3,猫耳娘は影にひそむ
私は神殿の最上階に部屋を与えられた。
ドアの外には番兵がいる、
こんな高いところから飛び降りるわけにもいかないから、私は軟禁状態あるといっていい。
大公にしてみれば、私が敵か味方かはっきりしないのだからしょうがない。
しかも魔王だ。
部屋には粗末なベッドとテーブルがあるだけ。
おそらくは、この神殿の神官たちが使っている部屋なのだろう。
黒い服を着た神官たちが酒と食い物を置いて行ってくれた。
今日は疲れたし、酒でもくらって寝よう。
酒は赤ワインのようだ。
私はパンをワインで流し込むことにした。
私はスーツの内ポケットからスマホを取り出した。
スマホが完全に沈黙している。
電波が届かないのは分かるが、スイッチもオンにできない。
現代社会の必需品はこの世界では役立たずのただの板である。
ほっと一息つくと、なんだか自分がひどく情けなく思えた。
異世界にたったひとりで放り出されたのだ。
だが、仲間がいる。
私と同じ召喚者、サナードだ。
私はサナードに会ってみたいと思った。
「サナード、おまえは何処にいる…」
そうつぶやくと、少し心が落ち着いた。
その時、私は人の気配を感じた。
誰かがこの部屋の中にいる。
お化けじゃないだろうな?
何しろエルフがいるような世界だ。
お化け、いや魔物くらいはいるかもしれない。
私が振り向くと、私の影が微かに揺れた。
影だ、影の中に何かがいる!
私が影を踏んずけようとすると、影の中から勢いよく何かが飛び出した。
「何者だ!」
「ご主人様、お許しくださいニャ。わたくしはご主人様にお仕えするよう言われたメイドでございますニャァ」
「ニャァだと、ふざけたやつだ。」
私のメイドと名のったのは猫のような耳をした少女だった。
赤い髪に黒い瞳。
確かにメイド服を着ている。
こういうのを秋葉原あたりで見たことがある。
コスプレか?
私は猫娘の耳を引っ掴んでやった。
「あっ、この耳、本物だ。」
びっくりしてのけぞってしまったが、これが獣人といものか…
「お初におめもじいたしますニャ。魔王様の身の回りのお世話をさせていただきますニャァ。」
「身の回りの世話をするだと。どうせ私の監視役だろう。私が気づかなければ影の中にひそんで、私の動向を大公に報告するつもりだったんだろう。」
「違いますニャ。わたしたち猫人族びょうじんぞくが影の中からジャジャーンと現れるのは異世界からのお客様へのサプライズだニャァ。」
「サプライズだと! いったい何がサプライズだというのだ。」
「異世界の男は猫耳メイドの女の子が大好きニャ。それが影の中からジャジャーンで喜んでもらえるニャ。召喚者の男はみんなそうだって伝説があるニャ。」
「私たちの世界の男たちが猫耳メイドを好むだと。確かに全面的に否定はできないが、なんだか馬鹿にされているような気がするぞ。」
「馬鹿になんかしてにゃいニャァ。」
「それに、猫耳メイドが流行っていたのはもう10年くらい前だと思うぞ。」
「今は流行ってないかニャ?」
「完全に時代遅れだ。最近のラノベに猫耳メイドは出てこない!」
「ショックだニャ!」
そういってニャン子はうなだれ、尻尾もうなだれた。
尻尾もあるのか…
「魔王様のお言いつけには何でも従いますニャァ。」
「いらん。何にもせんでいい。それに毛深い女は嫌いだ。」
「毛深くないニャァ!」
猫娘はいきなりメイド服を脱ぎだしたのだ。
「やめろ! 脱がんでいい!」
確かに耳と尻尾以外は毛深くはなかった。
しかしなー、私はもっと色っぽい感じの大人の女が好みなのだ。
そう、大河ドラマに出てくる女優さんのような感じがサイコーだ。
「へぇー、異世界の男のくせに猫耳メイドが嫌いなのかニャ?」
「おまえが嫌いなわけではない。影の中から飛び出してきたから驚いただけだ。」
「猫人族びょうじんぞくは異能の民族といわれているニャ。影属性の魔法を使えるのは猫人族だけニャ。」
「影属性の魔法だと。影の中にひそんでいたのも魔法の力か?」
「影写かげうつし、という魔法ニャァ。」
「魔法というより忍法みたいだ。『忍法・影写し』、こっちのほうがカッコイイ。いや、ニャン法か…」
私は愉快な気持ちになってきた。
エルフ族に猫人族、異世界もなかなか楽しませてくれる。
ニャン子は私にこの世界のことを教えてくれた。
猫人族は影魔法を使うことから人族からは気味悪がられて差別をうけているらしい。
「先王ヴァルゴ・アマテラス様は、わたしたち猫人族を同じ人間として扱ってくれたニャ。」
