幕間:魔王達による優雅なる会談
黒いシックなドレスを身に纏い、骸骨と共に優雅に踊る。
かつて仲間だった骸。しかし、死してしまえば、最早用済み。だが、彼女は踊る。まるで舞踏会の主役かと思わせるかのように。
これが、葬送曲の代わりに送る、最期のダンス。
「さようなら」
そう告げると、彼女はその骸を―――
―――喰らい尽くした。
~
透明感のある緩やかな金髪に、赤い満月と称されるほどの丸く美しい赤き瞳。先程のシックな黒きドレスを脱ぎ捨て、青と黒がメインのゴシックなドレスを着る。
彼女は口の周りをナプキンで拭い、自室に籠ろうかと思っていると、慌しそうにメイドが話しかけてきた。
「どうした、騒々しいのう」
「ルナ様、お手紙が届いております」
「手紙如き、何をそんな騒いでおる」
金髪の少女―――ルナと呼ばれたその少女は、メイドの慌しさに若干の不快感を感じつつも、差し出される手紙を見て、目の色を変える。
「……オルフェスト様からです」
そして、メイドの一言によって、彼女の表情は見る見る内に紅潮していった。
「お、オルフェスト様直々に!?わ、わ、わらわに、一体どのような用件が……!」
端麗な顔立ちを崩し、赤面すると、すぐに自室に飛び込んだ。其処に、淑女の品位があるかと聞かれれば無いだろう。普段は礼儀作法に厳しい彼女であっても、このような不測の事態には、ぽろっとマナーを忘れてしまうのだ。
部屋に入り、黒く高級感溢れる机の上で、手紙をそっと丁寧に開ける。
『from,オルフェスト』
紛れもない、ルナにとっては雲の上の人と言える方からの手紙。
深呼吸をして、その手紙の文面を読む。何が書かれているのか、お茶会の誘い?或いは……
(……こっ、恋文とか……!?)
その逞しい想像力をフルに回転させて、彼女は一人で盛り上がる。
だがしかし、彼女のテンションとはまるで異なり、文面は冷静で淡白なものだった。
要約すると、『話があるので、皆で集まろうぜ』って意味だった。
「……みん、な…………?」
そして気付く。この手紙は、己自身だけに向けられたわけでなく、多人数に向けられたものだと。しかも、この字面を見る限り、彼自身が書いたわけでなく、側近が書いた使い回しの文章だろうと。
「……」
すうっと冷めていく彼女のテンションと顔色。その冷たい表情といったら、この上ない。
気分を害されたが、相手はオルフェスト。行かないわけにもいかず、とぼとぼと切ない背中を見せながら、彼女は礼装に着替える。
久々に皆と集まる。何十年振りだろうか。しかも、オルフェストにも会える。最早、百年越えるのではないだろうか。それくらい長い期間会ってない気がした。
(まぁ、会えるのなら良いか)
先程のショックから立ち直り、彼女は礼装に着替えると、静かに部屋から出て行った。
***
其処は、黒き城。常人なら震え上がりそうなオーラが漂って来る城。入城すると、黒き鎧に包まれた男に案内される。その男の額には赤い角が生えており、人間でない事は一目で分かる。
案内され着いた場所は、豪華絢爛に飾り付けられた大きな扉。二メートルほどの身長がある男ですら、頭二つ分以上の高さがある扉だった。その重い扉を開けると、丸いテーブルを囲む様に椅子が並べてある。
一番奥の真ん中の席は、一番大きく、豪華に感じられる。其処に座って良いのは、一人しか居ない。生憎、まだ来ていないようだが。
丸くクリスタルのような透明感ある魔石を使用したテーブルは、金色で輝く装飾が施されている。
中央から右側、扉から手前に座っている男に目をやると、ルナは顔を顰めた。
「……他の者はどうしたのじゃ?」
「ご覧の通りだけど?」
