連城姉妹の日常③
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ピッタリとくっついた二つの布団に、高校生の姉と中学年の妹が二人。
寂れたアパートの、二人部屋としてはいささか狭すぎるこの寝室で、今日も私たちは互いに身を寄せ合うようにして眠る。部屋の灯りは消したけれど、カーテンの隙間から街灯の薄ぼんやりとした光が差し込み、隣で横になっている美里香の顔を仄かに照らす。
「JADEの新作CD、紫苑が明日くれるって」
「本当!? やった! 楽しみだなぁ!」
JADEというのは、私の友人──黒曜紫苑が在籍しているロックバンドのことだ。彼女は高校のクラスメイトで、JADEではギターを担当している。
プロデビューを目指して精力的に活動をしているJADEは、私も美里香も大ファンなのだ。
「それと、ライヴのチケットも。来週の土曜日なんだけど、バイトが休みだからさ……一緒に行かない? 美里香の分のチケットもくれるって」
途端に、美里香がガバッと布団を押し上げ身を起こした。
「お姉ちゃんも一緒なの!? うっそ! 行きたい行きたいすっごく行きたい!」
うん。予想通りの反応でなによりだ。
「JADEのライヴ行くの、久しぶりだな……。私が行けなかったときも、美里香だけで行ってくればよかったのに」
「だって、ライヴハウスってなんだか怖いんだもん。お姉ちゃんと一緒じゃなきゃ無理だよ」
たしかに、ライヴハウスには独特の雰囲気がある。ロックバンドのライヴだと、観客の盛り上がりも激しい。
薄暗い密閉された空間、演奏前のつかの間の静寂……それを一気に撃ち破る、音の咆哮。激しく点滅を繰り返すストロボは、演奏者の気迫をより際立たせる。
そしてなにより、バンドと観客が織りなす一体感……
自然と同じリズムで腕を降って、ボーカルに負けじと観客も叫ぶ。CD音源では味わえない高揚感が、ライヴハウスでは味わえるのだ。
そんはライヴハウスだけれど、美里香のような中学生にはちょっと怖いところなのかもしれない。
高校生の軽音部が集まって開催するようなライヴならいざ知らず、JADEは紫苑以外のメンバーは全員成人だ。観客の年齢層もそれと同じで、しかも大の大人たちを筋肉痛になるまでヘッドバンキングさせるくらい盛り上げることができつわものだ。美里香のようなちっちゃな女の子など、冗談抜きで踏みつぶされてしまうかもしれない。
──けれど、私は知っているよ、美里香……
「お姉ちゃんとライヴ……嬉しいなぁ」
はにかむ美里香の顔を見て、私は少しだけ切なくなった。
美里香はきっと、私を差し置いて自分だけ行くのが許せなかったんだよね。
バイトばかりで遊びになんて行けない私だけれど……私の分まで美里香にはいっぱい遊んで欲しいのに。私がお小遣いをあげても、自分のことには全然使おうとしないんだから……
まったく、困った妹だ。
自分のお小遣い貯めて、毎月私にプレゼント買ってくれるんだもの……これじゃあなんのためにお金渡してるのかわからないじゃない。
本当に、優しいんだから……
それと、本当に私のことを好きでいてくれてるんだね……
「今度の日曜は、朝から一緒にお出かけしようか」
「いいの!?」
「うん。美里香の行きたいところ、どこにでも連れて行ってあげる」
「じゃあじゃあ、ラブホテ……」
「却下」
「えへへ、そうだよね。私たち二人暮らしなわけだし、家ですればいいもんね!」
「するって、何をよ」
「い、言わせないでよぉ……お姉ちゃんのエ、エッチ……」
しまった。今のはつっこむべきじゃなかった。急に純情ぶったりして……
「ってわけで、却下されちゃったのでお姉ちゃんの行きたいところがいいと思います! どこに行きたい?」
「美里香の行きたいところでいーよ」
「ううん、お姉ちゃんの行きたいところでいいよ」
「美里香の行きたいところが、お姉ちゃんの行きたいところだよ」
「お姉ちゃんの行きたいところが、美里香の行きたいところだよーん」
お互い顔を合わせて、クスッと吹き出した。これじゃあ一生平行線だよ、まったく。
どこに行こうかと提案し合っているうちに、夜が更けていった。結局、駅前のショッピングセンターで適当にお買い物をすることに決まり、今晩はもう眠ることにした。
「お姉ちゃん、お休み」
「うん、お休み」
すぐ側で美里香の息遣いや体温を感じながら、私は目を閉じた。閉じて、身体を反転させ美里香に背を向けた形になった。
黒く閉ざされた視界の中で、私は考える……
──美里香は本気で、私に恋している。
はっきりそうだと気付いたのがいつ頃なのかは、もう思い出せない。こうして二人暮らしを始める前からだったのは確かだけれど。
私は恋愛経験などほとんどないに等しい。しかし、恋愛事に感しては鋭いほうだと自覚している。美里香の私に対する思いは、明らかに姉妹愛のそれを超えている。完全に恋する乙女だ。
女同士なのに。姉妹なのに。
正直、私には正しい向き合い方がわからない。美里香の気持ちを受け入れるキャパシティが圧倒的に不足している。そもそも私自身の理性が、実の妹との恋など望んでいない。
だからなのか……
それに気付いているのか、美里香は冗談めかして「好き」と言うだけで、本気の告白などしてこない。下手に隠されると私も気まずいので、オープンにしてくれているのはむしろ助かるかもしれない。
願わくば、この平凡な日常がずっと続いて欲しい。
美里香とはずっと、仲のいい姉妹でいたいから。
今日という日常も、もう終わり。朝起きれば、今度は明日という日常が始まる。
特に刺激もない毎日を繰り返していくけれど……
きっとこんな毎日が、大切な想い出になるはずだから。
おやすみ、美里香。
次回は別の登場人物の視点で物語を進行します。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
登場人物の簡単なプロフィール
連城優
高校二年生の、背の高いショートカットの少女。
妹の美里香と二人暮らしで、アルバイトに忙しい。一応、親戚関連からもお金はもらっている。
連城美里香
中学二年生の、背の小さいポニーテールの少女。
姉とは違い社交的で陽気な性格。重度のシスコン。
家事は万能な様子で、姉のメンツも危うい……?