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同好会の逆襲!  作者: 火原黒芳
第二話 夏休み直前の出来事
2/5

第一話  逆襲同好会

 高校三年になって、約二カ月が過ぎた頃だ。

 六月も後半に差し掛かると、生徒会選挙があったりして結構騒々しいが、毎年誰に投票したって同じようなもんだろうと思い込んでいる俺には、今年の選挙はエンジェルが降臨したカーニバルみたいだった。なにせ、あの学校のアイドル、円が出馬したってんだからな。もちろん俺は速攻で用紙に円の名前を書き込んでやった。

 倉敷円。

 俺のオアシスは今日も癒しの水を湧き立たせる。

 しばらくして円が生徒会長に無事当選した。残り数ヶ月の学生生活も潤沢なものになりそうだ。アイドルが生徒会長ってだけで腹は満腹だ。

 円、特に学校を良くしようとか難しい事考えなくていいからな。

 さて、話は少し戻って、六月の上旬頃の話になる。

 

 この時期、学校の入り口にある、アジサイが花を付ける。

 ここ皆平高等学校は、校舎のたたずまいも築五十年以上が経ち、見た目も古めかしいコンクリート造りだ。

 山の中にできており、坂道や獣道などを歩きようやくたどり着く。俺は自宅から電車で三つほど駅を越えてやってくる。

 校舎が古いのはたいして問題じゃないんだが、教室の自分の机に穴が空いてるのがはなはだ疑問だ。この穴を空けた奴は相当暇だったんだろう。机の隅の方だが、深さ三センチ程度の穴を鉛筆や、シャーペンで空けたと思われる。

「ショーシャンクの空に」っていう映画がある。いつだったか英語の先生が授業の時、突然見せてくれたことがあった。主人公が牢獄に入れられ、牢屋の壁に穴を開けたシーンがあった。この机の小さな穴は「ショーシャンクの空に」の主人公の欲した自由への執念と度し難いほどリンクしない。退屈な授業からか、就職難という憂いからか、俺みたいにこの先の人生が真っ暗だったからか、この机に穴を掘った先に「ショーシャンクの空に」の主人公が見た、海辺に広がる青空と水平線が見えたのか? 動機に同情できたとしても、わざわざ鉛筆やシャーペン、もしくはハサミやカッターなどで穴を掘ろうとした行為に対しては気持ちを共有したくはない。

 校舎の老朽化は目をつぶってもいいが、机くらい立派な物を用意してほしいもんだ。

 制服も衣替えになる。男女ともに寒い季節はブレザーだが、夏は白のポロシャツや半袖ワイシャツだった。

 男子の中には、制服のズボンの裾を脛辺りまで上げ、ポロシャツの裾をさらけ出している奴もいる。もはや制服とは言えない容姿だ。

 女子のスカートは水色主体のチェック柄だった。この季節には清涼らしさを醸し出していて、より好感が持てる。

 その日の前日は、新しく発売されたゲームソフト、「最終幻想世界2」というロールプレイングゲームを徹夜でやり通し、日中はほとんど眠気に襲われ、大半の授業は眠りそうになっていた。瞼ってのはこんなに重かったっけ? と思わざるを得ないくらい、どうにもならない眠気が襲って来る。

 瞬きをするごとに視界に降りてくる瞼の影が、俺の学生生活を居眠りで終わらせるかのような、ギロチンみたいな残影に見えてくる。瞼の影が下りるたびに、俺の首もガクンと下がるので、実際ギロチンの刑は執行され、俺の首も幾度となく地面に転がっている事になる。勘弁してくれ。

 ようやく午後の授業が終わり、何とか居眠りで先生に怒られる事もなく、無事に一日が終わりに近づいてきた放課後。

 学校が終わる事で、意外にも眠気が無くなって、気分もどこか爽快になっている事に気付いた俺は、瞼ギロチンで自分の首と単位を落とすのを、新しいスリル体感ゲームになるんじゃないかと、うすらぼんやり考えていた。

 三年は校舎の三階に教室があり、一階まで降りるのは結構面倒くさいが、眠気を乗り越え、ギロチンを交わし、成績を落とすのも回避した俺は、今夜またゲームの幻想世界に身を投じる事を思うと、にわかにわくわくして仕方がなかった。

 飽き飽きしてきた、と言ってもやはり喉から手が出るほど欲しかった新作には文句も言えない。だが、いずれこのゲームにも飽きてくる。作り手がユーザーのためを考え、やり込み要素をふんだんに盛り込んでいたとしても、必ずといっていいほど飽きは来てしまう。

 そんな事を思ってあくびを一つしながら、三階の階段を降り終わる時、

 あれ? 何だかまだ眠いな……。

 と思って、最後の段を踏み外してしまった。足をひねって床に倒れる直前、手を前に突き出すが、運悪く人影が俺の目の前に現れた。


 ――ぶつかる!


