第十二章 トラベルサークル
バスを降りてから麻衣は、行き先を携帯電話で調べている。
柳都の十番街は繁栄街にあたり、一番地から十番地を示す地名である。
その七番地付近にある喫茶店を借り切っているらしい。
「あっ。ここだ」
飲食店がいくつも入っているビルの中に入ると、壁にいくつもの電飾看板があった。
その手前の地下へ行く階段に向けて、角丸アルミ枠のスタンドの看板が立ってある。
看板には、紙が張られて“T-トレイン会場”と記されていた。
「たぶん、ここね」
「降りてみよう」
地下に降りると通路の一角に、黒スーツの男がクリップボードを片手に持って立っている。すぐこちらに気づいて声をかけてきた。
「麻衣、やっと来たな。遅かったぞ」
「ははっ、こんちは松野先輩。ここで良かったんですね」
名前で呼び捨てかい……って、俺もだが。
昨日、フラメモで麻衣の記憶に出てきたザンバラ茶髪男に間違いない。
「まだ一時間ほどあるから、気軽にどこにでも座って食べてくれよ」
松野の背後に開いたドアから部屋に繋がっていた。
のぞくと教室ほどの空間にテーブルがいくつも並べられて、かなりの人が座って話し合っていた。
「はい。大勢人がいるんですね」
麻衣が松野に言った。
「今日はH大も休校だからな」
「あーっ、それで」
「後ろに立っているのは知り合いか?」
「あっ、クラスメートの広瀬君です」
麻衣の紹介で松野が俺に向く。
「広瀬です。よろしく」
俺が松野に挨拶すると、一瞬だけにらんできた。
「招待してないやつは、入れねえよ」
「えっ?」
俺も麻衣も驚いて、同時に声をだす。
「そんな。お願いしますよ、松野先輩」
「んっ。どうしようかな」
麻衣の困った状態に喜んでいる松野。
不快で帰りたくなってきたが、麻衣をこんな男の下に預けるのも不甲斐ないとも思った。
「広瀬君も興味あるんだよね」
「あっ、ああ。旅行。俺、好きですよ」
俺が話しただけで、露骨に嫌な顔をする松野。
性格もろくでなしの気がしてきた。
「松野先輩、お願い」
「まったく麻衣は、仕方ねえな。へへっ、今日だけだぞ」
あくまでも上から目線である。
「ただ、招待されてない当日のやつは、会費もらうことになってんだ」
そうなのかと麻衣に目配せすると、困ったように首を縦に振る。
「八千円」
「えっ」
松野の提示に二人で驚く。
やっぱり会費制コンパじゃねえか。
それも八千円とか、本気かよ。
麻衣がすまなそうに俺を見返す。
そんな顔されたら仕方ねえって思うじゃないか。
おもむろに財布からお金を引き出して渡すが、今週の食費代がやばいと背中に冷や汗を感じる。
「ほーっ、持ってたのか。たしかに八千円あるな。それであと四千円は?」
「はっ?」
面食らっておかしな声を出してしまった。
「だからあと四千円だっての」
「八千円じゃないんですか?」
これは松野の嫌がらせたと自覚して、いらつく。
「あのう、松野先輩?」
「ふっ、へへへへっ。冗談、冗談だ。四千円でいいんだよ。ほらおつり」
「なんだ。ジョークだったんだ」
麻衣は喜び、俺は虚脱感で力が抜けそうになった。
「ああっ、そうだよ。マジで八千円も取るわけねえだろ」
「四千円が会費でしたか。えっと、じゃあ中に?」
「おうっ、セルフサービスだからな。適当に空いてる席に座って食べな」
「はい」
麻衣の返事で、やっと中に通してもらった。
テーブル席の間を歩きながら、松野のことを麻衣にそっと聞いてみた。
「いつもあんな感じなのか?」
「ごめん。忍クゥン。先輩冗談が下手なのよ」
冗談が下手とは、麻衣らしい。
「あんなの、疲れないか?」
「えへへへっ。だ・か・ら、来てもらったの」
「なるほど。十分理解した。だけど、あれが同じクラブ員なのか?」
あのDQNが、ミステリー好きでクラブ員ってのはありえん。
「んん、今年の春に入ってきたから、割と新しい人なんだよ」
「三年になってから入ってきたのかよ? それって麻衣の方が先輩じゃねえか?」
「まあね。でも年上だから先輩は先輩よ」
「んーっ、わからないことはないが……」
これって、考えたくないが麻衣狙い?
