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第二十六章 メモリースキップ(三)

 十月三十日 木曜日


 瞬きしたら、自室が学校の廊下に変化した。

 いきなり制服姿の麻衣が、目の前に現れたので動転した。


「うっ、わわっ」

「えっ? 何?」


 麻衣も目を白黒させて一歩下がる。


「いやっ、何でもない、何でもない」

「はあっ?」

 ――そうだ、松野にフラメモした後、四度目のメモリースキップに入ったんだ。

『会いたかったんでしょ。驚いてどうするの?』


 麻由姉が呆れて言った。


 ――うるさいな。麻由姉は小姑みたいだ。

『小姑。この私が……』

 ――このときは、何を会話してたかな。麻衣と喧嘩中で……って、一方的に無視されてたのは覚えてるが。


「ねえっ」


 落ち着いた俺を見て、麻衣が声をかけてきた。


「松野のあの話、いつ聞いたの? コンパは一緒にいたはずだったけど? 私知らない」

「んーっ。あっ」


 ――ーフラメモで得た情報のことだ。そんなこと、ここではまだ話せないぞ。


「えーと、ちょっとね……はははっ」

「えっ? 何なのよ」


 麻衣の目が鋭い半眼に変わりだす。


「テーブルわきで小声で話してるの聞いたんだ」

「そ、そう」


 小首を下げて、半信半疑の麻衣。


 ――ああっ。これが過去の麻衣じゃなかったら。告白して情報を知っている麻衣なら。


 そうだ、今日は麻衣にコクった日だった。

 えっーと、麻衣に約束取りつけてるんだよな。


「今日の午後三時半。校門で待ってるから」

「えっ? 校門?」

「約束。必ず来てくれ。じゃあ」

「はあっ……」


 驚き呆れる麻衣を置いて、俺はさりげなさを装って教室へ戻った。

 遅れて彼女も入ってきて二つ横の席に座る。

 俺は次の授業の本を出してから横目で麻衣を眺めると、気持ちが沸き立ってくる。

 好きな麻衣がすぐ近くにいるのに、抱きしめることもできない。

 はあっ、辛いな。

 窓を見ると、曇り空の間に青空が顔を出している。

 やけに静かな時間だ。

 そうか麻由姉の念話がない。


 ――麻由姉? どうしたんだ? あっ、もしかして小姑なんて言ったから怒ってるんだ。ごめん、悪かったよ。

『うるさいな、今考えてたの』

 ――おおっ、えっ。そうなのか?

『時間のこと。今日はやけに時間が増えたのよね。体調のせい?』

 ――ああっ、どうだろうな。んっ……ただ逆に明日もう一回あるけど、それは三十分ぐらいなんだ。

『また、激しくギャップあるわね。昨日、今日で何か変わったことでもあったの?』

 ――んん。体調は普通だったけど、時間の喪失でオロオロしてたかな……後は別に。

『何でもいいわよ、気持ちの移り変わりとか』

 ――昨日、おとといは、確か麻衣と喧嘩してヘコんでて。今日明日とで、仲直りをして……。

『なんだ、麻衣ッチとの関係がそのまま出てるじゃないの』

 ――あっ、やっぱり、恋愛なのか? んん、ホントかな。

『魂の躍動で生命力増大で心身一体。乗り込んだ私たちを凌駕している?』

 ――当然、押さえ込むので麻由姉の力も使えなくなった? おおーっ。はまっているぞ。正解っぽいな。

『ってことは、明日以降私たちの時間がないのは、どんなこと? あっ、やだ。やっちゃった?』

 ――えっ、えっ、いやだな、そんな。あはははっ。

『ふーん、したんだ』

 ――キ、キスだけだよ、このときは。

『このときは? じゃあ、その後したんだ。エッチまで』

 ――あああーっ。

『わかりやすいわね。じゃあ、明日が三十分なら大して行動できないってことかしら』

 ――そ、そうだな。ははっ。ははっ。

『今日で目安つけないと』

 ――ああっ、小出さんと安曇野さんには必ず会っておかないとな。

『はあっ、それにしても麻衣ッチはいいな。それなのに私は小姑扱い。うーん不公平』

 ――何か言ってるよ。……怖いんですが。






 チャイムが鳴り、教師が来て教室が静かになる。授業が始まるが、俺は五分もしないうちに身が入らなくなる。

 心の中で麻由姉が、ことのほかお喋りになったからだ。


『ねーっ、聞いてよ。私の力……フラメモね』

 ――ああ、なんの話よ。

『小学校のとき多く使っちゃったの。で、面白くて友達の行動をクラス中にばらしちゃってね。もちろん、嫌われて友達なくしちゃったけど。中学三年まで、それがたたって親しい友達できなかったんだ』