 そのまま、俺とその人影は床に倒れこんでしまった。

 痛くはない。若干手の指が痛いくらいだが。

 なんだ? この柔らかい温もりと甘い香り……。ここは天国か? 俺は死んだのか? おいおい、冗談はよしてくれ。ゲームまだ半分もやってねーよ。

「あの、大丈夫?」

 女子の声。

 ふと眼を開けると、長い黒髪にくりんとした大きな瞳で俺を見つめている女子の顔が鼻先にあった。

 俺は現状を理解した。

 俺が顔を埋めて、柔らかいと思っていたのはこの女子の胸でこの女子が着るサマーセーターの温もりだったのだ。香りももちろんこの女子のものだ。

 要するに俺は階段から落ちそうになったのを、この女子の胸がクッション代わりになって、痛さが軽減したということだ。

 俺が今この女子の体に覆いかぶさっているという事になる。おかげで命拾いしたが、階段が残り一段てところでこける俺もいかがなものかと思ってしまった。

 そんなことよりこの女子だ。何気に可愛い顔をして頬を赤らめ、俺を見つめている。

「あ、ああ、だ、大丈夫だ。ごめんな、痛かったか?」

「うん。大丈夫。ちょっと痛かったけど」

 そう言うとその女子は俺の手を掴み、力強く手を引っ張る。何気に力あるなこいつ。

「ちょっと、お願い聞いてくれる?」

 女子は顔を逸らしながらそう言うと、俺の手を引っ張りながら走り始めた。彼女の腰のあたりまで伸びた黒い髪が、ひらりと風に乗る。

 俺も確実に悪い事をしたと思っていたので、申し訳なさも相まって彼女についていくことにした。

 一体どうしたんだ? お願い事ってまさか……。

 ふしだらな妄想が俺の脳裏をよぎった。

 この女子、胸に顔を埋めたのに対して、”その気”になってしまったんじゃないか? どっか物陰に隠れてこれから、スリスリヘロヘロやろうって寸法なんじゃないか? 俺は心の底で、いやらしい笑みを浮かべていた。

 女は男よりエロいっていう話を、クラスメイトの飯塚が言ってたっけな……。あいつも思春期の男らしく、いつも女作りてえーとか言ってたっけ。すまん、飯塚。俺はお前よりも先へ進ませてもらう。もしこの後事に及んだら、エロ本で読んだ事を真似するしかないかな……。

 とうとう俺もその時が来たんだ! 


「わたし、あなたのことが前から好きだったの」

 誰もいない教室。教室備え付けのクリーム色のカーテンを閉めきり、夏の夕刻の明かりが教室を淡い色彩に包んでいる。

 恥じらいを隠そうとして困り顔を見せる彼女はそう告白をした後、一つ一つワイシャツのボタンを外していく。

「ああ、俺もお前が好きだ」

 俺はそう言って、彼女の腰に手を回し長い髪ごと抱き寄せた。

 潤んだ瞳で、俺を見上げる彼女。

「これじゃ脱げないじゃない」

「このままでいいだろ」

 そして、彼女の口元にキスをする俺。彼女も俺の唇をせがむように求めて来る。俺は、腰にある両手をゆっくり動かし、体の深部を探り当てる。湿り気と熱さを伴う彼女のデリケートな部分を、下着の上から優しくほぐしていく。

 その間も、俺と彼女は愛撫を続ける。口の中で、彼女と俺の唾液と舌が混ざり合い、彼女の息遣いも激しくなる。愛らしく女らしいその息遣いが、一心不乱に彼女をねだる俺の理性をさらに掻き乱す。彼女の呼吸と俺の呼吸が口の先端で交わり……。

 

 んでもって手をあんな感じでああしてみたりこうしてみたり、上下左右に動かしてみたり……。

 などと俺は妄想を張り巡らしていた。男なんてそんなもんなんだぜ? 高三の青臭いやつが童貞という誇りと欲求不満をエネルギー源に、ふと考えついたこんなピンク色した妄想なんてものは、高三男子の頭の中だけにしておきたいもんだよな。 

 手首を掴む彼女の手のぬくもりがやたらリアルで、妄想をさらにかきたてるが、これ以上妄想しても自分の股間が危うくなるので、というかすでに危ういのでここは割愛。後で実況中継が待ってます。

 彼女と俺は、一年から三年までの教室のある東棟から職員室や視聴覚室がある西棟へ行くための渡り廊下を走り抜けていた。

 西棟の二階までたどり着き、職員室の前にある通りをまっすぐ行くとあるパソコンルーム。

 その脇に小さく第二サーバールームと書かれた部屋があった。

 第二サーバールーム? こんな部屋がパソコンルームの脇にあったのか?

