閑話 酒場
今回は大和猛くん視点です。
色々はっちゃけてますがお許し下さい。
人通りの少なくなった大通りを俺は気配を殺しながら移動している。
気配を殺す理由。それは俺が尾行をしているからだ。
尾行に必要なのはとにかく慎重さ。ゆっくりじっくり対象をばれない様に追う事が重要だ。
「何をしておるのじゃ、猛。速く来ないとあやつを見逃してしまうのじゃ。」
ハッハァ! 怒られてしまったな!
このようにあまりじっくりし過ぎると対象を見逃してしまうから要注意だ。
それが言いたくてわざとゆっくりしていたのだ!
怒ってきたのは稲荷九十九。どっからどう見てもチビッ子にしか見えんのだが、正真正銘俺と同級生の16歳だ。
最近どうも口煩くて敵わん。お前は俺のオカンか?
見た目的にはむしろ俺が父親で九十九が娘って感じだが。
おっと、早く行かないと尾行対象を見逃してしまう。俺は急いで追いかけた。
暫く尾行していると、対象は建物の中に入って行った。彼が入って行ったのは、「酒場 呑ん処」。彼が毎日のように通っている酒場だ。
数日間尾行していて来なかった日は無かったが、ちゃんと入ってくれた様で何よりだ。
これで思う存分酒が飲めるぜ。さあ、早速入るとするか!
俺が意気揚々と歩を進めると、九十九が裾を引っ張って止めてくる。どうしたんだ?
「ま、待つのじゃ。本当に酒場に入っても大丈夫なのじゃ?」
「だから何度も言ってるだろ? この酒場は「影」の影響がかなり少ないからばれる可能性は低い。金についても一日分位なら問題ない。」
「それはそうじゃが……。でも、あやつから話を聞くだけなら酒場じゃなくてもいいのじゃ。」
「それこそ愚問だろ。酒が入ると人って言うのは口が軽くなるもんだ。それに奴が居なくとも、酒場には情報が集まるもんだろうが。」
そう言うと九十九は押し黙る。何をそんなに嫌がっているんだか。
俺の補助として付いてきた九十九だが、これじゃあ逆に邪魔でしかない。
というか、早く中に入って酒を飲みてぇ。
「な、なら、せめて父娘という設定だけは変えてほしいのじゃ!」
やっぱりその事か。だが。
「ステータスカードの偽装とか、もう準備は終わってるんだから、今更無理だ。
分かったらとっとと行くぞ。」
こんな面白い事をそう簡単に手放す訳ないだろ?
「うぅ。猛のケチ! アホ! なのじゃ!
妾が容姿を気にしておる事を知っておりながら……」
「猛、じゃなくてお父さん、だろ?」
ニヤニヤしながらそうからかう。
「! もう知らんのじゃ! 妾は絶対酒場なんか行かんのじゃ。猛一人で勝手に行っとればよいのじゃ。」
ちょっとやり過ぎちまったか? 九十九は完全にお冠だ。
謝らんといかんな。
30分後
ようやく機嫌の直った九十九と共に酒場へと突入する。今度何かご飯を奢ると言うことで決着が着いた。
「らっしゃい、2人か? 適当な所にでも座ってくれ。」
中に入ると、厨房らしき場所にいたおっちゃんが話しかけて来た。この店の店主だな。
小さめの机が空いていたのでそこに座る。
まずは店の中を見てみる。
呑ん処は酒場の中でも結構大きめの酒屋である。今日も50人ほどの客で賑わっている。
2ヵ所程人の集まっているところがある。どうやら飲み比べをやっている様だ。
この世界では、飲み比べをする文化があって、負けた方が勝った方の金まで払うんだそうだ。
酒に自信のある奴なら、初めて来た酒場では、一番酒に強い常連と飲み比べをするのが常識なんだと。
適当につまみと飲み物を頼んで、早速店主のおっちゃんに話しかける。
「なあ、おっちゃん! この店で一番酒に強い奴ってのは誰なんだ?」
「なんだ、兄ちゃん。飲み比べするのか?
今日は娘さん連れて来てんだし、悪いことは言わねぇ、止めといた方がいいと思うぞ。」
「そうなのじゃ、止めといた方がいいのじゃ、……お、お父さん。」
うむ、九十九はちゃんと設定を守っているようで何より。
それより、九十九だけではなく店主からも止められた。何で店主も止めるんだ?
