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8.襲撃

「全然だめです。それじゃあねずみ一匹気絶させることもできませんよ」

 雀の厳しい一言と共に清秋はがっくりと方を落とす。

 昨日はあの後別の特訓、自らの魔力を体外に放出する方法を大介から教わった。

 と言ってもやり方を教わっただけでその場で即実行とはいかず、魔力感知特訓で疲れただろうという大介の言葉と共に解散となった。

 そしてその関西弁男はというと

「なんであいつは来てないんだ?」

「何やら野暮用とか言っていましたね。まああの人はそういう人物です」

 人差し指を顎にあてながら思い出す動作をして片眼鏡の少女は言う。

「休憩でもしましょうか。あまり集中しすぎも非効率的です」

 雀がお茶を入れるために立ち上がり、反対に清秋はソファに倒れ込み全身で疲れを表す。

 体の半分ぐらいまで埋もれる柔らかいソファは清秋を包み込む。頭に集中していた血液が全身に行き渡り気持ちいい。

 先ほどまで行っていた特訓は実に単調なものだった。まず自分の中にある魔力を感じ取る。そのエネルギーが全身に流れているのを感じてから手のひらに意識を集中し、昨日大介が行ったように魔力を集めるのだ。

 この特訓が予想以上に厳しい。まず体内の魔力を確認するために体をほとんど動かせないこと。動かしてもいいのだが、体内を流れる魔力のイメージがつかみにくくなる。なれてくれば戦闘を行いながらでも行えるのだが、清秋はもちろんなれていないのでずっと同じ体勢でいることになる。

 そして手のひらに魔力を集中させるイメージ。清秋はバトル漫画でよく見るように力を入れれば球場のエネルギー体がでるようなものだと思っていた。しかし本日のアドバイザー、雀が言うには手のひらの先に水たまりを作るイメージらしい。

 正直言って清秋にはそのイメージはつかめないので未だに魔力を出す事はできない。

 雀が言うには「5ミリぐらいは出ている」らしいが清秋には確認できなかった。どうやら知覚の方も鍛えなければいけないらしい。

 とまあそんなわけで清秋は絶賛疲労困憊状態だ。

 これなら昨日のように体を動かす特訓の方が……

「あれはあれでしんどいからなー」

 つい声に出る。

「そんなに焦ったところでどうしようもありませんよ。人生は長いんですからじっくりいきましょう」

 雀がカップとティーポットをテーブルに並べる。

「その人生で自由に使える時間はほんの一握りだろ」

 睡眠と学校、大人になれば仕事でさらに自由な時間がなくなる。というか人生単位で考えないと上達しないものなのか。

 気が遠くなり顔をソファに埋める。

「まあそんなにおちこまずに」

 雀は慰めの言葉をかけ、続いて「そういえば」と

「出魅部長はまだ来られないんですね」

「そりゃあ銃で撃たれたんだ。来れるわけないだろう」

「いえ、今のは可能の意味ではなく敬語の方です。というかあの人の再生能力は知っているでしょう」

 確かに彼女の能力なら銃で撃たれた傷ぐらい一瞬で回復するだろう。

「というかもう退院してるのか?」

「ええ、傷はもう治りましたからすでに家には帰っているはずです。あの人も気まぐれなところがありますからね。私に連絡が来てないところを見ると学校には来ていないみたいですし」

「? 何か今の言葉は変じゃないか?」

「え? 何か変なこと言いましたか?」

 オウム返しのようにほぼ同じ言葉を返される。

 何がおかしいのはは清秋自身もわからないのだが、先ほどの言葉は何やら含みのあるような気がした。おそらく雀自身は故意に隠し事をしていたり裏の意味を持っているわけではないのだろうが、例えるなら推理小説で文字の上に点をつけて強調されているような、そんな言葉だったような気がする。

 しかし両者ともわからないならどうしようもない。

 喉の奥に物が引っかかったような不快感をどうにかしたかったのだが、それ以上考える時間はなかった。

 悪寒。

 一瞬にして高層ビルから叩き落とされたような寒気が全身を包み、全身の毛穴が一気に縮む。もし清秋が獣なら全身の毛を逆立てていただろう。

 それと同時に襟首を無理やり引っ張られ床に頭を引っ張られる。

「伏せてください!」

 その声によって自分を床に伏せさせたのは雀だとわかる。言葉の方が遅かったことから恐らく彼女も同様の悪寒を感じ、反射的に体が動いたのだ。

 それが経験の差なのだろう。彼女の言葉が終わらないぐらいのタイミングで部屋中に爆音が響く。

 始めは窓ガラスがが割る音。続いて部屋中の壁が弾ける音が二人の鼓膜を叩く。

 銃撃。

 その爆音の正体は明らかだ。部屋中の備品が次々に破壊されていく。

 気づけば今まで清秋が寝そべっていたソファや紅茶の乗っていたテーブルはバリケードのように自分たち二人を守っている。

 どこにそんな力があるのか、隣にいる片眼鏡少女がとっさの判断で行ったらしい。

「狙撃……、という程チンケなものじゃないですね。これだけの量の銃弾を一斉射撃とは随分豪勢な挨拶です」

 数秒の後銃撃は終わり、何事もなかったかのように静かな部室に戻った。しかしそこは先ほどと同様の部屋と思えない程破壊されている。まるで竜巻でも通り過ぎたかのように、破壊されてないものがないぐらいだ。

