人生こんなところで終わらせてたまるか!第32話
あたし佐伯美保子は28歳、アラサーまっただ中。某都市銀行の地方支店で働くOLで、身長180センチ、元レスリング部、よく街で男の子に間違われる残念系。
5年越しのお付き合いの末、婚約者の齋藤丈治に別れを告げ、婚活を始めたあたし。出会い系サイトで誤って出会ってしまったゲイのおっさん権藤さんからなんと偶然、あたしの初恋の人である星夜くんに再会し、相思相愛に!
と思ったら、銀行ではお局様、清井さんが誘拐される事件発生! 事件は元刑事の探偵であるゲイのおっさん権藤さんや星夜くんも巻き込んで次第に深刻さを増していく! そこに宗教団体から追われて逃げてきた元フィアンセ丈治が加わり、なんていうか、修羅場!?
あたしら襲撃に遭い、拉致されるわ、高所恐怖症なのに、ビルの屋上から落ちるわで、散々。でもなんとか事件解決?
ドキドキ婚活ストーリー!どうなるあたしの恋路!?
もう婚活どころじゃないわよね……。
三人が病室を出た後、星夜くんだけがまた戻ってきた。
「どうしたの? 何か忘れ物?」
「ん……。その……ちょっと二人の前ではなんだか、あれなんで」
と、星夜くんは鼻の頭を掻きながら、照れたように笑った。
「なに?」
あたしは、きょとんとした。
「あ、あのさ。こんなこと、こんな時に言うのもなんだけど、この前の話なんだけど。その……仕事の軌道がのったら、付き合おうって話さ……」
あたしは一気に頬に熱を感じた。脳天が沸騰した。
「え……ああ……その話?」
「もし、美保子がよかったらだけど……その、すぐにでも付き合ってもらえないかなって。ここ数日俺も色々考えたんだけど、ちゃんと付き合ったらさ、美保子の身に何かあっても、護れるしさ。俺、本当に心配だったんだ。だからさ、軌道に乗るの待ってるとか、そんな悠長なこと言ってないで、すぐにでも付き合ってくれって、言うべきだったんだって気がついて。……そのどうかな?」
星夜くんがそんなに心配してくれていたなんて思ってもみなかった。
「うん……ありがとう」
でも、あたしの頭の中は急に冷静になっていて。
「じゃあ……」
「でも……。少し考えさせてもらないかな?」
「え……。……ああ、そりゃもちろん。そんなすぐに返事もらえるなんて思ってなかったけど」
でも、星夜くんは、意外そうな表情だった。
「そう言ってもらえるのは、嬉しいよ。うん……本当に。でも、あたしもこんなんだし、プロポーズ受けるのに、こんな格好じゃ、みっともないでしょ?」
あたしは、そんな言い訳をしてみた。
「あ、……ああ、そうだよね、ごめんごめん」
「……ううん、こっちこそ、ごめん」
「じゃ、また明日来るよ。美保子が入院している間は、毎日来るよ」
「お仕事に支障ない程度にしてね」
あたしは、笑って星夜くんを送り出した。
星夜くんの申し出は確かに嬉しかった。彼は生真面目だし、あたしにはもったいないくらいだ。けれど、あたしにはどうしても即答できない理由があった。
トントン。とノックをすると、中から清井さんの返事があった。
「こんばんわ。起きてます?」
「まだ起きてるわよ」
「失礼します」
隣の病棟に入ると、中には4つのベッドが並んでいた。うち、2つは空だった。並んでいる2つのベッドの方に、清井さんとあの少女が寝ていた。あたしが入ると、清井さんは起き上がってあたしを迎えてくれた。
「あら? もう起きてていいの?」
「このくらいへっちゃらです。清井さんこそ、大丈夫ですか? 寝ててください」
「私たちの方が大丈夫。今日は検査入院っていうだけで、ほとんど怪我ないんですもの。かすり傷くらい。あなたたちのおかげ」
あの少女は、あたしのところに寄ってきて、手を差し伸べた。そのまま、清井さんのベッドの横にイスを取り出して、あたしに座るようにジェスチャーした。
「この子ね、祥子ちゃんって言うの。さっき筆談で教えてもらったのよ。もう18歳になるんだって。そうは見えないわよね」
祥子と呼ばれたその少女は、よく見ると小柄で痩せぎすで、とてもハイティーンには見えなかった。小学生と言ってもおかしくないはくらい。肌白で、さらさらの髪が今にも消えてしまいそうな儚げな印象を強めている。加えて、口をきけないということもあり、おとなしい印象でだということもあるのかも知れない。
