第百五話 魔女狩り(十三)収拾
その日の成田行きの飛行機は出ていったので、新幹線で向かうことになった。
今回の東京出張は今村、直人が例の金本のふきんを袋に入れ持ち出し、道場主、希教道弁護士の坂上さんが別件も兼ねて同行者としてつく。
高田さんが彼らをワゴン車で送りに出て行くと、マスコミが大挙してついていきパパラッチ化を起こしている。
森永さんも、東京のSPで異能肯定派に連絡を入れ、魔女騒動の原因を伝えてくれた。
だが、いかんせん異能情報なので、確実証拠がないと具体的な動きはできず、監視に留まるとのこと。
県警と比べて、対応の違いにもう笑うしかない。
要も意識映像抽出技術や思考盗聴妨害装置が気になってか、東京行きを希望していたが、女医がダメだししていた。
不満そうにポニーテールを揺らす要を見て、最近、髪を前に下ろして車椅子に座るスタイルの栞が出てこないので、どうしたのか気になって聞いて見る。
「そういえば栞に戻らないけど、何かあるのか?」
要に聞くと、少し躊躇したように足元を見つめてから俺に顔を向けた。
「……交代はしているのよ。忙しいから彼女もポニーテールのままで放置して……忍君が気付かないたけです」
「えっ? そうなのか……いや、ごめん。気付いてなかったのか」
「……それは……栞にね」
「栞? もう一つの魂か?」
うしろに立っていた鈴が聞いてきた。
「私、まだ、もう一人と会話してない、会話できない?」
「……今は寝てるの、また今度」
俺に背を向けた要を見ながら、何か違和感を覚えた。
道場内で夕食を済ませたあと、東京に出向いた今村たちが、東京支部の渋谷さん、記者の小出さん、G・天誅に参加しなかった西浦たちと合流したことを聞く。
「今村が東京駅のホーム内でも、マスコミのパパラッチ化が酷いとぼやいてたわ」
「ほう、あの二人も有名人になるな」
M大学の三田村教授研究施設について、城野内、その付き添いの三島たちとも一緒になって、すぐ実験に取り組んだ。
俺は道場でその様子を幻覚中継し、幹部や信者たちはモニタリングする。
今村、直人が次々に残留思念抽出をしていき、その記憶を映像として施設に備え付けの大型モニターに映し出された。
それをパソコンに録画し、映像情報が|ソリッドステートドライブ《SSD》に蓄積されていく。
「トラブルもなく、案外簡単に成功したな」
「教祖が有能だと信者も優秀になるからね」
俺のコメントに、ツインテールが自慢を炸裂させた。
「意識下の映像を取り出せるなんて、怖さすら感じるわ」
「凄い、面白い。私の想像、プリント写真欲しい」
「教授が言うように、綺麗な映像になっている」
隣の麻衣、鈴、要がモニタリングの印象を話す。
「早急に映像の切り取り作業をしないとね。ぶっふふっ……」
前で腕を組んで視ていた彩水が、不気味な笑い方で次の行動を考えているようだ。
***
翌日、インターネットでは、希教道関係のネタで大きく盛り上がっていた。
東京の実験のあと彩水が直人に指示、ユーチューブへ動画の一部を仕込ませ、匿名でネット配信する。
タイトルは、『希教道魔女騒動の正体は愉快犯。パン屋が麦角菌混入!』
それを道場の信者が巨大掲示板にリンクを張ったり、ツイッターで流したりした。
夏休みの深夜のせいか、情報がよく拡散されて、朝には動画を検証するブログまでいくつも現れた。
動画には、本物、偽物、作り物、内容は本当、内容自体愉快犯と色々意見が出て揉めていく。
やがて、動画に出ていた男の身元や場所に団体所属、搬入先の喫茶店が次々に特定され、一気に信憑性が出てくるとツイッターで擁護が広がった。
もちろん金本の情報は、彩水の指示で信者が小出しに行ったもの、自宅待機になっていた元信者も参加している。
近くに住む情報を知っている者、魔女騒動に巻き込まれた者なのが、声を高らかに上げて、動画内容は真実味があると肯定していく。