不安が過ぎる中、麻衣が話しを戻してきた。
「会費なんだけど、お金ないんで貸しにして。あとで何かおごるから」
「わかった。期待してる。……それで立っていると目立つからどこか座らないか?」
俺と麻衣は空いてる席を探すため、いくつもあるテーブルを見渡してみた。
「そう言っても、人いっぱいで座るところないね」
「しかし、意外に女性率多いな。ちょっと居心地が」
「何か鼻の下伸びてない?」
目を半眼にしてこちらを向く麻衣。
「ベ、別に伸びてねーよ。……あそこ、どうだ? カウンター付近のテーブルに空きがあるぞ。行くか?」
俺は麻衣を誘ってカウンター近くのテーブルグループに入った。
***
そのテーブルには他に三人の先客がいたが、一言かけて同席させてもらった。
話し途中だった向かいの黒縁メガネの男性が、また話を再開したので聞き入ことになる。
「……それで、続きだけど、伝承の書物の『遠野物語』。死亡して棺に納めたはずの老婆が夜中に現れ、衣物の裾に物が触れてそれが回ったと記されてるけど」
「うん」
手前のセミロングの茶髪女性が、相槌を打つのを見てメガネ男が続ける。
「幽霊が物を動かすってところに興味を感じたんだ」
「民話って、噂話に尾ひれがついたものだろ?」
向かいに座っていた髪をリーセント風に軽く上げた男が、ちょっと不満そうに横やりをいれた。
「聞いたことある。作家の三島由紀夫が、そのシーンは文学の発生した瞬間だって賞賛してた話」
茶髪女が髪をいじりながら思い出すように言った。
「文学? 見た人間がそう感じたから話したんだろ? 事実を受け止めていいんじゃないか」
メガネの男が語気を強める。
「伝承は昔の人のホラ話、真面目にトークしてもな」
リーセント男がまた横やりをいれる。
「中条さん、伝承はホラ話じゃないわよ。ある意味ファンタジー小説に近いかも」
「いやいや、伝承は創作じゃないよ。生活からはみだした脅威への畏怖だよ」
メガネ男が強い言葉で言った。
「はん。それはちょっと違うんじゃないか? 人から注目を集めたいための方便が、昔話だからホラ話なんだよ」
中条と呼ばれたリーセント男は、テーブルの料理に手を出しながら否定した。
「また、適当なことを」
中条の話を笑い飛ばす茶髪女。
「幽霊が物質を移動させるのは、ポルターガイスト現象の一種です。何の問題もないです」
メガネ男が当たり前のように言った。
「でも、幽霊が物を動かすのも変だけど、服装も浴衣ぽいの多くないかしら?」
「野田さんは、死装束のイメージが定着してるんです。時代劇の幽霊の見すぎ。服は普段着じゃないですか」
「はぁん、じゃあ白い衣幽霊は、死装束に着替えて出てきてたのか? 笑えるぞ」
野田と言われた茶髪女がノンアルコールのビールを持って、リーセントの中条のコップに注ぎはじめた。
「幽霊は、その幽霊本人の自己イメージだと思いますよ」
「それって? 三竹さん」
野田は聞きながら、メガネ男のコップにもビールを注ぐ。
「ありがとう。生前の思いが執着してるから、幽霊の自己イメージ姿で出てくるんじゃないかな。交通事故などの突然死と、思い悩んで自ら命を絶つ人などを分析すると違いが出てくる気がする」
「ふっ、そうか?」
中条が皮肉っぽく言う。
「殺人者に体を切断された人とかどうかしら?」
