第七十四話 東京出張(三)グループ天誅
「それで、私に話せってことですの?」
黄色の花柄のワンピースを着た城野内が、テーブルの向かいに座ったまやかしの要にうんざりするように応える。
「お嬢様は、数社から来た取材依頼を断っていたんですよ。足蹴りするように」
座りかけた俺たちに、城野内の隣に立っていた付き人の三島さんが語る。
「なんか一言多い気がしたのだけど?」
「はいお嬢様、気のせいです」
コーヒーカップを手にとって口に優雅に運ぶ城野内だが、西浦が暗かったので同じ状態に落ちいってると思っていたが、変わりなくお嬢様だった。
喫茶店は込んでいて席は埋まっていたが、俺たちの席は確保されていて全員座れた。
「自殺者の同級生にお嬢様が居たことで、話題の提供に繋がると思われたようですね」
三島さんの言葉で、取材が多いのは、彼女の置かれた立場だと気づいた。
「そうですか。でも別に減るもんでもないでしょ? 私も聞きたいですし」
「むっ。それは質問者として、記者を連れてきたわけじゃないでしょうね?」
「とんでもないです。来てもらった小出さんは、うちの希教道の記事も好意的に書いてくれたライターさんですよ」
栞が【 怒!】の読者になっていた?
まあ、どう書かれてたかチェックぐらいするか。
「そうそう、京都の指南役の記事も書いてて、優れた能力で歴代総理を指南しているって内容で劇誉めしていましたよ」
「へえっ……じゃあ、まあ、白咲さんの顔を立てて今日は良しとしますわ。うふふふ」
ウエイトレスが、水の入ったコップとお絞りを置いき、俺たちから注文を受けて戻ったが、まやかしの要と小出さんは注文はしなかった。
「ぶしつけにやってきて、すみません。月刊雑誌【 怒!】の小出です。この一連の自殺について、警察も偶然なのか他殺なのか絞れてないようで、まだ続くようなら記者としても、何かしら打開策を見つけたいと思っているんです。それで同級生のひととなり、最近の行動で気づいたこと、ちょっとしたクラスでの噂などをお聞かせてください」
体を前向きにして話した小出さんに、城野内は聞いてきた。
「それは私が京都の指南役の孫だとしての意見をですか? それとも同級生として感じたことですか」
「両方聞きたいですね」
「私は同級生男子と一度も話したことなかったので、何も話すことはありません。もっと身近な人から聞くことをお勧めしますわ」
「あはは、そうですか」
小出さんは頭をかく仕草をして、拍子抜け感を誤魔化した。
俺は城野内に、断ってたのは話すことがなかっただけかい、と心の中で突っ込みを入れる。
「京都の指南役の孫としては、自殺した男子は裏で悪さしてたから、何か切羽詰って逃れることができなくなり飛び降りたと思いますね」
城野内の個人的意見に聞こえたが、指南役の孫を強調するのは、城野内ならではの見栄か?