 ――それ、俺の高一のときと同じだよ。

『同じことしたんだ。じゃあ、私の気持ちわかってくれるね。それで小学校の頃の噂も高校でやっとなくなり、初めて親友って呼べる子ができてたの。嬉しかったよ。……その子が安曇野玲子』

 ――彼女が。

『親友になれたんだけどね……』

 ――彼女のことは会えばわかるよ。

『うん……そうね。あっ、その小学校の話なんだけど。近くの神社に麻衣ッチと二人で遊びに行ったときよ。興味本位でほこらに祭ってある鏡を人の目を盗んで手にしたことがあってね』

 ――また麻由姉は。

『子供だったのよ。家の神棚に祭ってある鏡をさわったときに、お父さんが見えたから、神様ってお父さんなの? かなって』

 ――麻由姉にもそんな可愛い時代があったなんて。

『何かな? 広瀬忍くぅーん』

 ――いえ、続けてください。

『だから、神社の鏡にもお父さんがいるのか、確認したかったのよ。そしてね。あの力で、その鏡をのぞいたらお父さんなんかいない、知らない世界が開けたわ。大昔の白い服を着て太い刀を腰に下げてる人たちがいる空間。見ていると、本当に奇妙な気分になって……前に話した、回帰する気分よ。それに心が捕らえられたのね。そのとき、妹が私に声をかけてくれたんだ』

 ――麻衣が?

『何でも、そのときの私の顔がこの世の者に見えなかったんだって。お陰で、我に戻って帰れたわけ』

 ――声をかけてもらえなかったら、今頃は……。

『鏡の中に捕らわれたまま心が回帰して、人としていられなかったと思う。だから麻衣ッチには感謝してるんだ』

 ――面白い話だ。






 麻由姉の話が途切れて、教師の抑揚のない声と黒板にチョークを書く音だけ聞こえてくると、次第に睡魔に誘われてきた。


『しばらく体借りてていい?』

 ――授業中は、いくらでも。

『オッケー。ふふっ』


 麻由姉が身体を支配すると、ノートをめくり白紙にモノを書き始めた。

 ラフな人物画や風景画をシャーペンで書いていく。


 ――上手く書くもんだな。……んっ? わっ、この絵って。

『その、思い出してるの。草上とその家。白巫女の出した刀の異能をさっきから試しているんだけど、いまいちコツがわからなくてさ』

 ――白巫女って、白咲か? まあ、いいけど。それで、絵を描いてイメージをしてたのか? その人物画は草上? けっこう似てる。草上はイケメンすぎるが。建物が草上の洋館か。行ったことあったのかよ。

『うん、この洋館、一度だけ安曇野と寄ったことがあってね、広くてちょっと憧れたかも』

 ――俺も麻衣と立ち寄ったことあったけど。ここから草上にイリュージョンをするわけ? 遠くないか、本人いないし。

『白巫女は思えばやってくるって言ってたじゃん。距離は関係ないんでしょ? 後は本人へアクセスでしょ。そのコツみたいなのがよくわからなくってね』


 そんなこと言ってたな。

 じゃあ、俺も試してみるか。

 白咲のあの見せてくれた異能の取っかかりとして、フラメモのように集中すればいいか?

 目を閉じてイメージをすると暗闇になる。

 集中して記憶から思い出す。

 麻衣と見た洋館の外観、厚い鉄柱門、二階まで見通せるロビー、豪華なシャンデリア、洋間、メイドそして草上……。

 暗闇から映像があふれて来て、同時に不快な感覚も味わった。


 ――ん。ううっ。


 それを過ぎると暗闇が明るくなり、額の前に何か視えた。

 ぼやけた室内が視え出すが少し暗い。

 どこだ? 

 家の中? 