 目立たずにひっそりとあるその部屋は、パソコンルームを利用する生徒たちの中にでさえ、気づいている者がいるかどうか定かではない。

 ましてや、職員室がある棟は生徒たちの私物を置いたり、その教室さえもない、人気があまりない場所だった。

 彼女はいそいそとスカートのポケットから鍵を取りだして、第二サーバールームの南京錠を解錠すると、キョロキョロ廊下を見回して、俺と一緒に中に入った。

 ここでやろうってんだな。童貞捨てる覚悟はできてます姫!

 中に入ると、サーバーなんて代物は皆無に等しかった。

 中は個室になっておりかなり蒸す。六月のこの時期、真夏の予行演習みたいな暑さがあり、この部屋も同等かそれ以上のの気温がありそうだった。

 俺の部屋と同じ位の広さに見えるから、六畳かもう少し広いくらいだろう。

 壁や天井、床は白く、入って奥の真向かいの壁には、くすんだボロボロの換気扇と窓があり、その下には昭和っていう雰囲気の古めかしさが漂う扇風機が置かれている。会議室等で使う長い机が入って左の壁際に置かれており、机の辺りにはパイプ椅子が五つほど雑に置かれている。右側にはホワイトボードがあった。

「なんだここ……」

 俺は思わずそんなことを口にした。

「適当に座ってくれる?」

 その女子はそう言うと、廊下をこっそりと見て引き戸を閉めた。そして付近のパイプイスに座り、机の下から何かを取り出そうとごそごそしている。

 俺は立っているのもなんだろうと思い、彼女と同じように座った。未だこの状況は俺にとって、優なのか劣なのか、判定しかねる。

 しかし、頭の奥底では否応にも妄想は膨らむ。

 実際やるにしたってゴムがない。責任取ろうにも俺は今学生だ。事に至ったらお互い困るには困るのだろうが、おふくろがいつだったか言ってたっけな、”惚れるより慣れ”だって。それに俺も男だ。責任だって取ってやるさ。うちは祖父の代からの酒屋だし、家業つんで嫁と娘三人で仲睦まじく……。

 あれ? なんで娘だって決まっちまってんだ?

 それはそれとして、子供だったらなんて名付けよう。女の子だったら生徒会長からとって「円」、男の子だったら俺の名前からとって「京平」なんてのはいかがなものか?!

 いやしかし、待てよ。円だったら、イニシャルが佐々木円だとしてM.S……、モビルスーツか! こいつは盲点だった!

 なんて、妄想もここまでに達するとひど過ぎるもんだ。この間三秒弱。

 机の下の棚があり、そこで何かを探していた彼女は、ボールペンと紙切れを俺の目の前に差し出した。

 紙切れには枠があり、名前とクラス、性別等が記入項目として枠の中にあった。枠の上には、「ご入会手続」と書かれているが、これらは手書きで、丁寧な字で書かれているものの、どこか適当さ加減が伝わって来る。

「これ何?」

 俺は躊躇して、彼女に尋ねた。

「お願いがあるのよ。わたしの作った同好会に入ってもらえないかしら?」

 彼女は笑顔だった。俺は話の意図が掴めず、彼女にさらに質問した。

「なんで俺が入らなきゃならない? それになんの同好会なんだ?」

「質問には一つだけ答えてあげる。逆襲同好会という会よ。わたしが作ったの」

「逆襲同好会? なんで俺がそれに入らなきゃならない? 入ったとして何か得することはあるのか?」

 と、二つ以上の質問は受け付けないと言われたばかりなのに、またまた質問を投げかけてしまう俺。しかし彼女はにっこりと笑って言った。

「あるわよ。保証はしないけど。でも、保証がないからと言って、あなたに断る余地はないんじゃない?」

 それもそうだな、と心の中で頷く。

「女の子にあんなふしだらなことをしておいて、詫びもしないなんて事はないわよね? 入会は詫び代わりよ」

 と、この女子は入会を迫ってきた。

 ここで俺はある策が浮かんだ。このままオーケーをして、幽霊部員として在籍するという手である。ところが、

「大和君にさっきの事を言いふらしてもいいのよ? それがあなたにとって、どういう事になるか、解らないわけでもないでしょう?」

 大和の名前出してきやがったか……。そうなると、俺の残りの高校生活は窮屈になることこの上ない。なぜなら大和の奴、妙に子供っぽいところがあるからな。女の胸に顔を沈ませた事を知ったら、まず光の速さで校内中に知れ渡る。奴の人脈は、一年から三年まで幅広い。ケンカが強いという事と、不良集団の頭をやってるってだけなのに偉い信頼があるからな。そうなると針のむしろだ。