冷めた顔で、男は言い放つと、テーブルに用意されていた紅茶に口をつけながら、持っていた本を読み進めている。視線を本に落したままで、決してルナの方を見ようとはしていない。ルナにとっては、彼が居る事もその態度も不快そのものだったが、淑女としてのプライドを優先させて堪え、静かに男と対面する形で椅子に座った。
既に約束の時間は過ぎているが、こうにも集まらないのはいつものことだ。
(それにしても……)
ルナはチラリと男に目をやる。
端正な顔立ちに、涼やかな目……世の女性はあの目でチラリと見られると卒倒してしまうであろう、それほどの流し目。艶のある黒髪はサラサラと風に靡く。しなやかな体つきだが、ちゃんと鍛えられており、長い手足を持っている。どこからどう見ても、美丈夫そのものではあるが、如何せんルナにとってはどうでもいい。
貴族の様な整った服装を身に着けつつ、紅茶と本を嗜む姿は絵から飛び抜けたような芸術的な存在だが、それを崩すようにルナが話しかけた。この沈黙な空気に耐えられなかっただけである。
「お主も呼ばれたのか?オルフェスト様に」
「……当たり前だろう。それ以外で、此処に来る事なんて出来まい」
自分でも質問を間違えたと思い、少し恥ずかしくも感じたが、何処か呆れつつ男はきちんと答えた。それがこの男の嫌なところである。
(いっつもいっつも、上から目線で……!何じゃ、あの“仕方ないから答えてやるか”というような態度!気に食わん!わらわの方が大人で年上じゃぞ!小童め!)
憤慨しつつも、それを態度に出ぬように、素っ気無く「そうじゃな」とだけ答えると、優雅にお茶を嗜んだ。傍から見ると淑女の見本そのものではあるが、どうしようもない憤りが若干顔に出て、赤く染まっている。しかし、そのことを突っ込むほど男は性格が悪くない。あくまで、見ないふりをしておく。
「あらぁ、ルナに……アーベント。御無沙汰ねぇ~」
「……シエル!久方振りじゃのう、お主と会うのは」
大理石の床をコツコツとリズミカルに鳴らしながら現れたのは、麗しき女性。豊満な胸元と艶やかな美脚の部分ををぱっくりと開けて見せ、男全員を虜にしそうな色気を放出しつつも、それは決して下品とは思えず、上品な雰囲気を醸し出している。それは、彼女自身の美貌もあるが、着こなしが妙に整っているからだろうと認識された。
ストレートな銀髪に赤い垂れ目。その美しい女性―――シエルは、中に入ると一直線にルナの下へ歩いて行った。
「あらあら、何を憤っているのよぅ!可愛い顔が台無しよ~?」
「う、む、も、黙せ!お主こそ何じゃ、その格好は!ちゃんと正装で来るのが礼儀じゃろう!」
「オル様はきっと気になさらないしぃ、それにちゃんと“盛装”したわよぉ?いつもよりもちょ~~~っと控えめだけど!」
「盛装ではない!正装じゃ!全く……シエルは変わらんのう、何十年振りか……」
溜息を吐きつつ、頭を抱えるルナに、シエルは首を傾げつつ、そのルナの左隣に座る。そんなシエルを、ルナは気に入っている。清々しい程に素直な所も、その大人の色香も、ルナには持ち合わせていない。正反対だからこそ、一緒に居て楽しく感じられるのだ。
その様子を始終見ていた男―――アーベントは、シエルに対して眉を顰める。
「正装で来る事も出来ないのか、売女。その娼婦のような恰好をどうにかしろ、見ていられん」
「なぁ!?あ、あ、アーベントひっどぉ~~~~い!!」
ぷりぷりと怒りながらシエルは立ち上がる。その憤りは本気だろうが、何処かわざとらしく、アーベントの眉間を皺を増やしただけだった。
アーベントは舌打ち一つすると、すぐに視線を本に落した。
「もうっ!ルナと仲良くしてると、アーベントはすぐ嫉妬するから嫌だわぁ」
「奇妙な事を申すな、シエル。あまり怒らすでない。面倒じゃろう」
