第七十話 保持者たちのオフ会(三)
話している間に、どら焼きの箱から残留思念抽出で西浦の情報を探し出した。
それは、店の店員からどら焼きの箱を受け取っているシーン。
西浦目線は自動ドアを開けて外に出たので、立体映像を起動させて周りを見ると駅前の有名和菓子専門店の前だとわかる。
ビルの側面に設置されている大型ビジョンの映像から、今日の日付と時報が流されているのを見て、道場へ行く送迎バスの待ち合わせ時刻に近いのを確認。
前方に服装の違う城野内緋奈と東京組みの二人、そして見知らぬ紺のスーツを着た男性も待っていた。
「じゃあ、私たちは向かいの部屋に行くので、あとはよろしく」
『はい、城野内さん』
城野内緋奈とスーツの男性がスーツケースを持って、東京組みと分かれるとホテルのロビーに入っていった。
――向かいの部屋とは、ホテルの一室か。そこから偽者を操っていることか?
この道場ではホテルの状況がつかめないので、立体映像を解きながら栞に念話で情報を知らせる。
すぐ任せてと返答がきたと同時に、周りが騒がしくなった。
彩水目線で道場を見ると、俺が炎に包まれていた。
驚き立ち上がると、向葵里が声を上げる。
「先輩!」
「忍!」
続けて麻衣が廊下からバケツを落として声を上げた。
それを合図に周りが驚愕の声を出し始める。
「だ、大丈夫なのか?」
「ここからでも酷く熱いのに、どうなっている」
城野内も驚いていた。
ここに来て自己遮断が足を引っ張っている?
「あっ、熱いぞ。止めろ」
体を動かして、熱いと演じて声を出しながら、消失のイメージを道場にいる者たちに送る。
すぐ向葵里目線を使って炎が消えたことを確認するが、教祖様が俺の三文芝居を本気にとってしまった。
「止めなさい」
彩水がバーニングと唱えて現れた火の玉を城野内に投げつけた。
炎は城野内に当たり破裂したかのように見えたが、炎は後ろへ通過して霧散する。
「あれ?」
城野内が微笑んで、彩水に向き直る。
「私に投げつけるなんて。見返りは大きいですわよ」
瞬時に彩水にも、俺と同じ炎が足元から上半身に燃え上がった。
「あああっ、熱い、熱い」
声を上げて、作務衣についた炎を消すため両手で払い出す。
直人が急いで彩水の場所に来て、両腕で炎を消そうと風を起こしたり叩いたりする。
だが、消えずに直人の腕に燃え移って始末に終えない。
これは、彩水が格下と断定して、城野内が本性を現し能力を見せつけてきたか?
「消えろ」
俺は一声上げて、彩水と直人に向けて腕を横に振り、炎が消失するイメージをまた全員に送る。
瞬時に炎は消え、驚愕する城野内。
彩水に駆けつけ、足が不安定で落ち着かないようで、体を委ねられたので抱き上げる。
火傷の痛みまでは行ってなかったようで、放心状態だが痛みを訴えることはなかった。
「ありえない、ありえないですわ。じゃあ、パワーアップでどうです」
城野内が落ち着かず、焦るように何かを唱える。
向葵里目線で注視すると、また俺たちの足元に炎が広範囲に吹き上がってきた。
隣にいた直人も炎に撒かれ、手で払いのけながら焦りの声を上げる。
俺も片手で払いながら、炎を散らすイメージを回りに送信すると向葵里目線から、広範囲の炎は瞬時に消え去った。
「いい加減お茶目が過ぎますよ」
「いっ、いつのまに」
ポニーテールを揺らした要が、城野内の隣に突然現れ話し出した。
「同じ力の繰り返しということは、上限能力と思って良いでしょうか?」
「じっ、上限? ……炎のことなら、そこの教祖に合わせただけよ」
慌てて城野内は腕を十字を描くように何かを唱えると、要の頭上から空気の漏れ出すような音が聞こえると、光りが満ちて道場に大きな破裂音が響き渡った。
保持者たちが一斉に耳を手で塞いで状況を見守るが、半数以上が腰を抜かすように驚いて倒れていた。
抱えてた彩水も驚いて、俺にしがみついてしまう。
向葵里も麻衣も倒れたので、状況がわからなくなり遠隔視の目線を立っている一人である竹宮女医に変更して見ると、要が何事もなく城野内の前にたたずんでいた。
今のは光と音だけの、まやかしで起こしたショーだったようで安堵する。
「私の本気で少しは肝が冷えた? どう、もうここで私が能力の上限者ってわかってくれたかしら」
「これは、ガス爆発音のハッタリですか?」
「なんですって」
要は城野内には返答せず、離れたところにいる東京組みの三人を見やる。
