人生こんなところで終わらせてたまるか!第29話
あたし佐伯美保子は28歳、アラサーまっただ中。某都市銀行の地方支店で働くOLで、身長180センチ、元レスリング部、よく街で男の子に間違われる残念系。
5年越しのお付き合いの末、婚約者の齋藤丈治に別れを告げ、婚活を始めたあたし。出会い系サイトで誤って出会ってしまったゲイのおっさん権藤さんからなんと偶然、あたしの初恋の人である星夜くんに再会し、相思相愛に!
と思ったら、銀行ではお局様、清井さんが誘拐される事件発生! 事件は元刑事の探偵であるゲイのおっさん権藤さんや星夜くんも巻き込んで次第に深刻さを増していく! そこに宗教団体から追われて逃げてきた元フィアンセ丈治が加わり、なんていうか、修羅場!?
ひょんなことから事件解決の糸口が見えたと思ったら、あたしら襲撃に遭い、拉致された先には清井さんが! 早くここから逃げ出さなきゃ! え?爆発?? 必死に逃げようと試みるあたし、どうなっちゃうの!?
どうなるあたしの恋路!?
ドキドキ婚活ストーリー!
気力が失われ、もうここまでかと思った時。
「美保子!」
扉の向こうで、しゃがれた声がした。誰?
「待ってろ、今助けてやる」
その声は、丈治のものだった。煙で喉をやられたのか、潰れた声だったが、それは確かに丈治だった。
「うおー!」
丈治は雄叫びを上げた。扉がミシミシと音を立てた。向こう側から、扉を引っ張っているらしい。
「丈治!」
あたしは、丈治が引くのに合わせて、扉を力一杯押した。さっきまでのようには力は入らなかったけれど。
「うー!」
ギシギシという音が壁一面からした。
やがて。
ガーン!というものすごい音と共に、扉を支えていた壁部分が壊れ、部屋が空いた。勢いで、廊下の反対側にあった窓ガラスが一気に割れ飛んだ。
「丈治、大丈夫?」
あたしは、すぐに、扉の下敷きになった丈治の様子を見た。ちょうど、扉と壁の隙間に丈治はいた。
「いたた……」
丈治は壁に頭をしこたま打ったらしく、後頭部を押さえていた。その顔は、あたしの家に転がりこんだと時よりひどく腫れ上がっていた。けれど、これは、今できた傷ではなさそう。
「丈治、どうしたの? また、リンチに?」
と、言いかけたけれど、今はそんなことより、ここから逃げることが必要だった。あたしは、振り向いて清井さんとさっきの少女の無事を確認した。
「二人とも、大丈夫? 早く逃げましょう。丈治も動ける?」
とりあえず、全員動けそうなので、この場から動くことが最優先だった。ただ、扉で破壊した窓ガラスのおかげで、煙が外に逃げ出し、少し息はしやすくなっていた。
「美保子、許してくれ」
丈治は、扉と壁の間から這って出てきてから、まずそう言った。
「どうしたの? 今は、そんなことどうでもいいから、まずはここから出ましょう」
「いや、まずは俺は美保子に許してもらわなきゃならない」
それどころじゃないっていうのに。
「わかった、わかったから。もう、なんでも許すから。とりあえず、どっちに逃げればいいの? あたしは、右の左も分からないの」
こんな状況だもの。神様はお許しになるでしょ。愛すべき許しをくださいますよ。ここの神様はどんなのかは知らないけど。
「こっちみたい」
清井さんは、あの少女と共に、廊下の奥の方へ向かった。二人はほとんど匍匐前進のようにして、先を進んでいく。あたしと丈治はそれに続いた。
「ところで、何があったの? 爆発?」
あたしたちも這いずりながら進み、あたしは丈治にそう聞いた。
「俺もよく分からないんだが、あいつら自分たちで爆破したみたいなんだ。警察が踏み込んできたっていう話を聞いた後、みんないなくなって、すぐに爆発したから」
「警察が来たの?」
「俺は見てないが、あいつらそう言ってた」
助かった! 警察が来たならなんとかなるかも。
