連城姉妹の日常②
「今日はね、すっごく久しぶりに虹を見たんだ! ほら、四時半くらいに夕立が降ったじゃん? 十分くらいで止んだけど、その後大っきな虹が架かったの! お姉ちゃんも見た?」
「そうなんだ。バイト中だから気付かなかったな。綺麗だった?」
「うん、とっても! お姉ちゃんにも見せてあげたかったなぁ……って、写メ撮っとけばよかった! ごめんお姉ちゃん! 連城美里香、一生の不覚ッ!」
「こらこら、動かないの。じっとしてて」
夕飯を食べ、入浴を済ませた私は、風呂から出てきたばかりの美里香の髪をドライヤーで乾かしている。
姿見の前に美里香を座らせ、その背後から彼女の髪に手を通す。美里香の髪は長くて艶があって、枝毛はない。美しい髪だ。
私の髪は、すでに美里香に乾かしてもらった。
私はショートカットだから髪を乾かすのに時間はあまりかからないけど、美里香はいつも「私が手入れしてあげる! いや、させてください!」と言って聞かない。
かと思えば、自分から「私の髪を乾かして」などとは言わない。
美里香は甘えん坊でありながら、私に対してけっこう気を使うし、遠慮をする。美里香が風邪を引いたときだって、笑顔を崩さずに私に隠し通していたこともあった。バイトで忙しい私に余計な時間を使わせたくなかったのだろう。
甘えん坊というよりはむしろ、過保護と言ったほうがいいのかもしれないな。
もうちょっと私を頼ってくれてもいいのに……なんて、時々思ってしまう。
「それでね、お姉ちゃん、虹が出たときのおまじないってしってる?」
「おまじない?」
「うん。虹に向かって思いっきり石を投げると、願い事が叶うっていうおまじないだよ!」
なにそのワイルドなおまじない。
「学校で雨宿りしてから帰ったんだけど、その時に虹が架かっててね! 急いで河原までダッシュして、思いっきり投げてきちゃった」
「美里香ったら、そんな危ない真似……」
「えへへ、ちゃんと人がいないか確認して投げたから大丈夫だよ。それにあの河原ってすっごく広いし」
まあ、美里香の華奢な肩じゃそんなに遠くに飛ばないだろうし、美里香はやんちゃな面もあるけど気が回るから安心していいだろう。
──おまじない、かぁ……
私がそういった類のものに興味を持たなくなったのは、いつからかな。年頃の女の子らしくないよね。
昔はこれでも、乙女チックなところがあったはずなんだけど……
美里香の髪を乾かし終わったので、今度は櫛で梳かしていく。
そのサラサラな髪に触れながら、何の気なしに聞いてみた。
「ところで、美里香は何をお願いしたの?」
「えっとね……内緒、だよ」
あれ? 意外だな。
美里香のことだからきっと、「お姉ちゃんと結婚できますように!」とでも答えるかと思ったのに。にんまり微笑んだだけで、何をお願いしたのかは教えてもらえなかった。
「でもね、願い事が叶ったらお姉ちゃんにだけこっそり教えてあげる」
鏡に映った美里香の笑顔はとても柔らかだったけど……
ほんの少しだけ、切なそうにも見えた。
それを見た私は、夕飯のときに美里香がしていた太極図の話を思い出していた。
──白の中にも黒は有って、黒の中にも白はある。
喜びの中にだって、ほんのちょっとの悲しみってやつがあるのかな。