第9話:俺、決心します
あらすじ:大魔帝王様に会いました
おどろおどろしい空気が流れ、魔帝国の空は何処からか黒雲が浮かびつつあった。
目の前に差し出された、いたって普通の麦茶のような色合いをしたお茶と、テーブルに並べられた甘い匂いを漂わせる茶菓子。
俺は妙な威圧感を持った男――大魔帝王に対面する形で座っていた。
「魔帝国といえど、茶菓子くらいは出せるが」
「あ、仮面着けてて食べれないんで」
「茶も口に合うか分からんが」
「仮面着けてて飲めないんで」
まるで見合いのような、はたまた普通のティータイムような雰囲気があるが、目の前に居るのは魔帝国を統べる大魔帝王なのだ。
こんな優雅に庭園でティータイムを過ごしていいのだろうか。そして、帰ってはいけないだろうか。是非帰りたい。
何故こんな流れになったのか……
時は数分前に……いや、簡単に説明してしまおう。
***
『儂に、何か用か?』
『あー……いえ、御姿を是非拝見したく。もう帰りますので』
『そうか。これから暇か?』
『へ?』
『暇ならば、茶会を開いてもてなそう』
『あ、いえ、忙しいので』
『暇だな?』
『ハイ、暇デス』
***
つまり、脅され……ゲフン、もてなされてのお茶会だ。案ずるな、お茶会だ。まさか「殺し合いだヒャッハー!!」とか急に言い出さないはず。
俺の拒否権はないらしい。チートだから人権は半ば諦めていたが、拒否権も自由権もないとかどんな恐怖政治。
恐ろしくて俺は何も言えない。相手は大魔帝王だぞ?勝てると思える?
チートだしマジよゆーwwwとか過信しててごめんなさい。これからはちゃんと真面目に普通に生きます。
そんな風に、半ば悟りを開きつつある俺に、さっきから大魔帝王は話しかけてくれてる。優しい。何この人良い人。人なのか知らんけど。
「――それで……って、聞いているのか?」
「あ、はい、確かに増税するのか気になりますね。今後どういった感じで経済に影響するのか……」
「何の話をしているのだ?」
あ、前世とごっちゃになってた。てへてへぺろぺろ。
「失礼」
「よく分からぬ奴だな……まぁいい、名は何と申す?」
「な、まえ、ですか?」
「あぁ……儂はオルフェスト。貴様のような面白い奴は初めて……いや、二人目だな」
「ほうほう、二人目ですか」
「一人目は“魔女”だ。とても美しく、それでいて至極酷な魔女だった」
こ、酷ですと……!?母上が!?確かに無人島ぶっ壊したり、人族脅したりしてたけど、そんな酷でも……あっれぇ?否定しきれない?
「そうですかぁ」
「それで、名を聞いているのだが」
「あ、えと、その、」
どうしよう!やばいやばいやばい。考えてなかった!
オイ誰だ「偽名も考えてなかったのかよ」とか思った奴!しゃーないだろ!!こんなに早く名乗る事になるなんて思ってもみなかったんだからさぁ!!
ましてや相手は大魔帝王様。下手な名前は選べんぞ!?何だ!?名無しの権三郎とでも名乗っておくか!?
後は……ええと、くっそう、カカ●ットしか思いつかねえ!!まさか此処で七つの玉を集めて竜を呼び出す某少年漫画を読み漁っていた事が仇となるとは!!