「あいつは滅茶苦茶酒に強い。何せ今まで敗けがない位だ。あんたがいくら強くても、奴はそれ以上だ。自信が有るんだろうが、娘さんのいる今日は止めといた方がいいと思うぞ。」
「飲み比べなんてなに考えておるのじゃ。もし負けたら払うだけのお金なんてないのじゃ。普通に情報収集するのじゃ!」
二人ともが周りに聞こえない様な小さな声で忠告してくる。
しかーし、そんなことは知ったことじゃねぇ!
「強いのは百も承知だ。ここで一番強いのはあいつだろう? 早く連れてってくれ。」
そう言いながら指を指すのは、先程の尾行対象。
そう、彼こそがここの常連最強なのである。彼に接触するならこれが最も自然な方法なのだ。
決して、タダで酒が飲みたい訳じゃない。
「そこまで知ってるのか。どうやら兄ちゃんの決心を変えるのは難しそうだな。しゃあねぇ、着いてきな。」
「ありがとう、おっちゃん。白(九十九の偽名だ。安直だろ?)、お前はそこで大人しく待ってるんだぞ。」
そういいつつ九十九をの頭を撫でる。その際、顔を近づけ小声で話す。
「心配しなくても勝つから大丈夫だ。自然に対象とも接近出来るしな。お前はその間、他の奴から色々情報を聞き回ってくれ。」
九十九はまだ不満そうにしているが、まあいいか。
「エドさんエドさん。あんたに飲み比べしたいって兄ちゃんが来てるんだけど、いいかい?」
「 おう、いいぞ。もしかして、隣の若造か? 最近誰かさんが止めるせいで飲み比べの相手が居なかったからな。軽く叩き潰してやろう。」
「ハッハァ! 俺を叩き潰すたぁ、いい度胸じゃねえか。俺はヤマト・オグナ(勿論、偽名だ。)、冒険者をやっている、この街には来たばかりだ。今日はごちそうになる。」
「いきなり勝利宣言とは面白いな。俺はエドモンド・ホルダー、この街の冒険者ギルドの従業員だ。冒険者なら今後も付き合うことになるかもな。ところで、財布の準備はいいか?」
まさか本当に財布を持ってきていないとは思うまい。
「とりあえずエールを10本持ってきてくれ。」
「それだけじゃあ足りんだろ? 冷酒を追加で6本だ。」
「いきなり飛ばすが大丈夫か? まあ、俺に挑むだけのことはあるということか。」
「言ってろ。……おっ、来たな。早速1本目と行きますか!」
店主がビール瓶を大量に抱えて持ってくる。現代じゃあビールと言えばラガーだからな、エールはそんなに飲んだ事はない。本場のエール、楽しみだ。
店主が手元にあるジョッキにエールを注いでくれる。
「では、久々の飲み比べを祝して……」
「引っ越しを祝して……」
「「乾杯!!」」
ジョッキを傾け一気に飲み干す。くぅー! やっぱうめぇな。
そう思いつつジョッキを机に叩きつける。と、同時に向こうからも同じ音がする。 面白ぇ。
「なかなか行けるじゃないか。直ぐに2杯目をやろうじゃないか。」
「ハッハァ! いいぜ!」
そうやってどんどんと酒を消費して行く。
そろそろ第1陣が尽きそうというところで、俺はエドモンドが少し酔い始めている事に気がつく。
そろそろいろんな情報を聞いていく事にするか。
「なあ、あんた、冒険者ギルドの従業員なんだろ? こっちに来たばかりの俺に色々教えてくれよ。」
「なんだ、時間稼ぎか? まあいいだろう、付き合ってやろう。
そうだな……」
色々な情報を教えてくれるエドモンド。だが、ちょっと調べればわかるような事しか言ってくれないな。この近くのダンジョンの情報やら、おすすめの飯屋なんかだ。
もっと飲ませて、どんどん情報を引き出すしかないな。
ひゃっはぁー!! もう、何杯飲んだかも分からなくなって来たぜぃー!
エドの旦那もすげぇ酔ってやがる。その証拠に喋ったらダメな様なことまで話してやがるからな。
主に、王公貴族に対する悪口ばかりだ。何かと無茶な要求を冒険者ギルドに持ってくるんだとよ。
俺も自分の話をペラペラと喋りまくる。一応異世界から来たことがバレない様にしているが、変なこと喋ってねぇかな?