「祥子ちゃん、ありがとう」
あたしはイスに座りながら、そう言った。祥子ちゃんはにっこりと笑って答えてくれた。
「そうやって笑うと、かわいいわ」
あたしはお世辞ではなく、心の底からそう思った。
「丈治くんって……あなたの婚約者だった人なんですってね?」
「ええ……。そうなんです。誰からお聞きになったんですか?」
「課長から聞いたの」
「課長来てたんですか?」
「ええ……。本社に報告しなければならないからって。でも、ちょっと話してお帰りになったわ。……あら、あなたのところには来なかった?」
課長が来ていたとは。あたしの所には来ていなかったけれど、それについて言った方がいいのかどうか迷った。が、あたしの言い方でバレてそうなので、
「はい。あたしのところにはいらっしゃいませんでした。両親とか友人とか沢山来ていたので、遠慮されたのかも知れません」
「そうなの……」
清井さんは、物憂げにそう言った。これで、課長が業務で来たというのは、名分であったことが分かったのだろう。清井さんは、思い切ったように、
「私ね」
「あ、はい……」
「私ね、課長に結婚を申し込もうと思うの」
「え? ええ?」
確かに、あの牢屋で清井さんの想いは聞いたけれど。
「あそこに閉じこめられて居た時にずっと思っていたの。もし、これで助かったら、課長に告白しようって。もしかしたら、あのまま殺されていたかもしれない。そうしたら、私の人生って何だったのかなって考えたら、その程度のこと、たいしたことじゃないんじゃないかって。私は今まで仕事に生きてきた。お客様のため、会社のため、尽くすことこそが私の人生だって思ってきたけれど、ここで終わってしまうかもって、考えた時、本当にこれで良かったのかしらって、思い悩んじゃって。
そうしたら、課長に告白して、振られたとして、言わなくて後悔するより、言ってしまって後悔した方がいいんじゃないかしらって思って。
ねえ、佐伯さん、どう思う?」
あたしは、少し考えてから、
「そうですね。言わないで後悔するより、言って後悔する方が、あたしも良いと思います」
「ふふ。佐伯さんならそう言うと思ってたわ」
最後の一押しがほしかったのか、それとも、自分の想いを再確認したかったのか。どちらにしても、清井さんの決心はついていたのだろう。課長がどんな返事をするかは分からないけれど、それで清井さんの気持ちが整理できるなら、それもいいと思う。
「それとね、祥子ちゃんを養子にもらおうと思ってるの」
そう言うと、祥子ちゃんは目を見開いて、びっくりした顔をした。
「まだ、祥子ちゃんには言ってなかったけど。
警察の方から聞いたんだけど、祥子ちゃんのご両親はもう……。このままだと、ひとりぼっちになっちゃうの。課長もお子さんいらっしゃらないっていうし。
もし、課長に振られたら、私もひとりぼっちになるから、それより二人の方がいいかなって。
あそこで、ずっと私のことを世話してくれて。本当にありがとうね。その恩返しってわけではないけれど、私は祥子ちゃんが好きなの。大好きなの。だからね。
祥子ちゃん、どうかしら?」
清井さんは祥子ちゃんの手を握りながら、そう聞いた。祥子はにっこり笑って、返事をした。
「なんか、不思議な感じね。これも何かの縁だと思うわ」
ここ数日で、あたしの中の清井さんの印象が全く変わった。こんなおしとやかで誠実で心の清い、それでいて、心が強い女性はそういないと思った。きっと、課長には最もお似合いの女性なのではないかとあたしは思った。
「うまくいくといいですね」
あたしはこの三人がつくる家庭を想像した。一体どんな家庭になるのだろうか。
「そろそろ消灯時間ですね。あたしは部屋に戻ります」
「そうね、看護師さんたちが見回りに来るかもね。私たちは明日朝退院するからけど、佐伯さんは?」
「あたしは、一週間くらいかかるって言われました。この程度なんですけどね」
「何かあったら大変だから、この際しっかり見てもらいなさいな」
ちょっとだけ、いつもの清井さんに戻った。あたしは、はい、と返事して二人の病室を辞した。