ルナは溜息を吐きながら、再度お茶に口を付けた。毎度毎度、この友人はアーベントにこうやって嫌味を言われて怒っており、宥めるのも大変である。そんないつものやり取りに疲労を感じ、喉がいつも以上に乾き、すぐにお茶が空になった。侍女がすぐにお茶を淹れてくれたので、再度口を付けた。
「それよりも、ヘルゲとガルテリオはどうしたのじゃ?」
「いつも通り遅刻でしょお?流石に、オル様よりは早く来るとは思うけどぉ」
「ガルテリオも、か?あやつほど、時間に厳しい奴も居るまい」
「同感だ。むしろ、最初に来ていると思ったのだがな」
ルナの素直な疑問に、アーベントが淡々としつつも素直に同調する。不器用な男だとシエルは心の中で思いながらも、「確かに~」と同調した。
そう話してると、扉が勢いよく開く。それこそ、バンッと音が響くほどである。
思わず、三人は目を丸くさせて、扉の先を見ると、大柄な男が立っていた。
「……し、静かに開けぬか、うつけめ!」
「…………む、すまなんだ。どうも、こういう静かな所作は苦手でな」
「ガルテリオか、元気そうだな。鍛錬か?」
「ああ。鍛錬に精を出し過ぎた。手紙に気付かんかったわ。オルフェスト様より早く来れて幸いだ」
褐色の肌に、青い短髪。鋭い赤い目だが、右目に顔半分の大きな傷跡を持ち、隻眼となっている。漆黒の鎧と衣を着ており、“武士”と言われるような服装。美丈夫かと聞かれれば、端正な方だが、その厳つさは男前と分類される顔つきである。大きな体はがっしりとしており、身長は約二メートル……下手すれば、もっと上だと考えられる、巨大な男―――ガルテリオだ。
ガルテリオは、重そうな肉体と鎧と持ちつつ歩きながら、アーベントの右隣に座った。
「こうやって集まるのも久しいな。皆、息災で何よりだ」
「フンッ!お主の登場のせいで、寿命が縮みかけたわ!」
「何を言うのよぅ、ルナぁ。さっき心配してたくせにぃ~」
「し、心配!?違うわ!先程から奇妙な事を言うでない!」
「おい、娼婦。あまりルナを弄るな」
「しょっ、しょ、娼婦!?さっきからアーベントが酷い~!私の事嫉妬し過ぎぃ~!!」
「変わらぬな、お前等も」
ぎゃあぎゃあ騒ぐ三人を横目に、ガルテリオは微笑ましい物を見るような目で見つめる。彼の持つティーカップはルナにとっては大きく見えるが、ガルテリオが持つと酷く小さく見えた。そんな小さなティーカップでお茶を嗜む姿は、何とも言い難い絵面である。お茶などとは縁遠い男な為か、全く似合わない。
そうやって騒いでいると、またも勢いよく扉が開かれた。先程よりも大きな音を立てて。
此処は大魔帝王が住まう城であり、もし下っ端がこのような開け方をすれば、今此処に居る四人によって斬り捨てられたであろう。しかし、このように慌しく入って来る者は一人しか居ない。
「ヘルゲ!遅い!何をしておったのじゃ!」
「いや、違うねん!これでも早う来ようと……!」
「言い訳は要らんわ!わらわの餌食となれ!」
「ちょっ、待っ、嫌やー!!自分、本気で喰らおうとしてくるやんけ!」
「当たり前じゃ!本気で喰らうつもりじゃぞ!」
所々はねている金髪に、赤い猫目。目元は赤く隈取のようなものが少し描かれている。何処か遊び人のようなラフな格好で着崩しており、煙管を持ったら様になりそうな姿の青年―――ヘルゲが現れた。
ヘルゲは慌ててルナから離れると、ガルテリオの後ろに隠れる。大きなガルテリオの背後に隠れるとすっぽりと真正面からは見えなくなるのだ。しかし、そんなのは意味を持たず、ルナは立ち上がり、ガルテリオの背後に回ろうとして―――シエルに止められた。
「ルナぁ~そろそろ……」
「…………お見えになったか」
