる。……そして栞は、検査で女医のセンターへ行ったよ」
「んっ? 今日は検査日でなかったと思うが」
今朝、俺の部屋に来ていた栞は、そんな検査あるとか言ってなかったのだが……。
「私も知らないよ。それより、買出し頼まれてくれない?」
「ファッ!?」
希教道は二台の専用車を所有、その一台のワゴン車で栞と柴犬のしのぶくんを高田さんが運んでいった。
もう一台が軽自動車で、道場主と経理の中村さんが乗り、希教道の弁護士と税理士に今後のことについて話し合いに出かけている。
事務所にいた留守番の純子と篠ノ井から、俺と麻衣の携帯電話へ買い物調達物品名が記入されたメールが送信された。
「お米とかはあるんだけど、他が切れちゃってて」
「量が多いですから、数人で行った方がいいですよ」
「俺が行くから大丈夫」
受け取ったメールメモを眺めながら言ったが後悔。
「うっ、結構多いな」
「幹部たちと泊り込みの信者さんの分だからね。誰か誘って行ったら?」
食料買出しは、俺と麻衣、向葵里そして今村で出向くことになった。
二階の事務所から下りて、道場で荷物持ちを募集したら向葵里が挙手してきたが……。
「森永さんが行くなら、僕が付き添いますよ」
「えっ? いや、一人でいいぞ」
今村の発言に俺は速攻で否定した。
「マスコミ取材陣に囲まれた場合、広瀬先輩だと心配です」
「そうね。忍だけだと心配かな」
「おい、麻衣。そこで肯定するな」
こんな具合で今村がくっ付いてきたので邪魔くさい。
私服に着替えて希教道の裏口から出ると、数人のマスコミ取材陣らしい人物にストーキングされるが、歩いて十分ほどの所にあるショッピングモール街へ着くと見えなくなった。
メールメモの持ち合わせで、俺と向葵里、麻衣と今村の二人一組で、スーパーとドラッグストアーへ分かれて買い物を開始。
奴に麻衣を任せるのは不服だが、たまに別の子と過ごすのは悪くないかな。
「先輩、これで予定食品は籠に入りましたよ」
携帯電話のメールに記入された物品名と数を、向葵里と顔を突き合わせてチェックを行った。
買い物を終えて外に出て歩いていると、喫茶店から出てきた背の高い女性と少し低い男性にばったり会う。
「あら向葵里。買い物? あれ……えっと」
「ああ、和美。それに甲斐君も」
「おっ、森永。ちーす」
この二人思い出した。学園祭の占いで向葵里と一緒に来てポシェットなくした子と、その同級生男子だ。
「こちらは広瀬先輩」
「あっ、占いの先輩ですね。こんちは。今日は向葵里と買い物ですか? 随分買い込んでますけど、パーティーとか」
「これは道場の買出しだよ」
「道場? ……えっ、やだ、向葵里まだやってたの?」
「あの教団は今、ヤバマズでしょ」
二人とも冷めた目付きで、希教道を否定してきたが、これもマスコミの影響か?
「そんな、酷いものじゃないから。今度ゆっくり話そうね」
向葵里が焦って言うが、甲斐がお構いなしに俺に忌まわしい言葉をかけてきた。
「もしかして、そちらの先輩も同じ信者で……あれ……男の魔女っ娘っスか?」
「男の魔女っ娘?」
意味を知らない長門和美が、甲斐に聞くと懇切丁寧にネットで話題になっていることを説明しだした。
「ねっ、先輩! 先輩がそうッスよね?」
わざわざ俺に聞いてくるのは嫌がらせだろうか。
向葵里はうつむいていて、知っているようなので悲しくなる。
「えっ……魔女?」
聞いていた和美が、俺を見ると驚いて下がった。
「どうしたの和美? 男の魔女っ娘だぜ」
「えっ、だって……信じられない。魔女」
「わっ。ホントだ。なっ、なんて突然に。不気味な……醜い」
和美と同じように甲斐も、突然態度がおかしくなり、何度も目を擦って俺を眺めると震えるように下がっていく。
「ま、魔女」
「何でこんなところに、こんな者がいるのよ」
俺だけじゃなく、向葵里を指差して錯乱したように声を上げてうしろへ下がっていく二人。
「えっ? 何に、何で」
「こっちも魔女。魔女だわ。恐ろしい」
俺も向葵里もよくわからず、お互いを見つめたあと、買い物袋を持った腕や手を見つめてしまう。
モール街の歩道を行き来していた人々も、異変に気づき立ち止まり、動向を注意しだす。
「二人とも、どうしちゃったの。何言ってるの?」
向葵里が声をかけて近づくと、和美と甲斐は恐れおののいて後退ったとき、喫茶店から出てきた若い男女に突き当って、二人とも倒れて地面に尻を打ちつけた。
「どうした、君たち?」