 一年、二年の誰だお前って奴とか、三年の体育の授業で一緒になったくらいの、どこぞのクラスの奴とかに、すれ違っただけでちゃかされるだろう。おまけにそんな噂が女子にまで及んで、もし円が知ったとなると過ごしにくさがエスカレートするのは必至だ。この女、そうなると知って俺を追い詰めたいのか? 俺は考えに沈んでいた。俺には選択肢なんてものはすでになかったのだ。入るか? 入るか? しかない。俺は大和の名前を出されて、口の中がやたら乾くのを感じた。もう逃げ道はない。ここは入ると言って、幽霊部員を決め込むしか手はないか。

「わかったよ。スリスリへロヘロは残念だったが。その何とか会っての入ってやる」

「スリスリへロヘロ? あなた何言ってるの? ま、いいわ。これで決まりね。会員が増えてあたしも嬉しいわ」

 彼女はそう言うと、腕時計を見て「そろそろあの子たちが来る頃かな」と呟いた。

 俺はこの時、すでに彼女の出してきた契約書みたいな物に必要事項を記入していた。同時に朱肉を出してきたが、ハンコなんて持ってない俺に指印をしろというのか?

 名前を書いた時点で俺は気付くべきだった。そもそも、この女子と大和が知り合いなら、幽霊部員なんてできないんじゃないか、と。

 この女子が大和と何がしかの繋がりがあるとして、幽霊決め込んだ日には、大和から鉄拳が飛んで来そうだ。

 時すでに遅し。

 彼女は入会手続きの紙を取り上げて折りたたみ、スカートのポケットに突っ込んでしまった。別の意味で俺もそこに突っ込ませたかったよ。

 どうすればいい? もう後戻りはできない。この逆襲同好会が大和と浅はかならぬ関係があるとすると、空気も吸えない息苦しさなのは目に見えてる。逆襲って、誰に逆襲するんだ? ブラックジェノサイドと敵対する勢力とかそんなのだろうか?

 ふと彼女の顔を見る。楽しそうに鼻歌なんか歌って、断るに断れる雰囲気でもない。参ったなあ……。俺はただ落胆していた。

 その時、部屋の戸をノックする音が聞こえた。

「来たかな」

 と彼女は言いながら、引き戸の前に立つ。そしてこう言った。

「スタンリー?」

 すると戸を隔てた廊下から聞こえてきたのは、

「グッドスピード」

 という女子らしき声。

「オーケー! どうぞ入って」

 彼女がそう言うと、廊下から二人の女子が入ってきた。

 スタンリーグッドスピードってなんだ? と疑問に思ったが、入ってきた女子二人がやけに綺麗だったので、疑問は吹き飛んでしまった。

 いや、一人は女子と見まがうほどの美男子だった。センター分けの長髪で、顔が一瞬女に見えたが、制服のスラックスを履いているので間違いなく男だろう。もう一人は茶髪のベリーショートで、ギターケースを背負っていた。ボーイッシュな顔立ちだがスカートを履いている。逆にこっちにスラックスを着させると、男装の麗人て感じで似合いそうだ。

 今しがた入ってきた二人の男女はパイプ椅子に腰掛けた。

 部屋の入口から順に、俺を引っ張って連れてきた女子、短髪の女子、美少年、俺の順だ。

 美少年の方は通学用のバッグともう一つ、トートバッグを持っていて、中から結構大きめな紙を取りだしてきた。もう一人の男っぽい女子は、ギターを取り出して弾き語りのポーズを取り、そのまま目を閉じている。

