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2.非日常な中の非日常の始まり

「へー、んでその上司ってのが面倒なの?」

「いや、面倒というか、まだノリについていけないというか」

 翌日の昼休み、清秋は食堂の窓際の席で愚痴をこぼしていた。もちろん一人で話しているわけでなく、それを聞く相手がいる。

 清秋の向かいに座るのは清水出美という少女だ。

 彼女が清秋よりも年上だと言うことは学年によって違うスリッパの色で明確だが、それをのぞいても少女は大人びていた。

「でもおもしろそうな人ね。私、関西弁ってテレビでしか聞いた事ないから、一回会ってみたいわ」

 しかし、にこりと笑うその笑顔は、容姿とは相反して少女のような無邪気さがただよっていた。いや、実際に少女なのだが。

「でも正直面倒なだけですよ。相手のボケにたいしてツッコミをしないと怒られるし、したとしても下手なツッコミだと怒られるし」

「とりあえず怒られるのね」

 と、苦笑いを浮かべた後に

「でもバイトってそんなもんでしょ。嫌な上司でもつきあわなきゃだし」

「いや、別に嫌いというわけではないんですが」

 ちなみにオカルト部のことを最近始めたバイトということで話をしている。

 部活だと言うと活動内容とかを説明するのが面倒だと思ったのが理由の一つだ。

 実際何をするのか清秋自身も理解できていないし、魔法とかを使う人たちが集まってる部活、としか表現できない。

 そんなことを普通の人が信じるわけはないし、むしろそう簡単に信じる人の方が信じられない。

「それも勉強だと思ってがんばりたまえよ少年」

 と言う出美も年齢としては学年が一つ上であるだけだ。

 しかもこの先輩の家柄ならバイトなどしたことはないだろう。

「む、私がアルバイトをしたことないと思ってる?」

「先輩は人の心が読めるんですか? まさか、こんな金持ちで箱入り娘の世間知らずのお嬢様なんか父親の肩たたきでお小遣いをもらう事をバイトだと思ってるんだろうな、なんて思ってたことも……」

「そんな作り話の中でしか出てこないようなお嬢さまがいたらお目にかかりたいわ。学校に来て友達と話をしたりするんだからそれぐらいの知識はあるに決まってるでしょ」

「じゃあ先輩はどんなバイトをしたことがあるんですか?」

 その質問に対して出美はよくぞ聞いてくれましたとばかりに胸を張って

「テストの試験官のバイトよ。知り合いの塾でね、模擬試験のテスト監督をしたの」

「試験官、ていうとだれでもできるという定番のバイトじゃないですか」

 あまりに普通の答えだったので拍子抜けだ。

 というかあれはあれでキツいと思う。何もせずに延々と時間を測っとくだけの仕事。

 このよく喋る先輩が数時間も黙り続けて入れたのだろうか。

「あれは楽よね。生徒が問題解いてる間に漫画読んでても居眠りしててもいいし」

「……」

「あ、でも私はちゃんと働いたわよ。生徒のわからないところは教えてあげたし、難問だと思った問題は黒板で丁寧に解説もしてあげたから。その後、塾の先生がこんなに皆の成績が良かったのは初めてだとか言って感動してたわ」

 いやいや、それはもはや試験監督ではなく塾講師になってしまっているのではないだろうか。それが受験とかの模試なら生徒が自分の成績を勘違いして実力に見合わない学校とか受けてしまうこともあるし。

