第三十一章 少女語り ●
ついに能力者狩りの暴徒が私に迫ってきた。
自宅の周りに怒声を上げた人々が群がり、逃げ出すには遅すぎた。
時空移で中学三年の今年が最後と確認済みなので、震えが止まらなくなる。
ここで殺されるくらいなら、生き延びるための過去の改変計画を実行に移すことを決めた。
ノートパソコンに入れてある、当時の忌まわしい自動車事故のニュース記事の写真を、液晶画面に出して見つめる。
事故前に戻る思いを固め、額の前面に集中、過去の自分に戻ることを渇望する。
過去への回帰を。
ひらめき、第六感みたいな何かを額に感じだす。
それは次第に道筋となり、自ら飛び込むように進んでいくと無があふれでた。
――零の聖域だ。
真の暗闇は、無音で感触もなく匂いもしない聖域。
その暗闇が瞬く間に晴れて、目の前に車の室内が現れ出る。
止まっている乗用車の後部座席を認識して、乗ってることを自覚した。
自己の顔が窓に反射しているのを確認できる。
――小さいときの私。戻れた!
それをやはり後ろから見ている感じ。
一体感がないのは私を動かしている、もう一人の私がいるためだ。
私はもう一人の私と別々に、同じ体を共同できるが、過去のもう一人の私自身を動かすまでにはならない。
自分の記憶を残留思念抽出して見ているような気さえしてくる。
窓の外は八階建ての暗い立体駐車場で、車が分散して並びエンジンの反響音が聞こえていた。
自家用車に懐かしい両親が、会話しながら乗りこんでドアが閉まる。
隣には懐かしい忍君が座っていた。
みんな愛しい人たちだった……いや、私が動ければ事故は止められる。
では過去に行動している、もう一人の私を変えるにはどうすればいいのか?
寝ているときには行動できていたが、起きてる私の意識があると動かせない。
難問ではあるが、意識の底で零の聖域と繋がっているからクリアーできる。
もう一人の私をバニックにさせなければ……。
「さあ、そろそろ出かけるかな」
パパが車のエンジンをかけて動かし始めた。
そうなるとすぐ交通事故にあう。
やばいよ。
車を止めるには。トイレ!
――トイレに行くのよ!
私はもう一人の私の心に瞬間的に訴えた。
「トッ、トイレ!」
突然もう一人の私は言い出すが、すぐ口に手を当てて驚く。
「仕方ないな」
パパは笑いながら、車をトイレのある出入り口の近くまで移動して止めた。
他者にイメージを送れるのだから、自己への呼びかけは思ったとおり簡単にできた。
釈然としない、もう一人の私が仕方なしにドアを開けると、
「オレも行く」
忍君も一緒について降りる。
これで車の移動時間を遅らせたから、事故は免れてみんな助かった。
私は心でため息をするが、案外簡単に終わったので、拍子抜け感は否めない。
もう一人の私はトイレから出ると、忍君も出てきて一緒に出入り口へ行く。
「栞の買ったフィギュア見たいから今度見せて」
「うん、いつでも家に来て」
微笑ましい会話をしている。
この栞には、両親だけじゃなく、忍君も存在する人生なんだと嬉しくなる。
時空移で戻れば、世は平安で両親だけでなく忍君も隣にいてくれるかも……。
加速度を上げるエンジン音のSUVが、目の前まで突き進んできた。
私たちを待って止まっていた両親の車に、後ろから衝突。
――えっ?
そのまま追突された両親の軽自動車は、直進して柵を簡単に突き破った。
五階の立体駐車場から、軽自動車は路面へ落下。
心に刻みつく悲痛な大破音。
寒気が走る異様な空気。
同じことが起きた。
忍君に抱きついてしゃがみこむ、もう一人の私。
足の力が抜けたようだ。
――あれ?