憤った赤い顔を一気に鎮め、ルナは静々と席に座る。そして、ヘルゲも扉付近の椅子に座り、一気に凜とした表情に変わる。先程の騒がしさが嘘の様に消え、沈黙が流れる。適当に座っていたシエルも多少身嗜みを整えて、きちんと足を揃えて座り、アーベントも本を閉じて待つ。
―――来る。
彼らは身構える。久々に会うと、どうも溢れ出る魔力に圧倒され、知らず知らずに≪威圧≫の効果を受けてしまう事がたまにある。
それを抑える為にも、多少己も魔力を出し、それを少しでも相殺するようにするのだ。
だが、それをするたびに思う。
彼らが全員で挑んでも、きっと彼には勝てぬだろう、と。
こうやって、態と魔力を漏らして圧倒させて来るのも、自分達に勝つ自信があるからこそである。
そして、彼らが入って来た出入り口とは別の扉から、入って来た。
圧倒的な存在感と力。
鋭い目を開き、彼らを吟味するように一瞥する。その威圧感は、例え何年何十年と時を経ても変わらない。
思わず、息を飲む者も居れば、その強さに惹かれ、思わずうっとりと見惚れてしまう者も居る。
稀代の大魔帝王、オルフェスト。
彼こそが、魔王を統べる帝王である。
ゆっくりとした動作で歩き、中央にある椅子―――華美だが、趣ある椅子に座った。そして、慣れた口調で切り出した。
「久しいな、息災であったか」
「お久し振りに御座います、オルフェスト様。して、我らを突然呼んで、どうなさいましたか?」
先程生意気言っていたアーベントとは思えぬ丁寧な口調で、オルフェストに尋ねる。しかし、オルフェストは「そう急かすな」と一言吐いた。
「近況を聞きたい。アーベント、どうだ」
「ハッ。“ヴァラール”は特に大きな変化は起きてはおりません。しいて言うなれば、最近魔物の増減が激しいくらいです」
「そうか……ガルデリオはどうだ」
「はい。“モナドール”も大きな変化は御座いませぬ。そうですな、近年闇夜の期間が長いようです」
「ふむ……次、ヘルゲ」
「はいな!えぇと、“ゴルドール”も変化なしですわ。近年ちょっと噴火回数が減りましたがね」
「シエル」
「はぁい。“エンドール”も変化ありません~」
「ルナはどうだ」
「はい。“イシリエール”も変化は御座いません」
皆々は丁寧に近況を口に出し、それ以外で私語を口にすることはない。それが暗黙のルール……というより、常識的な礼儀だろう。
近況を全員言えた後、オルフェストは何処か思案するように口元に手を当てた。
それを見ていたルナは、何か力になれないかという献身的な思いから、恐る恐る尋ねた。
「あ、あの、オルフェスト様。発言をお許し頂けませんか?」
「許す」
「有難う御座います。お尋ねしますが……どうなされたのですか?」
先程アーベントが尋ねた事を、ルナが代表するように尋ねる。すると、オルフェストは隠すつもりはないらしく、特に悩む動作も見せず話した。
「実は、最近妙な―――いや、中々面白いのだが、些か得体の知れぬ者が出入りしているのだ」
「……まさか、人族の間諜なのでは……」
「それも考えたが、うむ……考えにくいのだ。だから、お主らの国々に何らかの影響や問題が起こっていないか聞いたわけだが」
ふう、と一息吐いて、オルフェストは告げる。頬杖をついて、侍女が淹れたお茶を飲む。リラックスした様子で、別段悩んでるというようではなかった。
「特に問題も影響も起きてありませぬが……」
「何か問題がありましたら、我らをお呼びすれば良いのです。人族の間諜如き、我らの力もってすれば片付くでしょう」
「……勝てるか、本当に」
「「え?」」
五人の声が重なる。オルフェストの眼光は鋭く、声も真剣み帯びている。思わず、たじろいでしまう程に。
「彼奴の魔力は読み取れない。それに、かつて≪禁術≫とも言われた≪転移≫もいとも簡単に熟せる。もっと言うなれば、儂を目の前にして動じる様子はなかった」
―――そんな者に、本当に勝てるか?
