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大変ながらく間が空いてしまい申し訳ありませんでした。

ぼちぼち更新していきます。

 ぶんっと勢いよく刃が空気を裂き、美しい弧を描く。そこに遅れて汗が玉になって飛び散る。

 雪は積もっていてあたりは寒いというのに、エセルは汗だくになって剣を振っていた。

 記憶は戻らないらしいが、体が覚えた太刀筋や体裁きは忘れていないらしい。「いつも通りにすごせ」とロビンに言われ、体が動くようになったとたん、エセルは剣を取って砦の中庭で稽古を始めた。


「まあ、確かにいつも通りですね」


 キャリガンが肩をすくめた。時間はまだ早朝、なのに汗だくになって稽古に集中しているエセルは、一体何時からこんなことをしているんだろう。


「ああいう修行バカなところは記憶がなくなっても変わらないらしい。根っからの騎士ですからね、エセルは」

「ああやって体を動かしてると頭の中もからっぽになっていい、ってよく言ってたよね」


 隣で着ぶくれしたリサが同意する。両手を腰に当てて「まったくもう」とつぶやくと、ハンカチを手にエセルに駆け寄った。


「エセル! そろそろ休憩にしない? そんなに汗かいたら風邪引いちゃうよ」

「大丈夫だ、そんなもの」

「いいから! 一緒に朝ご飯食べよう」

「いや俺は---」

「私、おなかすいちゃった! 早く早く」


 有無を言わさぬ調子でエセルの腕にしがみつくと、リサはぐいぐいエセルを引っ張って建物へ入っていった。キャリガンが苦笑しながら後に続く。


「記憶があろうとなかろうと、エセルはリサに弱いらしい。フローデルの獅子とまで言われた男をああも手玉に取られると、いっそすがすがしいというか」






 砦の中へ入り、食堂への廊下を腕を組んで(というかリサが一方的に絡みついているだけだが)歩きながら、リサがぽつりと言った。


「無理に思い出さなくていいんだからね」

「え?」


 エセルはリサを見下ろした。リサもエセルを見上げてにこっと笑った。


「私もね、ほんの1日だけだけど思い出せなくなったことがあって。頑張って思い出そうとすればするほどだめなんだよね。そのうち何かきっかけがあるよ。気にするなっていっても無理だろうけど、思い出すことに気を揉みすぎない方がいいよ」

「な----」

「でもさ、気味が悪いかもね、エセルにとっては私は見ず知らずの女な訳だから。突然『婚約者です』なんて言われても迷惑かな。----けどね」


 そう言いながらリサはエセルの腕を離そうとしない。むしろ、一層力がこもってくる。


「ごめんね。どうしても離れたくないんだ」

「リサ」


 きゅっとエセルの袖を握ると、その手にエセルの大きな手が重なった。リサは手を外されるのかと思ったが、エセルはただその手を柔らかく握り込んだ。


「大丈夫だ。イヤじゃない。むしろ----」


 その手の感触にリサは動悸が抑えられない。一緒に戦っていた頃、想いが通じて恋人として隣に立つようになってから、そっと繋いでくれた手の感触が思い出されて胸が軋む。

 けれど、すぐに触れていた手は離れていった。今度はちくりとリサの胸が痛む。


「リサ」

「なあに?」


 そんな痛みに気づかれないように、努めて明るく返事をする。


「----相談があるんだ」










「私、ここに行きだおれてたんだって」


 雪深い山の中にリサとエセルは立っていた。後ろを振り向くと、朝方までいた砦が小さく見えるほどには遠くて近い。まばらに木のはえているこのあたりには、冬の雪の中女ひとりでやってくるのにみあうものは何もない。リサは履いているブーツのつま先で雪をざくざくと掘った。


「雪の降ってる日でね、エセルはたまたま巡回に出ていて私を見つけてくれたの。私はどうやら事故でこっちにトリップしてきたらしくて、トリップのショックで気絶して雪に埋もれてたんだって。

 ----だから、エセルは私の命の恩人でもあるんだよ」


 そう言ってリサはにっこりと笑ってみせた。


 そう、エセルの相談は「思い出深い場所を巡る」ことだった。リサは「無理に思い出すことはない」とやんわり止めたが、エセルは静かに、しかしがっちりと食い下がった。


(そうね、やっちゃいけない訳じゃないんだし)


 リサはキャリガンから若い兵士を護衛につけてもらってエセルと一緒に砦を出たのだった。


 最初に来たのはリサがトリップしてきた場所だ。砦からはほんの目と鼻の先、二人共中庭に出る程度の服装で出てきている。


「私はここで雪に埋もれてた。あと少し見つけてもらうのが遅かったら危なかったってロビン先生が言ってた。

 エセルはあの当時はまだ隊長じゃなかったよ。でも、砦では一目も二目も置かれる騎士でね。忙しい仕事の合間を見ては私の看病をしてくれたよ。異世界に飛ばされたってわかって心細かったから、すごくありがたかった」


 エセルを覗き込むと、エセルは無表情にその場所や周囲の景色を見ていた。

 辺り一面を包み込む白。高くそびえる針葉樹。足下に目を落とすと、自分たちより前には足跡もなくまっさらな雪が広がっている。

 が、やがて小さく首を横に降った。


「うん、まあそうだよね! 最初からうまく行くとは思わないよ!」


 気にしない気にしない、と努めて明るい声で言いながらエセルの背中をばしばし叩いた。


「エセル、一度砦に戻ろう。それで、地図を見せて貰いながら次にどこに行くか決めようよ」


 リサがそういってごく自然にエセルの手をとった。ぴくり、とエセルの手が驚いたように動いたが、結局そのまま手は引っ込めず、リサにされるがまま手を繋いだ。


「----いやだったらちゃんと言ってね」


 ぽつりとリサが言った。


「私、いつもの調子で。でも別に、エセルに強要する気はないから!」

「いや、大丈夫だ」


 ひとことそう答えたエセルの頬が赤かったのは寒さのせいなのか、それとも。

 それでも拒否されなかったことに、リサは自然と微笑んでいた。




 だが次の瞬間、急にエセルがまとう空気が鋭く変わり、張り詰めた雰囲気になる。頭の向きすら変えずに視線だけを動かし、警戒するように辺りをうかがっている。


「エセル?」

「----いや、すまない、気のせいだ。何かに見られているような気がしたんだが」

「え!」

「だから気にするな。そうだな、俺が少しぴりぴりしすぎているのかも知れん。怖がらせてしまったか?」

「そんなことないよ」


 そういって砦への帰路についた。








 彼らが立ち去った後を風が吹く。

 さあ、と木の上に積もる雪をはらみながら。


 その雪煙の向こうに人影があった。

 防寒用の厚手のフード付きマントを目深に着込み、リサたちの去って行った方をじいっと見つめていた。

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