人生こんなところで終わらせてたまるか!第15話
あたし佐伯美保子は28歳、アラサーまっただ中。某都市銀行の地方支店で働くOLで、身長180センチ、元レスリング部、よく街で男の子に間違われる。
5年越しのお付き合いの末、婚約者の齋藤丈治に別れを告げ、婚活を始めたあたし。
出会い系サイトで誤って出会ってしまったゲイのおっさん権藤さんからなんと偶然、あたしの初恋の人である星夜くんに再会し、相思相愛に!
と思ったら、今度は社内で気になる年上の課長から個人的にお誘いを受けたり、お局さんからお呼び出されたり、終いに銀行では誘拐事件発生!
さらに宗教団体から追われて逃げてきた元フィアンセ丈治が現れる始末!
どうなるあたしの恋路!?
ドキドキ婚活ストーリー!
「美保子、ごめんよ…だけど、頼れるのは君しかいないんだ…」
丈治は小さくなって、そう呟くようにあたしに頭を垂れた。
丈治はあたしと同じ大学で一緒にレスリングをやっていたこともあり、体も大きく、力もあるし、並大抵の大人であれば3人やそこら相手にしても負けないはずだった。こんなに暴行を受けるなど、あたしには到底信じられなかった。けれど、丈治の表情を見ると、多分肉体的にというより精神的に酷いダメージを受けたのだろうと予想がついた。人間、肉体的よりダメージよりも精神的なものの方が大きいのかも知れない。
「ご両親はどうしたの?」
「勘当されたよ。もううちの敷居は跨ぐなって」
まあ、そりゃそうだろう。破談の直後はうちの両親も怒り心頭であったし。この分だと、親戚一同、全く顔を向けられない状態なのだろう。
「そんななのに、どうしてあんなところに行ったのよ?」
「俺もどうかしていたのかも知れない。でも、そのときはこれが最善だと信じてたんだよ」
それから、ぽつぽつとその宗教団体について話し始めたので、あたしは何も言わずに聞いてあげた。その宗教では、「愛は死んだ」「死は死んだ」というのがスローガンのようで、「誰も愛すな」「死を恐れるな」と、教え込まれたらしい。一体どんな教えなんだとあたしは全く理解できなかったが、ここでは彼の言うことを否定しないことにした。また、宗教が全てそうだとは思わないし、よほど変な団体にひっかかったのだろうとは思うのだけれど。
「俺は全く疑問に思ってなかった。どうしてだろうな。今考えると恐ろしい」
と、独り言を言うかのように言うと、丈治のお腹がぐぅとなったのが聞こえた。
「あ、ごめん…ここ数日まともに食ってなくって」
「数日も?酷いわね…」
確かに、彼の頬もこけており、生気も失われていた。喫茶店で別れ話をした日から、数ヶ月程度しか経っていないというのに、この変わりよう。よほど酷い目に逢わされてきたのだろう。
「ご飯つくるわね、ちょっと待ってて」
今日は外食にするつもりだったので、何も用意していなかった。けれど、緊急用に冷凍してあったご飯と、少しのレトルト食材でなんとか一人分くらいは用意できそうだと思い席を立った。台所で大急ぎでありものを用意をして、トレイに載せて、丈治に差し出した。
「本当に簡単なものしかないけど」
丈治は本当にお腹がすいていたと見えて、あっという間にご飯を平らげた。時々痛そうにしていたのは、口の中も少し切っていたからのようだ。
「足りなかった?」
「いや、大丈夫。おいしかったよ」
「そう?よかった。じゃあ、片付けるわね。もう休む? 休むなら、あたしのベッド使ってもいいわよ。あたしは、京子の家に泊まるから」
あたしは京子の家に行くという理由で外出するつもりだった。
「いや、俺はここでいいよ」
丈治は遠慮がちにそう言って、ソファに寝転がった。
「そこじゃ、ゆっくり休めないでしょ」
「大丈夫だよ。それよりさ……俺たち……やり直せないかな?」
丈治はあたしに背中を向けて、そう呟いた。
「……」
あたしはどう答えていいのか、一瞬戸惑った。
「あ、いや、そんなの無理だよな。分かってる。ごめんよ」
丈治は悲しそうな声でそう言った。
あたしはトレイを台所に持って行ってから、寝室からタオルケットと枕を持ってきた。すでに丈治は寝息を立てている。よほど疲れているのだろう。あたしは、ゆっくりと丈治の頭を上げて枕を入れ、上からタオルケットを掛けた。
「おやすみ」
それでも全く起きる気配がないので、あたしはすぐに家を出ることにした。
「もしもし?星夜くん、ごめん、遅くなって。これから行くから。15分くらいでは着けると思う」
部屋を出るとすぐに星夜くんに電話した。すでに時計は9時を回っていた。
「大丈夫。ちょうどいま権藤さんも来たところだから。待ってるね」
あたしは急いで駅前に向かった。途中、京子にも電話しておく。
「え?丈治が? ……そんなことになってたの?」
京子は驚いた様子。そりゃ、あたしだって驚いたもの。
「でも、あいつには本当に気をつけなさいよ。同情心とかでヨリ戻すとかしちゃダメだからね」
京子、あんたはエスパーか。まさにさっき、そう返事しかけたところよ!
