第17話:私、運命の出会いを果たす
あらすじ:ティルフィーネがぶっ飛ばした試験in教師視点
長くなりました。自分でも驚きです。
早朝。まだ日が完全に昇り切っていない頃に、私は重たい足取りで学内に入る。
此処は、騎士と魔術師を育む学校……『パルハス学園』。実力主義であり、種族地位に差別はなく平等に接する、理想の学校と言われている。
それはあくまで表向きであり、確かに学園長はそのような素晴らしい考えをお持ちである。だが、教員・生徒が全てそうだとは限らない。
生徒の中には、勿論貴族や王族の子供も居る。私達教員は其処に差別をつけてはならない。ならないのだが、中には差別をして、生徒によって態度が違う愚かしい教員が居るのだ。
貴族には媚び諂い、平民には偉そうに振る舞う。まさに愚の骨頂であり、教員以前に人間としての手本になっていない。
生徒でも、種族や地位によって態度に差が出て来たり、陰湿ないじめを行う者が居る。あくまで、この学校の校訓としては、「学内の生徒は皆平等である」なのだ。
しかし、貴族の子は何というか……近年は酷く軟弱で、尚且つ酷くプライドが高い。これは、見直すべき点なのだが……教員も生徒も皆、権力に恐れている。
嘆かわしい事だが、致し方ないと片づけてしまう自分にも呆れてしまう。
厳しく指導して来たのに、ある教員のせいで、全てが無駄になってきてしまっている気がしているのだ。
保身ではないが、他の教員の為に言っておくと、ちゃんと校訓を守る教員も居る。
その中の一人である私―――ベテルギウス・レアルタは、未だ足取りが重い。
此処まで来たのだから、もう観念すれば良いものを、私はあの教員の顔を思い浮かべ、歯軋りをしてしまう。何とも情けない事だ。反吐が出る。
己の軟弱さも問題だ。これは、授業が無い合間に精神統一でもして、心を鎮めるか。
ツェッカ・サンタッハ。
それが、今私を苦しめる教員の名であり、現在学校の風紀と校則を乱している張本人であった。
彼は元・貴族である。元、だ。
それなりに名高い貴族出身であるにも関わらず、その家名に泥を塗ったとか何とかで勘当されてしまったとか。噂話であり、私自身あまり興味がないせいか、詳しい事情は知らない。
しかし、そんな途方に暮れた彼を救ったのが学園長だった。学園長は御人好しである。
この学校の卒業生である彼は、卒業したとはいえ可愛い生徒だったと、学園長は彼を連れて来てそう言った。
だが、そんな和やかで優しげな学園長の想いとは裏腹に、教員である私や他の先生方は、思わず顔を引き攣らせた。
それもそのはず、何せツェッカは―――頭も下げず、挨拶もせず、私達を品定めするかのような下品極まりない目でジロジロ見下し、鼻で笑った。
第一印象が悪過ぎる。
そんな第一印象を経て、彼の教育係になった私の運も悪過ぎる。
聖女様―――一生恨みますぞ。まぁ私は無宗教者だが。
***
それからと言うもの、私は胃痛を起こし、毎日養護教諭に≪治癒≫をしてもらうという日課。
彼はその大きな腹と脂ぎった顔、私よりも若いとは思えぬ年老いた顔つきを持っているせいか、生徒からは遠巻きにされる。まず、腹をどうにかしてほしいものだが……その姿見は「毎日贅沢してます」と言っているようなものだ。
女生徒からは「目がいやらしい」「セクハラされそうになった」「笑い方が生理的に無理」などと、中には見た目の問題があるようだが、被害に遭いそうになった子も居るようだ。
しかし、何か訴えようとするとすぐに家名を出して来るのだそう。勘当されたんじゃなかったか、と彼に言うと凄い怒られた。何故だ。
彼の物覚えは悪い。教育者としても向いていないようだ。しかも、生徒からも不評。
此処まで来ると、教師である我らも我慢の限界だった。学園長に直接物申した。
人が好い学園長を責めるのは道理ではないが、彼を推薦したのは紛れもない学園長なのだ。良心が痛むが、此処は鬼にして直訴。
すると、学園長は頭を下げながらも、いつもの和やかさはなく、とても険しい表情をしていた。
曰く、生徒の不満が私達教員よりも早く爆発したようで、学園長に涙ながら訴えたそう。
生徒が大事な学園長は鬼と化した。
その日、学校内は修羅場となった。
***
結局、ツェッカは解雇にならず仕舞いだった。
確かに彼の態度は悪いが、学校を追い出せば、正しく右も左も分からず荒地を彷徨う事になってしまう。まだ同情の余地はあり、教育係は学園長が直々に行う事となった。
