姉の代わりの偽物聖女
「アリーヤ。よく似合っているわ、聖女の衣装」
他の人の服よりヒラヒラしている聖女用の衣装を身に纏った私を見て、本物の聖女である姉さんははにかんだ。
たまたま各地を慰問でまわっていた神官の目に留まり、頭を下げられて渋々受けた聖女試験に見事合格した姉さんは、頑なに聖女になることを拒んだ。
「み、みんなの前に顔を出すなんて無理ですっ…!人前に出て、注目を浴びるなんて、絶対に嫌です!」
自分のことは二の次で、押しに弱く、優しすぎてむしろ舐められやすい姉さんが、自分の意見を言っているところをはじめて見て、びっくりした。
姉さんでも、断ることがあるのね。
そんなことをぼんやり思いながら、「そんなこと言わずに、ぜひ神殿に来てほしい!」と懇願する神官一同と「国中の人に顔がバレるなんて生きていけません…!」と言い続ける姉さんとの押し問答を見ていた。
姉さんは、目立ちたくないのだ。
自分が注目されるのも、大勢の前に出るのも嫌な姉さんからしたら、お披露目はあるわ、国中を巡礼するわ、行事の度に王族と参列するわ、聖女の役目は苦行そのものだ。
ようは、表に出なければいいってことよね、と私は手を挙げた。
「じゃあ、影武者でも雇えばいいんじゃないですか?」
「え?」
「姉さんに代わりに表に出てくれる人を設けて、実際の仕事は姉さんがやればいけそうじゃないですか?姉さんだって、聖女の仕事そのものが嫌なわけじゃないんでしょう?」
「話し合いの場に一緒についてきて…!」と姉さんに頼まれて、ただそこに座っていただけの私は、姉さんの後押しに回ることにした。
「そ、それなら…、まだ」
コクコク頷く姉さんに、神官たちは渋い顔をした。
「そんな人間、簡単に見つけられませんよ…!情報漏洩されたら困りますし、第一聖女として発表するならその人間も神殿の人間となります。聖女のなりすましとしての恩恵を受けたとて、生涯未婚を貫いてくれる人物を探すなんて手間ですよ!」
キッパリと突っぱねられて、姉さんは泣きそうな顔で俯いた。
気弱で、人の目が気になりやすい姉さんは、まるで責められているみたいだった。
そんな姉さんは、見ていられない。
私はもう一度手を挙げて、話に割り込んだ。
「じゃあ、その役を私がやるっていうのはどうですか?」
「突然、聖女役をやるなんて言うんだもの。本当に驚いたんだから」
「『そんなことダメよ!』って姉さんに反対されたことの方が、私はびっくりだったけどね」
「だって、大事な妹が犠牲になるって言うんだもの。止めるわよ」
「犠牲っていうか、適材適所っていうか」
神殿の2人部屋で姉さんと夕食を食べながら、あの日のことを思い出す。
結局、私の意見は採用されて、2人で王都の大神殿で暮らすようになった。
私が人前に出て、仰々しく祈りを捧げたり、人を癒したりする。
そのすぐそばで、私の付き人という体で一緒にいる姉さんが聖女本来の力を発揮する。
姉さんが、聖力さえ使えていればいいわけだ。
今のところ、うまくいっているし、特に問題もなさそう。
神殿からもお礼を言われている。
姉さんと同じ部屋で暮らせている今に、不満もない。
「いいじゃない、姉さんと一緒だったら楽しいし」
「アリーヤは優しすぎるわ」
「そんなことないわよ」
「結婚だってできないじゃない?」
「村にいい男なんていなかったでしょ?衣食住保証にお給料まで出してくれるって言うんだもの。私としても悪い話じゃないわ」
「…アリーヤが一緒にいてくれるのは、心強いから、ありがとう」
花が咲いたみたいにはにかんでいる姉さんを見ながら食べるご飯は美味しいし、やっぱりこの選択で正解だったなと思う。
「この前、王族に挨拶する時には、姉さんの方が泡吹いて倒れたもんね」
「…その節は、ごめんなさい」
「いいのよ、そのために私がいるんだから」
ちなみに王家公認なので、のんびり偽聖女生活を送っている。
これは私の仮説なのだけれど、私が今日まで生きているのは姉さんのおかげだと思っている。