「それにしても派手にやられましたね。せっかく良い紅茶を入れていたというのに台無しです」

 雀は立ち上がりながら床に落ちたティーポットの取っ手を拾い上げる。もちろんテーブルから床に叩きつけら得たのでそこから先はない。

「おい、立って大丈夫なのか? もし撃たれたら」

「恐らく大丈夫でしょう。清秋さんも感じたでしょう、先程の悪寒を。あれは銃倉に魔力を込める時に発生するものです。これだけの破壊をするほどならかなりの魔力の余波が発生するので」

 だからそこまで知覚が鍛えられていない清秋でも感じる事ができたのだ。慣れていない清秋でこれなのだから彼女ならもっと早く反応することができるということだ。

「全方位からの一斉射撃。専門ではありませんがそこまで連射性もないみたいですし、残った銃弾から見るに銃本体もまちまちみたいですね。少なく見積もっても百はいるでしょうね」

 床に転がった鉛玉を拾い上げながら部屋の状況を確認する。

「まさかそれだけの相手を一斉に相手にするのか」

 そんな事はできるはずがない。雀はこういう場面には慣れているようだし、冷静に状況を判断しているようだが、戦闘向きではないだろう。

 自分に至っては言うまでもない。生身の人間同士の戦いなら雀よりかは戦えるだろうが、相手は魔法を使うのだ。そんな異能の戦いに関して経験ゼロの自分がそれだけの人数を相手に戦えるはずがない。

 しかも相手は銃を持ち、こちらは近接用ですら武器を持たない丸腰だ。素人の清秋ですら勝ち目がない事はわかる。

「いえ、どうやらそういうことにはならないみたいです」

 左目の片眼鏡に手を添えながら、彼女はあたりを見回す。清秋には見えない何かを見ているような。いや、恐らく実際に見ているのだ。彼女の『過剰視界』という能力がどういったものか知らないが敵の姿を確認することはできるのだろう。

「銃撃の方向を確認していますがこの部室の周囲にはそれほどの人はいません。生徒もほとんど帰っているみたいですし」

「じゃあ今の銃撃はだれがしたって言うんだ」

「判りません。でも、追撃をしてこないところを見ると攻撃の対象はいなかったようですね」

 清水出魅。

 先日の事件から見ても、彼女が狙撃対象であることは間違いないだろう。

「でもどうして?」

 清秋の質問に、雀は少し考え、

「考えられる理由は二つ。出魅部長の家は結構規模の大きな家であの人の祖父、父親共に会社を経営しています。その会社や傘下企業で清水社長に何らかの裏を持った者の犯行」

 確かにそういった話は可能性としては考えられるが、ドラマや映画の中でよくある話であって現実ではほぼ起こり得ない。

 ましてや誘拐ならともかく、その娘を殺害など犯人には何の特もない。

 そんな清秋の考えを読みとったのか、雀が

「ええ、もちろん私もこの可能性はないと思っています。先ほどの銃撃は一個人が行えるようなものではありませんから。それに犯人は出魅部長がここにいると思った」

 出魅が全快して部室に復帰していると判っていたのだ。つまり彼女がヴァンパイアであることを知っている、『こちら側』の人間ということである。

「今回放たれた銃弾は銀のコーティングがされた対怪物仕様になっているようですし、ほぼ間違いなく部長をねらった犯行だと思われます」

「でも部長がねらわれる理由にはなってないんじゃないか? あの人がヴァンパイアだからって理由でねらわれるのか?」

「狙われますね。世の中には怪物を狩るハンターという職が存在するんです。エクソシストとか陰陽師とかもその類です。人でないものを排除する職業があるんですよ」

「そのハンターという奴は害のない奴も狩るのか?」

 可能な限り部屋を片づけている雀は肯定の意を示す。

 その返事に対して清秋は未だに自分が床に伏せたままだと気づき、あわてて立ち上がる。こういった状況になれていないとはいえ、目の前で女の子が平然としているのにずっとびくびくしているのはばつが悪い。

