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本日、3話同時更新いたします。
この話が1回目です。
ここはどこだろう。
遠藤は不思議な空間に漂っていた。明るいような暗いような、狭いような広いような。そしてそこに真珠のように輝く球体がたくさん浮かんでいる。
その隙間に漂うように遠藤は浮いているのだ。
球体の一つが近くにあったので何の気なしに覗いてみると、広い砂漠が見えた。空は淡い紫色で、見たことのない場所だ。
「これは----?」
「さわっちゃだめだよ、それはまた別の世界だから」
声がして振り向くと、いつの間にかリサが遠藤と同じように漂っている。
「ここはね、世界と世界の狭間の場所なんだよ。私の魔力全部使っても、二人一緒に転移しようと思ったらここまでが限界みたい。一人の時もここは通ったんだけど、ちゃんとフローダルへ戻るだけの魔力があったから一瞬通過しただけだったんだ。さすがに今回は無理だったね」
「なに? それじゃどうするんだ、これから」
「大丈夫だよ、あとはこの無数に浮かぶ球体から自分の世界を見つけてそこへ入るだけ」
「ちょっと待て。どうやってそれを----」
「あのね、何となくわかるの。自分の行くべき世界が。自分の強く望む、自分が所属する世界が。世界自体が引き寄せてくれるんだ」
そういって微笑むリサの目が赤い。あれからどれくらいの時間がたったのか、さっぱり感覚がわからないが、おそらく自分が目覚めるまで泣いていたんだろうと遠藤は思った。
「だから、私たちのもとの世界が引き寄せてくれるよ。私たちはただ還るべき場所へ還りたいと強く望めばいい」
「なぜそんなことがわかるんだ」
「さあ----何でだろうね。私が世界を渡る魔法を使えるからかもね。
ううん、ひょっとしたら世界を渡るために私がこういうプロセスを想像したからこの空間が出来ちゃったのかも」
「なに?」
「だって、魔法ってそういうものでしょ?自分の中の想像を具現化する力。私はそう認識して魔法を使ってたよ、少なくとも。想像を現実世界に表すために必要なのが魔素子、そう思ってた」
遠藤は違うの? そう問われて遠藤は考え込んだ。
「違うかもしれないな。むしろ、『Aのボタンを押すとBという結果が起こる』みたいに、原因と結果は決まっていると考えている。決まった呪文を唱えれば決まった結果が現れると。
そうか、そういう発想だったから理沙は世界の転移なんて有り得ない魔法が使えたのか」
昔からそうだったな、と遠藤は考えた。
仕事も、どんどん企画書とか書いていたな。それだけ発想が自由なんだ、こいつは。
敵わないな、なんとなく遠藤はそう思った。そうしたらふっと肩の力が抜けて、体が軽くなった気がした。
何はともあれ、元の世界へ戻れるらしい。
ちょっとだけ信じられないが、心のほとんどを占めているのは戻れることの喜びだ。がんじがらめになっていた頭を締め付けていたものが、すうっと消えていくのがわかった。
「……すまなかったな」
「え?」
「お前のせいばかりじゃないのに、俺はお前に執着することでしかあの世界で立っていられなかった」
「だからそれは、私が……」
「俺が勝手に理沙の部屋に入って、勝手に魔法陣に触れた。俺のせいなのにな」
「遠藤----」
「理沙。礼を言う」
ふと気がつくと、リサと遠藤は少しずつお互い遠ざかっている。引っ張られて移動しているような感じがする。
「あれ?」
「理沙、どこに行くんだ」
「えっ、なんかこっちに引っ張られて----」
あからさまに遠藤とは違う方向に引っ張られているリサを見て、「そうか」と遠藤は頷いた。
「どうやらここでお別れだな」
「え? なんで」
「還るべき場所に引かれるんだろう? なら答えはひとつ。そこにおまえの還る場所があるということだ」
「え! 遠藤、遠藤----!!」
リサの声がどんどん遠ざかり、自分も引っ張られる力がどんどん強く、速くなっている。そして真珠色の光が目の前を満たし----
目を開けると、どこか見たことのある狭い部屋に遠藤は倒れていた。
薄暗かったが、目が慣れてくるとだんだん部屋の様子がわかってきた。
花柄の布団がかかっているベッドがあって、小さな箪笥があって、テーブルがあって。
振り向くとキッチンと洗面所があって、電子レンジや炊飯器が整然と並んでいる。
床はフローリングで、なにやら細かい粒や糸くずがたくさん落ちている。
「理沙のアパートか?」
床のビーズや糸くずからはうっすらと魔素子を感じるが、他には全く感じない。試しに魔法を使おうとしたが全くの不発。
ふと見上げるとワイヤーラックにテレビが乗っている。そっと電源ボタンを押すと、とたんに明るい光があふれて、何の変哲もないニュース番組が映し出された。
遠藤はしばらくそれを呆然と眺めていた。やがてぱたっ、ぱたっと音がして座り込んだ膝あたりが湿ってくる。頬に手を当てて、やっと自分が泣いていることを悟った。
「本当に。本当に----帰ってきたんだ」
遠藤はしばらく声を殺して泣いた。男のくせに、と自分でも思うが、なかなか涙は止まらなかった。
顔を拭こうと懐に手を入れてハンカチがわりの布を出して----
そのとき、小さく畳まれた紙がぽろり、と床に落ちた。
広げると、そこには魔法陣が描かれている。
「魔法陣? これは?」
じっと眺めて中身を読み取ろうとした。完全に覚えているわけではないが、理沙が世界転移のときに使った魔法陣ではないだろうか?
そう考えて裏返すと、小さな字で添え書きがしてあった。
『必要ないかも知れないけど、一応渡しておきます』
実のところこれは、転移魔法を使う直前に手紙を書くと言って紙とペンを借りたリサが、万が一遠藤がノーラたちの元へ戻りたいと思ったときのために一緒にしたためておいた魔法陣だった。フローダルの紙とインクで書かれたそれは魔素子を含んでいて、魔力を込めればおそらく発動できるだろう。遠藤が闇の魔法士ということで魔力の質が違うため、100%発動するかどうか賭だが。
リサが隙を狙ってこっそり遠藤のポケットへ忍ばせていたらしい。
「あっちへの片道切符、か」
遠藤はくすりと笑った。これを自分が使うことはあるのだろうか。それはわからない。けれど、10年をマリエラで戦いに明け暮れていた自分が今更こちらの社会になじめるのか、また10年間行方不明だった自分がどんな扱いになっているかなど不安もたくさんある。
遠藤は紙を元通り折りたたむとそっと懐にしまった。
それから立ち上がると、まだ夜の明けていない外へ静かに出て行った。




