第9話② 日〇焼きそば――チリチリ
台所号に戻ると、佑がまだエンジンルームの前にいた。
手が黒くなっている。
「おかえり」
「うん」
かごの中身を台所号に運ぶ。
「焼きそばか」
「見たら食べたくなった」
佑が少し笑う。それ以上聞かない。
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フライパンを火にかける。
油を少し引く。豚のこま肉から入れる。フライパンの上で肉が広がって、白くなっていく。端が少しずつ色づく。脂が出てくる。じわっと、フライパンの底に広がる。
その脂のままキャベツを入れる。外葉から先に入れる。芯に近い部分は後から。ざっと混ぜると、外葉がしんなりしてくる。そこで芯を加える。水分が出て、甘い匂いが立つ。全体に火が入ったら取り出す。
フライパンを拭かずに水を入れる。三袋分、計量カップで袋の裏の分量通りに測る。
外から声がした。
「何してんの」
「焼きそば作ってる。三袋」
「……ええな。俺も腹減った」
沸いてきたら麺を入れる。固まったままフライパンに置く。そのまま三十秒。菜箸でほぐしながら裏返す。水分が飛び始める。麺がほどけて、フライパンの底に当たり始める。
そこに着信が来た。
結衣さんだった。
スピーカーにして、作業台に置く。
「もしもし、結衣さん」
「寧々ちゃん? 佑は?」
「外。エンジンルーム、まだ見てる」
「聞いてきたよ。イグニッションコイルが怪しいって。コネクターが抜けかけてることがあるから、まず確認してみてって」
外に向かって言う。
「コネクター、確認してって」
しばらく間があった。
「……分かった」
「ありがとうございます、結衣さん」
「ええよ。ところで何か音してない? さっきから」
フライパンの水分がほとんど飛んだ。粉末ソースの袋を開ける。スパイシーな香りが先に来た。フライパンに入れる。菜箸で手早く絡める。麺がフライパンに当たって、チリチリと音を立てる。ソースが熱で変わっていく匂いが立つ。甘くて、少し焦げた、腹に来る匂いだ。
「焼きそば、作ってます」
「え、今? 修理中に?」
「お腹空いたので」
「私もお腹すいた。いい匂いする」
「届きませんよ」
「届いてる気がする。チリチリってずっと聞こえてるし」
炒めた豚肉とキャベツを戻して、全体を混ぜる。ソースが絡む。青のりを振る。磯の香りが混ざった。
「ほんまにずるい。私も食べたい」
「写真、送ります」
「写真だけ? 意地悪やなあ」
外から声が来た。
「なんて言うてる」
「食べたいって」
「……そらそうやろ」
「佑によろしく。また連絡するね」
「ありがとうございます」
電話が切れた。
台所号の中が静かになった。ソースの匂いだけが残っている。
寧々が皿に盛る。二人分、一皿ずつ一袋半。ソースが絡んだ麺が皿の上にこんもりと収まる。豚肉とキャベツが混ざっている。端の麺が少し焦げている。青のりが散っている。湯気が細く立っている。
スマホを取り出して、写真を一枚撮る。
俺は手を洗って、中に入る。
皿を見る。
袋から出てきたとは思えない色をしている。端の焦げた部分から、香ばしい匂いが来る。
向かいに座る。
箸を持つ。
一口。
ソースが来る。甘くて、少し焦げた香ばしさが鼻を抜ける。麺がもちっとしていて、でも重くない。豚の脂がソースに溶け込んで、口の中で丸くなる。キャベツの甘みが後から来る。飲み込んだ後も、ソースの余韻が口の奥に残っている。
「……なんでこんなにうまいんや」
思わず言う。
寧々が少し間を置いて、また一口食べてから言う。
「日〇さんはすごいんよ」
もう一口。端の焦げた麺が混ざる。香ばしさが増す。青のりの香りが鼻に抜ける。キャベツを噛むと甘みが出て、豚の脂と絡む。
箸が止まらない。
皿が半分になる頃、寧々が少し目を細めた。黙ったまま、また一口。また一口。
「……袋もんやんな、これ」
「袋もん」
「こんなにうまくなるもんなんやな」
「ちゃんと作ったら、そうなる」
それだけ言って、寧々はまた箸を動かした。
皿が空になった。
二人とも、少し黙っていた。
窓の外で、風が少し吹いた。台所号が、かすかに揺れた。