もう一人の私の状態を、背中越しに見ている自分と思っていたが、忍君の震えを直に感じている私に気づいた。
首からたれた大きなポシェットが、腕に当たりそれを握る。
明らかに物をつかんだ肌触りがした。
体に冬の冷気も感じはじめ、タイヤの焦げたような匂いもした。
突然表に出た感じに驚くが、これはもう一人の私が気を失ったんだと徐々に感じだす。
音に驚いて近くにいた人々が、破れた柵に集まっていく。
「ひっどい」
「ありゃ駄目だな」
人の陰の合間から見える青空に、黒い煙が立ち上がっていた。
追突したSUVは破れた柵の近くで停止したまま、若い茶髪男の運転手は席に座り呆然としている。
その路面に、見覚えのある一つの紙袋が落ちていた。
運命は変えられないってこと?
いや、忍君は助かっている。
過去は変えられたのよ。
でも事故は起こってしまっている。
もし過去の改変ができないなら、やはり彼もすぐ死ぬことになるんじゃ?
――何か引っかかる。
考えて。
私はまた、やり直しをしなければならないのか?
引っかかりは何?
前回は両親と忍君を乗せたまま、車は弾け飛んで落下した。
私は追突のショックで粉々に割れた後部窓から放り出され、数メートル先のコンクリートの地面に頭をぶつけ病院に担ぎ込まれる。
そのとき一時生死をさまよってたと、叔父が話してくれた。
だが今日は私と忍君は大丈夫だったが、両親を乗せた車は追突され簡単に落ちた。
今までの気がかりが言葉となって現れる。
――殺人。
やはり、事故は悪意ある計画犯罪と実感した。
――時間がずれても事故が起きたのは、意思が働いていたからだわ。
追突した若い男が犯人?
車の中に入ったまま未だ呆然自失で、その周りには警備員や人が集まっていた。
どう見ても計画者じゃない。
また直感が湧き出す。
――零の翔者?
だが、この時代に零の翔者はありえない。
じゃあ、それに近いものは……運転手に催眠?
あるいはあの車に細工?
柵にも細工したのだろう。
このあとに起こる自宅の放火も同じ犯人に思えてきた。
当時は放火犯も捕まって、事故との共通性はなかったとされていたが、怪しい。
過去の私は事故後病院で目が覚めたのだけど、今の私は立ってここにいる。
忍君から手を離して立ち上がる。
自分が行動するしかない。
気絶したままの、もう一人の私に出てこられる前に。
路面に落ちている紙袋を拾うと、それはパパからのプレゼントされたヒロインフィギュアの箱だった。
衝突の激しさで、割れた後部窓から飛び出たのだろう。
忍君のところへ戻り、それを彼に渡す。
「あげる」
今の私には不要。
彼のプレゼントされたヒーローフィギュアは、車とともに解体されただろう。
箱を無言で受け取った彼の手を取って、一緒に歩き出す。
彼も無言で歩くが、混乱しているようで、何度か止まりそうになるので引っ張って歩く。
「どこ行くの?」
「うちに帰る」
「でも栞ちゃんのパパとママ落ちたよ」
「もう助からないわ。だから戻る」
そう答えると、泣きそうな顔をする忍君。
立体駐車場のエレベーターで、一階へ下りて外に出ると救急車の音が近づいてきた。
周りは騒然として、道路に警察官が数名来ていた。
携帯電話をポシェットから取り出し、叔父の家に電話してみる。
出ない。
「使えない!」
お金はないけど、家の鍵はポシェットに入っている。
手に持っていた携帯電話を、事故現場に向けて写真を撮る。
それを不思議そうに見つめる忍君に、説明なしで答える。
「また来るかもしれないから、撮っているの」
やはり彼は首をひねるだけだった。