「一応、五体のままのイメージで人の枕もとに出てくる話はあるかな。あと、その損失した部分がボケていたって話もあるね。病気で死んだ人物もそのときの自己イメージで出てくる率が高い。ただ服は着替えてくるときが多いかも」
「化粧して生前より若かったりしてね」
「はははっ、間違いない」
今度は中条が、野田のコップにビールを注ぐ。
トラベルサークルというより、オカルト研究会での会話だな。
隣の麻衣はというと、体を前かがみにして聞き入ってる。
やはり幽霊さんを見てるから、この手の話に興味あるんだな。
俺は自分の異能を持て余して、何なのか調べたことがあった。
人や動物、あるいは物を手で触ると、ビデオで巻き戻すように時間を遡り、そこで起きた事件の情報を読み取る。
これはよく語られている、残留思念の抽出現象だと思う。
でも、まだはっきりとは断定はできないから、自分にとって判りやすいようにこの異能を“フラメモ”と略して言うようになった。
フラメモでの映像は、その人物が今気にしている出来事や、最近の喜怒哀楽での刺激を受けた出来事がまず最初に出てくるようだ。
また人じゃなくて、動物は鎖でつながれた犬の目を通してとか、鞄だとその持ち主が見ていたものだとわかった。
この現象は何なのか興味を持つと自然とその手の情報に目が留まるようになるが、書物は超科学の世界やオカルトの類ぐらいで信じるに足りない。
テレビも娯楽的要素タップリの物が多い中、真面目に取り扱ってる番組もあるが、自らがトリックなしと納得した上で体現しない限り半信半疑で終わってしまう。
ただし、この手の現象に対して、真面目に
『信じますか?』
『信じませんか?』
と聞かれて、鼻で笑ってた世俗の一人からは逸脱したのは確かだった。
強いて現実的なのは、量子物理学で目に見えない世界がこの世に存在すると言われている五次元理論やパラレルワールド。
この辺に信じるに足りる鍵がありそうだけど、理論だけでは納得などできない。
「退屈?」
麻衣が俺の腕にひじを当てて聞いてきた。
「そうでもないよ」
「私に構わず、何か食べるといいよ」
「そうだな」
テーブルに出されている、いくつもの料理を受け皿に載せて食べる。
コップに麻衣がコーラを注いでくれた。
「四千円分は食わないとな」
「うん」
「なあっ、そこの二人」
俺と麻衣に、リーゼントの中条が声をかけてきた。
直接対峙して改めて見る、大柄で圧迫感を感じさせる体系の人物である。
「見かけないけど、新会員?」
「あの、ちょっと誘われて。へへへっ」
「誘われて? そう。俺、中条、よろしく」
「あ、はい。私は浅間です」
中条は少し麻衣を見て何か言いそうになったが、言葉を飲み込んで黙った。
少し困惑する麻衣。
「……あっ、ワリィな。浅間さんね。でそっちの坊やは?」
「坊、ゴホン。俺は広瀬です」
「ふん。で、ここの連中じゃないね?」
「ええ、先輩の松野さんに誘われて」
「松野の? は、ははっ。松野墓穴掘ったな」
何の話だ?
たぶん、ついてきて正解だったような気がしてきた。
「ああっ、失礼。それで一緒に?」
「厳密に言えば、私だけでしたが。へへっ」
「俺が来たくて、ついてきたんです」
「ふんっ。彼女から目が離せないってことか? 自信ねえの。くくくっ。まあっ、ゆっくりしていけや」
何か……不愉快。
それともノンアルコールで酔っているのか?
