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第百二十七章 カウントダウン(八)要

 耳元に静寂が訪れた。

 そう思ったら、指令室のマイクを軽く二度叩く音が耳に入る。


「うん?」

「私、いる。忍、続ける?」

「鈴か、大丈夫だ。やっと、光球を不安定にさせることができたんだ。絶対終わらせる」

「うん。サポート、する。まだ、三田村教授、竹宮女医、いて、見守って、る」

「わかった」


 ――希教道関係者は残ったようだ。

『忍君を見捨てる人はいませんよ。でも、これはまずいです』


 眼前のフレア(紅炎)は、異常な速度で空間に広がっていた。


 ――地上に降り注ぐ? ありえない。


 頭に別れ際の麻衣とまなの顔が浮かんだ。


 ――あってはならないんだ。


 俺は燃え上がって空間に広がる紅炎を、挑むように見据えた。

 半透明の要が、また俺のうしろへ抱き着き、『忍君のイメージは実現するよ』と声をかけられる。

 胸に厚い物を感じだした。

 目の前には、赤い怪物(フレア)。


 ――止めさせる。

『忍君ならできます』


 そこに鈴や女医たちの声が耳元に届いた。


「広瀬君の体から光……凄い光だわ」

「こんな光の粒の量、半端ない」

「私、前見た。同じ光、太陽。そのまま、いえ、あの時より、凄い太陽」




 足元の赤い悪魔(フレア)は消えて、映像がブロックノイズの嵐となる。


「あっ、カメラ、逝った」


 鈴の声で、実物のカメラがいかれたようだ。

 立体映像(ホログラフィー)様式《モード》も瓦解してノイズだらけとなった。


 ――この映像邪魔。別の映像を。

「誰か、代わりに変化した光球を見てくれ」


 俺はマイクに向かって話すが、至って冷静な自分がいて驚く。


「私、外、出る」

「窓を開けろ」


 誰かが窓を開けた音と、鈴の声が小さく入ってくる。


「外、肉眼でも、はっきり、見えてる」


 ブロックノイズ映像を消去すると、瞬時に鈴へ遠隔視(オブザーバー)をつなげる。

 暗闇のスクリーンに、夜空を焦がす赤い怪物フレア(紅炎)が壮大に下りてくる映像が現れた。

 外から鈴の肉眼で、天空を見ている映像だ。

 すぐ立体映像(ホログラフィー)に変えて、幻影の身体を反転させ、天を見上げる。

 地平線の彼方にオレンジ色のオーロラが空間に揺れ動いて見えた。

 夜空に浮かぶ雲が、赤黒く変色しだし、見るもの全てが黄昏色に変わっていく。


「やばい。これ」

「恐ろしい」


 ヘッドホンから、彼らの声を拾う。

 見上げる夜空は、見渡す限りに赤い悪魔(フレア)に覆われた。


『忍君。やれるよ』


 彼女の声を合図に呪文を唱えた。


 ――炎停止。

 ――停止。

 ――停止せよ。

 ――炎停止。

 ――停止。

 ――停止せよ。


 見えていた上空のフレア(紅炎)が地上に到着する。

 が、その前で進行が止まった。

 すると、すぐ炎が霧散していく。

 次々に落ちてきている炎も、解けるように消失。

 真っ赤な空が、次第に薄明るい空に戻ってくる。

 本来の太陽は沈んだが、上空の巨大化しゆがんだ光球太陽は存在し、黄昏の空を作り出す。

 ゆがみの巨大光球から、フレア(紅炎)第二波の炎が広がりだした。


『忍君……』


 彼女の一声で、今度はいままで練習してきたイメージを構築。


 ――現れよ。

 ――ワームホールを飲み込むための扉。

 ――次元断層の扉。

 ――現出。


 巨大な観音開きの扉が、空に虹がかかったように浮き上がる。

 それは、扉が開いた状態で空中に現れ出た。

 真っ赤な空にエッジで作られた扉らしき何かが浮かんだ状態だ。

 それを幻影の俺が、両手を空に伸ばし、エッジ扉を持って占める動作をする。

 空のエッジ扉もゆっくりと、両サイトから中心に閉まっていく。


 ――閉扉(へいひ)。


 同時に上空の赤い悪魔(フレア)に、巨大化しゆがんだ光球太陽をも隠れる。

 入れ替わるように、暗い夜空が現れた。



 ――消失。

 無意識に声を上げた。

 上空の閉じたエッジの扉は、唐突に暗闇に消える。

 本来の夜空に変わり、夜の世界が訪れた。




「あれ、フレア、は?」

「消滅している……光球もだ」

「南半球側の光球も消えたと、情報上がってるわ」


 ヘッドホンの音声から、歓喜に沸いた声が響くも、徐々に小さくなっていった。

 鈴目線から取り出した立体映像(ホログラフィー)は、宇宙空間だけになり、次第に零の聖域の闇に解けていく。

 あまりにもすんなり構築できて、嬉しいと言うより……腰が抜けた。


 ――間一髪だったが、何にせよ光球は払拭できた。


 疲れたと大きく深呼吸して……あれ?


