3.事情聴取
遠距離狙撃による球は出美の胸部を貫通し、幸い心臓には当たらなかったものの左肺に穴が空いている状態らしい。
だからといって学校の保健室で事足りるなんて事はあるはずもなく、彼女は救急車で病院に搬送された。
ただし夜になると吸血鬼になる体質もあるので運ばれた病院は佐々木家によって手配された場所だ。
雀が言うには「そっち方面の知識がある人」がいるらしい。
清秋も雀と共に付き添いとして救急車に乗っていきたかったのだが、同時に到着した警察によって引き留められた。
そういった理由から清秋は簡易適に取調室と化した職員室横の応接室にいた。
「たく、杉山がいなくなったと思ったら次は清水出美がらみの事件とは。ほとほとついてねぇな俺も」
清秋の向かいのソファに深々と腰掛けているのは山田という刑事だ。
訳あって清秋は前で煙草をふかしている中年とは顔見知りなのだが、それであっても一度会っただけなので愚痴を聞くほどフランクな間柄になった覚えはない。
「だから清水出美とはかかわらねぇ方が良いって忠告しといたのによ」
しかも目の前で撃たれた者の事を遠慮なく口にするのはどうなのだろうか。
「で、聞きたいことというのは?」
「ああ、そうそうお前さんに話を聞くんだったな」
上体を起こして膝の上に腕を起き、煙草を恥皿に押しつけながら刑事は残った煙を吐き出しながら
「て言っても聞きたい事はあんまりないんだ。清水出美が撃たれた時の状況を教えてくれ」
「状況って言っても突然でしたから」
「何でも良いんだ。周りに何人ぐらい人がいたとか」
清秋はそのときの光景を思い出すが、周りに人がいた覚えはない。
「じゃあ銃声は清水出美が倒れてから何秒ぐらいで聞こえた?」
「え?」
「いやさ、周りに人がいなかったってことは遠距離から狙撃されたってことだろ? じゃあある程度の距離があるってことだ。つまり」
「音より弾の方が速いってこと?」
そうだ、と言いながら煙を吐き出す。
「でも銃声はほぼ同時に」
清秋の記憶ではその時の視覚や聴覚に違和感は感じなかった。音が遅れたり速かったりすればすぐに気づくはずだ。
「やっぱりそうか。いや、遠距離射撃じゃないことは本当のところ予想できていたんだ」
「それはどういうこと?」
「銃ってのは射程距離ってのがあるのはしってるか? 一般的な狙撃銃なら有効射程はまあ千メートルってとこなんだが、今回使われた弾は33口径で一般的に警察が持っているような拳銃と同じなんだ。ちなみに警官が持ってる銃の射程はせいぜい五十メートルってとこだ」
「つまり五十メートル以内から撃ったってことなのか?」
となるとおかしい。
清秋はその時周りに人を見なかったのだ。五十メートルとなると視界に写る距離だし、中庭は見晴らしもよくましてや昼休みとなるとそこらじゅうに生徒がいるので銃を持って狙うことなどできないだろう。
「ピストルの威力を上げたり、飛距離を伸ばす装置やらがあれば可能かもしれないが、そんな魔法みたいな機械があるはずもないしな」
そこで一旦口を止めて、取り出したタバコに火を点ける。
ひと呼吸分ゆっくり吸ってため息のように煙を吐き出した。
「まあそんなところで捜査は全くすすまんので、こうして学生相手に関係者にしか話さないような内容も言ってるのさ」
「それは刑事としてどうなんだ」
「はは、これでも話す相手は選んでるんだぜ。俺の見立てじゃおまえさんは口が堅い方、というかあまり自分からは口を開かない方だろう。それに何も考えてないように見えて結構頭の切れると見た。そう言う奴にある程度の与えておけば時々当たりを引き当てるんだよ」
長年のカンみたいなもんさ、といって新しい煙草に火をつける。
確かに頭が切れるかは別として前半は合っている。それにこの刑事は他にも清秋の性格や癖などもこの少しの会話のうちによみとっているだろう。
「そういうわけだから、何か手がかりになりそうな事を思い出したり気付いたりしたら連絡をくれよ」
自分の名刺の裏に携帯の電話番号とメールアドレスを書いて清秋に渡す。メールアドレスの横に「21時~」と書いてある。どうやら日中は電話、夜はメールということらしい。
「刑事なら夜中でも仕事しろよ」
「重要な用なら夜でも働くさ」
つまり学生から得られるような情報は参考程度でそこまで役にたつものでもないという位置づけなのだろう。
これで事情聴取は本当に終わりらしい。
これ以上は何も話さないと言うことだろう、山田は無言で部屋から出ていけという素振りをする。
清秋としてもこんな煙草臭い部屋に長くいるのは苦痛だった。ソファから立ち上がり、早く廊下に出て新鮮な空気を吸おうとドアへ向かう。
「あー、ややこしい事になりそうだな」
気だるそうに呟かれた独り言に押し出されるように清秋は部屋を後にした。