「力の誇示を示したいのでしょうが、さすがに他の保持者さんたちにも迷惑かけているので、ここでお開きにしましょうか」
軽い動作で要の腕が、東京組みの西浦に向かって差し出された。
「うぐっ」
妙な声を上げた西浦が、口を塞いで妙な顔でいると静かに消える。
残りの東京組み二人も口を塞いでるうちに消失した。
「うっ、わわわわわ」
他の保持者たちが三人がいなくなったことで硬直してると、城野内が驚きの声を上げた。
「かっ、彼らに何をした……」
言葉が途切れて城野内が数秒固まったあと、彼女も姿が消失して見えなくなる。
忽然と次々に人が消えたのを見て、保持者の何人かが驚愕の声を上げた。
「うーん。遠隔視は、移動できてないようね」
そう言いながら、要は首を振ってポニーテールを揺らし俺たちの方を向くと念話が入った。
『忍君。彩水と何してるんですか?』
俺が彩水をお姫様抱っこしている絵柄を半眼で見ていた。
「ああっ、つい」
すぐ彩水を下ろすが、俺に抱き上げられてたことなど頓着せず、要を見据えて呆けたように一言言う。
「おまえら、なんなんだ? 何人も消えたぞ」
「西浦さんなら、少し寝てもらいました」
「ええっ? 言っている意味がわからないんだが」
彩水の発言に、回りで見守っていた保持者たちも同時にうなずいていた。
「お茶目が過ぎましたので、窓役の方に目を閉じてもらいました。それで、えっと、彩水」
「なっ、何よ?」
彩水は理解が及んでない顔で要を見た。
「西浦さんたちを見ていてください。まだお茶目な方々が待ってますので」
そう言って俺と彩水の前から、要は跳躍するように消えた。
あっ、栞は能力をもう隠す気失せたなと、その消失で感じ取る。
「うそーっ」
今度は彩水が驚愕の声を上げると、保持者からも声が上がる。
そっちを見ると消えてた西浦たちが、ありえない顔をしながらその場に次々にひざを折り崩れるように倒れた。
竹宮女医が、
「やり過ぎよ」
と小声で言いながら三人に駆け寄る。
俺も倒れた三人のところへ行くと、栞から念話で敵への急襲要請が来た。
『忍君も来てください』
――消えた城野内の本体のいる場所かい?
『先ほどのホテルから城野内さんを特定しましたので、忍君は私を遠隔視してください』
栞はネットから調べたホテルの写真から、現在その場所にいる人びとに遠隔視をかけて見つけ出したのだろうが、慣れているようで仕事が速い。
倒れた三人の様子を見ると、竹宮女医が椅子に座って肩をすくめて言った。
「寝ているだけだわ。あの子は催眠術師になる気かしら?」
「へえ、また面白いことをするな」
相槌を打ちながら三人を見ると、顔がふぬけてニヤついている。
何か幸せな夢でも見ているようだ。
「で、これでお山の大将争奪戦は終わったのかしら?」
「あーっ、ははっ。これから本陣へ急襲してきます」
また肩をすくめる竹宮女医は、
「無駄に能力使うなんて、あとでどう絞ってやろうかしら」
と不吉な独り言を聞きながら、俺は椅子に座って意識を集中する。
西浦から遠隔視で見てイミテーションを使っていた人物に、栞を通して会いにいく。
***
ホテルの一室にいる人物に接続できて、遠隔視で状況を見守る。
部屋に映像者のほかに紺のスーツを着た男がいた。
目線の横からコードが伸びていて、テーブルに置いてあるノートパソコンのUSBに繋がっているのを、男が外しているところだった。
『くそっ、あのかんなぎ教祖、私たちの力を引きだすため芝居うってたのよ。とんでもない護衛を二人もつけてね』
「ノートパソコンへ出力したシンプルなテンペストアタック映像なのに、まだ目がクラクラします。半端なかったです」
『半端? 次元が違ってたわ。このデバイス外さなきゃ、私は卒倒してたわよ』
男が頭に手を置いている映像が大きく何度かぶれたので、城野内がふらついているのが見て取れた。
「西浦君が見た世界は、何だったんですか?」
『水中に変わって、周りの水がありえない渦を巻いてたわ。まるで催眠術をかけるような渦ってところ』
「私はシンプル映像で良かったです」
『全ての空間を自由に動かしてたのには驚愕もの。どうやっているのかもさっぱりだし。もうーっ。このデバイス使って人物動かせて喜んでた私、馬鹿みたいじゃない』
目線の主が、手にしているデバイスをテーブルに置く。