「さて、自己紹介がまだだったわね。わたし、三年の棚野映美よ。で、そっちの美男子が一年の男鹿治くん。でこちらでギター抱えているのが、二年の弦間しいかさん」

 映美はそう言いながら前の方から俺に手を添えるようにして言った。

「で、こちらにおられる御仁は、新入会の……」

「ちょっとした成り行きで入会しちまった、三年の佐々木京太郎だ」

 と自己紹介した俺は、しいかに紳士気取ってアピールしてみた。

「よろしく、弦間さん」 

 と言って握手を求めてみたが、ギターを抱えたままのしいかは、

「あ? ああ、あんた三年だろ? あたしのことはしいかでいい」

 と、言ったきりギターの弦をいじっている。年下だっていう自覚があるなら敬語使えよ、と思いつつも、彼女の雰囲気はそんな事を言わせないオーラ全開で近付き難いものの、小顔で勇ましい表情は後輩なのにどこか姉貴分て感じもする。

「お、おお。よろしくな」

「よろしくっス先輩!」

 俺がしいかのにわかに怖さのある目つきに何とか応えると、隣に座っていた治が、美少女さながらの笑顔を向け挨拶をする。

「おう。よろしく」

「さて、程よい人数になってきたわね。しいかちゃんと治くん、わたしたちの本来の目的、忘れてないわよね?」

 と、映美が二人に尋ねる。二人とも返事をした。

「大和光司への逆襲、それがわたしたちの目的よ。いい? 京太郎くん」

 俺は映美の話においてけぼりを食っちまいそうだったが、突然話を振られはっとし「ああ」とだけ相槌をする。

 逆襲? 大和への? 俺の内心は、はてなマークで埋めつくされた。すかさず俺が映美に質問する。

「ちょっと待て。大和への逆襲って、お前、大和とつながりがあるんじゃないのか? だからさっき俺を脅したんだろ?」

「脅し? 何のこと?」

 すっとぼける映美。

「もう忘れたのか? この復讐だか、逆襲同好会だかに入らないと、大和に言いふらすって言っただろう?」

「ああ、そのこと。わたしが大和くんと繋がりがあるのは確かよ。さっきのはそうでも言わないとあなたが入会しないと思ったからよ。ま、切り札ってわけ」

 大和の恐さは校内のみならず、皆平市中に知れ渡っている。ブラックジェノサイドの下っ端連中が大和の名前を出すだけで、金を巻き上げるっていうくらいだ。大和の名前を聞かされれば、そりゃ嫌でも入らざるを得ないさ。

 俺は肩の荷を映美に積まれ、その荷をまた映美に下ろされたような、言ってみれば無駄なことをされてしまったような気がした。一体何だったんだ? 切り札だったって、相手にばらしていいもんでもあるまい。

 だが、前向きにも俺は新たな楽しみがこれから増えるんじゃないかと思えてならなかった。ひょっとするとこれは、あの諸悪の権化、大和光司に痛い目をあわせられる絶好のチャンスが到来したんじゃなかろうか?

 俺は、このなんちゃら同好会の核心に迫る質問をした。

「大和にどうやって逆襲するんだ? 言っておくが、腕力とか格闘とか全然だめだぞ? ちなみに格ゲーは中の下ってレベルだ」

「中の下か。ま、そこは努力していただくとして、腕力だの格闘だの、そんな野蛮なことしないわ」

 映美が、すぐ力ずくで物事を解決させようとする俺の短絡さに、呆れた面持ちで言った。

「じゃあ、どうやって負かすんだよ?」

「治くん、今描いてる作品京太郎くんに見せてあげて」

 映美の言葉に、俺の左隣りにいた治が紙に何か描きながら「了解っス」と言い、映美は言下にしいかに対して「しいかちゃんもこのあといい?」と言っていた。しいかは口を尖らせ、どこか納得のいかない様子だったが、「わかった」とだけ言った。

 俺は、治が描いていた大きな紙を見やった。

 そこに描かれていたのは漫画だった。一見するからに、男同士が裸でオチョメチョメしている漫画だった。

 俺は内心ひどく動揺した。こいつ見かけが女に近いからって、こんなの描いているのか? と思いつつ、平静を装い、治に尋ねた。

「お前、ホモか?」

「ち、違うっスよ!」

 苦笑いで返答する治。

「じゃあなんだこれは? どう見たってボーイズラブだろうが!」

 すると治は、はにかむ少女のように頬を真っ赤にしながら、漫画を指さしこう言った。

「違うんス、違うんス。これ、こっちが大和さんなんス」

 治が指さす絵を凝視する俺。

 なるほど確かに、髪型とか顔付きが大和に似ているし、着ている制服はこの学校のものに近い。

 俺は凝視した目を、そのまま治に向けて言った。

「で、これがなんで逆襲になるんだ?」

「だって嫌じゃないっスか。本人が知らないところでこんなもの描いてたら……。ちなみにもう片方の野郎は、大和さんの子分です。こんな人いましたでしょ?」

 そう言われれば確かにこんな坊主頭の奴が、大和の周りをうろちょろしてたな。たいした観察眼だ。

「もっとちなみに、大和さんの方が受けって設定です。子分に無理矢理犯されてるでしょう?」

 受けとか攻めって、なんかの漫画で言っていたが、今このBL漫画と、治の解説でわかった気がした。

 なるほど、こりゃ大和に怨みでもありゃ、描いてる側は楽しいだろうな。だがこいつ、こんな卑猥なもんばかり描いてるのだろうか?