「でも最近の大学受験ってそんなに難しくないのね。私でも解ける問題だったし」

「高校生が高校生に授業したのかよ!」

 ああそうか、この人は頭も良かったのだ。

 清秋は心の中でため息をつき、それだけの学力なら家庭教師でもした方が儲かるのではないだろうかと思った。

「でもやっぱり試験監督はバイトに入らないでしょう。バイトって言うともっとこう、接客とか肉体労働とか」

「エロいお仕事?」

 真顔で疑問を投げかけてくる目の前の先輩はわざと自分を困らせようとしているのか。それとも単純にそういった思考の持ち主なのだろうか。

 後者だとしたら男子高校生並の思考回路である。

「そういう方向じゃなくてですね」

 相手が男ならそのまま話に乗っかっていくのだが、清秋はそこまで無神経になれないので彼女の思考に軌道修正を入れる。

「ほら、コンビニとか工事現場とか。まあ女性が工事とかはしないでしょうけど」

「あ、あるわよ肉体労働」

「先に言っておきますけど肉体労働っていうのは体力を使うような仕事ですからね。はい、じゃあ何のバイトをしたんですか?」

「看板持ち」

「何か違うような気がする」

 確かに一日中看板を持っているのは体力を使うけれども、肉体労働というのだろうか。

 というかこの人は何もせずにじっとしとく仕事しかしたことがないのか。

「ところで、君が始めたのは何のバイトなの? さっきから先輩に対するの愚痴ばかりで肝心の仕事内容を聞いてなかったわ」

「あ、えーと。説明しにくいんですが、分類するとボランティアに近いかな」

「ボランティアならバイトじゃないじゃない」

「活動内容がボランティアみたいな」

 苦し紛れの嘘に対して出美は少し首を傾けながら

「ゴミ拾いとか手伝いとかする仕事?」

「うーん、そんな感じですかね。基本的には上司に言われた事をなら何でもする仕事ですかね」

「何でも屋、みたいなものかしら。でもその会社って大丈夫なの?」

「?」

「だってその先輩もだけど社長はもっと変わった人何でしょ」

 その言葉に清秋は苦笑いをしてごまかす。

 というのもその社長(実際にはオカルト部の部長)は何を隠そう目の前の先輩なのだ。

 ただし清水出美であって清水出美ではない。いや、清水出魅であって清水出美ではないと言うのが正しいだろうか。

 目の前の少女は午前と午後の六時を境にして昼には出美、夜には出魅の人格がその体を支配する。

 現在は昼の人格は人なつっこい先輩といった感じだが、夜の人格は傍若無人。更には人格だけでなく、念力が使える吸血鬼という最強最悪な生物に変化してしまう。

 しかし出美自身は自分の中にもう一つの人格があることを知らないようだ。つまり昼間は吸血鬼の能力も持たない一般人ということだ。

「まあ僕自身も社長とはあまり会ったことがないんですけどね」

 言いながら食べ終わった定食の食器を重ねると、それを見た出美もなんとなく手に持ちっぱなしだったスプーンを皿の上に乗せて席を立つ。

「そっか。じゃああまり変な人呼ばわりも悪いかもね。話して見れば以外と良い人かもしれないし」

 食器を所定の場所に返した二人はそのまま食堂出口横にある自販機の前へ。

「逆に悪い人かもっていう可能性もありますけどね」

「む、そういうネガティブな思考はだめだよ」

 口元をへの字にして半目で清秋に視線を送った後、その目を自販機に展示されている商品に向ける。

 すでに小銭は入れたらしく、それぞれの商品下にあるボタンが青く点灯していた。

 口元に人差し指を添えたまましばらく目を左右に往復させた後、「今日は百パーセントオレンジな気分ね」と言ってボタンを押す。

「若い内はポジティブシンキングが幸せへの近道なのだよ少年。それは学生生活全般に言えることだね」

 わざとらしい口調で言いながら取り出し口からみかんをモチーフにしたキャラクターが描かれた紙パックを取り出す。

「そんな未来ある少年にはこの『採れたてみかんの幹まで絞ったひゃくぱーせんとじゅーす』を進呈しよう」

「あ、ありがとうございます」

 続いて依然口調を戻さない先輩は牛の絵がプリンとされたミルクティーを手に持っている。 オレンジな気分ではなかったのだろうか。

 会話は一度そこで途切れ、沈黙を保ったまま中庭に置かれた木製のベンチに並んで腰掛ける。

「でもね」

 口を開いたのは出美だ。

 くわえていたストローに下唇をつけたまま

「人間っていう生き物は本当につらい時って前向きな考えなんて浮かばないの。それは脳の構造上しかたないこと」

「じゃあ、そういう時はどうすればいいんですか」

「そうなった時を考えるんじゃなくてそうなるまでを考えるのよ。日頃からポジティブ思考、どんなことに対しても新鮮味をもって接するのよ。そうしておけば、もし気分が落ち込むことがあっても、その落ち具合が変わってくるわ」

 まるで本からそのまま抜き取ってきたような考え。

 清秋はその手の本を読んだことがあるわけではないが、彼女の口調は録音した声を自分の口から発しているだけのような、まるで自分に言い聞かせているようにも聞こえた。

「僕にはちょっと難しいかもしれないです。他に方法はないんですか」

「フフ、そこで他の方法を考えるの?」

 出美は紅茶を少し口に含んで考えた後

「あることにはあるわ。ただし私はおすすめしないわね」

「……」

 沈黙を聞きたいという意思表示とうけとったのか、出美は続ける。

「常に期待しないこと。こんな上手くいくはずがない、今回上手くいったから次はだめだろう。そう考えるのよ。そうすればもしも自分が失敗したり不幸なことが起こってももともと期待していないのだから気分が落ち込むことがなくなる」

「でもそれって」

「そうよ、日々の人生のハードルが下がる。すごく簡単なゲームをイージーモードでプレイしているようなものね。やがて期待感というものが完全に消失してしまって、全ての事に興味がなくなる。そしてどんな不幸な事があっても笑ってすませられるようになるの。ああ、思ったよりかは良い結果になったな、ってね。そんな人生って楽しいかしら。ううん、楽しくないの」

 そこで一呼吸置く。

 そして深呼吸のようなため息をついた出美はにっこりと笑みを作り

「だからポジティブにいきましょう。思った通り悪かったから、じゃなくてきっと次はできる、って考えで人生楽しく生きましょう。ていう先輩からの説教でした。はい、おしまい」

 言うとベンチから勢いよく立ち上がる。

 と、同時に出美の話が終わるのを待っていたかのようにチャイムの音が響く。

「ほら、もう予鈴が鳴ったわ。一年生の教室はここから遠いんだから早く行かないと間に合わない……」

 しかしそれ以降の言葉は続かなかった。

 代わりに巨大なクラッカーを鳴らしたような乾いた衝撃音が鼓膜を震わせる。清秋がそれに疑問を感じる間もなく出美の体は受身もとることなく地面と衝突した。


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