学校に彼が残っているのは、些か不満が残るが……あまり生徒の前に現さなくなったし、生徒としては当たり障りのない日常生活を送れるのではないだろうか。
そう思うと、少し心が軽くなった。
しかし、今日はいつもよりも足取りが重い。
実は、今日―――試験日なのだ。今現在受験会場に向かっているのだが、毎年のように平和にやり過ごせるか不安だった。
何故かと言うと、試験官である教員が一人欠席となってしまい、代わりの教員も居らず、仕方なくツェッカを出す羽目になってしまった。
何故だ。よりにもよって、何故彼だ。
元々応募人数も多く、受験者も多い。それなりの教員は居るが、如何せん数はギリギリ。
もう残る教員は唯一人、ツェッカしか居なかったのだ。
藁にも縋る思いとはよく言ったものだが、残念ながらその藁はフェイクだ。
私のそんな想いも空しく、ツェッカが試験官になってしまった。数が足りないのは致し方ない。どうしようもない。
もういっそのこと、私はかつての教え子でも呼び寄せようとまで思ったほどだ。生憎あちらにも都合があるし、周りから落ち着けと止められたが。
溜息を吐きつつも、生徒の見本となるのが教師たるもの。
私は全てを受け止める覚悟で、試験会場へと向かったのであった。
***
試験会場。筆記試験では静寂に包まれ、剣術試験では生徒の悲鳴が上がる。そして、私が担当する魔術試験では―――受験者が呟く言葉が一塊となって、騒がしくなる。
毎年の事だが、今年はいつにも増して騒がしい。
ついでに、ツェッカには静かにするよう他の教員だけでなく学園長にまで釘を刺された。流石に大人しくしているようだ。
そんなツェッカは、この騒ぎが気に食わないようだ。先程から「だからガキは……」とブツブツ文句を言っている。彼も騒がしいのだが。むしろ、私にとっては彼が一番騒がしいのだが。
「静かにしろッ!!!!!」
しぃん……と、静寂の音が響く。未だに少しざわめきがあるものの、今年の受験生はとても素直なようだ。安心した。
……そう思ったが、今年は受験者数も少ないんだったな。いつもなら8000人は超えており、一日目と二日目で分かれたりするのだが、今年は7000人も超えなかったのだった。
まぁ王族の子が入る事に起因しているのだが……よくある事だ。
試験が行われる。数々の的には黒煙が立ち上ったり、大きな衝撃音が響いたりしている。
まず、この試験で見るべき点は魔術能力である。これは一番重要だ。
だが、もう一つ―――それは、受験者の態度である。当たり前だが、ちゃんと自身の名前や魔術名くらい大声で言ってもらわないと困るし、あまりにぶっきら棒にやってもらっても、この学校の生徒として相応しくないと思われてしまうのだ。
まぁ基本は魔術能力なので、魔術能力が高ければ、ある程度は目を瞑って居られる。
そう思いつつ、受験者名と受験番号を照らし合わせながら、受験生の様子を見る。
よく居るのだが、詠唱すれば魔法が出来る為、こんな試験楽勝だと思っている輩がいる。
念の為に言うが、そんなに生半可なものではない。
50m以上離れたこの的に当てる。それは集中力も使うし魔力も使う。更には技術力も必要とされるのだ。
的に当てなければ意味がないというわけではなく、50mという長距離まで魔法が放てるかが問題となる。
別に的に当てなくたって、此処まで魔法を放てれば差し支えないのだ。
つまり、的に届かず途中で消えたり爆発したり、一番最悪なのは“不発”なのだが、そうなると無条件で不合格だ。
だが、別に希望が無いわけではない。「成長の余地がある」と見なされれば、合格となる場合がある。
……まぁ魔術に自信がなければ、他の試験に行けばいいというのが本音なのだが。
何故か毎年筆記試験は人数が少ない。理由としては、恐らく魔術試験や剣術試験の方がある程度甘めに見て貰えるからだろうが。
どうせ、入学したらどうしても数学とか地学とかはやるのだから、筆記試験受験者が増えても良いと思うのだがなぁ……。
おっと、気が逸れてしまった。
ふむ。この子は不合格のようだな。的に当たる前に消えてしまった。
右隣に居るツェッカは「出来損ないなら来るな」と悪態ついているので、口頭で注意しておく。
……左隣に座る灰色の髪を持った女性はニヤニヤしながら、「ほら、次は美少年だぞ」と言った。このニヤけ顔は、同情の微笑みとかそんな慈愛に満ちたものではなく、確実に面白がっている表情である。
そんな彼女の言う美少年(確かに美少年だった)の方を向くと、元気良く返事をして、ちゃんと己の名前も―――
……≪風巻弾≫?