「でもそんなことしてもそいつは何の特にもならないだろ」

「いえ、そうでもないんです」

 と、顔を上げながら

「だいたいそういったハンターは誰かに報酬をもらってます。趣味で怪物と戦うなんてハイリスクノーリターンですしね。一部にはそういった変わった者もいますが、まあほぼありえません」

「じゃあ今回もそういった類の話なのか」

 ということは今の狙撃を行った者達を雇った依頼主がバックにいるはずだ。

 しかしその犯人を見つける事は今の現状では難しい。まずは狙撃手を一人でも捕まえなければいけないだろう。

 顎に手をついて横を向いたままのソファに腰掛ける清秋を見て雀がくすりと笑う。

「なんで笑うんだよ」

「いえ、やっぱり出魅部長の言った通りだなと思いまして」

「?」

 無言で答えを求める清秋に対して

「『葛葉清秋君は放っておけば犯人探しに行くだろうさ。そういう性質の人間だよ』と言っていたので」

 口に手を当てて上品に笑いながら答える。

 何がおかしいのかは清秋にはわからなかったが、

「雀って笑った方がかわいいのな」

 独り言のように言葉が出る。

「!?」

 不意の言葉により雀は目を見開き、続いて頬がほんのりと赤く染まり始める。

 その反応に清秋は自分の放った言葉を再認識した。

「い、いや、そういう意味ではなくてだな。いつも無表情なイメージがあるから、笑ったら雰囲気かわるなーと思って」

「そう言う意味ってどういう意味ですか」

 もはや清秋自身も何を言っているかわからない。

「ていうか清秋さんの中で私ってそんなに無感情なキャラだったんですか!?」

「無感情というか冷静キャラだったな」

 まさかこれほど感情を出すのだとは思っていなかった。仲良くなると根が出てくるタイプなのだろうか。そうだとすると会った時よりも信頼されているということなのだろう。

 そう思い少しだけ嬉しくなる。

「何を笑ってるんですか。ずっと座ってないで片付けるの手伝ってください」

 雀は強引に話題を変えて、頭から蒸気を上げながら先程よりも早いペースで落ちた小物を拾っていく」

 頭の上にやかんを乗せれば湯を沸かしてもういっぱい紅茶を飲めるんじゃないかと考えたが、もちろん自制した。いつも冷静な分この豹変ぶりは面白い。大介が彼女をからかう気持ちが少しだけわかるような気がした。

「箒とかってあるの?」

 仕方がないので片付けを手伝うことにした。

 無言で指さされた給湯室から箒とちりとりを持ってきて、とりあえず割れたガラスを集める事にする。

 部室内はしばらく箒が床をこする音と散らばった本を棚に戻す音だけになる。

 にしてもこれほどのんびりしていても良いのだろうか。

 先程襲撃を受けたところなのだから、片付けなど後回しにしてどこかに隠れるのが得策ではないかと思う。

 ちらりと雀の方を見るが、ムスっとした彼女は黙々と本を棚に差し込んでいく。順番など決まっているのだろうか、時々棚から抜き出したりもしている。

「あのー、雀さん」

「なんですか」

 本棚の方を見たまま対応する。

 静かな、しかし刃物のように鋭い彼女の声は発言前から清秋を否定する。

 しばらくその気迫に圧倒されてどう言おうかと頭の中で言葉を選んでいるうちに彼女が先手を打ってきた。

「心配しなくても大丈夫です。最速で一番安全な方法を使いますので」

「? どういう……」

 目の前にいる少女の言葉を理解できないまま部室に電子音が響く。

 その音を聞いて雀はスカートのポケットから携帯電話を取り出す。どうやら音の発生源は彼女の携帯電話のようだ。

「もしもし。ええ、わかりました」

 電話口の相手にそれだけ言うと通話を切った。そして清秋の方を向いて

「まもなく到着するらしいです」

 と、一言だけ言う。

 全く意味がわからなかったが、次はもはや質問する暇もなかった。

 ババババッ、と衝撃波のような音がガラスの割れた窓から飛び込んでくる。

 一瞬銃撃が再開されたのかとも思ったが、すぐにそれがヘリコプターの音だと気づく。

 しかし、これだけの爆音で聞こえるということはかなり近くまできているということだ。

「行きますよ」

 もはや清秋に対する説明は一切なしで部室から出る。

 そこから見えるのはちょうど地面の上に降りたところのヘリコプターだった。その巨大なプロペラによって校庭の軽い砂を巻き上げている。

「なんでヘリが校庭に着陸してるんだ?」

 耳を塞ぎたくなるほど大きな音に負けないように叫ぶ。

 そんな清秋に対して半分予想していた言葉が返された。

「もちろん、私の家に行くためですけど」

 清秋に会話用ヘッドセットを渡しながら雀はニコリと笑った。しかしそれは驚く清秋を見て楽しんでいるような、間違っても可愛いとは思えない笑みだった。

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