「そこでよぉ、俺は言ってやった訳よ! お前と俺の決定的な差は、信頼のおける仲間が居るかどうかだ、ってなぁ! そして、俺は娘を無事救い出したって訳だよ。」
「泣かせるなあ。いい話じゃないか。まるで、伝説の勇者みたいだ。
おっ、杯が空いてるじゃないか、勇者様よ。次開けるぞ。
ん? 勇者で思い出したよ。そう言えば、最近勇者が召喚されたって言う噂が有ってな。」
その言葉を聞いた瞬間、俺の酔いが一気に覚めた。いや、嘘だ。酔いは覚めてない。少し冷静になっただけだ。
「なんだ? 伝説の勇者様の話かぁ?」
「そうだ。その伝説の勇者様が、伝説じゃなくって、実際に召喚されたって言う噂だよ。」
「眉唾もんの話だなぁ、何か証拠でもあんのかよ?」
「そんなものは無いよ。でも、この勇者召喚の噂は今の王が即位してから度々流れてるんだよ。前は2年前だったかな? 何しろ定期的に、しかも戦争や内乱が起こりそうになる度に流れるもんだからな。何か有るんじゃ無いかとね。」
「誰かが面白がって流してるとかじゃねえのか?」
「そうかも知れないが、そうじゃないかも知らん。一度興味を持って調べようとしたが、何もわからんかったよ。」
これは面白ぇ話だ! もうちょっと詳細に聞きてぇが。
「それが本当だとしたらおもしれぇな。そうなると、王は勇者を自分のための戦力として使える訳だからな。」
「確かにな。考えて見れば、帝国の敵対勢力は毎回、不審な死を遂げる者が何人もいたな。
案外その可能性も有るのかもな。」
うーん。どうも、これ以上は何も知らないようだな。まあいい、どう考えてもビッグニュースだ。初回にしてこれはありがてぇ。
さて、いい情報も入った事だし、そろそろ決着をつけたい所だが……。
「なあ、そろそろ決着を付けにかかってもいいんじゃねぇか? 互いにほとんど酔ってないんじゃねぇか? ここは一気に度数を上げようぜ。」
ハッタリだ。実際は少しは酔っている。今まで飲んでいた酒は25度位までだとは言え、それでもかなり飲んでいるし、25度だって決して低いとは言えない。日本ならむしろ度数の高い酒になるだろうし。
「良いだろう。受けてたってやる。
おい、スピッツウォッカを持ってこい。」
そう言われて、店主が酒を持ってきて、ジョッキに注いでくれる。
それを一気にあおる。
名前から予想していたが、やはりそうだ。スピッツウォッカは元の世界で言うところのスピリタスだ。
世界一アルコール度数の高い酒で、普通は割って使う物だ。
だが、早期決着を着けるならこれだな。
2杯、3杯とスピリタスを開けて行く。さすがにアルコール度数が高すぎて直ぐには減らないが、そうも言ってられん。
そして7杯目。やばい。かなり目が回って来た。アルコールを分解するために大量の水を飲むが、焼け石に水感が半端ねぇ。
というか、そもそもスピリタスをストレートで飲むことも、ジョッキで飲むのも、こんな短時間で飲むのもかなりおかしいわ。
そのお陰か、エドのおっちゃんは机に突っ伏してる。
あれ? 突っ伏してるじゃん。俺の勝ちか?
「おっちゃん、次飲むぞぉ! 飲めなけりゃ、俺の勝ちじゃあ。」
「まだだ、まだ終わらんよ。」
どっかで聞いた事のある台詞だ。それより、まだ生きているのか、しぶといな。
早速8杯目を注ぐ。
俺は一気に飲み干す。あぁ、目が回るぞー。非常に愉快だ!
すると、前から大きな物音が聞こえた。
そちらを見ると、エドのおっちゃんが消えている。な、おっちゃん! 何処いったんだ?
いや、違う。倒れているだけだ。見るとおっちゃんは椅子ごと倒れて、床に仰向けに寝転がっている。そして、床にはジョッキとそこからこぼれたスピリタス。
そんなおっちゃんの須方を見て、周りは騒然としている。
やったぜ! 俺の勝ちだ!
俺は立ち上がり勝鬨を上げた。
そこから先の記憶は曖昧だ。祝杯と称し、周りの人間とエールを飲みまくり、讃えられながら酒を飲み交わした。
暫くして、エドのおっちゃんが目を醒ましたのを見て、挨拶を交わし、皆に惜しまれつつも酒場を後にした。
いやぁ、非常に楽しい酒だった。またこの酒場には来たいもんだ。
閑話なのにも関わらず、普段より文字数が多いという…。
次回はキャラ紹介です。明日中に更新したいな。
感想等待ってます。