 段々はっきりと確認できた。

 覚えている、草上の家のロビーだ。

 その壁に立っていたフロア型振り子時計が、十時半を指している。

 ……たぶん今現在の時間だろ。

 中断して時計時間のチェックはしないで、周りの情報を探す。

 携帯電話が見えて指が動いている。

 液晶画面にアドレスが出されて、中条の名前が映ると指が上に乗った。


『何この映像?』

 ――ああっ、麻由姉も見える? ばっちりだよ。草上の家。その中だ。


 喜んだら、映像は途切れて暗くなった。

 目を開けると元の教室である。

 教室の柱時計を見ると十時半だった。


『あっ、消えちゃった。……じゃあ今のは、零の聖域から草上に入ったってこと?』

 ――そうかも、やつの行動を一瞬だけキャプチャできたと思う。

『草上に。……ちょっと、薄気味悪い感触があったのは進入したからなのね。本当にアクセスできるんだ! 遠隔視の能力じゃない。すごい、すごいよ。じゃあ白巫女のように、イメージも転送できる可能性ができたってことよね』

 ――たぶん。


 この能力があれば、麻衣を救える。

 やる、やれる、やらなきゃいけない。

 絶対に。


『じゃあ、じゃあ手始めに草上の瞳にグロ画像とか送れない?』

 ――麻由姉。趣味悪い。

『はははっ、冗談よ冗談。でも、武器としては最大限のインパクト与えられそうじゃない?』

 ――そうだね。……でも今は草上やその連中を刺激するのは得策じゃないよ。

『今、やみくもに仕掛けても意味ないか。……そうよね』



 ***



 二時間目の授業終了のチャイムが鳴り、休み時間になると席を立つ。

 麻由姉とは体を切り替えていた。


『どこ行くの』

 ――トイレ。

『エッチ』

 ――何で? ただの生理現象だ。

『そう言ったって、何かやだっ』

 ――麻由姉は、イメージしない、見ない、考えない、OK? 

『YES』






 廊下を出て階段付近で呼び止められる。

 顔を見なくても声でもうわかった。


「おい。ちょっと来い」


 ザンバラ茶髪男が高圧的な態度で、俺の肩を抱えて強制移動をさせてきた。


『誰よ?』

 ――松野だよ。


 仕方なくつきあうと一階まで下りて庭に出て行くので、さすがに場所を聞く。


「あのォ、どこまで」

「いいから、来い」


 俺の首元に腕を回して、抱えたまま連れ出す。

 なぜ肩を組むか。


『体育館裏よ。怪しいわ。気をつけて、……あっ、止まった』

 ――大丈夫だよ、今は何もないはずだから。


 松野は俺から離れて対面に立つ。

 両手をポケットに突っ込んで俺をガン見する、お得意のポーズである。


「一体何でしょう?」

「前の休みのとき、妙なことほざいてたな」

「はい?」

「バイクの話だよ。……先輩って、誰よ?」

「先輩? ですか」


 俺は首を傾ける。


 ――俺、何話してたかな? ずいぶん昔になったようで。

『もーっ、忍。しっかりしてよ』


「何の話題よ?」


 反対の庭の草むらから、リーゼントで革のブルゾンを着た男が出てきた。

 手を叩いて土埃を落としている。


 ――げっ、中条! 何でここに来ているんだ?