チラッと大魔帝王を見てみる。明らかに不審がってる。ギラリとした眼光が末恐ろしい。
「……どうした」
「……ぜ、ろ」
「あ?」
「ゼロ。ゼロと申します」
俺は椅子に座りながら深々と頭を下げた。
足を組みつつ俺を見下ろす大魔帝王は、何処か満足気な表情で「そうか」とだけ呟いた。
ゼロって誰かって?俺の前世でのコテハンだ。ゲームとかで主人公の名前考える時も大体「ゼロ」だった。由来?格好良いじゃん。
しかし、改めて顔立ちを見ると、意外と大魔帝王は若く、それでいてミノタウロスなどとは違い、ちゃんと人のような姿形をしていた。角とか第三の目とかあるけど。
冷たい美形……この世界にはイケメンしか居ないようだ。何故だ。異世界遺伝子爆ぜろ。
「ゼロ、貴様も魔族か?」
「え?あ、いえ……」
「……そうか」
心成しか、少し表情が険しくなった。人族だからだろうか。
……ああ、そっか。
ヴィスタに教わった歴史を振り返る。魔族は、人族によって数が激減してしまったんだ。恨むのも無理はないし、受け入れられないのも無理はない。
これは完全に人族が悪いしな。何も俺からは言えん。
簡単に裏ボスになるとか何とか言い出してしまったが、案外そんな生易しいもんじゃないな。分かっていたつもりだったが……。
何処か、楽観的過ぎたのだろう。自分はチートだからと、何処かで客観視し過ぎたのだろう。
「……すみません。帰りますね」
「いや、構わん」
「ですが、」
「貴様には敵意も殺意も感じられん。人族なのかと、疑うくらいにな」
「……?」
確かに殺意も何もないが。
アディの時は、完全に殺意しかなかったが。だってチビとか言うんだもん。あっちが悪いんだからね!
「魔族は、人族の天敵だ。そして人族も、魔族の天敵だ」
「……」
「だからこそ、決して許さない」
「許さない?」
「ああ……昔の事だろうと、お互い邪魔者同士には変わりない。人族が我らに危害を加えるようならば、全てを消し炭にしてやる」
恐ろしい事を仰る。
まぁ気持ちが分からんでもないが。確かに人族が行ってきた事は酷いしな。話を聞く限り。
……うーむ。あまりにも闇が深すぎて、軽い気持ちで会ってしまった事が悔やまれる。
「確かに人族は酷いですけど、関わり合わなければいいのでは?人族も魔族を深く恨んでるとは……」
「恨んでいると思うが」
「んん?なにゆえ?」
「……貴様は、強い割に相当無知だな」
「スミマセン」
「魔族が魔帝国を築き上げた頃、人族が再度奴隷にせんと渡航してきたのだ。未だ人族が優勢だと思っていたのかは知らんが、のこのことあまりにも警戒心なく領地に入って来た為、消し炭にした。更に儂自ら人族が住まう国へ行って、国一つ滅ぼした」
アカン。これはアカン。
淡々と言うもんだから、思わず唖然として聞いてしまったが、これ段々どっちもどっちになって来ちゃう。
あ、でも人族が魔族を酷い扱いしなかったら、国一つ滅ぼされる事もなかったんだよな、うん。まだ、人族の方が悪いように思える。
「更に……」
「まだあるんですか」
「む?もういいのか?国一つ滅ぼし、人族の王族共を数人奴隷として連れて行ったり、目の前で切り刻んで殺したり、王族皆殺しにしたりした話もあるが」
「全部言っちゃってるじゃないですかァ!!」
聞きたくなかったよおおおおお!!えげつないな大魔帝王様!!
凄い普通に平々凡々と言うもんだから、「あれ?こっちが可笑しいのか?」とか思っちゃうじゃないか!!
い、いや、だけど人族の因果応報とも言えるよな……あまりにも無関係な人を殺生するのはどうかと思うが、王族だったりするしな……。よし、冷静になってきた。
「しかし、貴様は本当に人族か?魔族ではないのか?」
「一応人間です」
「そうか……姓はどうした」
せ、性ですって……!?破廉恥な!!え?あ、姓ね。俺の脳内は中学生時代で止まってるせいで、変な脳内変換をしてしまったようだ。
「内緒です」
「ほう。面白い」
「ごめんなさい。勘弁して下さい」
「心折れるの早いな」
だって、凄い眼光鋭くて怖いんですもん。
「魔族は姓がないのでな……」
あ、なるほどねぇ。だから、ゼロしか言わんかった俺は魔族じゃないかと思ったわけね。
……いやこんなに怪しい風貌した奴居ないだろうよ。
「……それに、魔族に対して何の嫌悪感も湧いてなさそうだしな」
「だって、話を聞く限り魔族が全て悪いようには思えませんし、第一人族の因果応報じゃないですか?」
「ほう。人族の割に面白い解釈をする。儂が嘘を言う可能性もあるまい」
「えぇ?大魔帝王様、好い人そうですしィ」
「ムカつくな、その口調……だが、まぁ、ううん……人族に会うのは初めてではないが……好いと言われるのは初めてだな。むず痒い」
マジで?好い人に見えますよ?少なくとも人間みたいに欲深そうには見えない。
「うむ、やはり変わっているが、面白い奴だ。人族に対してこんなにも嫌悪感を抱かない者に会った事はない」
「そっすか」
「儂に対しては嫌悪しても構わん。実際、人族に対して残虐行為をしてきたことには変わるまい。だが、他の魔族は好い奴も居ろう。儂だけで魔族の固定イメージを持たないでもらいたい」
やっぱり好い人だったあああああ!!軽い気持ちで会った事への罪悪感が急上昇!!
