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7.招かれざる客

 清秋達が部室に入った時刻、夕日も完全に沈みグラウンドを使用していた体育会系の部活動の生徒も帰路についている。

 そんな学生たちの流れを逆流するように奇妙な二人組が校門から学校の敷地内に入ってきた。

 一人は二メートルはあろうかという長身の男。その身長とは対照的に体の線は細く、まるで枯れ木が歩いているような印象を抱かせる。さらに梅雨に入ろうというこの季節にそぐわない黒のロングコートを着ている。

 もう一人は小柄な少女だ。こちらは周りを歩く生徒と同じ紀近高校の女子用制服を着ており、身長は少し低めだろうか。しかし隣に立つ枯れ木男と彼女自身の幼い顔立ちのせいか小学生にも見えてしまう。

 周りから完全に浮いている大男さえ隣にいなければその場にとけ込めそうな少女。その奇妙な組み合わせはもちろん周りの目を引きつける。しかし誰もその者達に話しかけようとしない。

 それは当たり前だろう。生徒が不振な人物が現れたからといって直接話しかけたりしない。教師に報告するか、校内でなければ警察を呼ぶぐらいだ。

 それについ昨日校内で傷害事件が起きたところである。一般生徒には出美が狙撃されたなどという具体的な事は知らされていないが、警察が頻繁に出入りしている。もしかするとこの男も刑事で隣を歩く少女に事情を聞くのかもしれない。

 みながそう思った。いや、そう思っておいた方が安全に過ごせるだろうと判断した。

「そこのあなた、ここで何をしているの」

 しかしそんな不振人物に声をかける生徒がいた。

 ブレザーのリボンをきっちりと締め、スカートは膝下三センチ黒のハイソックスにローファーという制服カタログに出てくるように模範的な着こなしをしている少女。下ろせば腰まであるであろうロングヘアをポニーテールに結っており、もちろん染めたりなどしていない真っ黒な髪である。

 名前を服部静というその少女はこの学校の生徒会長を勤める生徒である。

 しかも成績優秀で運動神経抜群、さらには去年文化祭出行われたミスコンでは二位に上り詰めるほど容姿も整っている。容姿端麗才色兼備の鉄壁生徒会長である。

 そんな彼女が校内にいる正体不明の不審者を放っておけるはずもなく、こうして職質のような事を行っているのである。

「あなたのことを言っているのですけど分かりますか」

 反応のない大男に臆する事なく彼女はよく通る声で質問を続ける。

 本当の枯れ木のように硬直していた男はしばらくしてなにやらぶつぶつとい呟いた。

「? すみません聞き取れなかったんですけど」

 その言葉に男はもう一度口を開こうとするが

「すみませんこの人耳が遠い上に声が小さくて」

 静の頭一つ分下から早口な少女の声が聞こえた。

「あなたは?」

 見下ろした事もあり少し高圧的に聞こえるのはその少女のスカートが少し短かったからだろう。しかしまだ許容範囲だったのか僅かに目を細めただけだった。

 そんな彼女に臆することなく少女は答える。

「私は見ての通りこの学校の生徒です。この人は私の知り合いでどうしても学校の中で確認したい事があるからってことで案内してあげようと」

「え、違……痛っ……」

 男は何やら言おうとしたが少女にすねを蹴られて黙ってしまった。

 その態度に静が怪訝な顔をしていると

「今のはこの人が足がかゆいって言うからね。ほらこの人はでかいし私は小さいからこれぐらいしないと痒みも収まらないからちょっと過激にしてくれって言われてるのよ」

「そうなの。まあいいけど、確認したい事っていうのは?」

 息継ぎもしない話し方は少し変わっているが、その口調に焦っているような様子ではない。どうやら日常的にこういう口調なのだろう。そう判断した静は生徒会長として事情を聞くことにした。少し怪しいが困っている生徒がいれば可能な限り助けてあげるのが自分の仕事だ。

「ちょっと中庭にね。ほら清水出美さんが倒れたってことだったでしょ。実を言うとこの人は彼女の家の使用人で出美さんが倒れた時に落としたかもしれない大事なものを探しに来たんですって」

 眉をひそめたままの顔で静が男を見上げると、彼は何も言わずにコクコクと何度もうなずく。

 そして再度少女を見る。もはや会話はこの少女中心に行った方がよさそうだと判断したようだ。

「とりあえずあなた達を信用するとして、校内に入るには入校許可証が必要なの。あなたは生徒だから必要ないけど」

 言って顔を上方に向ける

「この人は必要だから。どうやら一年生だからまだ知らないみたいだけど次からは気をつけて。ちなみに他校の生徒が入る時も必要。文化祭や体育祭など学校行事の際は特別に必要なし。あとは……」