『調べてんのよ。私たちのこと』


「あっ、ははははっ、何の話でしたっけ?」


 うろ覚えなのでとぼけてみた。


「ボケてんじゃねえよ」

「俺も聞きたいな」


 中条が松野の横に来て傍観風に話す。


「はあっ? いまいち呑み込めなくて」

「もう一つある。サークル掲示板のネタ、お前たちだろう?」


 松野は一歩前に出て脅迫的に言った。


「お前たちって?」

『私たち? えっ? ばれてる?』


 麻由姉が焦りだす。


「お前とコンパで一緒にいた女だよ」


 中条がぼやくように言った。


 ――あっ、麻衣のこと。それはそうだ。

「いえ、ネットの書き込みは関係ないです」

「嘘つくな」

「だって、俺たちがやるメリットってないですよ?」


 ここはしらを切る。

 口をつぐむ中条はまだ、麻衣が麻由姉の妹だって確かな情報は入ってないようだ。


『忍。この際だから、あれやってみよう。まやかし(イミテーション)! 私たちの後ろに、連中の嫌いな人物をイメージするのよ』

 ――ああっ。よし。中条と松野を一緒にイメージ。……心にこの場の二人を思い描く。……集中。


 不快な感覚が現れ、額の前に映像が湧き出て……俺が映し出される。

 それも二種類の映像、遠隔視できた。


「いける。後は送る」


 俺はイメージしたモノをアップした。


「何ブツブツ言ってんだ。おめえ、ほーんとキメーんだよ」


 松野が、罵ってきたが無視する。


「うっ、何で」

「ヤベッ」


 唐突に前の二人は、庭の草むらの中に走り入り込んで見えなくなった。

 裏の垣根から道路側に出て行ったのだろう。


「おっ。やった……のかな?」

『驚いて逃げて行ったわ。私は失敗したから、忍の力ね。連中の目線映像で、がたいのいいおまわりさんが映ってたけど、忍のイメージでしょ?』

「制服着た大柄な警察官を思い浮かべて、続けて二人に投影してみたんだ」

『すっごい傑作だわ』

「場違いの登場をさせたけど、逃げてくれたのなら成功……かな。麻由姉はどうだった?」

『私は駄目、できない。コツがつかめないのよ。イメージを送る前の段階で駄目よ』

「うーん。……二人を思い描くと、連中の目線の世界が開けたんだけど」

『どうやら、私はそのリンクができないみたい。いいや、私にはフラメモがあるから』

「ああっ、麻由姉にはフラメモがある。俺たち、適材適所ってやつだな」

『うん、でも人を現したってすごいよ。白咲の現してた刀のイミテーションを超えてる。忍はこの異能向いてるんだわ』


 中条たちが帰った方向から、改造したエンジン音が響いて次第に遠のいていった。


「今の車の音。連中のだろう」

『忍と麻衣が連中にマークされてるのは、ここではっきりしたね』

 そこで始業のチャイムが鳴り出した。

「あっ。トイレ、行くの忘れた」

『いやーん』


 次の授業に遅刻したのは言うまでもない。



 ***



 三時間目の休み、麻衣に話しかけようか迷っていると麻由姉が提案してきた。


『ねっ、あの能力誰にでも効くのか、他も試してみない?』


 俺は一瞬、過去の嫌な思い出がよみがえった。


 ――あ、あまり、関心しないぞ。うん。似たようなことをやって、学校変わる羽目になったやつを俺は知っている。

『えっ、それ忍でしょ? 私もよくわかるから。でも、今試しておかないとぶっつけ本番でしくじる確率高くなるよ』

 ――それもそうなんだが……。

『麻衣は助けないの?』

 ――やる。やります。

『そうそう。今回だけだから。次に試すときが、忍の自己責任よ』

 ――よし。じゃあ身近でわかるところからやって見るよ。

『すぐ確認が取れるってことね。じゃあ、誰をターゲットにする? 知ってる人物なら行動が理解しやすいよね』


 俺と麻由姉は、教室に残っているクラスの生徒を見渡す。

 窓際の席で参考書を見ている椎名、その彼女に話しかけている雅治、そして友達と話している麻衣と気心の知れたメンバーが残っている。

 椎名は何か見てもあまり動じない気がして、雅治に照準。

 無難なところで彼なら、何か行動を起こすだろう。


 ――ターゲットは後ろの席の椎名と話をしている男。

『窓側の彼ね』

 ――雅治はホームズオタクだから、その本人を呼び出す』

『ホームズって、シャーロック・ホームズ?」

 ――そう、探偵小説愛好家。

『ふーん、面白そう』


 目を閉じて集中、そして雅治を思い浮かべる。

 ……頭の中の暗がりが開ける。

 雅治と話している椎名が視えてきた。

 遠隔視のリンク成功。

 はっきりした映像が額の前に現れる。


『どう? どう?』

 ――今、イメージを送ってるところ。

『彼の前に現れるホームズはどんなかしら? それも見えるのかな』


 雅治に反応あり。彼の目に何か映ったようだ。

 だがそのままだ。

 俺から雅治目線で視ると、マントを羽織りパイプを吹かした人物が腕組みして、彼の前を行ったり来たりしている。

 イメージどおりだ。


『彼に変化なしね。見てないのかしら?』

 ――いや、目に入ってるのだが……固まってたりして……あれ、ホームズ……うにゅ?