 一瞬呼吸に違和感を感じたが、気にせずうしろに声をかけた。

 ――やったな、要。


 彼女からの返答がない。

 後ろにしがみ付いていた要は、いつの間にどこにも見えなくなっていた。


 ――要?


 いない……まさか。


 ――消えた?




 嘘だよな。

 暗闇に向かって、


「要」


 と声をかけてポニーテールの幻影を探す。

 やはり要が俺に自信を与える信念になったから……その代償として消滅……したと?

 そう言えば、耳元の鈴たちの騒がしい声も聞こえなくなっている。

 何かおかしい……。

 左右見回しても暗闇と思ったら、弱弱しい光が見えた。

 眼前に漂いでたそれは、手のひらサイズの透明な薄明るい丸いものとわかる。

 すぐ駆け寄ると声が聞こえた。


『……最後……です……忍君……さよう……な……』


 要の会話らしきものに驚き、幻影の手ですくい上げる。

 そのまま胸元に持ってくると、それは少し明るくなり二度瞬くように明るくなるが、収縮して消えて無くなった。


 ――要。


 しばらく、消えた手元を見続ける。

 まさか……。


 ――要?


 行ってしまった……のか?


 ――要。


 すぐ周りを見渡すが、闇だけである。

 俺は消えた要を探しに、暗闇を広く深く浮遊した。

 だが、なにも成果などなく、彼女が回帰の世界に飲み込まれたことを自覚するだけになる。

 勾玉能力の原動力が、要の意識体だったから、消失したに違いない。


 ――俺にとって、勾玉能力は使っちゃいけないものだったんだ。


 そう思うと憂えてしまう。

 ポニーテール姿を思うと、また浮遊を始める。

 この数年の彼女との出来事が、走馬灯のように頭を駆け巡りだした。


 学園祭の占い(シータッチ)で、俺の手を握り返してきた要。


 部活の帰り道、刀を使ってまやかし(イミテーション)を教えてくれた要。


 麻衣の救出に、「自殺の補助は嫌だ」と言いながら、手を貸してくれた栞。


 谷崎さんの矢に階段落ちして笑った要。


 まやかし(イミテーション)を使って俺の部屋で栞だと告白した夜。


 東京出張で怒りから竜巻を作り自ら驚いた栞。


 栞の誕生日にベッドで過ごした夜。


 海を見ながら、寂しく余命宣言した要。


 撃たれたのに最後まで謝ってきた栞。


『……ごめん……な……さい』


 それらが瞬間に認知して通り過ぎていった。


 そして、


『忍君の信念になります』


 と宣言して消えた。


 ――光球消滅という成功は、彼女が信念になって消滅することだったんだ。


 それを受け入れたら、悲しみが湧き出てきて、その場でうずくまる。


 ――結局、栞同様、要も俺の前から姿を消してしまったのか……。


 熱くなっていた胸の部分から、心臓が血液を押し出すように、悲しみが押し出されてきた。

 それは、痛みを伴って止めどなく押し出されて、ただただ悲しく、辛く、切なかった。

 気か付くと泣いていた。

 こんな苦しく過酷な悲しみはないと、声を立てて泣いた。

 


 ***



 零の聖域の闇に、俺は悲しみが癒やすように漂った。

 平常心を取り戻し、ようやく現実の鈴たちを思い出して、外がどういう状態なのか気になりだした。

 いったん自分の体に戻ろうとした。

 だが、帰れないことに気づく。


 ――あれ? 感触がない。


 自己の口や目、腕などの身体の感触がわからなくなっていたことに、ようやく気づく。


 ――いつからだ?


 ヘッドホンから聞こえていた、低い周波数音もまったく聞こえなくなっていた。

 暗闇が周りを覆い静寂が訪れる。

 すべて闇。

 そして静寂。


 帰る道を失くした?

 どうやって来たんだ? 

 思い出せなくなった。

 零翔(ぜろか)け能力で、下界を見ようとしても、暗闇には、もう何も映し出されなくなっていた。

 いよいよ勾玉能力が消えたと自覚してしまう。

 その原因は、要がいなくなったことに行き当たり、感傷がまた浮き上がってくる。


『私のこと……覚えていてください』


 彼女との車内でのやり取りを思い起こして、また嗚咽してしまう。





 零翔(ぜろか)けに長い時間集中したため、自我の帰る肉体、その場所をも消去してしまったらしい。

 これは、零の聖域に俺はとり残ってしまうことらしい。

 ここから現世へ回帰できるのか?

 俺は、また闇に取り残された。

次回、最終回です。

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