ぶつかられた男女は、驚いて和美たちを見る。
「まっ、魔女」
「そこに、恐ろしい希教道の魔女がいいっ、いるッス」
「希教道の魔女が? うっ、嘘だろ」
男女が俺たちを見ると驚愕して下がりだす。
「おおおっ、何だ? コスプレ……いやそんな物じゃない。これは本物の魔女だ」
「今顔が見えた。醜悪、グロテスクな……魔女よ。そうとしか言いようがないわ」
「もしかして、希教道から出てきた? 魔女って本当だったんだ」
なおも、屈辱を連呼してくることで、初めてまやかしが連想された。
すぐ、長門和美目線の遠隔視を試してのぞいて見ると、あろうことか、真っ黒のローブを羽織りフードで顔を隠し、長い鼻と鋭い眼光が垣間見れる妖艶な者が杖を持って二人立っていた。
どう見ても俺でも向葵里でもない、ホラー映画に出てきそうな別人を見ている。
周りを見渡すが、まやかしを使っているような人物は見受けられない。
すぐ和美目線の遠隔視で確認しながら、まやかしの消失を周りに送ったが、魔女は消えない。
すぐ上書きされたのか? いや、それなら少しでも元に戻っていたはず。
和美からまやかしの魔女情報の糸から相手を探ろうと暗闇に潜るが、イメージがつかめず何一つ情報が入ってこない。
これは、零の聖域を使わないまやかしなのか?
騒ぎが伝染したのか、喫茶店の中の客たちが窓越しからこちらを見て、女子学生らしい何人かも騒ぎ出した。
「魔女よ」
「魔女がいる。怖い」
これはまずい、誰かにはめられたかもしれない。
撤退だ。
「向葵里ちゃん、たぶんまやかしを使われている。ここから離れよう」
「えっ、あ、はい」
「わっ、きゃっ」
俺たちの会話で、また魔女を視ている者たちが悲鳴を上げた。
猶予がないかもと、その場をすぐ立ち去ろうと向葵里を促して、人の輪に囲まれたところを抜け出ようと歩き出した。
だが通行人の一部に、先ほどストーカーをしていたマスコミたちが入っていて、俺たちの前に立ちふさがる。
「君たちはあの子達に何をした。言いたまえ」
「何も」
脇をすり抜けようとしたが、陽上高校の制服を着た男のグループ五人が道を挟んで抗議してきた。
「お前ら希教道の信者だな。何ふざけたことして、逃げようとしているんだ。おいっ」
「そこで倒れている連中に謝罪しろよ」
こいつらには、俺たちは普通に見えているようだが、まやかしは路上の住人に行き渡ってないらしい。
マスコミ連中の前で、派手なまやかしなんか使おうものなら、極上の餌を与えるようなもの。
ここは何とかやり過ごそう。
「おい。謝ってこいよ」
うしろについて来た向葵里が、前に出てきた茶髪男に肩を突かれ倒れてしまった。
おかげで彼女の持っていた買い物袋の中身が、路面に撒かれてしまう事態に。
「何をするんだ。止めろォ」
俺が向葵里を倒した男に食ってかかると、他の陽上学生に囲まれて罵られる。
「テメーこそ、口を慎めよ」
「ここは人様の歩く通り。殺人鬼信者は裏通りだろ」
起き上がった向葵里は、急いで袋に飛び出た食品類を入れてると、別の男が彼女の頭を小突いてきた。
「謝れって言ってんだよ」
「ボッ、ボクは……」
買い物袋を両手に抱えて震え上がって座り込んだ向葵里を、男の足が強打した。
これはまずいと思い、禁止中のまやかしを使おうと決意するが、相手の男は向葵里を強打せず、脇に転がっていたので面食らう。
「森永さんに、何してくれてんだよ」
今村が買い物袋を片手に、男の前に立っていた。
どうやら、うしろから飛び膝蹴りを噛まして倒したようだが、ここで大立ち回りはまずいだろ。
遅れて麻衣も買い物袋を携えて人ごみから、こちらに出てきた。
俺も陽上学生の輪に偽の俺を置いて、抜け出て合流した。
起き上がった向葵里と麻衣とで、反対側に向かって走り抜ける算段をする。
俺は倒した男とにらみ合いを続けている今村を引っ張り、走り出した彼女たちのあとを追った。
「おい、待て」
「逃げんのか希教道」
「わーっ、また魔女が」
「きゃーっ」
走りだした俺たちの前に横たわる人だかりは、裂けるように空いたので通り抜けて、すぐわき道に入っていく。
陽上の学生たちが追いかけていたので、道を真っ直ぐ走っていくまやかしを送ると素直に真っ直ぐ追っていってくれた。
「騒動の原因は何?」
「一部の人間が、俺たちが魔女に変わった幻覚を見ていた」
希教道に戻ってから、応接室で彩水たちも交えて麻衣と今村に説明する。
