第百二十五章 カウントダウン(六)失望
「試しに一回やってくれ」
霧島教授の懇願で、
「まだ難しいんですが……」
と竹宮女医は言ってから折れた。
訓練を積んできたがギリギリの見切り発車で、富士の城野内研究所センターへ俺たちは行くことになる。
仕事の急な呼び出しは何度もあったので、麻衣は不満を言わず送り出してくれた。
「ぱーぱー」
俺に抱き着くまなをあやしながら、言葉に驚き嬉しくなった。
「すげー、まなが俺をパパと言ったぞ。聞いたよな?」
「意味のない、なん語よ」
麻衣にまなを預けて、希教道のロビーから外へ一緒に出た。
「いや、パパといってる。まなは天才だぞ。将来大物になる」
「はいはい、そうね。じゃあ、まな。パパさん行ってらっしゃいって言おうね。パパさんにすぐ、戻ってきてねって」
「そんな、すぐ言えんよ」
「ぱばあん、ぱぱあん、ていーしゃ、いってーしゃ」
今度はさすがに麻衣も驚いて、俺と顔を見合わせた。
「車、待たせてる。移動、よろしく」
付き添っていた鈴が、家族の団らんを乱すが仕方ない、出発時間だ。
「おう。行ってくるぞー。ママも、まなも待っていな」
「ぱーぱー、てーしゃい」
麻衣とまなに手を振られて、俺は要人警護の森永さんが運転する、ワゴン車に乗り込んだ。
鈴に竹宮女医と三田村教授の三人が同行して、柳都空港に用意された軍用ヘリコプターで富士の本部まで移動した。
希教道からでも能力放出は行えるのだが、実際に始動を確認したいとの意向が計画本部にあってのこと。
進展がないとお金が降りず、カレクシャン計画が危ぶまれる話なのだそうだ。
スペースフロンティア計画も、予定が遅れて頓挫しかけているという。
用は駄目な計画は、廃棄してお金もスタッフも残りの計画に回したいらしい。
一番に現実味のあるアンダーグランドエスケープ計画だが、人でもお金も時間も足りないのがネックになっていた。
いくつかの地下拠点には、早々ともう危険と見た大勢の人々が集まり、大混雑しているという。
それで政府は、間に合わない計画は廃棄して、一つに絞ろうとプランを変えたと聞かされた。
富士のすそ野のカレクシャン計画本部に着くと、霧島物理学教授、正田官房長官、大脳生理学センターの野末さんたちが出迎えてくれたが、静かな中に緊張した雰囲気が出ていて、それを肌で感じた。
ご隠居は、体調を崩して欠席とのこと。
「実際に対峙してみて、感触をつかんでくれ」
来た早々、すぐ集中イメージ室へ入って始めることを言い渡された。
今回は初めから正念場になっていることに、俺は動揺する。
用意された六畳ほどの集中ルームに一人だけ入り、防音ドアが閉まる。
窓のない密閉空間の中央にある黒皮のソファに座り、マイクとヘッドホン付きの脳デバイスのヘルメットをかぶって、椅子の背にもたれた。
ヘッドホンは指令室本部とつながっているが、こちらからマイクで話しかけない限り、霧島教授たちは緊急以外答えないことになっている。
部屋にはカメラが設置されていて、俺の様子を別の指令室からモニターで観察している。
椅子に座りリラックス後、いつもの練習通りに呼吸法から入り、気持ちを集中させ意識を暗闇に持っていく。
――零の聖域へ。
なれたもので、一瞬にして暗黒のステージへ上がった。
同時に、首を傾けてポニーテールを揺らしながら、ミニスカートの要幻影が現れた。
――来てくれたんだ。
『忍君に居候している身としては、参加は必然です』
――要がいると心強い。
『あはっ。私も忍君の側にいると心が休まります』
そう言いながら、ふわふわと浮かんでこちら側に近づいてくる。
俺は零翔けの遠隔視を試みて、足元の暗闇に本部の司令室映像を映し出す。
そこから立体映像様式に変更して、光球を映し出しているモニターにシフトすると、真っ赤な太陽が足元に広がった。
幻影の体も無重力の世界を漂っている感じがしてくる。
現在の状態が、そのまま再現されている優れもの。
これも勾玉能力の力。
前まで零の聖域では視ることはできなかったが、訓練中に開発したことの一つだ。
『まるで、宇宙空間から見下ろしているみたいで、怖いですね』
――もう、太陽って言っていいな。業火の炎そのものだ。
『忍君の調子はどうですか?』
――いつもの感じだよ。よし、早速やってみよう。
マイクに「集中します」と合図を送り、燃えたぎる球体を見ながら手を合わせる体制で、消去を唱えてみた。
『あっ、私も。やってみます』
――二人でやってみたことなかったな。
『そうです。案外、簡単に消えちゃったりするかもしれませんよ』