「何となく、同級生の人となりはわかりました。すると誰かに恨まれてたと思われる出来事がありましたか?」
「いじめがあったと、他の同級生が話してたのを聞いたくらいですね」
そこで要が、俺たちの代弁のごとく質問を入れた。
「私たちはよくわからないので、小出さんから詳しく話を聞きたいのですがいいですか?」
「ん、話を隠すような情報は、一切入ってないから知ってることなら話すぞ」
それで小出さんは概要を語り始める。
六日前から東京都内で始まった、若者が毎日一人ずつ死んでいく連鎖自殺。
死亡時刻は朝、夕方、夜とばらけていて、若者同士も関連性はなく偶然と思われていた。
自殺方法はシンプルで、ホームからの電車への飛び込み、赤信号の道路への飛び出し、マンションの通路からの飛び降りと発作的に飛びだしていることが共通している。
だが三人目が死んだ四日目に、自殺者の共通点と思われるサイトが話題となった。
お悩み解決掲示板。
その掲示板の書き込みで、パニッシュメント・パーソンと名のるユーザーが問題となる。
『イジメ相手の殺し請負ます』
そんな募集の書き込みがされていた。
これを冗談と思って何人かは漫画やアニメのキャラ名、または芸能人、そして何人かは学校学級名入りの実名を書き連ねていく。
よく日から漫画キャラや有名人は無視して、実名が書かれた者たちの自殺が始まった。
二日、三日と自殺者が増えていくと、掲示板のユーザーたちが書き込まれた名とかぶっていると騒ぎ出し、マスコミや警察の知るところとなる。
その掲示板はすぐ閉鎖。
被疑者のパニッシュメント・パーソンの書き込み主は、海外サーバー経由で足取りは掴めなかった。
書き込まれていた七人分の殺し依頼の人物は残り三人。
五日目から刑事が名前が書き込まれた、被害者になりそうな子を一時的に監視対照とした。
だが、昨日その中の一人、城野内の同級生が自殺した。
刑事たちが監視しているのを聞いて安心でもしていたのか、夕食後に近くのコンビニに買い物に行くと自宅を出たんだ。
だがコンビニの途中で、人が変わったように走り出して刑事たちがまかれてしまう。
近くで見ていた人の話では、少年が切羽詰った感じて幹線道路の歩道橋を上っていくと、中央付近で声を上げていたと思ったら防護柵によじ登り、道路へジャンプしたのだと言う。
で、落ちたところへ大型トラックが通り抜けたってことだ。
それを機に洗脳か催眠の類としても、捜査方法が加わったらしい。
別の話題も持ち上がっていた。
自殺者のいじめ行為の人を人とみないエピソードが、ネットのいろんな掲示板に次々に書き込まれると、ツイートで死んでくれてありがとうの大合唱。
巨大掲示板では、類を見ないお祭り状態に盛り上がって、パニッシュメント・パーソンが天の代理人として喝采を博していた。
「パニッシュメント・パーソン?」
「仕置き人だよ」
「酷いハンドルネーム」
「G・天誅と方向性が同じでやだな」
西浦の一言で不安が脳裡をよぎった。
万が一にも繋がりがあったなら……希教道も巻き込まれる恐れが出てくる。
「自殺現場を見てみたくなりました」
要がポニーテールを揺らして俺に言う。
――それって残留思念抽出で調べたいってこと?
俺が零感応の念話で返すと、彼女が両手を合わせて微笑んだ。
『今の私は車で留守番ですから、お任せしていいですか』
――そうだな、俺も気になるから見てみよう。
そう返答すると要は話を進めた。
「その歩道橋は近くですか?」
「そうだね。ここからだと歩いて十分くらいかな」
「立入禁止じゃないですか?」
城野内が疑問を口にしたが、小出さんがそれに答えた。
「自殺と処理されてるから、規制線のバリケードテープは取れてたよ。そこそこ人の使用頻度も多い歩道橋だからね」
「じゃあ、美濃の用件のあとに行ってみるか?」
俺は麻衣に目を向けると、苦虫を噛み潰した顔が帰ってきたが否定はせずうなずく。
自殺現場なんて行きたくないのはわかるので、なだめるように彼女の手を軽く叩くと思いっきり握り返された。