「おーい、松野。もうそっちはいいから、お前も加われ」
中条は立ち上がって、大声で松野を呼んだ。
いやーっ。
呼ばなくていいものを。
麻衣もそわそわしだしたよ。
来なくていいんだが、松野がここのテーブルに歩いてくる。
麻衣を占ってフラメモで見た映像で、学園祭に会っていた松野の友人も黒いスーツでやってきた。
テーブルの前に二人立って、つまみ食いをする。
「ねえ、さっきの中条って人、ここのリーダーさんかな?」
「さあっ。どうだろう」
「中条さん、さっきの話なんだけど、幽霊否定派なのかしら」
野田がそれた話題を口にした。
「ああっ? また続けるのか。仕様がねえな。しかし、野田は幽霊信じてるのか? 非科学的だぞ」
「まあ、面白ネタとしてだけどね。中条さんは幽霊怖いんじゃないの?」
「馬鹿言うなよ、くだらねえ。見たこともない物を何で怖がるんだ」
「やだーっ、ムキになってる」
「マジっすか、中条さん」
「松野貴様もか!」
「盛り上がっているね」
そこにクリーム色の清楚なジャケットを着て、オールバックにした長髪を後ろで束ねている長身の男がやってきた。
「あら、参加するの、会長さん?」
「面白そうだからね」
ロンゲ男がここの会長か?
中条の後ろに立って、こちらのグループをのぞいてきた。
後ろにはショートカットの女性がついている。
薄いピンクのジャケットにジーンズ姿。
恋人かな?
その会長と呼ばれた人物は、俺たちの方を何度か眺めている。
いや、麻衣を見ているんだ。
嫌な感じがする。
「きみ、名前は?」
「浅間です」
「えっ」
会長の後ろにいた女性が、小さな声で驚いたような仕草をした。
「フルネームは?」
「浅間麻衣です」
「ふんっ、麻衣さんか……」
彼女をまた見て、少し首をかしげる会長。
「あのーっ。前に彼女とお会いしてましたか?」
俺は気になって聞いてみた。
「いやあ、初めてだったよ。僕が勘違いしたようだ、失礼」
「隣のきみは? 一緒に来たのですか?」
「はい。俺は広瀬、彼女とは同級生です」
「そう、僕は、草上です」
この草上って男、麻衣を見て何かショックを受けたようだが……本当に会ってないのか?
「麻衣さんが持っているバッグは?」
「松野先輩にプレゼントされたんです」
「ふっ、松野からですね。んんっ……安曇野さん、あのバッグいいですよね?」
うしろにいた女性に、声をかける会長の草上。
「えっ? ええっ……い、いいプレゼントかと」
なんだろう……安曇野と呼ばれた彼女もソワソワしてる感じだ。
「話の腰を折ってすまん中条。でその続きだが」
「ああっ、霊だったな」
「私はまだ幽霊見たことないのよね」
「僕も見てないけど、科学万能のご時世に幽霊も出てこれないってことかな」
黒メガネの野田が発言すると、立ったまま草上は付け足すように言った。
「幽霊見たとか霊感があるとかって言うやつは、ただ注目を浴びたいだけ」
中条がコップのビールを飲み干して言った。
「そうなの?」
「あるいは見る人間の精神が恐怖心で一杯なだけじゃねえかな?」
「そ、そんなことないです」
隣の麻衣が突然話に加わって、中条が眉を潜める。
「はあっ?」
「あっ、ごめんなさい」
麻衣は口に手を当てて逡巡する。
麻衣は何をムキになってんだよ。
幽霊に肩入れするなんて。
あっ、幽霊さんだった。
「あら、面白そう」
「ほー。じゃあ見たって口かな?」
茶髪の野田と黒メガネの三竹が、麻衣に話しかけた。
「えっ。ええっ、私見ました」
「証人登場ですか?」
会長の草上も興味深く追随するが、後ろの安曇野は無表情にこちらを見る。
「聞きたいな、教えてくれよ、麻衣」
と松野も言い出してきた。
だからお前が呼び捨てで言うな。
「えっと、その、私が見たのは、場所とか時間を選ばず突然現れるんです」
「場所、時間を選ばず見たんですね?」
「突然ってどんな感じで現れるんだ?」
三竹と松野が続けて質問した。
「はい。ボーッと目の前に出て、いつでも驚かされるんです」
「ぷっ。ボーッとね、はいはい」
中条が吹き出して、笑いながら言った。
さっきから否定ばかりして、この男は何がしたいんだ?