『どうしたの? 何か変化が出たのかしら。私確認できなかったよ』

 ――いやっ、ホ、ホームズが……雅治本人だ」

「えっ? マジで?」

 ――地でなりきってる。さすがホームズオタ、完敗です。こんな物。さっさと消す、消す。


 今度はホームズのイメージが消えるイメージを、雅治に送る。

 すぐ彼目線からホームズが消失した。


「素晴らしい。神の啓示だ」


 雅治が突然立ち上がって言った。


「はい?」


 椎名は、立ち上がって意味不明な発言をした友人を呆れて見上げる。


「聞いてくれるか? 神がいるのを今知ったんだ。そう俺は見た」


 なおも椎名に力説する雅治。


「と、とにかく、落ち着いて座りなさい」


 椎名が両手で座るようになだめ始めたので、雅治のところへ敵情視察に行く。


「雅治どうした?」

「あっ、広瀬。こいつおかしくなった」

「ワトソン君、私は嬉しい。こんな日が来るなんて。うれしいぞ。ホームズと一体化した俺を見たんだ」

「あはっ、はははっ」

「いや、マジだ。パイプをふかし、そこにいたんだよ。降臨したんだよ、俺のところに。俺がだ」


 俺と椎名は目を合わせて苦笑い。


『参ったね。こんなに入り込むなんて……どうする?』

 ――どうするって、もともとそう言うやつだから、ほっとくに限る。少々罪悪感はあるが。


「いつものことだ。夢を見てたと思おう」


 椎名にも悪気なく言ってしまう悪友の俺。


「そうね」


 椎名も心得たもので、席を立って教室を出て行く。


「椎名。信用しないのか? じゃあ、ワトソン君、君だけは信じてくれるよな」

「ああっ、信じるよ」

「うん、それでこそ私の助手だ」


 俺の肩に手を置いて一人で同意するように、首を縦に振る。


「まっ。落ち着いて席に座って、その啓示をかみ締めるといい。うん」

 ――よし、やれる。






 雅治が静かになったので、俺は自分の席に戻る。

 女友達と話していた麻衣と一瞬目が合うが、彼女が先に目をそらしてしまった。

 ちょっと悲しい。


『結局、原理的にどうなのかしら? 忍が描いた映像イメージを相手に送って見せてるってわけでしょ? それなのに本人になってたってことは?』

 ――たぶん、これは暗示の一種に属するものかも知れないよ。

『それで忍がイメージしたことが、相手の認知する空間にコラージュできるってことじゃないの』

 ――イメージの情報を意識で送って、彼が記憶の奥からその情報を引き出し……で、その情報が瞳にリアルに造形されるモノなんだと思うよ。

『そっか、それで彼の願望だったホームズは、出現させたら彼になっていたと』

 ――そう。笑うしかない。あっ、いや、笑っちゃいけない。俺が犯人なんだから。

『本人が幸福ならいいんじゃない。……そうなるならもう一人試してみない? 驚くところ、じゃなくて幸福になるところ見てみたい。ねえ、やってみようよ妹を。麻衣ッチを』

 ――悪い姉貴だ……でも、俺も見てみたいかも。よし彼女にターゲットオン。

『行動を起こそうとしてる彼氏も、いかがなものかしらね』


 麻衣は女子グループから離れて、教室から廊下に出ようとしていた。

 目を閉じて集中。

 麻衣を思い浮かべる。

 これは容易で、すぐ何かのイメージが見えてきた。

 廊下? 

 廊下が視える。

 麻衣目線の廊下だ。

 遠隔視が上手くいった! 

 額の先に映像が大きくなる。

 ちょうど階段口に差し掛かって、他の生徒もいない。


 ――イメージ考えてなかった。何見せようか?

『忍が下着一丁で目の前に登場。それじゃつまらないから、逆立ちしてみて』

 ――なんじゃそれは? 下着で逆立ちって、俺にも羞恥心があるわい。

『だからインパクトあって面白いのよ。麻衣ッチだって幸福になれるよ。約束する』

 ――そ、そうか。よしやろう。そくやろう。


 即効で彼女の前にトランクス一丁の俺を、逆立ちしてみるイメージを送信する。


「キャッ」


 と小さな声が、麻衣目線の映像から音を拾う。


 ――驚いてる、驚いてる。麻衣目線の見た映像は、階段前でトランクスでなく白のブリーフ一丁の俺だった。うっ、ちゃんともっこリまで表現してる。


「……へっ、忍? 何で、えっ」


 麻衣の見ている白ブリーフ一丁の俺は、その場で逆立ちを始めた。

 すごい腕の筋肉をしている。


 ――ブリーフで逆立ちはマジに見てる方が恥ずかしい。消えろ! 消滅だ!!