「お前、こんなもんばっか描いて何が楽しいんだ?」

「いやいや、これはたまたまっス。京太郎先輩を脅かそうと思って、この逆襲同好会用に描いてるんス。いつもはこういうの描いてるっス」


 そう言って、治がトートバッグからもう一枚紙を取り出してきた。

 一目でこちらの絵は、本気で力が入ってるっていうのがわかった。登場人物がいかにも少年漫画しかり、たてがみでやってやるぜーって目つき、迫力のある効果線、爆発とかパンチとか、治のこの作品に対する入れ込みようが伝わってきた。

「すげぇ。うまいな、お前」

 と思わず感嘆する俺。

「ありがとうございます!」

「お前もしかしなくても漫画家目指してるのか?」

「そうです!」

 その”そうです”は、「そうです、私が変なおじさんです」っていう名ゼリフみたいに、確信と自信が込められていた。いや、実際志村けんが、確信と自信を込めて、自分が変なおじさんであると言っているかどうかは置いといてもらいたい。

「彼うまいでしょ? 京太郎くん」

 と、映美が話に割り込んできた。

「ああ、お前ならマジ漫画家になれるんじゃないか?」

 と、俺が言うと治は照れ笑いしていた。お前本当は女なんじゃないか? っていうくらい、可憐な表情で。俺は映美に問い掛けた。

「こっちのホモ漫画は、どっかで発表したりすんのか? キモいけどもったいないだろう? こういうの喜ぶ女子とかいるんじゃないのか?」

「いいえ。さすがにこの作品はわたしも見せてもらったけど、同好会内のみの発表にしたほうがいいわね。これが外に漏れたとして、どこに大和くんに味方してる奴がいるかわからないし。こういうの好きな女子が、大和くんにチクるってことがないとは言い切れないじゃない?」

「ま、たしかにそうだわな。治はそれでいいのか?」

「はい。僕も大和さんに目を付けられるのは嫌ですから。この作品は公にしないで墓まで持って行きたいですね」

 治はそう言って原稿をバッグにしまった。

 逆襲か。

 この会が大和に対する逆襲をネタにして活動する理由は、ここにいる俺以外の三人に少なからず、”大和に逆襲しなければならないきっかけ”があったはずなのは間違いないだろう。まだ、しいかと映美がどんな逆襲をするのかは聞いてみないと解らないが、「大和への逆襲」という目的観は一緒のはずだ。この町の腫瘍みたいなもんだからな、大和は。

 ここにいる三人がブラックジェノサイド絡み、もしくは大和本人から攻撃を受けたのは偶然じゃないと断言できる。偶然じゃないと言い切れるくらい、ブラックジェノサイド、なかんずく、大和光司の存在は大きすぎていた。特に大和と年齢が近い世代には。

「じゃ、次しいかちゃんの番ね」

 映美がそう言うと、しいかは沈着な物腰でギターを弾きはじめた。

 なんだろう。コードとかよくわからないが、結構激しめの曲だな。出だしがかっこいい感じだ。ビーズとか、そんな感じの曲調だ。沈着な物腰とは裏腹に、しいかのギターを弾く素早い手つきが、俺を彼女の初対面からくる”やさぐれた女子高生”のイメージを払拭させた。

 しばらくして、彼女が似たようなコードを弾いていることに気づく。似たような、というか同じ所をループしているというか……。

 ふと、しいかの手が止まる。

 しいかはうなだれた。彼女の苦悩をなんとなく感じた。しいかはそのまま言った。

「うーん。やっぱりダメだ。京太郎、悪いがこれで勘弁な」

 そう言って彼女が弾いたのは、

「スモークオンザウォーターじゃねぇか」

 と、俺が一言。

「そう。知ってたか?」

「ああ。ディープパープルだっけ?」

「そう。単純でカッコイイ曲なんだ。通称”すもうお”だ」

 そう言ってしいかは、突然ギターを激しく掻き鳴らし、頭を上下左右に振りながら言った。ジョン・ペトルーシも真っ青の指さばきだ。(本人は適当に指を動かしているだけなんだろうが……)