それは頭にかぶってたと思われる電極が沢山付いたデバイスで、相手の男がすばやくスーツケースにしまった。
「まずいですね。取って置きの炸裂弾も空振りでしたし、緋奈お嬢さんより角上だったとは……ヤバイ集団です」
『うっ、うるさい。わかっているわよ。私だって、突いちゃいけない藪だったと、今はそう認識してます。とにかくここを引き上げますわ』
目線が立ち上がると男もスーツケースを閉じて立ち上がった。
「西浦はどうしますか?」
『置いてきます。しかたないですわ』
「でも、こちらの情報は筒抜けに……それに洗脳されるってこともあります。ここは素直に道場へ謝罪を」
『嫌よ、恥ずかしい。三島が一人でやりなさい』
「ええっと、緋奈お嬢さんの、帰るお供だけさせてもらいます」
『西浦君が戻ってきたら、おじい様から洗脳は解除させてもらいますからね』
「はあ、わかりました」
洗脳って酷い勘違いをしている、と思っていたら栞から念話が来た。
『忍君。特攻しますので、フォローをお願いします』
――わかった。
二人とも部屋の入り口へ向かうがもう遅い。
部屋のドアのブザーが鳴った。
「警察だ。空けなさい」
そしてドアが空き、警察官と私服警官数名が入ってきた。
『きゃっ』
「えええっ」
遠隔視目線の城野内緋奈から、頭をかいてスーツケースを床に下ろす三島が見えた。
「希教道の不法侵入で逮捕します」
作務衣姿でポニーテールを揺らす要が警察官の後ろから、ゆっくり歩き出て言い放った。
『なっ、何の冗談かしら、ははっ』
城野内の引きつった声が聞こえてくる。
――栞は派手だな。まあ、こう言うの好きだけど。
俺も城野内たちにイメージを送って、作務衣姿を現わして話しかける。
「西浦君を置き去りは寂しいですから、一緒に合流しましょうか」
三島が俺を見て驚いているのを確認。
「二人とも希教道に来てもらいます。いいですね」
強い口調で要が言った。
だが、三島は乾いた笑いをするだけで、城野内目線から返事がない。
要が俺に顔を向けるとウインクしてきた。
――それは俺にやれってことか?
その指示に従い、練習中の幻覚イメージを二人に放り投げるように送り、恐怖をあおることにした。
刑事や要たちは消えて、部屋は空に変わる。
突然空中に浮かび上がった二人、両手でバランスを取るように足元の空間を凝視する。
雲のあいだから、何百メートル下に海が見えていた。
『あわわっ、何、何、なんなのよ』
強風が二人の服をあおり、白い雲がどんより足元を過ぎ去っていく。
「落ちるとマジ痛いですよ」
俺は浮きながら隣に行って忠告した。
『うっ、う、うるさいですわ。すっ、すぐ、元にもどしなさい。戻せ』
黙りからわめき出した城野内に、落ちていく印象を与えてみる。
突然重力が城野内の体に加わって落ちだすと、隣の三島の腰にしがみつき落ちるのを拒んだ。
「うわっ、お嬢様。心中だけはご勘弁を」
『わあああっ、わかった、わかった。いっ、行きます。希教道でもどこでも。だから下ろして!』
俺が暗示を解くように二度、手を叩いてからホテルの一室に戻した。
城野内は床にひざをついて、三島の腰にしがみついたまま回りを見渡して呆けてしまう。
「緋奈お嬢様」
三島のかけ声で、状況に気づき城野内はすぐ腰から離れて立ち上がる。
二人とも向かい合ったまま声が出ない。
「では、チェックアウトしましょう」
要の指示で二人の私服警官が、城野内たちを連行していくこととなった。
俺に振り返った要が微笑むと念話が入った。
『さーっ、次は美濃さんだね』
――あっ、忘れてたよ。
東京三人組が起きた。
道場で寝かされてた場所から、周りを見渡し呆けている中、俺が城野内たちがこちらに向かっている状況を知らせる。
観念した三人は西浦が代表で、脳デバイスを使うと保持能力が飛躍的に増幅することを渋々と道場主たちへ話し始めた。
その様子を見ていると麻衣がやってきて声をかける。
「どう? 怪我ない。火傷とか」
「いや、大丈夫」
彼女も俺の移念体で、痛い目あってるので心配顔だ。
「良かった。忍が燃え上がったの見てビビったわよ」
俺の腕を取って眺めたあと、両手で腕を抱きしめてきた。
途端に俺たちの前に要が立ち現れて、白い眼でにらんできた。
「浅間さん。まだ、会合途中です。それに忍君、警備の仕事まだ済んでませんよ」
「あっ、ははは」
俺と麻衣は、腕を離してだらしなく笑ってしまう。