これまた高度な初級魔法を使うものだ。恐らく初級魔法の中では上層な方じゃないか。
しかし、扱いもまた難しい。消費魔力も大きいが反動も大きく、的からぶれる事が多い。
そんな私の心配を他所に、彼は大きく詠唱を唱えると、爆発音と共にあっさりと成功させた。これは凄い才能を持っている少年だ。
嬉しそうに挨拶すると、真後ろに居るローブの少年に抱き着いた。友人だろうか。背中をバンバン叩いて若干苦しそうにも見えるが。
左隣の女性―――ヴィエラ・ベラトリックスは、「文句なしの才能だな」と褒め称えている。一つに括った長髪を弄びながら、満足気な表情を浮かべていた。
確かに文句はない。しかし、若干詠唱を唱えるのに時間をかけすぎているな。もう少し早口で言えるようになれば、戦闘にも活用出来そうだ。
ま、子供にそんな事を求めてはならない。あくまで、この点は学校在住中に直して行けばいい。
「次!6012番!」
高らかに上がる声と共に、またも大きな返事が―――来なかった。
あれ?と思い、顔を上げるとローブの少年は口元しか見えぬものの、コホンと咳払いして大きく返事をした。
「……あんな小さな返事でいいものか」
ツェッカが酷く顔をしかめて呟く。別に大きくなかったか?と疑問を抱いたが、ヴィエラが「一回目が小さかった」と言っていた。
一応彼自身それに気づいたようだし、再度返事をしていたから何ら大きな問題はないが、ツェッカにとっては大問題だったらしい。解せぬ。
「えーと、ティルフィーネ・エンドレス!魔法は……≪ファイア・ボール≫を行います!」
「……エンド、レス?」
ピクリとヴィエラが反応した。彼の姓名に何か不備があったのだろうか。受験者名簿を見てみるものの、受験番号と受験者名も一致してるし、問題はない。
「……どうした?ヴィエラ先生」
「いや、何……気のせいだ。何でもない」
確かに珍しい姓ではあるが、そんなに過剰反応するほどでもないだろうと自己完結したところで、彼の腕前を見せて貰う。
≪ファイア・ボール≫と言えば、初級中の初級だ。余程の事が無い限り、失敗はしないだろう。
そう思って、私は彼の事をじっと見る。
……何やら口元を小さく動かしているが、詠唱だろうか?あまり人に聞かせんと小さな声で詠唱する人も多くはないが、少なくもない。
特に問題は―――
ポッ
……。
えっ?
思わず声に出しそうになって、すぐに飲み込んだ。
手の平から出された火球は平均のよりも大きい。此処までは良い。此処まではそれなりに魔術の長けていると評価出来る。
問題は―――その速度である。
手の平から離れた火球はゆったりとのんびりとふわふわ飛んでいる。何たることだ。
ゆっくりと、果てし無くゆっくりと、まるで地平線が波によって揺らいでいるか如く、ゆったりとした曲線を描きながら的に向かって動いている。
ある意味凄い。此処まで来ると、どうやって出したのかが気になる。
そして、更に驚くべき事に―――その火球は何処か上下に揺れているものの、ちゃんと真っ直ぐ的に向かって動いている。
器用である。そのゆっくりさは褒めたものじゃないが、器用である。
そんな火球を出した張本人であるローブの彼は「やっべえ」って言う顔をしていた。口しか見えないが。
その後ろに居る先程の美少年も同じような顔をしている。やっべえ。
「……ある意味称賛すべきだろうか」
「恐らくは……あんなに器用であれば、成長して化けるやもしれん」
「そうだな。ある種評価を受けるべきものだ」
ヴィエラすら絶句するその火球は意外と大きく爆発音を立てて、黒煙を上げる。途中で消えたり爆発したりしなかった。ちゃんと合否を判定出来るな。
あの子は化ける。あの器用さだ。確かに速度は最早判定不能と言えるべき遅さだが、威力と命中率、大きさなども含めれば文句なしだろう。
私は嬉々として評価を付ける。あの子を育てられるとしたら、きっと面白いだろう。
だが、そんな私に反して、隣に居る彼は酷く不服そうだった。
ローブの少年がお辞儀をして挨拶をした後、背を向け立ち去るのを見送る。
すると、隣のツェッカが遂に爆発した。
「何ださっきのガキは!」
……大人しくしろとあれほど言ったのに。まるで効果が無かった。いや、効果はあった。少なくともここまで耐えていたように見える。最後まで耐えてくれれば良かったのだが。
私は半ば呆れ気味に、それでも元・教育係としてなるべく冷静に淡々と言う。
「……落ち着いて下さい、ツェッカ先生。彼に何か不備があったでしょうか?」