ネットからの魔女騒動解決に、追う形になった保健所の食監が、重い腰を上げて行動。
喫茶店や金本ベーカリーに検査に入り、驚きのまま麦角菌混入を認めた。
特定された喫茶店は業務停止になり、金本ベーカリーは保健所の通報で警察の管轄となった。
それを受けてマスコミも、魔女幻覚と麦角菌の関係を認めて報道しはじめる。
警察も金本に事情聴取に動くが、失踪していて捕まえることはできなかった。
他にプロ市民代表の押見も失踪していると、森永さんから聞く。
おかげで希教道前での、プロ市民グループの活動がなくなったと気付き、野次馬も少なくなった。
TV報道も希教道の奇跡から、道場主のまさかの釈放、魔女騒動愉快犯の出現で、旗色が悪くなり希教道へのパッシングが弱まる。
対抗するようにネットから、希教道肯定論が拡散していった。
『希教道良くね?』
『報道の異常な希教道叩きに問題あり』
『希教道の奇跡って本当だったんじゃ?』
『TV局のパッシングって、情報操作だぜ。裏で製薬会社から金をもらっているんだ』
希教道前も異変が起こった。
今まで取材陣営と野次馬市民は同調していたが、口論が耐えなくなって反目しだす。
「魔女騒動は、マスコミが作りあげた愉快犯じゃねえか」
「一般人が一番の迷惑を被っているんだよ」
それに対して取材陣から森本記者が声を上げる。
「愉快犯も一般人から出たんだ。擦り付けは止めろ、見苦しい」
「そうだ。それにマスコミは公平、公正な報道をしている」
他の記者も森本の話に合わすが、すぐ野次馬市民から反発された。
「公平な報道とか嘘言うなよ」
「捏造、偏向報道、どの口が言ってるんだ?」
森本記者がそれにすぐ反論した。
「俺たちは、人間である以上、思想や信条で動く。情報の判断も個々で異なるんだ、平等な機械じゃないんだよ」
「そうだ。それすらわからないから、お前らがおろかな衆愚政冶を作りだすんだ。だから俺たちが存在するんだよ」
報道陣の揶揄にいきり立つ市民。
「記者が開き直りやがった」
「ただ権力が嫌いな集団じゃないか」
それにまた森本記者が話した。
「情報は偏ってナンボだ。これからも烏合の衆を扇動し続けるさ。それがジャーナリスト魂ってもんだ」
「こいつーっ、全然懲りてねー」
「一緒にいたくねえわ。ここから出て行ってくれ」
「そうだ、帰ってくれ」
「帰れーっ」
「マスゴミ帰れ」
「マスゴミ帰れ」
道場前で市民がマスコミを取り囲み、帰れコールをしながら挑発するように踊り始めた。
それを見た森本記者がいきり立ち、一人の男に手を出すと、取っ組み合いの乱闘騒ぎに発展、警察の介入になる。
窓からのぞいていた俺たちは、内紛勃発で呆けるだけだったが、ただし彩水はツインテールを揺らして爆笑していた。
森本記者が集中的に殴られ、たまらず逃走して見えなくなると、その場は落ち着きを取り戻した。
これを機にネットで持てはやされて、一般市民が『マスゴミ挑発踊り』が、東京、大阪と大都市にデモ行進で流布しだす。
毎朝新聞は、まるで幕末の低俗な『ええじゃないか』版だと揶揄する論評を社説にしたあと無視した。
不明になったいた押見と金本が、三日後に溺死で海岸に打ち上げられた。
その後、金本ベーカリーの店主一家が床下から死体で見つかり、金本を名乗った男はもともと従業員で殺人事件で調査されるが、被疑者死亡のまま書類送検された。
もちろん、希教道にも県警の調査は入ったが手がかりなどあるはずもなく、森永さんと情報交換してから手ぶらで帰ってもらった。
なお県警公安の佐々木は、俺たちを陥れた証拠ではなく、別件の悪事がバレて逮捕されたことを森永さんから聞く。
希教道当主の民事裁判も、連鎖自殺遺族がそろわず、弁護団との内紛などで、押見死亡を契機に立ち消えになった。
またロイ・ダルトンは、国外追放になっていて驚いた。
政府を暴力で破壊することを企て、若しくは主張をほのめかしたのが、リークされたらしい。