城野内たちもついて行くことを示唆したときに、白のヘルメットを持った男女が入り口の鈴を鳴らして入ってきた。
一人はジーンズ姿の美濃正、そのうしろのもう一人が黒のパンツによれた赤のブラウスを着た見慣れない女性。
小出さんが長く居てはまずいだろうと、立ち上がりお礼を述べて入ってきた二人と入れ違いに出て行った。
「来たわね」
「二十分も遅れてますわよ」
「あれっ……これは、これは。希教道の幹部の方々が三人も来ていたんですね」
城野内を無視した美濃は、俺を見て嫌な顔をしてから、背後の女性を空いてる席に座らせた。
「そちらの女性は? 初めてお目にかかると思うのですが」
「城野内さんに聞いてないんですか?」
呼ばれた城野内が首を振ると、美濃は面倒そうに人差し指で銀縁メガネを上げながら紹介した。
「天羽陽菜ちゃん。僕と一つ下の後輩。もちろん能力者」
「よろ」
名前を呼ばれて一声だけ出すと、ウエイトレスが置いていったコップに手をかけ口に含んだ。
髪はストレートロング、腰まで伸ばして、顔には脇髪がかぶさり表情が読み取れない。
そのせいか、どこかホラー映画に登場しそうな不気味さを感じた。
読み取り遠隔視で栞が天羽陽菜をまやかしと断定したが、自己遮断のある俺に、今の彼女は見えてるので本物と認識する。
「前に知り合ってたんですが、オフ会のあとで再開したんです。希教道の話をしたら、東京にも作ろうって二人で盛り上がりましてね」
「それで東京組のグループを分裂させたんですか?」
要が、不満そうに本筋を話だした。
「そうですのよ。呪いの請負とか本当に止めて欲しいですわ」
「何で? G天は楽しいのに……止めるなんて理解できない」
城野内の言葉に天羽が首を傾げた。
G天? もうG・天誅を略称しているのか。
「僕たちのG天は、人に喜ばれるし実益も兼ねてますよ。能力の開発と健康、休息や舞だけの団体は、僕たちの利益になりません」
「G天は楽しい、話に聞く希教道なんかより」
天羽が幹部に向かって挑戦的な一言を言った。
「それはもう考えを改めてくれないと?」
「気味悪がられた挙句、攻撃を受けて嫌な目にあったんですよ。能力持ちなら誰もが経験しているはず、団体に篭らずこちらから打って出る方が、能力を持った存在意義を感じ取れます。白咲さんたちも、僕たちに加わることをお勧めします」
俺も要も見合って肩をすくめる。
「言い分はわかった。だが、問題なのは呪いの請負に対してと、利益がでているのも気になるけど、どこのスポンサーがついてるんだ?」
「スポンサーは言えない。そういう契約」
俺の質問に天羽が、間髪入れずに答えると、美濃が畳みかけるように言う。
「攻撃的な敵対者にモラルですか? こう言っちゃなんですが、頭がお花畑の平和ボケな典型ですよ。自分を守るためには目には目をでしょ?」
それに城野内が聞くのもごめんだと、自身の問題を振る。
「あーっ、それはもうわかりましたわ。だけど、イミテーションで私たちを脅してくるのは卑屈ですわよ」
「またその話ですか。対立グループへの精神攻撃はまったくの誤解。言いがかりですね」
「行使できる人が、あなたの他に誰がいるって言うのですか?」
「いや、そちらにも何人か当てはまる人いるじゃないですか」
美濃が下卑た笑いをしながら、俺と要に手を向ける。
「その人達凄い?」
天羽が嬉しそうに美濃に尋ねた。
「んっ、まあ、嘘を混ぜて能力誇張しているけど、僕に近いと思うよ」
「まあ」
唐突に俺と要のほかの全員が、声を上げた。
「ああっ、忍、危ない」
麻衣の声でまやかしを受けたと実感、すぐ彼女の目線を借りて状況を見た。
そこには俺のコーヒーカップが顔面に停止し、グツグツ音を立てて沸騰したコーヒーがテーブルにたれて弾いたのが俺の顔にかかっていた。
平然と能力を使ってきたことに驚き、急いで椅子をうしろへ引いて下がる。
「熱くなかったの?」
目を細め首をひねる天羽。
俺への能力行使が使えないのに気づいた?