「今はそんなこと考えてる余裕ないから」
と、あたしは強がってみせた。
「とにかく、星夜くんから話を聞いたら、すぐに電話するから、起きててよ」
あたしはそう言って電話を切った。そして、角を曲がれば、「バー サンセット」のある雑居ビルに着いた。急いで階段を下りようとしたけれど、薄暗いそこは、慣れないと駆けては下りることはできなかった。あたしは急に速度を落として、ゆっくりと下りていった。
「こっち、こっち」
バー サンセットに着くと、星夜くんが奥の方から手を振った。先日課長と座った席だ。奥の方に権藤さんがいる様子が伺えた。
「遅くなりました。ごめんなさい」
あたしは荒い息をしながら、二人にそう謝った。
「いやいや、大変だったわね。色々。で、京子ちゃんは大丈夫?」
権藤さんが手を振って迎えてくれた。ここではゲイバージョンらしい。
「あたしもなんだか……色々あって、混乱してます。京子は大丈夫です。警察の方も夜通しで見張ってくれてるみたいですし。自宅軟禁になるって、本人は文句言ってましたが」
あたしは席に座って、とりあえず息を整えた。
「まあ、とりあえずは…何か飲むかい?」
「あ、あの…ケン、先日くれた、ノンアルコールのカクテル、あれちょうだい。おいしかったから」
課長と来た時に、ケンがつくってくれたフルーツ風味のカクテルがおいしかったのを思い出した。
「あ、あれね、ノンアルコールじゃないんだ。アルコール度数は低いけどね」
「ああ…そうなんだ?じゃあ、それでお願い」
ケンは、指でOKサインをつくって、カウンターに戻った。
「で、どこから話したらいいかな?」
星夜くんは指を組みながら、権藤さんの方を見て言った。
「拉致事件のことは、権藤さんは?」
清井さんの一件から意外な方向に話は向かっている。その辺の整理が先かなと思ったけれど、まずは権藤さんがこの件にどう関わっているのかも知りたかった。
「佐藤さんから聞いたよ。あと、別件で同じ支店の子にストーカー被害があったってことも。これは京子ちゃんのことだろ?」
権藤さんはお仕事バージョンになったようで、男言葉に戻っていた。
「そうです。あたしは、この二つの事件は関わりがあるように思えたんですが」
「うん、警察はその線で捜査をすすめているらしい」
「権藤さんって…失礼ですけど、警察とはどんな関係なんですか?」
この前から疑問に思っていたことを質問にした。
「権藤さんは、警察OBでね、今は探偵をしてるんだよ。元刑事さん」
星夜くんが解説してくれた。
「探偵って言ってもね、しがない興信所さ。人捜しとか、尾行して素行調査するとか、そんなんだけどね」
「それでも、現役の刑事さんたちの情報元にもなってるんだってさ。だから、逆に情報も入る」
なるほど、そういうことだったのか。ようやく謎が解けてきた。
しかし、権藤さんがゲイの刑事さんだったとは!
「それで、早速なんだけど、これ」
権藤さんは、アイパッドを取り出して、あるサイトを開いた。
「宮崎の情報なんだけど、ここに乗ってるのが表の顔ね。ある会社の社長をやってる」
宮崎のフェイスノートのページだった。普通に会社役員と書かれている。そこに写っている顔写真に見覚えがあった。うちの支店にもよく顔を出していた人だ。京子ともしばらく付き合いがあったと聞いていた。
「で、こっちが宮崎の会社のホームページ。こっちが正しいサイトなんだけど、ここに裏サイトがあってね」
権藤さんが、別のページをタップすると、また別のサイトが開いた。
「このニックネームが宮崎のことなんだけど、どうもかなり怪しい言動が多くてね。どうやらバックに大きな組織があるみたいなんだ。もしかすると、この事件、単純な誘拐事件とか、ストーカー事件ではないかも知れない」
「その組織って、何なんですか?」
「それは、今調査中。某某さんにも協力してもらってる。警察もここまでは調べがついているみたいだけど、そこから先がまだ見えてないようだ。
それで、この宮崎のことについて、美保子ちゃんが知ってることを教えてほしいんだ」
あたしは、自分の知っていることは全て伝えたが、ほとんどは権藤さんも知っていることばかりだった。
「あの…京子に電話してみましょうか?彼女の方が詳しいと思うし」
「それがいいかも知れないな」
すぐに京子に電話して、権藤さんに代わった。
「権藤です。京子ちゃん、災難だったね。それで、その…宮崎なんだけど…うん、うん…」
権藤さんは、刑事さんの聞き込みよろしく、京子から色々聞き取りをしていた。
「美保子は、大丈夫か?何か変わったこととかないか?」
星夜くんが、心配そうにあたしにそう訊いた。
「うん、あたしは大丈夫。何も変わったことはないわ」
実は『変わったこと』はついさっきあたしの目の前に現れて、あたしの部屋で熟睡しているのだけれど、そんなことはここでは言えなかった。
「そうか。でも、気をつけてよ。なんだか、妙な感じがするんだ。なんていうか、悪い予感っていうのかな?本当に気をつけてくれよ」
「うん、ありがとう。それより、どうして、権藤さんのこと知ってるの? ただ、ジムで会ったっていう感じじゃないわよね?」
「ああ、俺のオヤジの同僚だったんだよ。俺のオヤジも刑事でな。まだ現役だけど」
「え、そうだったの?それは知らなかった」
「ジムで出会ったっていうのは本当。何年ぶりかで再会したんだ。権藤さんが引退していまの仕事するようになってから、結構経つからね」
などと、あたしたちがお喋りしている間に、京子の聞き取りは終わったらしい。
この時の星夜くんの悪い予感がばっちり当たることになるとは、この時のあたしは全く気付いてはいなかった。