「フン。さっきのガキはふざけ過ぎている。先程の≪ファイア・ボール≫を見たか?あんな初級魔法をよくあんなにノロノロと出せるものだ。そういう奴はたかが知れている」
「しかし、威力と命中率は全く以って問題ないと、横に居る試験官も判断しております」
「馬鹿を言え!まず、態度も気に食わん。最初の挨拶は小声で小さいわ、自身の名前を出すにも声が小さい。あんな小心者なんぞ、この学園に相応しくない」
確かに小さかったが、ちゃんと挨拶し直したし、名前などを言う時はちゃんと大きかった。最後の挨拶に関しては文句ないだろう。
何とか宥めようと試みる。ツェッカの怒号が響いてしまい、受験生も戸惑い気味だし、他の試験官も困惑の表情を浮かべる。
試験を延期にはあまり出来ないのだ。此処は何とか宥めて、試験を再開させるしかない。
「名前はハッキリと聞こえましたし、問題は……」
「しかも、ローブを被ったままの試験、だぞ?馬鹿にしているのか!?この学園を!!」
正論である。
それを言われてしまってはどうにも反論し難い。何か理由があるのかもしれん。後で聞いてみようか。
だが、ツェッカはもう我慢の限界のようだ。彼に何の思い入れがこの学校にあったのかは知らないが、試験を取り潰されては困る。
言葉を続けようにも、彼の頭は既に血が上っていて何も聞こえていないようだ。
「どうせあんな奴、そこいらの平民だろうが。平民風情が貴族も出入りする学園でローブを被ったままで飄々と現れて良いものか」
「ああいう奴の親はろくな者ではない。奴隷上がりか何かだろう?下賤な輩だ」
「ローブで顔を隠す様な奴だ、お尋ね者に違いあるまい。そんな不届き者、二度と学園に足を踏み入れんようにせねばならん」
「案外魔族か何かだったりするもんだ。亜人なんか、合否判定するまでもな―――」
「はいはいはいはいは――――――――――――――い!!!!」
「「!?!?!?!?」」
あまりの罵詈雑言に、私までもが怒り狂いそうになった時、一つの大きな声が会場内に響く。
次は誰だと思っていると、件のローブの少年だった。
「な、何だ貴様は!!さっさと帰れ!!貴様のような得体の知れない存在は……―――」
「いやぁさっき亜人だの魔族だの言われたので、一応訂正しておこうかと!!」
「はぁ!?」
口元がニンマリと笑っており、スタスタとこちらに向かって歩き出す。しかし、その足は今から試験を受けようとしていた受験生の横で立ち止まる。
あの笑みには覚えがある。
それは、ヴィエラの笑みだった。
愉快そうな、何か面白いものを見つけた時の笑みにそっくりだ。
―――何か嫌な予感がする。
私はローブの少年に問いかけようと口を開いたその時―――
銀髪が、輝いた。
「残念ながら亜人ではありません!!!見ての通り、人族のミルディン人です!!どうぞ、宜しくお願いしまぁぁぁッす!!!!」
***
彼は、緑髪の美少年を連れて、とっとと出て行った。
ウインクをして茶目っ気溢れる笑みを残したまま、立ち去った彼の背中を見つつ、会場内は静寂に包まれた後、爆発した。
先程より一層騒がしくなった受験生を宥めるのは大変だった。それこそ、ツェッカを宥めるよりも。
「あれは本物か」とか「偽物じゃないか?」とかそれはどうでもいい。どうでもいいのだ、私にとっては。
「ふ……ふふ……『エンドレス』の時点で怪しいとは思っていたが……まさか、本物に出会えるなんて……!魔女・フォルティア様に感謝を……!」
隣に居るヴィエラは大興奮であり、ハァハァと息遣いも荒い。こちらも宥めるのが大変だった。いや、お前は受験生を宥めろ。
そして、ツェッカは頭を抱えつつ、顔を真っ青にしていたが、騒ぎを聞いた学園長に連行されていった。
そのまま試験官として学園長が赴く羽目になった。
感動する者、興奮する者、頭が追い付いていない者、様々な受験生を鎮めるのに大変だった。
結局長時間かけて、騒ぎを静め、試験を続行させた。無理矢理だが、仕方ない。
ああ、そういえば、熱烈な聖女信仰者が居たなあ。もうとっくに卒業してしまったが、彼は確か隣国の騎士団に入ったはずだ。
彼を喜ばす為にも手紙でも飛ばしてみるか?
―――ああ、私の平穏な学園生活は何処へ……―――
そんな私の平穏な学園生活の中、私の平穏を取り去った少年が来るのは、近い未来の事である。
読んで頂き有難う御座いました。
次回『俺、逃げ出しました』
どうでもいいですが、ツェッカ以外の二人の教員の名前の由来は完全に星です。