詳しくは知らないが、金融メジャーの厄介者として政府がつまみ出したかたちだ。
日本自由新聞が、希教道を好意的に扱うようになり、医薬品IIM2の根本問題を示唆するようになる。
毎朝関係はIIM2を無視、報道しない自由を謳歌していた。
ネットでのIIM2サプリメントの意見は、怖くなったと不安が広がる一方、能力欲しいとさらにサプリメントを求める一派に分かれていった。
まだまだ騒がしい日々が続いている。
こうして、モール街の魔女から起きた一連の騒動は、彩水が画策したネット配信から一気に潮が引き、熱かった夏の戦いが収拾した。
竹宮女医がクリニック医として道場に来て、俺を含め能力保持者の状態チェックを行った。
要を見たあと、鈴も診察を受けてから、なぜか機嫌が良くなる。
「私、こんな優しい検査、初めて」
妙なこと言うので、今まで何をされてたんだと、いぶかしんでしまう。
続けて、俺が受けると女医が珍しく測定ミスをして少し不安を覚えたが、チェックは問題なく終了。
診察終了のあと、道場に疲れた顔を見せた女医だが、全員に問題なしの号令を出してクリニックは終わった。
柴犬の頭を撫でながら鈴と話す要は、相変わらずのポニーテール姿で、俺はそれをぼんやり見ていたら、車椅子の栞が見えないことに奇妙な不安が頭をもたげてくる。
今日はちょうどいい、栞が見えないことを女医から聞くのもいいかと、クリニック室に戻ったところで、道場主と会話しているのが聞こえた。
栞の名が会話に入ってたので胸騒ぎがして、鈴のようにドアに背中を合わせて中の様子を聞く。
「……で、頭痛が酷くて寝かせ続けているけど、要の状態でも腫瘍が表れて大きくなっているのが深刻ですね」
「栞の腫瘍が、要にも影響を受けてきたのは、栞がもうヤバイ状態なのか?」
「注意して、引き伸ばしてきましたが、限界が近いかと思います。覚悟が必要かと……」
俺は我を忘れてドアを開けて、部屋の中に入っていた。
二人が驚くが、かまわず前に出て真偽を確認する。
「それは本当なのですか? 限界って……なんですか!?」
自分でも驚くほど、動転して、声が大きく震えているのがわかった。
麻衣と純子が何事かとクリニック室をのぞくが、道場主が何でもないと言って彼女たちを締め出しドアを閉める。
俺は女医に肩をたたかれ、椅子に座りなさいと言われ従った。
「広瀬君、盗み聞きはいかんな」
「はい……すみません。でも栞がヤバイ状態って?」
道場主に変わって女医が話した。
「栞から幹部には誰にも話すなと念を押されていたの。特に君にはね」
自分でも、顔から血の気が引くのを感じて、室内が酷く冷えている感覚に襲われた。
「聞かれたからには仕方ないわ。栞の余命はあと少し……持って三ヶ月」
「うっ、嘘ですよね」
「事実よ」
それを聞いて新たにショックを受け、音が耳に入ってこなくなった。
周りの状態が歪んで真っ白になっていく。
そうか……そうだったんだ。
時空移は自己の過去と未来の移動なのだから、終える前もわかるじゃないか。
彼女は、この早い死期を知っていたんだ。
今までの栞の行動で、わからないことが頭の中でいろいろ凍解していく。
……俺に異能を始めから丁寧に教えてくれた。
教祖を降りたこと。
彩水を引き立てていたこと。
……あるいは、麻衣を希教道へ引き入れたことも。
麻衣と対立を避けていたことも。
何か、達観していると思っていたが、性格なんかじゃない。
……自身の終い仕度だったんだ。
彼女は、希教道と言う夢を立ち上げながら、自分がいなくなること前提で動いていたのか……。
それを自覚すると俺の胸は、黒いどんよりとした手で握り締められたように痛みが走っていく。
いつしか自然と涙があふれていた。
教団編 第九話「魔女狩り」(十三)を読んでいただきありがとうございました。今回で「魔女狩り」編は終わりです。