いつもポニーテールだったので、小さな私の髪は腰まで伸びたストレートが風になびいて、うっとおしい。
タクシー乗り場で二人で待つと、ゆっくり車が来て止まる。
「嬢ちゃんたちで乗るのかい?」
声がかかった。
「家に戻るの。乗せて」
「ホイヨ。どこだね」
「神明町まで」
目的地を言ってから、二人乗り込むとタクシーは移動した。
考えたくなかったけど、この自動車事故が分岐点。
パパの研究が狙われたのよ。
私のあのおぞましい世界を改変した、谷崎製薬の関係者が犯人だわ。
別の時空移で、事故の少し前の私が睡眠中のときに戻ったときがあった。
自ら体を動かしてもう一人の私を起こさないように、夜の家を歩いて事故を回避できないか調べていた。
そのときパパが、研究所の書類を書斎に持ち込んで、ママと会話しているのを聞いてしまう。
環境テロリストだかで、研究所に事件が何度かあり、実験用機材を一部持ち込んで続ける話だった。
それからパパが家に多くいるようになって、私は嬉しくてよく書斎に遊びに行って困らせた覚えがある。
そのとき研究状況を、ノートパソコンによく書き込んでいたのも見ていた。
そうよ。
家に新薬の実験書類はあった。
ノートパソコンのデーターも重要。
例の白い粉が入った透明の小ビンも一緒に。
犯人が欲しいのはそれだろう。
火事で消失したと思ってたけど、発端はパパの新薬だったんだわ。
そう思えば、私の世界に同じ能力者が沢山出たのが納得いく。
それならば、これからの行動は書類を犯人に渡さないようにすること。
犯人が取りに来る前に、それを隠すか処分すること。
そして今日の夜が怪しい。
家の前に着くと、忍君は外で待ってもらい一人家の中に入る。
母親の財布を台所から持ち出して、タクシーの叔父さんにお金を渡すと車は発進していった。
忍君はそのまま立ち尽くすので、言葉をかけた。
「今日はごめんね。また今度遊ぼう。バイバイ」
そして玄関に入ろうとした。
「栞ちゃん、変だ。心配だからついてる」
勘のいい人。
でも……そうね、いいわ。
もう一人の私も気になるから、居てくれれば対処してくれるだろう。
「好きにして」
家の中に彼を通して、居間に入ると豆柴の“シノブくん”が喜んで足元に来てまとわりつく。
腰をかがめて抱きしめてしまう。
私の時は、燃える家とともに“シノブくん”も焼死したと聞く。
書斎に入って見渡すと、パパとの思い出が一瞬よみがえるが、感慨にひたってはいられない。
机の上にあるノートパソコン本体を持ちだす。
他に必要そうなものを探して机の引き出しをのぞくと、背表紙に新薬IIMと書き記されてる緑色のファイルが目に入り取り出す。
ファイルの中は赤丸でImprovement in memoryと書き込まれたDVDが、書類と一緒に挟まっていたので持ちだすことにする。
他に机に立てかけてあった似たファイルは、普通の資料らしいので放置かな、と考えているとフィギュアの箱を持った忍君が書斎の入り口に立って見ていた。
「それは?」
彼は、持ち出そうとしているノートパソコンと緑のファイルを指差す。
「悪い人が来るかもしれないから、パパの大事なものを隠すの」
「悪い人?」
「そう。さっきの車の事故がそうよ」
「そうなの? でも何で隠すの?」
「悪い人はここのどこかに書かれているのが欲しいのよ。そしてこの家を燃やしにも来るわ」
「それ持っていると、栞ちゃんも危ないんじゃないの?」
「隠れるわ」
「じゃあ、半分俺が持っとくのはどう?」
そう彼が提案してきた。
ただ私が持っているより、忍君に一部を預けるのはどうか?