そう言われると、五人はただ無言になるしかない。五人束になっても勝てぬ相手に、たった一人で現れ、剰え、全く動じずに正面に立つような者など、考えた事もなかったからだ。
正に、想像の範疇を超える者―――そんな相手に勝てるか、と尋ねられて即答出来るはずもない。
黙ったまま、何とも言えぬ彼らを見て、オルフェストは「だろうな」と納得した表情を見せる。
「まぁ良い。敵意も無く、どうも我らが不利になるような情報は流しておらぬようだ。奴が狙うは、ただ人族も魔族もお互いの領域を出ずに淡々と生きていく術らしい。人が好いものだ」
若干表情を緩めてオルフェストは言うと、席を立つ。そして、「話は以上だ」とだけ告げて、さっさと部屋から出て行ってしまった。
これがいつもの事。何十年経っても変わらない堂々とした態度である。
しかし、五人はお互いの顔を見合わせると、五人だけの会談を始める。
「どうするん?何や、えらい面倒臭そうなのが現れたようやで」
「ふむ、しかし……オルフェスト様の口振りから、我ら五人もってしても相手出来そうにない相手だぞ」
「恐らく、オルフェスト様と同等……或いは、」
「……それ以上!?そんな者が、人族居てたまるか!」
「そうねぇ、でも、そういう可能性も視野に入れておいた方がいいわねぇ」
何故か小声でヒソヒソと内緒話の様に五人は集まって話し込む。しかし、到底この城内に滞在してる時間内では終わりそうにない議題である。
「しゃーない……何処か別のとこで話そか」
「ふむ。ならば、言い出しっぺの所へ行くか」
「ルナ嬢、堪忍してくれや。今丁度、噴火期なんねん」
「私ぃ、ルナの所がいいなぁ~」
「はぁ!?何を申すか、シエル!」
「俺も賛成だ」
「アーベント!?」
まさかのアーベントも同調した事に、ルナは驚きと若干の裏切りを感じた。いや、何故そんな即答をしたのかにも驚いた。アーベントは、いつもガルデリオと同じく流れに身を任せ、周りを見守っている程度なのに、何故こんな時だけ元気良く同調してくるのか。むしろ、アーベントはきっと拒絶か別の方法を提示してくれているのではと期待していたのに。
(こ、ここまでわらわに嫌がらせをするか、アーベント……!)