――そうでなくちゃ、本部に来た甲斐がない。……じゃあ、一緒に唱えるよ。
『はい』
光球を足元に挟んで、要と一緒に呪文を唱えた。
――光球消去。
『太陽、消えて無くなれ』
耳元のヘッドホンから、「光が出てる」「凄い」「おおっ」とスタッフの音声が入ってきた。
俺の座っている身体から、いつもの光の粒が見え出したのを備え付けカメラで捉えたようだ。
勾玉能力は発動しているらしい。
消去イメージを二十分ほど四回続けたあと、集中が完全に途切れた。
足元の光球に目をやる。
――変化はないか。
『そうですね』
彼女もがっかりして、空中に体を横にして休みだした。
『長時間は、精神に疲労が溜まりますね』
――ほぼ一時間で、集中力は切れるようだから、その後は苦しいよ。
俺は「小休止」とマイクに断りを入れると、「十分休憩」と声が返ってきて休んだ。
――別の方法を試すよ。
北側に居座って大きくなっている光球から移動、地球から遠ざける方法。
これは遠隔移動の方法で、成功していて現実味があるが、相手は遥かに巨大なもの。
呪文から移動するイメージ照射に変更して、要と同時にやる。
二十分ほど三回行うが、なしのつぶて。
――はあっ。
『効果でないですね』
ヘッドホンからも「変化なし」と声が入る。
空中に浮遊し、休みながら要に話す。
――もう一つ、鉄を構築して光球に食わせる方法をやってみる。
これはまず鉄成分を生成するところからだが……。
『高度になっていきますね』
――このやり方の発現は、まだ成功してないからね。
『目の前に成功例があるのに?』
要が光球の太陽へ片手を広げるが、俺は首を振る。
――本当かどうか、わからないから。
それから発現イメージを淡々と行った。
続けて四十分集中して唱えたが、ヘッドホンから
「変化なし」
の声。
もう一回やり直そうと思ったところに、また通信が来る。
「戻っていいわよ」
と竹宮女医の声で、一時間の休憩に入った。
休憩は早めの夕食時間になって、本部センターの食堂で済ませることとなる。
座って食べていると、うしろ席のグループが今日の俺の能力発現を否定している声が入ってきた。
「ぜんぜん駄目ジャン」
「この計画も、もう解体ね」
「失望するわ」
「所詮、異能頼みが無理だったんだよ」
俺たち希教道関係者が食べているのを知らないのか、二十代の男たちが言いたい放題である。
「むっ。失礼」
一緒に食べてた鈴が、ほほを膨らませて、話が聞こえてきたテーブルを睨んでいる。
「無視していい……」
俺が鈴を諭すが、成果をだせてないので気が参る。
同席の三田村教授が、話を変えるべく次の指示を話してくれた。
「あの光球。ワームホール仮説が本当じゃないかと言われててね。そっちからやって見てはと、話が来たんだよ」
「次はそちらからですか」
「そう、今度は不安定にさせる方向ね」
隣に座っていた竹宮女医が言って、俺の肩を軽く叩いた。
食事中に目が窓に止まり、外の景色が見える。
雪のかぶってない富士山に夕日の光がかかり、綺麗だったのでしばらく眺めた。
このまま失敗すると、この眺めも見納めになるんじゃないかと思ったら、体から力が抜けそうになる。
休憩後、また一人であの防音室に入った。
ソファに座ったあと、通信用と検査用のヘルメットをかぶり集中する。
零の聖域へアップすると、要の幻影も暗闇から湧き出てきた。
『光球対応は、ワームホールと解釈しての対応ですね』
――そう、なんとしても、不安定にさせないとな。
『じゃあ、ブラックホールのイメージってことで、いいですか?』
――ああっ、頼む。
二人でまた、集中してイメージを始めた。
しかし、これも九十分ほど集中し続けたが、何も影響を及ぼすことはない。
さらに、六十分、砕けて圧縮された星をイメージし、呪文にもして声に出した。
結果は同じで、光球太陽は輝き続けている。
――成果がでない。
失敗続きで、参ってきた。
ため息をついて、足元の巨大な炎の球を見つめる。
「うーん……無駄か」
本部のマイクから、誰かの小声が聞こえて沈黙する。
「やはり、立証されてない能力に頼るべきでなかったか」
霧島教授の不満そうな声が耳元に大きく届き、次の指針が入った。
「上がってくれ。計画を畳むかの会議に移る」
「あの……もう少し……やらせてください」
目は閉じたまま、口を開けてマイクに話すがヘッドホンからは返事はない。
――応答ない……か。
俺は足元の業火の炎を睨みながら、不完全燃焼のまま自信を失くした。
身体を横に浮かせ、力を抜いて弱弱しく声を漏らす。
――終わったな。