「へーっ、何度も見てるんだ。うらやましいな」
「おいおい、野田ちゃん。見れるのがうらやましいのか?」
「見れないのを見れるって面白いじゃない。貴重だよ」
「麻衣は怖くないか?」
また松野が声をかけた。
「最初は怖かったけど、危害とかないんで、今は慣れちゃった感じです」
「周りの人の反応とか、どうです?」
草上が聞いた。
「気づかないのか、見えないのか、わからないようでした」
「おいおい、他の連中が見えないなら自分に問題あるって思わないのかい?」
「私に?」
小さく驚く麻衣。
「いや、マジに病院行った方がいいんじゃないか?」
「び、病院?」
失敬なヤツだ。
言いすぎだろ!!
ほら、麻衣がうつむいてしまった。
「失礼だよ、中条」
草上が会長らしく注意した。
「おっと余計なことだったか。でもな、見間違いなら幽霊ネタで済むが、何度も見るってことは幻覚だろ? なら心配しちまうじゃん」
「そんな、幻覚なんかじゃないです」
麻衣が震え声で返答した。
「あんまり幽霊見たなんて吹聴しないことだな。恥かくだけだから、お嬢ちゃん」
「でも……」
彼女は一言発したまま、黙ってしまった。
「あまりいじめちゃ駄目よ。中条君」
「そうです」
野田と草上が麻衣をかばうが、中条が反論する。
「いじめてねーよ、俺の反応はごく一般的だぜ。正論ってか、へへへ」
さすがに俺も何か言いたくなって、両手をテーブルに乗せて前向きになった。
「あの……いいですか?」
「ん?」
「その、幻覚って決めつけるのは、何か違ってる気がするんです。麻衣……浅間が見たって事実は間違いないんです」
「彼女は嘘を言ってないってことかな?」
草上が聞き返した。
「もちろん錯覚やインチキでもないです」
感情が俺を言い切らせてしまったが、麻衣は目を瞬かせて俺を見入る。
「お嬢ちゃんが、嘘ついてないって信じたいが、この世に幽霊なんていないんだから、幻覚で間違いないだろうってことだろ?」
「だからそこが違ってるんです。見たんです」
「まーあ、恐怖で身がすくむと、柳の枝でも幽霊に変身するからな」
「場所とか時間を選ばず見えたって主張してますよ。体験した事実は変わらないです」
「微妙に論点ずれてないかな?」
「そうですね」
三竹が割って入り、草上が相打ちをした。
「なんでだよ?」
中条が二人を交互に鋭い視線を送る。
草上は三竹と見合ってから話しだした。
「きみ……広瀬君かな? 彼女の擁護に回って、見た事実に焦点を当てて肯定している。そして中条は幽霊はいるいないに焦点を当てて、存在しないって主張しているわけだ」
「食い違い? ずれてたのか?」
「この手の超常現象の話で、よくあることです」
「ほう、そうなのか」
「真ん中を取ってこんなネタはどうかな」
「ええっ。何? 何? 面白そう」
野田がテーブルにひじをついて、前かがみになって先を急かす。
「幽霊を見るのは、ある地域で発生する電磁波が脳にフリーズを起こして、予備知識からくる記憶映像を見てしまうって話」
「電磁波ね?」
野田が嬉しそうに言った。
「幽霊の出るところは電磁波が発生してる場所ってことか?」
全てがそれに当てはまるなんて思ってないが、そんなこともあるだろうな。
「もちろん可能性の一つだけど、真実味はあるでしょう?」
「俺は納得できんな、幽霊に電磁波って断定的な評価を与えただけじゃねえか。とにかく俺は一度たりとも見てないから、見たって人間が信じられないんだよ」
「じゃあ、そのうちに体験してみるのが一番ですね」
「そういえば、占いやれるって言ってましたよ。麻衣の連れは」
松野がとんでもない発言をしてくれた。
うっ。