「幻覚? 誰かが森永さんを魔女に変えて見せていたってことか?」
今村が両手を胸に組んで俺に歩み寄り、噛み付くように言った。
「そうだ。だから、騒ぎになった。が、見えてたのは一部限定のようで、人によってはパニックになる者もでて野次馬を作ってしまった」
「それで通行人が、沢山立ち止まって見ていたんだね」
麻衣が納得したが、今村はまた言ってきた。
「じゃあ森永さんを地面に座らせて、陽上高校のガキどもに好きにさせていたのは何だ?」
「今村君……?」
「それは相手の人数が多く、マスコミの目も気になって行動が遅れた」
「僕がいないと駄目だとは。やっぱり、広瀬先輩はつくづく役立たずなんですね」
こいつ、好き勝手言いやがって……。
「そんなのいいから、魔女を見せてた相手はつかめなかったの?」
今まで黙っていた彩水が、全うなことを言ってきた。
「あの場ではわからなかったな」
「G・天誅のメンバーが来ているんじゃ?」
麻衣が頬に手を当てて、不安そうに言ってきた。
「そうだな。その辺が一番怪しいからな。調べてみた方が良さそうだ」
「面倒が増えたわね」
G天誅のことは、幹部も情報を共有してて一様に不快や、不満を顔に出していた。
道場で彩水たち幹部に、遠隔視のレクチャーをして行動のチェックをすると、能力の伸びてないのがわかった。
俺のときと比べて能力操作がおぼつかないのがほとんどで、前に女医が言ったとおり能力の上限が来ている気がする。
だが、当てはまらない二名いて、幼い浅丘結菜は問題なくついてくるスーパー幼女だが、彩水も前日まったくできなかった能力も翌日には操作してくるので素直に凄いと思った。
そこへ、応接室にいた麻衣に麦茶を呼ばれたので、幹部ともどもエアコンで冷えた部屋に休憩しに行く。
午後のワイドショーでニュースが始まってて、ショッピングモールでの騒ぎが放送されていたので、とりあえず幹部は「もう?」と顔を引きつらせて笑う。
俺の顔と声にモザイクが入った映像が流れたところで、タイトルが入った。
『白昼に希教道信者、友人や学生たちに集団催眠術を実行。自らを魔女と認めさせた』
と独断の断定である。
やはり、モール街に居合わせたマスコミ陣の格好のネタにされてしまった。
集団催眠にかかったと言う四人の学生にインタビューして、喫茶店前で人物に濃いモザイクがかかった映像が流れる。
学生たちは『信者がグロテスクな魔女に変わっていった』、あるいは『突然、おぞましい魔女が立っていた』と証言をして、その場所で立ち位置を検証していた。
現場からスタジオに戻り、見たと言う証言を元にプロ画家に似顔絵を書いてもらったおぞましい魔女のイラストは、スタジオ内の観覧客から悲鳴が上がるほどで、それはすぐネットに上がり拡散されていくことになる。
そのあと東西大学教授と名乗る怪しいおじさんが出てきて、断言した発言を言い出す。
『超能力で人が魔女に変わったとか、科学的にありえません。見たのは幻覚で、催眠術をかけられたのが現実的でそれが濃厚です。そして催眠術は技術です。そのメソッドを持っていれば、誰でも使えることができるものなのです』
すぐに魔女発言からの混乱した状況現場がモニターに映し出され、学生の俺や向葵里の顔と声にモザイクがされているのだけど、すぐ分かる申し訳程度のモノで悪意を感じた。
『この指の動きは催眠術をかけている行動様子ですね。ああっ、ここ。これです』
東西大学教授の真面目な解説に併せて、俺の動いている手の映像がアップになっていくが普通の動きである。
あまりの決め付け報道と権威解説に怒りよりも呆れで、めまいが起きそうになった。
「大人も自分の意見を通そうとすると、子供みたいなことするんだね」
「自身の主義主張を通そうとするメディアはよく印象操作するけど、ここまで露骨にやられると恐れ入ってしまうわ」
「マスコミって、もともとこんなもんでしょ?」
「そりゃそうだ」
他の幹部連中もすぐ理解して冷めた反応を示した。
CM後の報道に、『中山代議士の希教道との関係が明るみになった』と一報が入って眉をひそめた。
中山代議士の新しい秘書から帳簿内容を入手と字幕スーパーが流れる。
一千万単位の使途不明金が某大臣と希教道とを行き来していたことが分かり、話題の教団との関係を含めて、野党から中山代議士の国会証人喚問が決まったと報じた。
これには栞が関わっているから、心配になり女医のリハビリセンターに意識を飛ばした。