「大公が言っていたアマテラス王家か。大公は王家を滅ぼすと言っていたぞ。」
「ヴァルゴ様が急に亡くなってしまったからしょうがないニャ。哀しいことニャ。」
「生きるためには、ヴァルゴ王の恩義も忘れて、トクーガ大公の下働きもしなければならないということだな。」
哀しくても、人は生きねばなかない。
それが正義でなかろうか、恩に背そむこうが、すべては生きんがためだ…
***
この王国はアマテラーザと呼称こしょうされる。
400年の昔、この国は魔族に支配されていた。
初代王アマテラスが魔王を倒し、王朝を建てた。
その後、平和な時代が続いた。
50年前、アマテラス王家は王位の相続をめぐって叔父と甥が激しい争いを繰り広げた。
国中の諸侯や領主たちも、まっ二つに分かれて大乱となった。
大乱は20年の時を経ても収まらず、民は疲弊し、国土は荒廃した。
後に「アマテラス王位継承戦争」と呼ばれる戦いである。
まるで応仁の乱ではないか。
ヴァルゴ王はアマテラス王家の血統にあったが、この国の東部地方にあるイースタリアの領地を治める公爵であった。
若干二十歳の若者は誓いを立てた。
「乱世を治め、民草を救う」と。
「そのためならば、何を失うことも厭いとわぬ」と。
若者は挙兵し、疾風のごとく駆け抜けた。
王都に攻め上り、大乱を平定した。
「ヴァルゴ王は前半生を戦いにあけくれたニャ。戦いの中で三人の息子を失ったニャ。戦い続けたのは自分が王様なるためではなかったニァ。この国を平和にしたかったニャ。」
「この戦いの中でヴァルゴ王を助けて獅子奮迅の活躍をしたのがトクーガ伯爵だったのだな。」
「戦争が終わって、ヴァルゴ王は重臣や諸侯に推されて王位に就いていたニャ。」
「王は盟友トクーガ伯爵を大公の位に就け、イースタリアの領地を与えたわけか。」
この国に平和をもたらしたヴァルゴ王は新たに王妃を迎えた。
アマテラス王家の正当な血をひく王女であった。
名をヒミカという。
二人の間に王女が生まれたのは13年前のことである。
王女はツキヨミと名付けられ、すくすくと育った。
そして、王は病を得た。
死期を悟った王は、トクーガ大公を枕元によび、王妃ヒミカと王女ツキヨミの行く末を託した。
「ヴァルゴ王の死後、女王の位についたヒミカ様は、王様の理想を継いで民草のための政治を行おうとしたニャ。」
「この世界では、女性が政治を行うことに反発があったんだな?」
「男尊女卑ニャ。」
「女王だと、女などに従えるものかよ、というわけか…」
「重臣や諸侯も女王の方針にことごとく異を唱えたニャ。王家の重臣たちは民衆の生活をかえりみないで、蓄財に熱心だったニャ。」
「この国に再び乱れるきざしが現れたのだな。」
政治の空白と王家の弱体化をしり目に、トクーガ大公はイースタリアを中心に勢力を広げた。
王家に従っていた貴族たちを懐柔し、小領主たちの領土を奪っていったのだ。
しだいに大公の勢力は王家を脅かすほどになっていった。
「力ある者が治めねば、この国は再び麻のように乱れるであろう。」
これが大公の大義だ。
「でも、大公様も最後まで平和の可能性を考えていたニャ。」
「大公ドメルグ・トクーガは、後継者ガストン・トクーガと王女ツキヨミの婚儀をヒミカ女王に求めたのか。」
「王家と大公家の婚儀になれば戦争になることはなかったニャ。でもヒミカ様はこれを無視したニャ。」
ツキヨミ王女は王家の正当な血筋を引いている。
今は大公とはいえ、成り上がりのトクーガの血は王家にふさわしくないというのである。
「それで大公様は、王家を滅ぼす決意をしたニャ。このままでは、また乱世になるニャァ。」
「しかしヒミカ女王もなんだな、男尊女卑に苦しめられたはずなのに、こんどは王家の血筋をもちだすとはな。」
「なにかおかしなことでもあるかニャァ。」
「私たちの世界はな、男女同権なんだよ。あらゆる差別は悪なんだよ。男と女は同じ権利を持ち、王も庶民も人であることに変わりはない。」
「そんな不思議な世界があるかニャァ。」
「あるんだよ、そしてこの世界もいつか遠い未来にそうなる。歴史はそうして進んでいくものだ。」
「いつか遠い未来ニャ。」
ニャン子は遠い目をしている。
おまえには想像もできないかもしれないが、いつかそういう世の中が来るんだ。
「今日は疲れた、もう寝よう。」
「あたしが添い寝するニャァ。」
「添い寝はいい。私の影の中にでも入っておけ。」
「はいニャ!」
猫娘は私の影にもぐり、私はベッドに身を横たえた。
すぐに睡魔が来た。
夢の中で、まだ見ぬサナードが笑っている。




