第9話① 日〇焼きそば――動かない朝
空き地に停めて、三日目の朝だった。
エンジンをかけようとしたら、かからなかった。
もう一回。かからない。もう一回。同じだ。
「……あれ?」
独り言が出た。エンジンルームを開ける。配線を手でたどる。バッテリーの端子を確認する。ヒューズボックスを開けて一本ずつ見る。切れていない。プラグも問題なさそうだ。どこかが分からない。
寧々が台所号の扉を開けて顔を出す。
「どうしたん?」
「エンジンがかからん。一通り見たけど原因が絞れんくて」
寧々が少し眉を寄せる。
「……今日、営業は?」
「できひんかもしれん。もうちょっと時間ほしい」
「分かった」
扉が閉まった。
車の腹の下に潜ってみる。地面が冷たい。砂利が肘に刺さる。下から確認する。それでも原因が絞れない。
「……分からん」
這い出して、結衣さんに電話した。
三回鳴って出た。
「はいはいもしもし~、珍しいなぁ」
「台所号、エンジンかからんくて。一通り見たんですけど、原因が絞れなくて」
「え、故障?」
「みたいです。キッチンカー手配してもらったとき、業者さんいましたよね。確認してもらえますか」
「ああ、あの人か。聞いてみるわ。折り返すね」
「助かります」
「寧々ちゃんは?」
「中にいます」
「ほなよろしく言っといて」
電話が切れた。
空を見上げる。雲が多い。風もない。いい天気とも悪い天気とも言えない。
台所号の中から音がした。
包丁の音だ。
「……何してんの」
扉を開けると、寧々がまな板の前に立っていた。
「手、動かしてないと落ち着かん」
切るものは何もない。まな板の上は空だ。それでも包丁を握って、刃の腹でまな板を叩くように動かしている。仕事があるときとは違う手の動きだ。止め方が分からない、という感じだ。
「時間かかるかもしれんけど、待ってて」
「……うん。でも焦らんでいい」
それだけ言って、また手を動かし始めた。
俺は外に出て、もう一度エンジンルームを確認した。
──────────
一時間後、状況は変わっていなかった。
腹が鳴った。俺の腹だ。
もう昼時だった。どうしようか考えていたら、扉が開いた。
寧々がエプロンを外している。目が合う。
「……スーパー、行ってくる」
──────────
自動ドアが開いた瞬間、冷えた空気が来た。
蛍光灯の白い光。陳列棚が整然と並んでいる。野菜の土の匂いと、冷蔵ケースの冷気が混ざっている。
野菜コーナーから入る。
キャベツを一玉持ち上げる。外葉をめくって、断面の色を見る。詰まっている。重い。悪くない。でも棚に戻す。隣のピーマンに手が伸びる。指で軽く押す。硬い。張りがある。いい状態だ。それでも、かごには入れない。
玉ねぎの前で少し止まる。皮の乾き方を見る。褐色が均一で、首が細い。手に取って、また戻す。
肉のコーナーに移る。豚のこま肉のパックを裏返す。脂の入り方が均一だ。手に取る。かごに入れかけて、止まる。何と合わせるか決まっていない。パックを持ったまま、少し立ち尽くす。
乾麺の棚の前に来たとき、足が止まった。
日〇焼きそばが並んでいた。
手に取って、袋の表を見る。出来上がりの写真がある。ソースが均一に絡んで、端の麺が少し焦げている。青のりが散っている。湯気が立っている。
鼻の奥に、ソースの匂いが来た。
実際には匂わない。でも来た。甘くて、少し焦げた、腹に来る匂いが。フライパンの上で麺がチリチリと鳴っている音まで聞こえた気がした。
かごに入れた。
さっき持ったまま止まっていた豚のこま肉も入れる。野菜コーナーに戻ってキャベツを一玉取る。何度も持ち上げて戻したやつだ。
これだけでいい。
台所号に戻った。