彼と私との接点なんて、犯人は気にもかけないだろう。
「いいアイデア。半分任せる」
「うん、帰ったらすぐ押入れに隠しとく」
忍君はこぶしを上げて、任せろポーズをする。
ちっちゃいのにポーズとって可愛い。
頬が緩んでしまった。
ノートパソコンは私が持つことにして、忍君にはDVDと書類が入った緑色のファイルを持ってもらう。
あとは家の銀行手帳や印鑑などを探しまわる。
見つけた金銭をポシェットに詰め込み、泊り込みの用意とノートパソコンをショルダーバッグに入れ、“シノブくん”を移動用バスケットに押し込む。
用意ができたので忍君に伝える。
「私は叔父の家に行く」
それを聞いた彼は、素直にフィギュアの箱とファイルを持って向かいの自宅に帰っていった。
私は外から自分の家をゆっくり見渡す。
白い壁に赤い屋根、木目が綺麗な玄関ドア、門についた表札の谷崎の文字などを感銘深く見て、名残惜しいと思ってしまう。
気持ちを切り替えてバスケットとショルダーバッグを持ち、交通の多い道路に出てからタクシーを拾う。
「それイヌ?」
私のバスケットを見て運転手の冷たい声に、うなる“シノブくん”をなだめる。
「駄目ですか?」
“シノブくん”を乗車拒否とかしたら、ひどいよと身構える。
「法律で動物は乗せられないんだよね。それから、お嬢ちゃん一人なの?」
くっ、誰よそんな法律作ったのは?
身動き取れないじゃない。
「パパとママは病院に行ったから、叔父の家にこれから泊まりに行くの」
「えっ、両親ともに病気なのかい?」
「交通事故に遭って」
「あっ、そう言う事か。うん、うん。一人で叔父さんの家に行くなんて偉いな。わかった、乗りな。無事に嬢ちゃんとその犬を届けてやる」
「うっ、うん」
情のある人でよかった。
車に乗り込み運転手の一方的な話を聞きながら、しばらく揺れに身を任せていると事故シーンが頭に再現されていた。
目の前から空へ飛び出した両親の車が、頭にリフレインする。
「嬢ちゃん、大丈夫かい?」
事故現場からタクシーの車内に戻される。
周りを見渡すと車は目的地に着いて停車中で、運転手の歪んだ顔がこちらに向いていた。
顔に手を当てると、濡れていて涙を流していたことに気づく。
泣いてなどいられない。
困った顔の運転手に、料金を払い急いでタクシーから降りる。
犯人を突き止めなければ、過去に戻っても両親が殺されるのは避けられないことはわかった。
それでノートパソコンや書類を隠したことで、相手はどう出てくるか?
だが、叔父の家の前で頭を抱える。
留守で鍵の掛かった状態だった。
「使えない人」
地団太を踏んで憤怒していると、家主がパチンコ屋から帰ってきたところに出くわす。
ママの弟である叔父は、いたって善人な人柄だと思うのだが、ギャンブル好きなのはいただけない。
この家は祖父母の早い死で四百坪の実家を、一人で相続していた。
叔父に両親の事故の話をすると血相を変えて出て行った。
“シノブくん”を移動用バスケットから室内に出して、食事を与えながら夜を待った。
叔父は夕方になって、コンビ二の弁当とおにぎりをいくつも買って帰ってきた。
だが、両親の話は一切しなかった。
「今夜は戻らないから」
そう言うと、また出かけていった。
こちらも都合がいい。もう一人の私も出てこないし、実家に戻って犯人の監視をしよう。