「じゃあ、そこから外を見たら、警察、外にいるんじゃない?」
あたしは立ち上がって、廊下の窓を開けてみた。
「げ」
あたしは、思わず叫んだ。
「こ、ここ……何階?」
地上は遙か眼下にあった。あたしは卒倒しそうになって、そのまま膝から崩れ落ちた。
「何階って……10階くらいだったかな……。この上の階が屋上になっているはずだよ」
丈治はあっけらかんと答えた。ここに連れられてきた時は、夜中だったし、エレベーターには階数表示がなかったから、そんなに高いところに連れてこられたとは思ってなかった。
ここで思い出したのは、入り口から先に手をつけておいて良かったと今更ながらに安堵した。窓側の鉄板を先にこじ開けていたら、まかり間違っていたら、10階から真っ逆さまだったかも知れないのだ。あたしはてっきり3階くらいだとばっかり思っていたから。
「あれ? 美保子って、高所恐怖症だっけ?」
実はあたしは高いところがダメ。だから銀行に就職したってのもある。だって、銀行って、高いところにオフィスないじゃない。大体はビルの一階か、せいぜいが二階建て。
「……」
あたしは座り込んだまま、黙ってうんうんと頷いた。しかも、眼下には火災で火を噴く階下も見えた。こんなに恐ろしい光景はない。まるで地獄の業火をのぞき込みながら、閻魔様の判決を待つ死人のような心持ちだった。
「美保子、早く行こう」
そんな風にワタワタしているあたしに対して、丈治は意外に冷静だった。あたし達はすぐにまた低い姿勢で、清井さん達が進んでいくのを追いかけた。やがてあたし達は、廊下の突き当たりに着く。
「非常階段か」
そう言うかと思うと、丈治は立ち上がり、非常階段に繋がるドアを思いっきり蹴り破った。
「開いた。行こう」
ドアが開くと、一気に煙が外に出始めた。あたしも丈治に続いて、外に出ようとした。
が。
「げげ」
非常階段というからには、もちろんそれは建物の外で、いわゆるむき出しの階段だった。もちろん、安全柵はあるのだけれど、高所恐怖症のあたしには辛い。
「清井さん、先に行って下さい。あなたも」
そう行って、清井さんとさっきの少女に、丈治に着いていくように誘導した。彼女たちが階段を上っていくのを見届けてから、あたしは深呼吸して、それに続いた。
「下は見ない……下は見ない」
あたしは、念仏のようにそう唱えて、自己暗示をかけようと必死になった。足がガクガク震える。下を見ないように心がけても、どうしても見てしまう。見ると、やっぱり怖い。
「こっちだ」
階段を登って行くと、確かに丈治がさっき言った通り、すぐに屋上に着いた。
「はあ……」
あたしは屋上に着くとその場にへたり込んだ。さっきまで煙まみれだったのが、ようやく空気が吸えるようになったというのもあるが、高さを意識しなくてもよくなったせいもある。
「大丈夫?」
清井さんが、あの子にそう話しかけた。少女は、コクリと頷いた。
「丈治も大丈夫?」
表に出ると、丈治の酷い姿が目の当たりになった。顔は酷く腫れ上がり、血だらけになっており、手足も無数の傷が付いている。
「大丈夫……これくらい……」
そうは言っても、明らかに無理をしているのがはっきり分かる表情だった。
やがて、消防車や救急車のサイレンの音が聞こえ始めると、
「ああ……助かった……」
あたしはその場に仰向けに倒れ込んだ。
「ああ……警察も来てるよ。消防車がすごい数だな。ここに居れば安心だ。間もなく救助も来るだろう」
丈治は屋上の手すりから下を見て、のんびりとした言い方をした。後付けされた手すりなのか、ちょっと低い位置に取り付けられたもので、丈治の膝上くらいまでしかない。あたしにはとてもマネできない。眼下の光景を想像しただけで、ぞっとする。
「おい!お前ら!」
と、あたし達がすっかり事件解決モードに入っていると、奥の方からドスの利いた声がした。