麻衣と離れて廊下に出ると、有田純子が清掃し終わってモップを片手に浅丘結菜と一緒に休んでいた。
声をかけようとしたら、後ろから要が俺に追いついて先に言われる。
「純。ご苦労様。もう少し休んでいて」
「綺麗になってるな。ご苦労さん」
「そうしますーっ」
「はいなーっ」
座っている二人をあとに、階段を上がり廊下の奥で暇そうに窓から外を眺めている今村に声をかけた。
「問題は?」
「ないない、大人しいもんだ。二階の窓から飛び降りる気もなくて助かったけどな」
ドアの鍵を開けて、俺と要の順に入った。
今村は入ってこないので、実質俺だけなのだが。
「さーて、みんな話してもらおうか」
隅っこで座っていた美濃正が立ち上がり、俺たちに向かって手で十字を切るような動きを始めた。
「どうした」
「おっ、おかしい。何で感じないんだ」
「また能力出してたのか?」
遠隔視で美濃目線で俺たちを見ると、前面に先ほどの硫酸の雨が降って、腕や肩にかかり溶け出していたので消失イメージを送り返してやった。
「わっ、消えた?」
美濃は驚き一歩下がった。
「それで、話してもらえるとうれしいんだけどな」
俺の質問に黙秘する美濃だが、要を見やるとウインクを返された。
彼女のウインクは、俺に一任となってきている気がする。
まあ、やることは一つなので、美濃に近づき肩に手を置いた。
すぐ手で払われ凝視されるが気にしない。
――フラメモ。
残留思念抽出はすでに繋がり、額の前に並ぶ映像を素早く左右に流しながらチェックする。
希教道、諜報活動と言うキーワードで検索をかけると、すぐ数個の画像が停止した。
大きくして閲覧するとワゴン車から下りたところだ。
映像を立体映像に変えて、回りを注視すると駅の南口とわかった。
『もう今回だけですよ。こんなこと』
運転席から一人降りてきて言葉を返した。
「美濃君には感謝しているさ。上手く行けば、報酬は凄いぞ。俺の仕事も波に乗れるしな」
『きっちりバイト代は頂きますよ』
「ははっ、もちろんそこはしっかりするさ。何せ美濃君には嘘が通じないからね」
後部座席の窓から顔を出したもう一人が、会話に参加した。
「バイト学生が能力者だと、仕事が楽な面シビアなところもあるな。ふはは」
色つきサングラスをかけた中年男は、話しながら窓から腕を出して美濃の胸部をチェックしている。
――んっ、どっかで見たような……。
「細工はどうだい」
運転手の言葉で、中年男は車内に顔を戻してひざに置いてあるノートパソコンのキーボードをたたき出した。
空いている席には、沢山のコードが行き来していて、その中央に小型の黒いボックスがアンテナを出して鎮座していた。
「うん、大丈夫だ。しっかり受信して見えてるよ」
二人のやり取りを見ていた美濃は携帯電話を取り出して時間を確認する。
『じゃあ、もうすぐ希教道の集合時間になるので、行きますよ』
「おおっ、頼んだぞ」
あの胸のカメラは動画送信の役割をしていたらしいと思ってたら、栞も俺目線で見ていて声がかかった。
『カメラで希教道の情報を取り込んでたのね。嫌らしい』
――うん。ファイル情報は、送られてたと見ていいかもね。
『サングラスの男知ってる。前にバードと一緒に道場の入り口にいた、たしか興信所の中谷。一回幻覚を使って脅かしたのに、懲りずにまた来てたわけね』
――ああっ、離婚がどうのこうのって彩水が残留思念抽出してた元編集者か。
『忍君。すぐワゴンの二人も確保しましょう』
――わかった。そのまえに、もう一度美濃に聞いてみよう。
俺は立体映像を閉じて、部屋に戻ると美濃が腕を組んで俺を見ていた。
「状況はわかった。そちらから話してくれれば、残りの二人に手荒な真似はしないぞ?」
美濃は目を細めたあと、指でメガネを上げながら小声で言った。
「情報を瞬時に引き出すとは参るね。差は歴然か。はあっ……だが、末端の僕からは話せない」
「あまり聞かされていないってことでいいのかな」
「いやっ、僕は背負いたくないだけ」
「そっ。忍君行きましょ」
要が話を切り上げて廊下に行くジェスチャーをしたので部屋から出た。
今村に見張りの継続を頼み、隣の栞の部屋に入る。
「背負いたくないってなんだろ」
「依頼主が大物ってことじゃない」
「んっ、なるほど」
「それで、中谷を遠隔視で確認したら、ワゴンで逃走中だったわ」
「止められる?」
「うん。やってみる」