食事を取ってから、テーブルの上に紙の書置きを残してタクシーで実家に戻る。
まだ夜の八時だからか家は大丈夫、中にも人が来た形跡はない。
居間の電気をつけて必要なものをいそいで引っ張り出す。
前に書斎へ無断で入ったとき、倒して怒られたパパの大事な薬の小ビンも持ち出す。
そこで後ろに人の気配がして、驚いて振り向くと忍君が立っていた。
「えっ?」
呆気にとられていると声が返る。
「その……明かりがついていたから」
そうだ彼の家は向かいだった。
「ここ悪い人が来るから危険なんだよ」
「栞ちゃんも来ている。何で?」
「そうたけど、私は……もう少し大事な物を持ち出そうかと」
「じゃあ、手伝う」
「だから、ここは危ないのに」
「二人なら早くできるよ。そこのテーブルに出してあるのを持っていくんだね? 置いてあるリュックサックに詰めるよ」
そう言って私の肩を軽く叩いたあと、忍君はリュックサックの前に腰を下ろした。
「んんっ、わかった。やって」
すると手際良く詰め込み始める忍君。
今の私から比べると年下になるけど、頼もしいし不安が減少する。
だけど今回のように、これからも私について来てくるかもしれない。
せっかく助かった命なのに、また死んでしまうようなことがあってはならない。
過去の改変が彼の死で、元の状態に修正されて抗えない事態に繋がりかねない。
忍君を死なせないようにする最善は、私にかかわらせないこと。
「ちょっといいかな。目をつぶって」
リュックサックに荷物を詰め終えた忍君の手を握る。
「何するの?」
「危険がないように、二人だけのおまじないをするの」
そう聞いて彼は納得したのか、目をつぶる。
私も集中するため、目を閉じて忍君をイメージして、その姿を脳裏に現わす。
――私は事故で死んだ。
零の聖域から、彼の無意識に偽の記憶を送る。
一種の自己暗示である。
私は先に車に乗って事故にあった。
そして、死亡。
だから、その後の私との会話や出来事はないものとなる。
一応解除キーも作っておく。将来のもしものために。
少し考えてから、忍君に向けて唱える。
――鍵は私の持ち物から、サルベージできたら忘却は覚醒する。
今から自宅に帰って解除キーが入るまで封印。
私のことは死んだから忘れること。
「はい、おしまい」
そう言って彼の手を離す。
「終わり? 目をつぶって手を握ってただけだよ」
小首を傾げる忍君に私はゆっくりうなずく。
薬の小瓶と生活必需品を入れたリュックサックを担いで、玄関に出ていく。
電気を消し玄関ドアをゆっくり閉めて鍵をかける。
手伝った彼に向き直って、もう一度手を握りお礼を言う。
「ありがとう」
「うん」
「またね」
忍君は笑顔で手を振り、自分の家の玄関に歩き去った。
それを見ながら、なぜだかまた涙があふれてきた。
庭にある物置の裏へ隠れて、監視することに決めて座り込む。
リュックサックを台代わりに、顔を持たれかけて待つこと二時間。
近くの家からテレビの音が聞こえなくなり静かな空間に物音がしだす、入り口付近から誰かが来たようだ。
鍵はかけてあるので、すぐには入れないだろうと思ったが、案外早く静かにドアが閉まる音を聞く。
一人のようで、小型のライトを持って中を散策している。
すぐ二階の書斎に小さな光が動くのを見つけ、部屋の配置を熟知しているのを知る。
何かのプロか、あらかじめ調べていたようだ。
あるいは家に来たことのある人物?