お前を占ったことなどないぞ。
占いたくもない。
じゃなくて、俺に話を振るな。
「占い? へーっ」
「本当かい?」
野田と三竹が興味を示しだした。
「触れるだけでよく当たるって、昨日の文化祭評判だったんですよ」
また、松野がありがたくも広報をしてくれた。
「ほーっ、面白い」
「触れるだけで……」
草上と安曇野も関心をよせる。
いや後ろの女性は少し顔色が悪い状態になってきていた。
「じゃあ、霊感が強いの?」
野田の質問に動揺する俺。
「ええっ。彼、すごいんです。本当にすごいんですよ」
おおい、麻衣が急に元気になって俺をプッシュしだした。
やっ、止めろ。
「霊感だぁ? 結局お前も、幽霊怖がって騒いでる気弱な連中と同じってことか?」
気弱な連中ってっ、つくづく人を見下げる人だ。
性質が悪い。
「面白い、中条君占ってもらいなよ。そうすれば霊関係に少しは理解持てるんじゃないの?」
「持てねえよ」
「その占い興味あるね、ぜひやってみてくれないかな?」
「いや……俺は、そんな気は」
フラメモは、昨日と今日じゃ問題がありすぎるって。
まずいよ。
まずい。
「忍、どうしたの? やってみせて」
麻衣が俺を見てにこやかに言った。
「それが……その」
「占いも仕掛けがないと、できないわけか?」
「し、仕掛けなんてしてないです」
中条のあおりに麻衣が否定する。
「ああーっ、なるほどね。彼女から情報をもらって占ってたとか?」
「そんなこと、私してません」
麻衣は言いながら、腕を背中に回して俺のジャケットを握り引っ張る。
もうここはやるしかないか。
「わかりました」
「んっ? 占うのか」
「これは楽しみだわ」
野田を皮切りに周りが興味の声を漏らす。
今朝のようなことにならないよう、フラメモ終了後、すぐこの場を立ち去るのが賢明だろう。
今はそれしかない。
「麻衣、頼みがある」
俺は彼女の耳元に口を寄せてささやく。
「俺、気分悪くなったんで、占いが終わったらすぐ帰ることにしたいんだ」
「えっ? ごめんなさい、私のせいね」
「いや。そうじゃないけど頼む」
「うん。わかった。終わったら出ましょう」
俺は準備を整えるため、テーブルの上の食卓の一部を動かして中条との空間をつくり、その場所に手を置いた。
「じゃあ、えっと、中条さん。手を合わせます」
「ふん、こうか? どんな体験を味わうのやら、くっくっ」
テーブルの上に差し出された中条の引き締まった腕に、軽く触れてみる。
目を閉じると軽い頭痛と耳鳴りの後、額付近がスクリーンと化していくつかの映像が浮き出た。
その一つに焦点をあわせると、小さい画像が大きく引き伸ばされて俺は観客となる。
――森の夕暮れか?
最初にのぞいたのは少し暗い林。
山の斜面の道を下りている様子が見て取れた。
もう足元が暗い状態。
視線が低い。
子供?
立ち止まり、林の暗がりをよく見る。
暗闇の中に何かが見えた。
何?
まただ。
火?
狐火?
方向を変えて、子供たちのグループがいる場所へ走っている。
そこにはリュックを背負った子供たち。
小学校のオリエンテーリングか遠足?
『出たーっ。狐火だ、狐火』
目線の主の中条が大声を上げた。
「ウソーッ?」
「マジかーっ?」
グループの子供たちが、一斉にこちらに走り出す。
次の瞬間、周りに子供たちは、走るのを止めて、こっちを指さして大笑いしている。
「全く、はははっ」
「腹いてーっ、勘弁して」
「笑っちゃうよな」
「ゲラ、ゲラ、ゲラ」
子供たちが全員笑う。
「中条って、やっぱ馬鹿だったんだ」
「ははははっ」
斜面の後方から、火が夜空に上がっている。
何か大きな物を燃やしているようだが……祭りか?