何だよ!自分を犠牲にして他の人を尊重するとかこんな好い人に会った事ねえよ!!偉い人なのに!!偉い人なのに!!怖い人なのに!(人ではないけど人って言ってしまう不思議)
「貴様のような人族ならば、歓迎出来るのだがな。何なら魔帝国に住んでも良い」
「いやぁ私は誰の敵でも味方でもない存在ですので。どんなに大魔帝王様が好い方でも……」
「オルフェストでいい」
「……オルフェスト様が好い方でも、私は誰の味方にはなれないんですよ」
何で味方になれないのか。裏ボスだからです。
と、いうのと、やはり人族なので魔族に味方するのもいかんせんどうなのだろうかっていう考えである。ぶっちゃけ味方になっても俺後悔しないだろうが、一応人族だから。
だからね、あのね、オルフェスト様。そんな切なげな顔しないで。俺の心が揺らぐから。
「……残念だ」
「いやいや、だからといって、人族にも味方するつもりはありません。あくまで第三者として働きましょう」
「ほう?」
「人族が魔族に干渉しないように働くのです。手を繋いで仲直りしろとは言いません。お互い関わり合わない。それが一番の理想と言えましょう」
「確かにな」
「私は人族なので人族同士の話し合いは私にお任せ下さい。後は、魔族の方々が人族に対して無関心で居てくれたら幸いですが」
ついさっき思い立った事だ。
魔族は人族を酷く恨んでいる。それは人族が過去に奴隷や徴兵を行った結果だ。正に因果応報と言えるだろう。
人族もまた、魔族を恨んでいると思われる。オルフェストが言った残虐行為が本当ならば尚更だろう。しかし、魔族を恨んでいるのは王族だけではないのかと俺は思っている。
実際、人族の中にも徴兵・奴隷にされた奴は居るわけだ。それを行ったのは王族。つまり、全面的には王族の因果応報と言える。
人族の中で恨んでいる奴が居るとすれば、滅ぼされた国の住人、はたまた洗脳とも言える、風評だろう。
つまり、人族は魔族に対して恨みというより、恐怖を抱いているのではないかと思ったわけだ。
ヴィスタもそうだが、リーフやリリアも魔族には大きく反応していなかったし、恨みを持っているようには見えない。
魔族に対して強い怨恨が残っているとすれば、幼少期の時点で教わると思うのだが……そんな素振り見せなかったし、俺も父母に教わってない。
人族が魔族に関わろうとするのは、土地や人材が欲しいだけか、興味本位だろう。
……上手く取り繕えば、案外魔族と人族は完全に干渉し合わない事も出来るのではないだろうか?
オルフェストは基本的に常識人に思えるし、自ら人族を支配しようという意思は見えない。
だったら、問題は人族の王族と言えるだろう。
だけど確か、三つに分かれてるんだよね……大陸が。どの国が一番話通じそうかな……。
俺が一人で腕を組みながら悩んでいると、オルフェストはフッと笑みを零す。
「お前のような人族ばかりだったら、きっと魔族も人族も手を取り合っていただろうに」
本心なのかは分からない。
だけど、その一言を聞いて、俺は決心した。
―――人族と魔族の関わり合いを無くす。
裏ボスであり、第三者の俺だからこそ、出来ることだと思ったんだ。
「ところで」
「はい?」
「壊した柱、修復しとけよ」
忘れてましたてへぺろ。
読んで頂き有難う御座いました。
次回『俺、少年と出会った』
視点が変わります。