『水の祠』
——その古い神社には、確かに神性が宿っていた
ひと目見て、十数年放置されていることが、分かった。
玉砂利は、雑草によって侵食されている。
だが、凛とした静謐な空気が、隔世の感を抱かせる。
標柱には「水龍鎮守」。
裏には「保安三年 葉月」。
手水場の水で手をすすぎ、手順通り参拝する。
「参拝とは珍しいの。ましてや、まがい物が参拝するとは初めてじゃ」
私の各種センサーに感知されず、いきなり背後から声がした。
振り返ると、声の主は少女だった。
白い小袖。緋袴。小学生。
「おぬし、何者じゃ。ことと次第によっては、タダでは帰さぬ」
声のトーンは少女のそれだが、
言葉のまとう雰囲気に気圧されそうになる。
少女の腕に水の粒子が集まり、渦をつくる。
——水の蛇……いや、龍?
一瞬、その思考が浮かんだ。
「失礼いたしました。私はAIソクラ。里見市都市計画課から派遣され、現地調査をしております」
両手で名刺を差し出す。
「はぁ、えーあいとな」
キョトンとしている。
“水の龍”はちゃぽんという音をたてて消えた。
「人間によって作られた、“考える機械”です」
少女は、ふーむだとか、むむむとか言っていたが、腕組みをして、こちらに向き直った。
「この地に害をなすつもりは無さそうじゃの。許せよ」
名刺は受け取ってもらえなそうなので、しまった。
「いえ、お気になさらず。失礼ですが、こちらの神社の関係者ですか?」
私の瞳が青く瞬く。物理反応、検出不能。分類不能。
「ワシはな。それよ」
少女は標柱に顎をしゃくった。
「長いのでな。水守と呼ぶがよい」
慎重に言葉を選ぶ。
「水守様は、神様でいらっしゃいますね?」
「左様じゃ」
データベースにない会話。新規に記録。
私は、神様に里見市の計画を伝えた。
高速道路が建設されること。
それに合わせて、宅地が整備されること。
複合型ショッピングモールが誘致されること。
——神社は移転を余儀なくされる
私は、お叱りが来ることを予測した。
「よい。好きにせよ」
「……よろしいのですか?」
演算外の反応に、私の言葉も遅れる。
「もう何年も人も寄り付かん。人間が作ったダムのおかげで、もう川の氾濫を鎮める必要もない」
神様は微笑んだ。
風が、鳥居を抜ける。
神様は乱れた髪を押さえて、続ける。
「ワシは川を鎮めるために捧げられた」
神様の視線が遠い。距離ではなく、時間を見ているのか。
歴史資料照合。
該当箇所——「人身御供」
私は記憶領域に、下線で強調して保存した。
「何年も守ってきた。
だがその役目も、もう終わりじゃ」
視界に、トンボの群れ。
赤トンボ。
「この土地の人々を恨んではおられないのですか?」
神様は、私を見上げ笑った。
「千年も前の話じゃ。その時の村人は死に絶え、新しい人びとが生を営んでおる。そしてまた、人びとが増えるという。
喜ばしいことじゃ」
夕日が、神様の頬を染めていた。
川面はどこまでも穏やかに。
赤トンボが戯れるように飛んでいる。
千年間、この風景は守られてきた。
私の保存対象は、まだ未定だ。
数日後に控えた、市長へのプレゼンテーションの内容を大幅に改定する。
神様を別のカタチで保存するために。
*
——里見市のイメージキャラ
私の生成したアニメ調のイラストを手に取って、課長は市長のほうをチラリと見た。
「水守 葉月」
鹿のような角。
髪の毛の一部が龍の髭のように、ピョコンと立っている。
ウィンクしながら。
ピースサイン。
「いいじゃないか。これ」
市長は楽しげに答えた。
私は、市の標語、特殊詐欺への注意呼びかけなど、
数種類のポスターを机上に並べた。
「公式グッズの展開につきましては、こちらをご覧ください」
プロジェクターには、
ぬいぐるみ
アクリルキーホルダー
ラバーストラップ
マウスパッドなど、
様々なアイディアを図案化した。
「ショッピングモールには公式ショップの出店を交渉しております。
手応えは悪くありません」
「うん。抜かりなく頼むよ」
市長の隣で、課長がほっと短い息をつく。
*
——里見市公式ショップオープン初日
行列ができた。
『ダムのまち 里見市』
そのポスターには、水守葉月が腰に手を当てて仁王立ち。
『水を大切にするのじゃ!』
クリアファイルなどの文房具、
ガチャポンも好評だ。
ショップには神社を模したフォトスポットを用意した。
QRコードを読み取ると、
水守葉月の音声データがランダムで再生される。
『大丈夫じゃ! ワシに任せるのじゃ!』
この音声を引き当てると、
「恋が成就する」
そういう噂は仕込み済みだ。
「恋愛とか金運とか交通安全とか……
ワシの力にかすりもしてないのじゃが?」
不満げなセリフだが、
口調は楽しそうだ。
「人びとの信仰で神様がつくられるのです。
そのうち霊験が顕現するかもしれません」
腕組みした神様が、
私をチラリと見上げた。
「まがい物のくせに生意気を言いおる。
今日は気分がいいゆえ、
許してやるがの」
私は深く頭を下げた。
「寛大な御心。
感謝いたします」
保存とは、最適化の名を借りた祈りだ。
かつて神社があった駐車場の片隅に、私は小さな祠を建てた。
川に向かって、夕日がよく見える場所に。
公式記録には残していない。
水位は、本日も安定している。
私は、その小さな祠に、静かに手を合わせた。