どうも二階だとよくわからず、少し中をのぞいてみることにして物置の裏から静かに出る。
庭に出てみると書斎の光は消えて相手がどこにいるか見失う。
玄関口まで戻って道路上に出ようとしたら、後ろから口を押さえられ玄関から家へ連れ込まれる。
――しまった。
失敗したと思ったがもう遅い。
暴れて盛んに手足を動かすが、子供の力など大人相手に及ばない。
捕らえられて二階の廊下に運ばれ、手を後ろに縛られ転がされる。
すぐ顔を上げて、犯人を目視で誰だか特定した。
――こいつか。
腰を下ろした男は、寝かされた私の頬を二、三度叩いてきた。
「大声出したら、殺すからな」
思わず痛みと恐怖で目をつぶる。
「パソコンはどうした? 書類はどこへやった?」
不安ながらも、所在など知らぬで通す。
「……パパの仕事道具はみんな研究所だわ」
「ここに薬やノートパソコンを持ち込んだはずだ。どこだ?」
男はひざを折り、私の頬にまた平手打ちをした。
「しっ、知らない」
「どこに隠した」
「知らない」
犯人は口に手を当てて考えをめぐらせてから、書斎に入っていき床に放置された。
男は戻ってきて、私の口に強烈にくさい匂いの濡れた布切れを突っ込んできて驚く。
苦しくなりもがくが、段々と回りが真っ白になり茫然自失に陥る。
気が付くと片ひざを突いた男が目の前にいて、くわえた布切れを取り出したあと、私の胸ぐらを掴んで詰問してきた。
「研究所のパソコンや書類はどこへやった?」
頭の中に携帯電話から聞こえてくるように、自分の声が話し出す。
『パパの大事な仕事道具はどこに隠したかしら?』
それに反応するように場所のイメージが浮かんでいく。
「押入れの中だよ」
口について出ていて自分で驚く。
「どの部屋だ?」
男の声が聞こえてくるが、自分の声に代わっていた。
『どの部屋だったかな?』
「叔父の家だよ」
自分の意思に反して、無意識から言葉が出て口にすると、男の舌打ちが聞こえた。
「叔父ってどこに住んでいる? 番地は?」
男の質問が、自分の心の声となって質問される。
『叔父の家はどこかしら? 番地も知りたいな』
また勝手に口から言葉が出てくる。
「河渡って町だよ。番地は知らない」
そう答えると、男の手は私の胸ぐらから離れて立ち上がった。
何なの?
驚き驚愕の目を男に向けると、ポケットから取り出した小さなビンを振って私に見せた。
「マイコトキシンって言うカビの毒素を改良したものだ。アルコールで自白剤として用いてる。ただ、致死性の高い植物ベラドンナも使用しているが」
「致死?」
死と聞いて恐怖が湧き上がり震えてくる。
「まあ、改良した毒素で、アルコールと混ぜたから量は少ない」
首を振った男の先に、書斎から持ち出したパパのウイスキービンが床に置いてあった。
「嗅がせ、口に含ませただけだから死の即効性はないが、この自白剤の投与により朦朧とした状態に置かれた者は、質問者に抗することが出来なくなり、機械的に問いに答えるだけとなるわけだ」
催眠薬? 自白薬?
……それで聞かれたことの情報を抵抗もできず漏らした。
「小娘に余計なことを言った」
男は舌打ちしたあと、私から離れて書斎に入っていった。
……でも、情報を全部引き出されてないことは良好と思いたい。
書斎から残っていたいくつかの薬の小瓶を黒い肩掛けバッグにつめて、書類のファイルも片手に男が廊下に戻ってくる。
「これだけでもよしとするか」
一階に降りて庭に置いてあった灯油の入った赤いポリタンクを二階に運び、書斎を中心にあちこちに撒いてからバッグを担いで火をつける。
瞬く間に周りに火が燃え広がり熱と煙が体に迫る。
――まずい。
時空移で状況変化させたのに、ここがバッドエンドなんてありえない。
こちらも体を震えながら、まやかしを使って反撃してみた。
零の聖域を通って犯人の記憶にアクセス、恐怖を引き出して投射させる。
男は驚き、空間に手足を振り回して混乱しだす。
――成功か?
何かから逃れるように、男は火の中の廊下を暴れるように走り回ったあと、床に転がっていた私につまづいて倒れる。
伏せたまま手足を振り回して、私を蹴り飛ばす。
腕を縛られている私は、押し出されるように階段に飛ばされて、転がりながら一階まで落ちた。
受身も取れず、頭部を何度も強打して落ちる途中で、意識は飛んでしまった。
次の章からは忍パートに戻ります。
この少女語りの続きは「少女語り編」の一話目で語られますが、ネタバレになるので「白咲要編」を続けて読むことをお勧めします。
報告 2016/02/06
ストーリーに関係ないですが、一部文章の修正、加筆を行いました。