「あれっ。き、消えた?」


 彼女の独り言が耳に入る。

 麻衣は、階段口から廊下を走り教室に急いで戻ってきた。

 教室をのぞくように座ってる俺に、視線を合わせて首を傾げる。

 彼女はすぐ廊下に戻り階段へ移動した。

 俺は消失したイメージを送ったので、もう階段に逆立ちした俺はいない。

 麻衣はまた忙しく戻ってきて俺に目を移す。

 確認すると入り口の柱にもたれかかり、額に手を置き呆然としている。

 もちろん俺は知らないふりを決め込む。


 ――成功かな。ごめん麻衣。

『かなりリアルに視えたって感じね。彼女、面食らってる』

 ――今度はトランクスから、ブリーフに変更していたぞ。

『さっきのホームズ君と同じで、トランクスが妹のイメージでブリーフに変更したわけね。でも白ブリーフが好みだったなんてさすが妹』

 ――俺のは柄の入ったトランクスだから、白のブリーフに変えるわ。

『忍のもっこりも見れて彼女も興奮して、幸福だよ。たぶん』

 ――俺、腕の筋肉ついてないから、ちょっとショックかも。






 まやかし(イミテーション)の能力を何とか取得できたので、次は麻衣をどう救出するかが課題になる。


『難問よ。麻衣の死は確認済みなのよね』

 ――俺の見たものが幻覚であって欲しいけど。

『死が本当なら、生き返らせる所業を起こすことになるから難しいね』

 ――他の人間の意見を聞いてみるかな。うーん。時間もないし、手っ取り早くあいつにしよう。


 俺は立ち上がって、正常になった雅治のところへ向かう。

 椎名も戻って席に座っていた。


「やっほーっ、ホームズ君」

「ワトソン君♪ 何かね」うん、テンションが高い。

「君に一つ推理を頼もうかな」

「ほう推理と?」


 後ろの席で教科書を読んでいた椎名が顔を上げる。


「ええっーと。そうだな、ロープで首を絞められて殺される殺人事件が起こったが、そのあとで殺人を回避あるいは止めさせるための方法を導き出してほしい」

「ワトソン君、それは物理的に無理というものだ」

「何に使うの?」


 興味を持った椎名が聞いてきた。


「はははっ、ちょっと推理作家気分に……」

「推理小説書くの?」

「そっ、そう、だから奇想天外解決OK」


 雅治がしてやったりの顔をして俺に言う。


「それなら簡単、殺人事件を夢にする」

「却下」

「ふむ。では、タイムマシンで過去に戻って殺人事件を防ぐ」

「防いでも殺人事件が起こるとしたら、それは起きたことだから運命で変えられないとしたら?」

「ふむ、ふむ、難問だな。じゃあ、殺される人物が似た人物で間違えられて殺された!」

「似た人物なんていないんだよ」

「贅沢だな、小説のネタなんだろ? クローンでも設定しなさい。ワトソン君」

「たしかにそうだが……もう現代設定があるんだ」

「ムズいぞ」


 雅治が腕を組んで、片手に何か持っている風にして考え唸る。

 そこに椎名が思いついたように話す。


「こんなのはどう? ロープでの殺人事件は起きたけど、実は仮死状態か何かで生き返るってのは?」

「んっ、いい感じ」

「あっ、それ、現実にあったぞ。明治の頃、首の太い死刑囚が首吊り死刑にあったけど、ええっと……」


 腕組みのまま雅治は、頭をかしげて頭から言葉を引き出そうとしている。


「そこ、ホームズ、思い出せ」

「検視官が死を確認して、ロープから下ろし死体安置所に安置してたら生き返った話」

「そんなことあったんだ」

「首の太い……だと」


 椎名と俺は違う意味で驚いた。


「呼吸停止、脈搏停止、瞳孔反射はなし、一見して死と違わない仮死状態。そして、人工呼吸法とかで死から起こすってのはどうよ」


 勝ち誇ったように話す雅治。


「うん……その……ありがとう」

「生き返った死刑囚って、また刑期繰り返したのかな?」


 椎名が珍しく頬に手などを当てて雅治に聞いてきた。


「よくは知らないけど、刑は執行されて死亡したので、刑務所内でその後を送ったか、別人になって出所したかだよな」

「うん。別人になって出所……か」


 何か閃いた気がした。

 そこに四時間目の始業ベルが鳴り始めた。

 立っていた生徒が席に着き始める。


「良いの書けるといいね」


 椎名が言いながら教科書を開きなおす。


「あっ……そうだな。二人ともありがとう」


 俺は自分の席に戻りながら考える。


 ――頭に電球のようなひらめきがついたと思ったが、麻衣は首太くない。やっぱり却下、却下。

『忍って、難儀なやつ』


 今まで黙っていた麻由姉が、しみじみと言った。


 ――華麗に救出は難しいかな。んんっ……。

『計画なしで、行き当たりばったりになりそう』

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