ちょうど、この燃やしているモノの一部先端だけ、先ほどの林から見れた。
しきりに周りの子供たちが、笑ってこっちを見ている。
大きな焚火の火の粉を狐火と間違えて、物笑いにされてるんだ。
この人……これが元で霊とか侮蔑するようになったんじゃ?
これを話してみよう。
「えっと、中条さんは霊を見るのは恥ずかしいものだと、思うことを改めることです。物の見方が広くなり、今以上に人から慕われるでしょう」
「何を基準にだよ?」
「なぜなら小さいとき、焚火を狐火と間違えて大恥をかいたことがあるからです。小学生の遠足か旅行ですね」
「えっ? マジかよ……う、う、う、うっ、嘘だっ!!」
中条は慌てて俺から腕を離した。
「ええっ?」
野田が驚く。
「嘘だぞ、お前ら信用するな、うう、嘘だぞ。嘘なんだからな」
「彼の慌てぶりは本当か」
三竹が眼鏡をいじりながら言った。
「凄い。当たってるの? だから幽霊を毛嫌いしてたわけね。納得しちゃったわ」
「バッ、バカヤローッ、信じんじゃねーよ」
「んふふっ」
隣から抑えた笑い声が聞こえた。
中条から手を放しても、映像は消えずに残っている。
別のシーンを視たくてのぞくとどこかの屋上?
空は入道雲。
そこに倒れこんでいる人影。
――えっ!?
麻衣がいる?
誰かが、麻衣に近づいて会話してる。
中条目線も近づいていくと、映像がボケて視えなくなった。
これは何?
過去いや、そんなはずはない。
じゃ未来?
んなわけないだろ。
……何か変だがよく読み取れない。
駄目だ、画面が暗く視れなくなった。
仕方ない、別の映像を視てみよう。
狭い空間、車の運転席か?
外は明るい街中で道路脇に駐車している。
携帯電話を見て……日付が三日前だ。
誰かにかけるが、別の携帯電話に切り替えた……携帯電話を二台も使うってなんだろう。
窓越しに外を眺めだすと、斜め前の銀行から人が出てきた。
車はその人物を乗せて走り出す。
乗り込んだ男は、俺に……いや、中条に笑いながら手にしていた白い袋から、帯付きの札束を見せ始めた。
ひどく浮かれて喜んでいる。
五、六十枚はあるぞ。
ただ銀行から下ろしたにしては、喜び方が異常だ。
……詐欺?
駐車場に入ったようだが、もうちょっと見てみるか。
薄明るい室内の角でビールを飲んでる……バーか何かだ。
帯をといて札の計算をしているが、画面が揺れてる。
酔ってるのか?
立ち上がり向かいのテーブルの男を押し倒す。
倒れた人物に腕を振り下ろし始めた。
喧嘩かよと、思ったら中条の拳は地面に当たり自爆した。
仰向けに倒れて何か毒の言葉を吐いている。
周りに松野やその友人も混じっていて、喧嘩の二人を引き離して沈静。
……この人は……はははっ。
銀行はまずいことやってる気がするから、ここは伏せとこう。
「喧嘩は、ほどほどがいいですよ」
「何?」
「えっと、三日前に酔ってそれで拳を痛めてるでしょ?」
「ちっ……またかよ」
中条が小さく吐く。
「あーっ、金曜日に中条さん、喧嘩して手怪我してた」
三竹が思い出すように言った。
「本当なの?」
「嘘だーっ、ありえねえ……絶対おかしい」
中条は混乱したように否定する。
「忍って勘がいいんじゃなくて……やっぱりそうか」
隣で麻衣が、独り言のようなつぶやきが耳に入る。
俺が不審そうに見つめると、目線に気が付いて止めた。
「あっ、なんでもないよ。ちょっと似たようなことあったから」
似たようなって、俺の能力のことか?