すぐにまやかしを返すように、コーヒーカップが戻っていくイメージを周りに送った。
麻衣目線でコーヒーカップが元に戻るのを確認すると、天羽も目を細めて見ていた。
だが、すぐ「あっ」と声を上げる。
天羽のコップが突然倒れて服に水が飛び散ったので、美濃が急いでお絞りでテーブルを拭く。
彼女も立ち上がりブラウスやスカートについた水を手で弾いた。
「ふふっ、何してるんですか?」
隣の要がからかうように聞いたので、天羽のコップを転がしてたのが誰かわかった。
天羽も回りもコップが元に戻って、水も零れていない状態に気づく。
「あなたたち、何遊んでいるんですか?」
一瞬の沈黙のあと、城野内があきれるように言葉を発した。
隣に立っていた三島さんが、小さい声で言う。
「遊びに混ざりたかったの間違いでは?」
「だから、余計なことを言わないの」
天羽が相手を侮ったような態度から、一変して誇りを傷つけられたような能面な顔を向けてきた。
俺は麻衣目線、三島さん目線を額前に留まらせ周りを注視した。
テーブルが小刻みに音を立てて揺れだすと、美濃も立ち上がり天羽の前に腕を伸ばした。
「ストップ陽菜ちゃん。大勢の前です」
美濃に目をやった天羽は、ゆっくり首をたれるとテーブルの音がやんだ。
「つまんない」
「今日はここまでで。お互いにこれ以上の話は無益だと思います」
「じゃあ、東京支部長に言った独立宣言の撤回はないと?」
要が確認のように聞くと、美濃はうなずくと言葉を返してきた。
「希教道のあなたたちには、G天に入って欲しいんですけどね」
「ないわ」
素気無く返す要をいちべつして、ヘルメットを携え天羽を通路へ連れ出す。
「俺から最後に一つ。G天とか、辞書みたいな略称止めとけ、恥ずかしい」
立ち止まった美濃は、銀縁メガネを指で持ち上げると無言で出て行った。
二人が出て行ったあと、何も成果がなく落胆していると栞から念話が入った。
『二人が触ったコップ、あるいは椅子から残留思念抽出お願いします』
――ああ、そうだな。とくに天羽は見ておかないとな。
美濃、天羽のコップを順を追って調べて記憶の残滓を引き出していく。
麻衣も城野内たちも知っていることなので、無言で俺の行動を眺めていた。
俺が二人の座っていた椅子に移動して、背もたれとかを触って観察すると三島さんが城野内に小声で話した。
「お嬢様も能力使って調べられたらいかがですか?」
「私はいいの。適材適所があるでしょ」
「そうですか、情報を引き出せるほどの残留思念能力は難しかったですか」
「なっ、何が言いたいのかしら?」
眉毛をひくかせて城野内が三島さんを見るが、笑顔で返される。
「練習すればよろしいのでは? でないと指南役など、とてもとても」
「余計な……むむっ」
要が微笑んで、彼女と従者に割って入るように話しかける。
「忍君は残留思念抽出のプロと言っていいですから、終わるのを待ちましょう」
俺はプロなのか?
「ほら、三島。適材適所でしょ」
「プロ級、持っていて悪くないですよ。先のことを考えればですが」
「そっ、そのうちにね……ははっ」
城野内は溜息のあと、真面目な顔になると要に話しかけた。
「白咲さん。美濃たちとは決裂しましたが、彼らをどうするつもりですの?」
要は俺を見ながら考え込むように言う。
「イミテーションの攻撃が続くなら、潰すしかないですね」
「あら、さらっと簡単に言いますわね」
「では他に何か手はあります?」
「できるのなら、問題はありませんことよ。で、どんな方法を考えてらっしゃるの?」
「金の流れを断って、更生してもらいましょう」
「面白いけど、現実的じゃないように感じますわ」
「私たちには保持能力があります」
「むこうも持っているんです。厄介なことだと思わないんですか」
二人のかみ合わない会話を聞きながら、残留思念抽出を切り上げると麻衣が後ろで面白いものを見るように見学していた。
「おっ、麻衣。だいたい終わったかな」
「ふーん、そんな感じでのぞけちゃうんだ。凄いな」
なにやら技術でもあると思っているのか、俺の腕から指先を何度も見返している。
「技法なんてないぞ。ほとんど意識だから」
「んん、そうなの?」
俺は首を傾げる麻衣の手を取って元の席に戻ると、他の三人から期待の眼差しが向けられた。
若干一人が、半眼で俺と麻衣の手を握った部分をじっくり見ていたが、見なかったことにする。
「ええっと……ピンポイントに検索して、いくつかわかったよ」
「それは、なんですの?」




