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 リサは実のところエセルと二人で旅に出られることにわくわくしていた。けれど、今はそんな気持ちも霧消してしまっている。馬そりに揺られながら、昨日より風が冷たく感じるのは気温が低いことだけが原因じゃないだろう。

 

「リサ、今日はクストの町で泊まると言っていたな」

「うん、もうすぐだと思うよ。ほら、あの森を越えた先だから」


 休憩を挟みながら走り、もう日は天頂からだいぶ傾いた。冬の日は暮れるのが早いので、長時間走ることは出来ない。暗くなる前に森を越え宿を取るのが今日の目標だ。そして、そのクストの町を出れば1日かからず目的地へ着く予定になっている。

 目の前には黒々と繁る針葉樹の森が広がっていて、その間を縫うように街道が続いている。冬場なので通る人も少ないが、雪のない季節は行商や旅人で賑わう道だ。


「デルエルの森だよ。----そういえば昔、一度二人で野宿したなあ」

「そうなのか?」

「うん。あのときはね」


 エセルと一緒に過ごした、あの日々。リサにとってはほんのちょっと前のことだけれど、なんだかとても昔のことのような気がする。けれどそれは本来のエセルにとっては2年前の話で、記憶のないエセルにとっては全くあずかり知らぬ話だ。話しながらちくりと胸が痛んで、リサはそっと目を閉じた。


 だから、それに気がついたのはエセルが先だった。


「リサ、ちょっと飛ばすぞ。何かに掴まっていてくれ」

「エセル? どした----わっ!」


 突然エセルが馬に鞭を入れ、馬そりはぐんとスピードを上げた。デルエルの森がどんどん大きく見えてくる。口をきくと舌をかみそうなので、リサは何があったかを自分で探さねばならなかった。

 そしてそれはすぐにわかった。




 ばちぃっ!!





 瞬間、あたりを閃光が包み、激しい音と衝撃が襲う。だが直撃は避けられたようで、そりはぐんぐんスピードを上げる。


(今のは雷撃?! 何で攻撃されてるの?)


 けれどすぐに思いついたのは1つだけ。バロウスを捕まえたときに取り逃がした、あの魔法士。


「後をつけられたようだ。すまん、すぐに気がつかなくて」

「エセル! 次が来る! 防御結界張るからそのまま走って!」

「わかった」


 すぐさま馬そりを覆う結界を張る。と同時に雷撃が着弾する。

 耳をつんざくような大音量に馬がひどくおびえ出し、コントロールがきかなくなってくる。


「エセル、森に入る前に止めて! もう、やっつけちゃう」

「おい待て、それなら俺が」

「相手は魔法士だよ、ここは私の出番」


 とはいえ、馬が勝手に走るのでいくら止めようとしても止まらない。


 ----と、そのとき。

 行く手を阻むように、森の入り口にローブをまとった人間が姿を現した。静かなたたずまいに反して遠目に見ても異様な威圧感を放っている。その気に当てられてか、馬はますますいなないて暴れ出した。


「うわっ!」


 雪の下のなにかに乗り上げたのか、そりががばっと傾いて、リサとエセルは雪の上に振り落とされてしまった。


「リサ! 怪我は!」


 エセルはすぐに起き上がったが、リサはどこか打ったのかうめいて起き上がらない。


「リサ!」


 エセルがリサの側へ行こうと起き上がると----リサとエセルの間にまだ遠くにいたはずのローブの男がいた。


「エセルバート=アンガス」


 低い声だった。聞いた感じではそんなに若くはない。だが、声にはひどく力がこもり、ぞっとする。とっさにエセルは腰につけていた剣を抜いた。


「あのときは失敗した。だが、今度は失敗しない」

「----何のことだ?」

「わからなければいい。さあ、消えて貰おう」


 男が魔法を詠唱し始めるのと同時にエセルの剣が閃く。大振りに弧を描き横に薙ぐ光を、ローブの男は大きくジャンプして避けた――――が、僅かに反応が遅れたか、男のローブを剣の切っ先が裂いていた。