「うおお! 曲ができねえ!」

 治がその横で、すかしっぺをするように鼻で笑った。その笑いをしいかは聞き逃さなかった。

「お? てめえ、なんだその笑いは?」

「いえ、なんでも……」治はそう言ったきり、机の上で漫画を描いている。

「必殺、ピック手裏剣!」

 しいかはそう言うと、スカートのポケットから、三つ四つピックを取り出して、治に投げつけた。

「わ、わ、なんスか?!」

「うるせえ。鼻で笑った仕返しだ」

「あ! ホラ、ピックがインクの中に入っちゃったじゃないっスか! 何してんスかあ!」

「ダハハハ! ざまみろだ」しいかが無骨な態度で笑いとばす。

「曲が出来ないからって僕に当たらないでくださいよ」

「すまねえな、京太郎。曲がまだできてねえっつうか……。ちょっと色々あってよ」

「いや、気にすんな。また完成したら聴かせてくれ。最初に弾いた曲結構かっこよかったぜ?」

「あ、ありがと」

 しいかはそう言うと、ギターの弦を見つめながら、その中の一本をピックで撥ねている事に集中したきりだ。実は照れていたりする?

「で、お前は大和にどういう逆襲をするんだ?」

 俺がしいかに尋ねる。

「無論、楽曲でだ。あたしにはこのギターとバンドがある。勢いのある曲と過激な歌詞で奴をぎゃふんといわす」

 しいかは頼もしそうな目をして俺に言った。

「バンド名、何て言うんだ?」

 俺は彼女の口からバンドと聞いて、しいかの頼もしげな表情がより頼もしく思えた。しいかは誇らしげに言った。

「シャドウバスターズだ。ちなみにシャドウとは大和たちのことだ」

 直後、しいかは”にやり”と不敵な笑みを見せる。

「カッコイイじゃねぇか」

 と、俺もしいかと同じように笑ってみせた。

 俺はしいかたち、シャドウバスターズに大いに期待したいと思った。しいかたちならきっと何かやってくれそうな気がした。

 治の陰鬱なホモネタ逆襲もいいが、それとは違い、しいかの逆襲はこの大和に束縛されたような世界を、楽器の爆音でぶち壊す感覚に近い。

「京太郎くんて音楽に詳しいの?」

 映美が俺に尋ねてきた。先程の”すもうお”のやり取りを見て気になったらしい。

「ああ、まあ多少な。親父が詳しくてさ。その影響だ」

 俺の父、佐々木宗一郎は、学生時分バンドマンをやっていた。もちろん将来の夢はプロデビューで印税生活だったみたいだが、大学を卒業したあたりで、世間の厳しさとやらにもまれ”堅気”に戻ったらしい。

 たまに親父に酒が入ると俺はそんな話を聞かされた。

 親父が趣味で集めたCDも数百枚くらいあり、洋楽、邦楽問わず様々なジャンルがある。親父は五十歳になった今でも、音楽を聞くのを嗜みとしている。

 家庭がそんな環境だから、俺は物心ついた時から音楽を聴くことに事欠かなかった。

 色んな音楽を聴いた。ビートルズやレッドツェッペリンの有名どころや、ハービー・ハンコックやマイルス・デイビス等のジャズも聴けば、YMOやキングクリムゾンとかも聴いた。世代からして俺とは一回りも二回りも違うし、YMO以外は洋楽のミュージシャン達を列挙してみたが、最近のだとドリームシアターも聴くし、シークレットガーデンやザコアーズ、リンキン・パークなんかも聴く。日本のだとビーズやルナシー、ラッドウィンプスとかマキシマムザホルモンなんかも聴いており、もっぱらバンド形態を持ったアーティストに傾倒している。

 だが、これらのミュージシャンは全て親父譲りだ。

 親父は五十代だが、懐メロや極端に流行物を聴く事はなく、良いものは若い世代が聴くものでも聴かせていただく、と謙虚な姿勢を崩さない。

 親父がそこまで音楽が好きなのも、学生の時の夢がまだ頭の中で、文化祭の如く盛んなのだろう。

 いつか親父が言っていた。

「親になって子育てしなきゃならねえのに、それでも夢を追いかける馬鹿がいる。いいか京太郎、賢くなるな。目の前の壁を頭を使って避けようとする賢さを持つんじゃねえ。その壁を頭を使って壊すくらいの馬鹿になれ」

 げんこつと、夢を追うことを置き去りにしてきた寂しげな背中で語る親父は、なぜ世間の厳しさだけで夢を諦めたのか語ろうとはしなかった。

 どこどこのミュージシャンはこうすげえんだってことは語るくせに、俺にはそんな説教垂れるくせに、なぜそれを隠そうとするのか俺には解らなかった。

 親父こそ、変に賢くなっちまったんじゃないのか? だから恥じて息子の俺には隠そうとしてるんじゃないのか?