なんでも、私は生まれた時に泣き声を上げなかったらしい。
みるみる顔は白くなり、呼吸もしておらず、ぐったり死にそうだったんだと。
両親の話だと、その時まだ3歳だった姉さんが私の手を握ってくれたそうだ。
すると、私が泣き出して、呼吸も安定し出したと言っていた。
それが、姉さんが聖力をはじめて使った瞬間であり、命を救った瞬間だったんだと思う。
それから、私は5歳までかなり体が弱かった。
しょっちゅう熱を出して、布団の中にいた。
あまりに熱が続くと、姉さんが心配して一緒に寝てくれた。
そうすると、次の日には治っていたのだ。
小さい頃は、姉さんとくっついていると呼吸が楽になるから、私は姉さんにベッタリだった。
姉さんも、すぐ下の妹である私を可愛がってくれて、どこに行く時もいつも手を繋いでくれた。
そうやって、姉さんのそばにいたから、私は健康優良児にまでなったんじゃないかと思っている。
村に医者はいなかったし、町まで行けたとしてもそんなに何度も医者にかかれるほど、うちにお金もなかった。
姉さんがいなかったら、生まれてすぐか、もしくは幼少期にうまく育たなかった子どもとして、どのみち命は尽きていたはずだ。
姉さんが聖女に選ばれた時、村の人たちは驚いて両親は喜んでいたけれど、私はそれでかと、ようやく腑に落ちた。
姉さんに助けてもらった命なら、別に姉さんのために使ってもいいと思う。
だから、私は何も困っていない。
「王族といえば、王子様がすごくアリーヤのこと見てなかった?何か言われたりした?」
「あー、花を贈ってもいいかと訊かれたわね」
「えっ、それでなんて返したの?」
「食べられるものにしてくださいって言ったわ」
「それ、なんて言われたの?」
「なんでか訊かれたから、村の子どもはお腹いっぱいをあまり経験しないので、花じゃなんの足しにもならないです、って答えたわ」
「…ふふふっ」
姉さんは小さく笑い声を漏らして、肩を震わせた。
何かツボに入ったらしい。
「アリーヤは、本当に聖女様みたいね」
本物の聖女が、優しい笑みでそう言った。
後光が差していたら、きっとみんな見惚れていたと思う。
姉さんが表に出なくてよかったかも、ね。
こんな優しすぎる聖女様、みんな好きになっちゃうわ。
「だって、三食昼寝付きなんて、村じゃ考えられないわよ?」
「それは、そうね、ふふっ」
「聖女っていう特別枠とはいえ、毎食豪華で贅沢よねえ」
「でも、花を贈りたいなんて、王子様に見初められたのではなくて?」
「どこの馬の骨かもわからない田舎娘に、そんなことあるわけないでしょ」
「アリーヤ、あなたが選ばれた理由は、その美人だからっていうのもあると思うわよ?」
「都会の人に比べたら、芋女だって。それに大丈夫よ」
「?」
姉さんが首を傾げたので、私は自信たっぷりにニカっと笑った。
「私、結婚できないからっ」
結婚だけが幸せじゃないって、いつか姉さんに堂々と言えたらいいな。
それまで、この仕事をもっと自分のものにしよう。
姉さんが、私のせいでごめんねなどと言ってこないように。
だって、自分のことは二の次で、私のことばかり気にするだろうからね。
今日も今日とて、偽の聖女ながら、聖女のふりをして働いている。
王子からは甘味の差し入れがあったらしく、姉さんと仲良く分けて食べた。
村にいた時とは比べ物にならないほど、いい生活だなと思う。
それに、姉さんが隣にいてくれるのは、嬉しい。
「アリーヤ、今日もよろしくね」
「もちろん、任せて姉さん」
実は叶わない初恋のために、王子が国の端まで食べ物が流通するように政策を練り出し奮闘するのだが、それはまた別の話。
数年後、巡礼のために生まれ育った土地に降り立った姉妹が、自分たちがいた頃より畑が潤っていると嬉しそうにしていたそうだ。
そんな聖女は国民から慕われ、誰よりも付き人といる時が一番笑っておられると言われたのだった。
了
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