 その下から覗いたのは、黒髪の男。年の頃は30代半ばだろうか。暗い色の双眸はぎりりとエセルを睨み据えている。強い視線は、頬に目立つ大きな古傷を霞ませてしまうほどだ。


「――――名を聞いておこうか」


 魔法士から目を離さず問うと、魔法士はやはりエセルから目を話さずに答える。


「マリエラの魔法士。エンディと覚えてもらおうか」

「エンディか。何故俺たちを狙う? 雇い主の敵討ちか?」

「雇い主?――――ああ、あの道化か」


 エンディが鼻で笑う。


「あれは手間が省けて助かった。あれ以来フローダル内で転々としていたのをな、耐えられなくなったのだろうな。俺に保護を求めてきた。だが、こちらとしても裏切り者を飼う趣味はないからな」


 つまり、バロウスはマリエラに行っても処分される運命にあったということか。


「だがあの道化も1つ役に立った。おかげで彼女がこちらへ戻っていることがわかったからな」

「リサのことか」

「エセルバート=アンガス」


 問には応えず、エンディはエセルを呼ぶ。


「貴様では俺には勝てん。貴様には遺恨もあるが、彼女を引き渡せば命だけは助けてやろう」

「何?」

「悪い取引ではあるまい。貴様は記憶を失ったらしいではないか。だとすれば、彼女は貴様にとっては無関係の他人。問題はなかろう」









 リサが目を覚ますと、二人の男が対峙しているのが目に飛び込んできた。


(エセル)


 なんとか起きようとするものの、ひどく打ち付けたらしく身じろぎすると右肩に激痛がする。痛みに顔をしかめながら男たちの方を見ると、エセルともうひとりの男----ローブの男だろう、だがローブが切り裂かれて顔が出ている----は、じりじりとお互いタイミングを図っているようで構えたまま動かないでいる。

 リサはエセルにせめて魔法防御の結界だけでも施さなきゃと意識を集中しようとして、ふと相手の男の顔が目に入った。


(あれは、誰? でも、どこかで----)


 すぐにひとりの人物が思い浮かんだ。でもそれをすぐにうち消す。


(だって、私が知っているよりもずっと年を取っているし、それに雰囲気が全然違う)


 他人のそら似だろうと収めようとするが、どうしてもそれが気にかかって術に集中できない。けれど、もし自分の想像が当たっていたなら。


「----悪い取引ではあるまい。貴様は記憶を失ったらしいではないか。だとすれば、彼女は貴様にとっては無関係の他人。問題はなかろう」


 そのとき男の言葉が風に乗って聞こえてきて、その言葉に思考がフリーズする。それはまさに昨日からリサが気にし続けていたことだったからだ。

 婚約者といってもエセルはそれを覚えていない。だとしたら、自分が今のエセルの側にいるのは彼にとって迷惑なんじゃないだろうか。それでも側を離れたくない、だからエセルが記憶を取り戻そうとしているのを手伝うんだ、けれどそれは自分のエゴでしかないのでは----そうずっと自問自答していたのだから。


「赤の他人、確かにそうかもしれない」


 そのときエセルの低い声が聞こえて、リサはさらに固まってしまった。

 ----赤の他人。

 エセルはたしかにそう言った。


「だが、おまえに渡すわけにはいかない」

「ほう? なるほど、彼女に頼り切っているという訳か? 記憶がなくなるというのは不安なものだろうなあ。だから愛しているわけでもないのにくっついているというわけだ、金魚のフンのように」


 男、エンディの言葉はさらにリサに追い打ちを掛けた。


 愛しているわけでもない。

 その一言が。


 リサは必死で起き上がった。


「リサ!」


 エセルが気づいて名前を呼んだ。そして、続いてローブの男・エンディも。


「理沙。俺と一緒に来い」


 リサがびくりと震えた。


「理沙、俺が何故ここにいて何故この姿なのかに思い当たるなら、おまえは一緒に来るべきだ。――――言っている意味がわかるな?」

「何を言っている?」


 エンディの言葉にエセルが怪訝そうな声を漏らす。

 が、構わずエンディが続ける。


「理沙、おまえは俺に対して責任を取るべきだ。俺はおまえのせいでここへ堕とされた----生き地獄のようなこの世界へ」

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