「わかりました。とりあえずその許可証ってのが必要なんですね」

 話が長くなりそうなので言葉を遮る。

「ええ、場所はそこの入り口から入って右手に事務所があるのでそこで来客シートに名前と目的を記入してください。よければ案内しますけど」

「いえいえ結構です。入って右ですね。ぱぱっと書いて目的を達成しましょう」

 男に言うと彼女はそそくさと静の示した入り口に向かう。これ以上この人と関わると面倒そうだと判断なので下手なことを言わないうちに離れようと判断する。

 どうやら彼女は自分達を疑っているようだ。生徒だからといって面倒を起こすのは勘弁してほしいし時間ももったいない。

「ちょっと待って!」

 しかし再度呼び止められる。一瞬どきりとしたが平常心を装って振り返る。

「どうしました」

 その質問に対して生徒会長はゆっくりと人差し指を二人の方へ向ける。

「玄関に来客用スリッパがあるからきちんと靴を脱いで事務所まで行ってくださいね」

 最後まできっちりした生徒会長であった。



「ちょ、ちょっと。あの女まだ見てるんだが」

「そりゃあそうでしょ。そんな怪しい格好した奴が学校にいたら誰でも不審がるに決まってるわ。だから私みたいに制服着とけばよかったのよ」

「い、いや、それはそれで、変態だろ。いくら、潜入するためとはいえ、スカートは履けんよ」

「男ものの制服に決まってるでしょ!」

 男のすねを蹴る。

「とりあえず校舎の中に入るわよ砂駒」

「こ、小蛇、とりあえずって、入校許可証は?」

 いったいこの男は何をしにきたのだろうか。別に自分達はこの学校に見学に来たわけでも、もちろん清水出美の落とし物を探しに来た訳でもない。コンビを組んで長くなるが、目の前にいる巨人の一般人的思考回路はいい加減どうにかならないものか。

 小蛇と呼ばれた少女は心の中で頭を抱えながら子供を諭すように言う。

「私たちの今日の目的は分かってる?」

「そ、それりゃあもちろん……」

「あー言わなくていいわよ。万が一死角に人がいたらどうするのよ」

 周りを見回しながら砂駒の言葉を遮る。

「とりあえず許可証とか面倒だからいいの。校舎に入ってあの女から見えないところに行けば……」

「場所はわかりましたか?」

 次は小蛇が言葉を遮られる番だった。

 遮った相手は服部静。会話に気をとられていたせいか、いつの間にか背後まで近づいていた彼女に気がつかなかったようだ。

「よかったら案内しますけど、って言ってもすぐそこなんですけどね」

 と言いながら返事も待たずに二人を先導する。

 ここで断るのも変だと判断した小蛇はしぶしぶついていく。「あ、どうも」とか言いながら少しの抵抗も見せずについていく目の前の男に後ろから蹴りを入れながら。

「(ちょっとあんた何普通についていってんのよ)」

「(え、だって、案内してくれるっているから)」

 もはやあきれるのも疲れた子蛇は何も言わない。

 というかこの少女はわざと自分達を妨害しているのだろうか。いや、恐らくただ単に親切心とおせっかいなだけなのだろう。本当にこの学校へ来た客ならうれしい限りなのだろうが、今の自分達にとっては迷惑以外の何者でもない。

 このままついていけば恐らく訪問者として記録が残ってしまう。できるだけそういった痕跡は残したくなかった。

 では強硬手段に出るか。いや、騒ぎを起こすと後々の計画に差し支えるおそれがある。できるだけこの学校に何者かが入り込んだという記憶、記録を残したくないのだ。

 この少女に会ってしまったのは仕方がないので、残る最適な方法としては

「あのすみません」

 少し遠慮がちに手を挙げる。

「どうかしたの?」

「お手洗いに行きたいんですけど」

 少し恥じらいを見せながら言う。我ながら名演技だと思いながら相手の反応を見た。

 おそらく彼女はトイレの場所を案内すると申し出るだろう。そうすれば男である砂駒はもちろん女子トイレについてくることはない。つまり彼はフリーになるのでその内に身を隠す事ができる。自分は女子トイレの窓かどこかから上手いこと逃げればいい。一人ならどうとでもなる。

 自分の考えた先の先を読んだ作戦に満足する小蛇だが、いっこうに反応がない。

 見ると目の前の少女は頭に疑問符を浮かべながら首を傾げている。まるで赤ん坊が泣く理由を考えているような表情だ。

「あの、お手洗いに……」

 もう一度発言してみるが帰ってきた答えは

「行けばいいんじゃない?」

 あまりに当たり前すぎる答え。

 いや、そうなんだけれども自分はどこにあるか案内してもらいたいのであって。と考えて気づく。

「(しまったぁぁ! 今はこの学校の生徒だったぁぁぁぁ!)」

 そうだ。この学校の制服を着ているのだから他人から見ればまごうことなきこの学校の生徒なのだ。

 生徒が客人のようにトイレの場所を案内してもらうなど普通ならありえない。

 ただでさえ怪しまれているのにさらに不審な言動をしてしまった。

 だがもう後には退けない。このチャンスを逃せば次はないだろう。『今すぐトイレに行きたいちょっと変わったこの学校の生徒』という役を貫き通すのだ。

「私今年入ったばかりでこの辺にはあまりこないから一番近くがどこかわからないんです。知ってるところまで行けるほどの余裕もないので」

 できるだけせっぱ詰まった表情と口調で告げると少女は深いため息をついて

「しょうがないわね。なんでそこまで我慢したのかしらないけど。まあそんなに遠くないし教えてあげるわ」

 心の中でガッツポーズをする。

 そして相棒に目配せで合図を送る。こういう不測の事態が起きた時のために落ち合う場所は決めている。

 ここで彼からこの砂駒からこの女をを引き離し、彼が上手く隠れている内に自分はこの女をまけばいいのだ。

 すべて上手くいったと思っていた子蛇。このときの彼女は三十分後に入門許可証を胸につけた砂駒が待ち合わせ場所である清水出美狙撃現場に現れるのをまだ知らない。

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