ちょっと気になるけど、今はこの場から早く立ち去らないと。
「あの、気分が優れないんで、俺……俺たちそろそろ」
「忍、行く?」
「ああっ」
だが、席を立った早々に、激しい耳鳴りとめまい。
まずい、やっぱり来た……頭が真っ白になって意識が混濁してくる。
そして、気分が悪くなりめまいと睡魔で、力が抜けて椅子にまた座ってしまった。
「えっ? 忍?」
「ああん? どうした」
意識が遠くなる……。
***
気がつくと、座っていた。
目の前に見覚えのあるローテーブルがある。
その上に空のコーヒーカップと携帯電話。
見渡すと、どれも見覚えのある物ばかりだった。
窓の外は真っ暗で、夜を教えてくれた。
ここは自分の部屋。
俺、何してんだ?
どういうこと?
い、いつ、帰ってきてたんだ?
立ち上がり柱時計を見ると、八時を指していた。
はあっ、かなり時間が飛んでる。
案の定、記憶がない。
二度目の記憶が飛んで、メモリースキップが起きたんだ。
「いたっ」
右手、指、打ち身だ。
どうして怪我したんだ?
んんんっ。
整理しよう。
フラメモの後、急いでコンパをふけようとしたが、耳鳴りとめまいで真っ白になり……そして意識がなくなった。
そのあとは、わからない。
いつ帰って腰を下ろしてたのか?
完全に一時的な記憶障害。
そうだ、夕飯食べたのかな?
腹は減ってないから食べたようだ。
台所へ行くと、流しの上に買い物袋があり食パンなどの食材が入ってレシートも混じっていた。
牛丼屋の食券の半券も入っている。
しっかりと食べて、朝食の食パンまで買いこんであった。
部屋に戻り、他に変わったことはないか見渡す。
「んっ?」
机の上にいつの間にか開かれたメモ帳があり、そこに文字。
"お前と麻衣は狙われる、気をつけろ。"
不気味なことが書かれてある。
俺の書いた癖字だ。
はははっ。
狙われる?
俺と麻衣が?
冗談だろ?
ただでさえ難解な問題に直面しているって言うのに。
あれっ?
麻衣と俺、どうやって別れてきたんだ?
麻衣、大丈夫だよな?
心配だ……んんんっ。
聞いてみるか?
そうだな……さりげなく。
テーブルに置いてあった携帯電話で、アドレス帳から浅間麻衣を選び通信ボタンを押す。
耳に携帯電話をあてて、呼び出し音を聞くとワンコールでつながった。
『はい、忍?』
「おっ、俺だけど」
普通で何ともないか……とりあえず良かった。
『どうしたの?』
うっ、会話の用件考えてなかった。
記憶がないから、どうしてたなど話せない。
別の何かを話さないと。
「あのーっ……その、今日はありがとう」
『えっ? 私こそ、つきあってくれてありがとう。助かったよ』
「ああっ、帰りもバスだったよな」
『うん? そうだけど、どうしたの?」
「い、いやっ、あの、その、えっと、こ、声が聞きたかったんだ」
『えっ? さっ、さっきまで、会ってたじゃない。何恥ずかしいこと言ってるのよ』
「そっ、そうだな」
急に頬が火照って、携帯電話を握る手が汗ばんできた。
『そっ、そっ、そうよ』
「えっと、それだけだから」
『あっ、うん』
「じゃあ」
『待って。その……お休みなさい』
「ああっ、お休み」
通話が切れて、携帯電話をテーブルに置く。
俺は何を話してるんだよ。
体中火照ってきたどころか、胸の芯まで火照ってきた。
もういい。
フラメモのやりすぎで疲れてるんだ……うん、そうだ。
混乱した状態ではまともの思考もできない。
だから……早く寝る。
うん、それに限る。