怒りに震えながらルナはアーベントを睨むが、彼の視線は既に本に移されていた。ちなみに、アーベントにとっては願ったり叶ったりの提案な為、拒否する理由なんてなかったわけだが。
ルナがアーベントに何か言う前に、ガルデリオまで「いいのではないか?」と賛同の意見を言い始めた。流石に四対一は分が悪い。というか、完全にこちらが負けてる。
ぐっと言葉を詰まらせると、ルナは溜息を吐いて、降参と表明するように軽く手を挙げた。
「ふんっ!もう良いわ!さっさと来るが良い」
「ルナの庭園好きなのよ?私ぃ。ね、ね?皆で会議がてら、お茶しましょ?」
「う、うぅむ……しかし、」
「賛成しよう」
「アーベント!?」
長居して欲しくないというルナの本心を無視するかのように、またもアーベントは即答して来た。何なんだ、この小童は!というルナの憤りは、足早に移動する彼らに届くはずもない。
ルナは怒りつつ城を出ようとする際、出口にふと、見知った顔が居た事に気づき、足を止めた。
「ベーゼか」
「はい、皆様。御足労感謝申し上げます」
「そんな堅苦しい挨拶は良い。何故、側近のお主がオルフェスト様から離れておる?珍しいのう」
ベーゼはオルフェストの側近であり、秘書的存在でもある。無論、力も強く、女だてらに護衛を任される事もある。また、その華やかな美貌は、オルフェストと並ぶと大変絵になる為か、ルナが嫉妬して何か言おうにも、強く言えない事も多い。
しかし、彼女がこんな所で見送るなんて珍しかった。勿論、魔王は彼女にとっては目上の存在な為、見送り自体が可笑しいというわけではないのだが。
彼女は基本オルフェストにべったりとくっついて動く事が多かった。だが、最近は忙しいのかあまり側に居る事が少なくなってきてしまったようだ。「護衛として失格ではありますが」と苦々しい顔で呟いている。
「いえ、今オルフェスト様はお茶を嗜んでおられまして、何分お邪魔になってしまいますから」
「成る程のう」
強面だが、オルフェストはお茶が好きだ。その嗜む姿のギャップといったら……と、ルナは想像しつつ悶える。
そして、ふとある事を思い出し、ベーゼに尋ねた。
「の、のう……」
「はい?」
「ベーゼは、知っておるか?その、最近来るという不審な人物について……」
其処まで言うと、ベーゼは「ガフッ」という謎の声を発しながら、冷や汗を流しまくっている。流石はプロというべきか、表情は微笑んだままなのが凄い。
その姿を不審に感じつつも、ルナはベーゼの返答を待った。そして、ベーゼは冷や汗を垂らしつつも、重く頷いた。
「……はい」
「お、女子か!?」
「…………は?」
「女子か、と聞いておる!早く話さぬか!」
「え、あ、いえ、男性かと思われます……。申し訳御座いません、姿見はよく把握出来ないんです」
「そ、そうか……いや、女子でなければ良いのじゃ」
それだけ言うと、ルナは赤く染まった顔を手で扇ぎながら、そのまま先に出て行ってしまった彼らを追い駆けに、彼女は歩いて行った。
ベーゼはポカンと口を開いて唖然としつつも、はぁと一息吐く。―――どうやら上手く誤魔化せたようだと安堵の表情を浮かべた。
ルナがオルフェストに想いを寄せているのは明確である。もしかすると、深く突っ込まれるのではないかと心していたが、どうやら彼女が知りたいのは性別だけだった模様。若干ベーゼは脱力した。
「最近楽しんでるもんな、オルフェスト様」
ひょっこりと現れた青年―――アディスに、ベーゼは、そうねとだけ呟き同調した。
***
「オルフェスト様遅かったですね?」
城の正門とは真逆に位置する庭園。其処で、いつもお茶をしている場所に、“彼”は居た。
目深に被ったローブに、怪しげな、それでも何処か謎めいて美しい仮面を着け、神々しい杖を持った不思議な少年?が、テーブルを挟んで置かれている一脚の椅子に腰かけていた。ふてぶてしい態度だが、不思議と嫌悪感は湧かない。
オルフェストは軽く口角を上げて笑うと、そのまま少年?の目の前に座った。
「何、少し話し込んでいただけだ」
「その割に、えらい魔力を感知したんですけどね……」
「さぁな」
「……まぁいいでしょう。それより、お土産です。人族の主に貴族が好むとされる紅茶の葉です」
「何?」
「欲しいですか」
「……」
「ならば、先程の魔力の理由を説明して頂きましょうか」
「ッチ」
「舌打ちしない!」
最近のオルフェストの楽しみは、先程議題に出ていた不審者の少年?とのお茶会だと―――知る者は、魔王達の中には居ない。
読んで頂き有難う御座いました。




