最終回
本日3話同時更新しております。
この最新話から来られた方は、2話前の「14」から更新しておりますのでご注意ください。
**なお、2015.5.28に内容を一部修正しております。遠藤が日本へ戻った時間軸を修正いたしました。話の本筋には変更はありません。
大変失礼いたしました。
その日、ノーラは森の中を歩いていた。
ここ数年、傭兵稼業の拠点としているレナトスという街は、フローダルからトリンへ行く街道の途中にある。ここからならあと2日ほどで着くだろう。必要最低限の荷物を入れたかばんを背負い直し、フローダルの短い夏の森をひたすら歩いていた。
持ち前のスピードを活かした剣捌きで、今やフローダルの傭兵でもかなり有名になったノーラ。
エンディと別れてからエセルたちのとりなしで、フローダルで傭兵稼業をしながら暮らしている。当時のエンディ配下の騎士たちも、マリエラに戻ったものはおらず皆フローダルで多少の監視がつきながら暮らしている。ちなみにノーラの監視役というか後見人はエセルバート・アンガスだ。
今回の依頼はさんざんだった。レナトスで羽振りのいい商人の護衛としてトリンまで行っていたのだが、護衛対象の商人にさんざん迫られまくったのだ。25にもなって結婚していない傭兵だから甘く見られたのだろうか。前金をもらっているし、商人の護衛が仕事だからそうそう離れているわけにも行かず、とにかく豚小屋----じゃない、商人の天幕に連れ込まれることだけはなんとか避けることが出来た。
おまけに目的地の街まで着いたら後金を出し渋る始末。後金はまたレナトスまで護衛をしてくれたら払うなどと言い、もともと片道だけの護衛だったものを延ばそうとするのは、道中ノーラを手に入れられなかったからだろうか。
そこは丁重に?お断りし(その際商人の髪が頭のてっぺんだけ切り取られて、高価そうなズボンの帯も切られてだらしない格好になっていたのは無視して)、ノーラはひとりレナトスへ帰ることにしたのだ。もちろん後金はきちんといただいた。
日差しの眩しい昼下がり、ノーラはふと足を止めた。
(ここは----)
道とは言えないような細い道が左に向かって伸びている。ここをたどった先に行ったことがある。もう8年も前のことだ。
自然と足がそこへ向かった。
そこだけ森から切り取られたような広場。あのとき、敬愛するエンディはここからかき消えた。
その後ひとりフローダルに戻ってきたエセルバートの妻リサからは、エンディが自分の世界へ戻ったことを聞かされた。
あのときと違い、広場は青々とした草が生え、夏の花が咲き乱れている。色とりどりの花があまりに美しくて、ノーラは広場の端っこにそっと腰を下ろした。
「エンディ様はお元気だろうか」
リサからあちらとこちらでは時間の進み方に違いがあり、あちらでの1日がこちらでの1年になると聞いた。あれから8年たったというのに、エンディにとってはまだほんの8日しか経っていないというのがやはり信じられない。
「ちゃんとご飯食べていらっしゃるかなあ。魔法に夢中になるとすぐ食事を抜いてしまわれるから」
誰もいないのをいいことにぽつりぽつりと声に出して「あれが心配だ、これが心配だ」と言ってしまう。
ノーラはこの8年でちょっと角が取れた、と自分で思っている。軍隊式な性格ももちろん残っているが、自分の気持ちを素直に言葉にすることが少しずつできるようになってきたのだ。おかげでレナトスの町でも所属している傭兵ギルドでもそれなりに人間関係を築くことができている。
「服だって着替えを忘れるから。そういえばいつかなんか私がいなかったら3日はろくに着替えもしないでいて」
「余計なことをおぼえているんじゃない」
突然後ろから声がして、ノーラは条件反射的にびしっと背筋を伸ばした。
「はっ! 申し訳ありま……せ……ん」
振り返って見て、時が止まった気がした。夏の森の緑に茂る葉の下で、あのときと全く変わらない姿でその人は立っていた。記憶の中よりも若く感じるのは自分が年をとったせいだろうか。別れたときは彼は34歳、自分は17歳。それが自分だけ8歳も歳をとって。
ただ一つだけ違うのは、彼の瞳の奥に宿る光があの頃よりも柔らかく感じられることくらいだ。
「あれから何年経った」
「はっ、8年です、エンディ様」
「8年----そうか、日本で8日過ごしたからな。8年というとおまえももう25か、ノーラ。結婚はしたのか」
「いえ、まだでございます。傭兵としてひとりであちこち出歩いているうちに嫁き遅れてしまいました」
「そうか」
そういって遠藤は笑った。ノーラが見た中でいちばん穏やかな笑みで、なぜだかノーラは頬が熱くなるのを感じた。
「でも、どうして」
「----まあ、あちらへ戻っても居場所がなかったということだ。1週間よく考えたが、戻るなら早いうちにと思ってな。リサが俺のポケットに、こちらの紙とインクに魔力を込めて書いた魔法陣を忍ばせておいてくれた。それを使って帰ってきたんだ」
戻ってはみたものの、帰り着いたのは遠藤がマリエラに転移したまさに直後。つまり、日本の時の流れでは遠藤は一瞬で10年老けたことになってしまう。当然家族の元へ顔を出すわけにも行かず、仕事に戻るわけにも行かない。何しろ、自分が遠藤本人であることを証明しても、突然年をとったことを説明できないのだ。
その上、絶えずぴりぴりと神経を張り巡らせるのが癖になっている遠藤にはもう日本は違う世界のようだったのだ。自嘲気味にそう言って、その話題はもうおしまいとばかりにおおきく頷いて見せた。
「傭兵か。フローダルで?」
「はい、その、エセルバート・アンガスが後見人になってくれました。騎士団の皆も彼のおかげでフローダルで暮らしています」
「そうか----感謝せねばな」
「あと、リサも、その」
「あいつも元気か」
「はい、2人の息子を抱えて走り回っています」
「あいつらしいな」
くくっ、と喉の奥で笑うエンディをノーラは眩しそうに見た。よくこうやって喉の奥で笑っていた。本当にあの頃のままだ。
「エンディ様、その、これからどうなさいますか?」
ノーラが尋ねるとエンディは「そうだな」といいながらノーラをじっと見つめた。
「傭兵稼業も悪くないな」
「では、また私を従者として」
「ああ、それは断る。----傭兵になるなら、ノーラは大先輩だ。教えを請わなきゃならないな」
「おやめください……」
いつになく穏やかな空気が流れる。ふたりはやがて連れだって広場を後にした。
闇の魔法を使う強大な魔法士と、女だてらに神速の剣を操るという剣士の夫婦がフローダルで畏敬の念と共に語られるようになるまで、あと5年ほど。