 反抗期も手伝って、親父からCDを聴かせてもらうことはしなくなった。

 親父の語るそれぞれのミュージシャンたちの個性的な逸話を聴かせてもらうことも、次第に俺には辛く思えてきた。

 過去、失敗したことへの後悔を心の陰に潜めながら俺には楽しく夢を語る父親。

 俺には寂しい。

 多分、夢を諦めた理由は親父の口から語られる事はないだろう。

 だが、いつか俺は問い質してやろうと思っている。

 スモークオンザウォーターは俺たちが生まれる前に結成された、世代を超えて愛されているイギリスのバンド、ディープパープルの普遍的なロックソングだ。俺みたいに多少かじっているだけならまだしも、音楽にたいして興味のない人間にはマイナーな曲だろう。だが、インパクトのある出だしは、バンドやってなくたってどこかで耳にしたことがあるくらい有名な曲でもある。

「京太郎くん。一つ提案があるの」

 映美が口を開いた。

「なんだ?」

「あなたもこの会に入った以上、何か大和くんへの逆襲を兼ねた作品を作らなくてはならないわ。音楽に多少の知識や思い入れがあるのなら、しいかちゃんのバンドのために作詞するってのはどう?」

「それはいい提案っスよ! 先輩、やってみたらいいじゃないっスか!」

 治が嬉々とした様子で言った。治は続けて、

「それが嫌なら、僕のホモ漫画のアシスタントやってください」

「ふざけんな。何が悲しくてホモ漫画のアシなんてしなきゃならんのだ」

 俺はそうツッコミを入れると、しいかの顔を伺った。

 しいかは考え事をしている風な顔で、ギターの違うコード一つ一つをゆっくり弾いている。さっき未完成だった曲を作っているみたいだった。

 しいかは俺の視線に気づき、ギターを弾きながら軽くウィンクをしてみせた。

 俺は彼女のキュートさよりもハンサムな雰囲気のするそのウィンクを、歌詞を作ってみてもいいぞ、という意味を込めていると受けとってみた。

「どう? 作詞してみる?」

 映美は入ったばかりで、芸術のげの字も知らない俺を試すかのように聞いてきた。

 音楽や漫画を見たり聴いたりしたくらいじゃ、芸術に深く身を入れているとは言えないと俺は思っている。

 映美が今俺に創作を勧めているのも、創り出してこそ芸術に真からのめり込んでるって言えるんじゃないか、と考えてるからではなかろうか? 中途半端に芸術を巡ってきた俺に、ガチンコでやってみたらいかが? と映美は言っているのだ。

 困り果てた俺は、映美からのそのもう一押しに、ごまかしのつもりで了承した。

 だが、俺は歌詞なんてものは書いたことがない。色んな音楽をそれなりに聴いてきてはいるが、歌詞なんて深く読み込んだことなんてないのだ。

 大和へ一矢報いるのであれば、そんな憂いはアリンコの如く小さいものだが、なんだ? この緊張感。お遊びの集まりにしては、妙に胃が伸縮するじゃないか。

 このあと全員、すぐこの部屋から出て、帰路は最近のテレビの話で盛り上がったが、映美は何か芸術的作品を作ったりしているのだろうか? 今度聞いてみることにしよう。

 俺には少し気にかかることがあった。

 芸術なんて今まで全くと言っていいほどやって来なかった俺なんかを、階段際でぶつかっただけで入会させるなんて、いきあたりばったりにも程がある。

 一体映美は、何で俺なんかを文化部の集まりみたいなところに入れさせたりしたんだろう。俺が人生に飽き飽きしているのを知っていたからか? 階段下りる時、人生なんてつまらないですなんてツラしてたんだろうか俺は。だから同情して入れてくれたとか? 同好会を本格的に始動させるために頭数が足りないから俺を入会させた? いやそもそも頭数って何人だ? 同好会とか立ち上げていい校則なんかあったか? ますますわからない。

 とりあえずは、しいかと治とも難無く仲良くなれた気がするし、映美はどこか裏がありそうな気がしなくもない。

 俺のこれからの一年、一体どうなるんだろう。




第一話 完







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